逸ノ城駿

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逸ノ城 駿 Sumo pictogram.svg
Ichinojo 2014 May.JPG
場所入りする逸ノ城
基礎情報
四股名 逸ノ城 駿
本名 アルタンホヤギーン・イチンノロブ
Алтанхуягийн Ичинноров
愛称 いっちゃん、イチコ、タカシ、モンゴルの怪物[1]、イチ君
生年月日 (1993-04-07) 1993年4月7日(26歳)
出身 モンゴルの旗 モンゴルアルハンガイ県(遊牧民)
身長 192cm
体重 224kg
BMI 60.04
所属部屋 湊部屋
得意技 右四つ・寄り
成績
現在の番付 東前頭12枚目
最高位 東関脇
生涯戦歴 257勝204敗18休(33場所)
幕内戦歴 221勝196敗18休(29場所)
優勝 十両優勝1回
殊勲賞2回
敢闘賞1回
データ
初土俵 2014年1月場所
入幕 2014年9月場所
趣味 バスケットボールアーチェリー[2]
備考
金星8個
白鵬1個・日馬富士2個・鶴竜2個・稀勢の里3個)
モンゴル初の遊牧民出身力士
2019年10月28日現在

逸ノ城 駿(いちのじょう たかし、1993年4月7日 - )は、モンゴル国アルハンガイ県バットツェンゲル村モンゴル語版英語版出身で、湊部屋所属の現役大相撲力士。本名はアルタンホヤギーン・イチンノロブモンゴル語キリル文字表記:Алтанхуягийн Ичинноров[3]ラテン文字転写Altankhuyagiin Ichinnorow)。身長192cm、体重224kg、2019年9月場所現在、関取では最重量となる。血液型はA型。最高位は東関脇(2018年7月場所、2019年5月場所)。

来歴[編集]

遊牧民時代[編集]

モンゴル在住時代は遊牧民であり、ウランバートルから400キロ離れた草原ヒツジヤギなど家畜を飼いながら季節によって移動して生活していた。当時はの生乳を毎日2リットル飲んでいた。学校がある時期は弟と妹と共に自宅のゲルから20キロ離れた学校のある村のゲルで共同生活を送った[4]。「ヒツジを狙ったオオカミがやって来たときなど、夜中に起きなければならなかったのが大変だった。でも馬に乗って走ることとか、楽しかった」と母国モンゴルでの少年時代を本人は述懐したことがある[5]。幼少期よりブフ(モンゴル相撲)に親しんでおり、14歳の時にアルハンガイ県大会で優勝した実績を持つ。来日直前の3ヶ月間はウランバートルに住んで柔道もしていたが、2010年鳥取城北高校相撲部の石浦外喜義監督に才能を見出されて来日し、同高校に相撲留学した。なお、逸ノ城より一足先に大相撲に入門した照ノ富士は同じ柔道道場に通い、同じ飛行機で来日し高校の寮も同じ部屋という仲だった[6]。一緒に暮らしていた両親に日本の新聞記者がインタビューし「(将来)逸ノ城は稼いで、お母さんのためにウランバートルに家を買ってくれますよ」と話した際、「私たちは、そういう生活はしたくありません。遊牧民でいいのです。私たちの望みは、息子が人から愛される人になることです」と答えている。

高校時代[編集]

石浦監督はスカウト当時の印象として「相撲留学を希望して集まった子供たちの中にいたのが彼だった。目立たない優しそうな子、というのが第一印象。ただ、傑出した太ももの太さに目を見張った」と後年語っている[7]。このころに、「イチコ」という愛称で呼ばれ始めた[8][9]。遊牧民であったため学校にあまり行っていなかったと推測されており、モンゴル語も標準語を話せなかった。日本語の上達には苦労したようであり、石浦監督はしばしば「日本語ができないと、帰らなくちゃならなくなるぞ」と叱った[10]。高校では「我慢」を一番学び、遅刻が当たり前であるモンゴルとは感覚が違うことも覚えた[11]。最初は相撲が非常に弱かったことから、石浦監督は「今のままでは勝てないから、もう相撲はやらなくていい。とにかく四股を踏んでおけ」と指導した[12]。逸ノ城はどんな厳しい稽古よりも四股が嫌いであったため石浦監督は無理にでも四股を踏ませ、不調で出稽古できない時にもこれでもかというほど四股を踏ませたら大会で次々とタイトルを取ったと、監督の自著に書いている[13]。2年時、3年時には合計5つのタイトルを獲得[14]したが、高校横綱は逃した。

社会人時代[編集]

卒業後は当時外国人力士枠の空いていた大相撲の湊部屋に入門が有力視されていたが[15]、石浦監督から「高校横綱がダメなら次は実業団選手権でトップに立てばいい。そうすれば幕下付け出しの資格を取れる」と説得され[16][17]、この時点では入門はせず高校に残って相撲部のコーチを務め、また鳥取県体育協会に所属して協会職員として鳥取市内のスポーツ施設を清掃することもあった。[18]石浦監督が逸ノ城を鳥取県体育協会に送り込んだのは逸ノ城の拙い日本語能力を伸ばすには日本人しかいない環境に放り込んだ方が良いという考えからであったが、気の弱い逸ノ城は鳥取県体育協会での生活によってすっかり社交的になり、他種目とのアスリートとも仲良くなったという[16]。実業団選手の立場としてアマチュアの大会に出場するなど競技生活も続け、2013年全日本実業団相撲選手権大会で優勝して実業団横綱となったことで、大相撲の幕下15枚目格付出の資格を取得。翌月に行われた東京国体で1回戦敗退した際には入門について考えていないと語っていたが[19]、直後には湊部屋入門が決定した[20]

大相撲入門後[編集]

四股名は「イチンノロブ」の「イチ」と、人並み外れた才能を持つ意の「逸材」(湊談)の”逸”と相撲留学をしていた鳥取城北高校から、”城”を取り「逸ノ城」と名付けた[21]新弟子検査に合格した直後の11月場所は興行ビザが発給されていないため出場できなかったが、12月2日付でビザが発給され、同月20日には相撲協会の理事会で幕下付出が承認されたことから[22]2014年1月場所で初土俵を踏んだ。初土俵の時点では部屋に幕下以上の力士が他に在籍しておらず、入門即部屋頭になった[23]。モンゴル人力士の中でも逸ノ城は初めての遊牧民出身者であり[24]、外国人としても初めての幕下付出力士である[25]。初土俵前には新弟子としては異例の出稽古を行い、佐渡ケ嶽部屋貴乃花部屋などへ赴き稽古相手を求めた[26]。2日目の錦木との取組がデビュー戦となり、逸ノ城も緊張したと語る中小手投げで勝利してプロ初白星を挙げる[27]。8日目にプロ初黒星を喫したが、13日目には再十両が確実な状況となっていた阿夢露に力強い相撲で勝利するなど実力を発揮して6勝1敗の好成績[28]。翌3月場所は関取目前の西幕下3枚目へと躍進し、再び6勝1敗の好成績を収めて3月場所後の番付編成会議にて新十両に昇進することが決定された[29]。新十両に際して逸ノ城は「自分も1場所で幕内にいきたい。遠藤関に追い付けるように頑張る」と話し、幕内の遠藤に対するライバル心を見せた。幕下15枚目格付出から所要2場所での昇進については「普通だと思う。将来は横綱までいきたい」と悠然と話していた[30]。新十両昇進後も遠藤の例と同じく関取の特権を行使せずに2014年9月場所まで相撲教習所通いを続ける意向を示している[31]

新十両の2014年5月場所は、初日から4連勝をするなど実力を存分に発揮し、11勝4敗で4人による優勝決定トーナメントに進出。1回戦で琴勇輝、決勝戦で鏡桜と、この場所の本割で敗れてしまった幕内経験者を相次いで倒して、新十両優勝を果たした。翌7月場所も白星を重ね、13勝1敗で千秋楽を迎えたが2敗の栃ノ心に本割・決定戦で連敗、2場所連続の十両優勝とはならなかった。それでも13勝2敗の好成績を挙げ、翌9月場所で新入幕を果たす。幕下付出から所要4場所での新入幕は史上2位タイのスピード出世となった[32]。なお、モンゴルからの2014年新入幕は5月場所の荒鷲がいる。

9月場所は、11日目に大関稀勢の里、12日目に同じく豪栄道、13日目に横綱の鶴竜を破り、この時点で1敗で白鵬と並び優勝争いのトップとなった。初土俵から5場所目での大関戦勝利及び横綱戦勝利は史上最速[33]。新入幕力士が横綱と二人の大関を倒したのは史上初である[34]。新入幕で金星をあげるのは1973年9月場所の大錦(対琴櫻戦)以来41年ぶりのことだった[35]。14日目に白鵬との直接対決に敗れ(新入幕力士が2人の横綱と対戦したのは、1943年5月場所に東富士安藝ノ海照國(いずれも黒星)と対戦して以来71年ぶりのこととなった)、結果的に100年ぶりの新入幕優勝は逃したものの、殊勲賞と敢闘賞を受賞した。新入幕でのダブル受賞は2000年5月場所の栃乃花(敢闘、技能)以来で、幕下付け出しデビューから所要5場所での初受賞は雅山と並び最速となった[36]。新入幕で13勝をあげるのは最多タイ記録(1964年1月場所の北の冨士1967年3月場所の陸奥嵐に並ぶ3人目)[37]。10月2日、半年間通った相撲教習所を卒業した。

2014年11月場所で西関脇に昇進する。幕下付け出しから所要5場所での三役(新関脇)昇進は昭和以降1位のスピード出世、また新入幕翌場所の関脇昇進は昭和以降では初となった。十両の翌々場所で新関脇は、2001年1月場所の琴光喜以来昭和以降2人目。モンゴルからの新関脇は、2009年7月場所の鶴竜以来7人目。しかし10月に行われた秋巡業では多大な注目を浴びたことによるストレスと過労により帯状疱疹を発症し、1週間の入院を余儀なくされた[38][39]。さらに退院後には入院中ほぼずっとベッドの上にいた影響で骨盤が歪み、場所直前にも拘らず整体を受けるために1泊2日で大阪まで向かう必要に追われた[39][40]。このように明らかな調整不足の中で迎えた11月場所は中日まで4勝4敗と一進一退であったが14日目に勝ち越しを果たし、場所を8勝7敗で終えた。新三役がいきなり関脇だった場所で勝ち越した例は、1994年3月場所の武双山(9勝6敗)以来、20年ぶりの快挙となった[41]。1月場所は、再び西関脇の地位で2大関に勝利するも6勝9敗と入門以来初の負け越しとなった。しかし、西前頭筆頭に下がった翌3月場所は日馬富士から金星を得るなどの活躍で9勝6敗の勝ち越し。場所後の3月31日に行われた兵庫県姫路市での巡業ではコンタクトレンズを一週間つけっぱなしにしていたことで右目が真っ赤になるなど不調が伝えられたが続く5月場所は初日に白鵬から白星を奪うなどして小結の地位で8勝7敗の勝ち越しを収めた[42][43]。7月場所は西関脇に昇格したが精細を欠き4勝に留まった。東前頭4枚目に落ちた9月場所は9勝としたが、東前頭1枚目として迎えた11月場所は6勝と自身初めて平幕として負け越しを喫した。

2016年1月場所は東前頭3枚目で迎えたが、2勝13敗と散々な成績だった。この場所では取っ組み合いになった後全く踏ん張れずに寄り切られるケースが散見され、無気力相撲とも取れる試合内容に観客からはブーイングが飛び、増やしすぎた体重と稽古不足を解説者に批判されることも多かった。幕内昇進後最も低い番付となった3月場所は開幕5連勝、最終的に11勝を挙げやや調子を取り戻した。5月場所は西前頭2枚目まで番付を上げ、3日目に横綱・日馬富士を破るなど序盤は好調だったが、中日以降負けが込み12日目で負け越しが決まった。7月場所は幕内唯一の5連勝で一時優勝争いのトップに出たがそこからは星が伸ばし切れず優勝争いから脱落、それでも9勝を挙げた。9月場所は腰椎椎間板ヘルニアで自身初の全休。左半身がしびれ、真っすぐに歩けなかったため入院し、25日間の入院生活中は痛みで睡眠も食事もままならないことがあったが、退院時点で212kgの体重が200kgまで落ちた。退院後、減量に励んだ結果187kgまで体重を落とした。“スリム”な姿に11月1日の力士会では玉鷲から「新弟子が来た! 初めまして」とからかわれたほど[44]。しかし場所直前の宮城野部屋での出稽古では18番取って6勝12敗と不調であり、時には十両や幕下に圧倒されることもあった[45]。11月場所の場所成績も振るわず、7勝8敗と自身初となる幕内2ケタ台での皆勤負け越しを喫した。場所後の2016年度冬巡業は全休[46]。この年の勝ち星は1年間幕内にいた力士では照ノ富士の33勝に次ぐ少なさで年間ワースト2位の34勝だった[47]

2017年1月場所は半年以上続けていた禁酒などによる減量と筋力トレーニングなどの成果が出て優勝争いするなど二桁勝利をあげる[48]。3月場所は東の7枚目の地位で迎えたが、中盤に5連敗を喫するなどで6勝9敗だった。東の9枚目に番付を下げた5月場所は先場所同様に中盤に5連敗を喫し、中日を終えて2勝6敗だったが、そこから6連勝で追い上げて8勝7敗と勝ち越しを決めた。翌7月場所はやや幸運な3枚上昇の東前頭6枚目。その7月場所は5日目に遠藤から不戦勝を獲得したという幸運もあって千秋楽に勝ち越しを懸けるが、同じく7勝7敗の佐田の海に敗れて7勝8敗の負け越し。9月場所は番付据え置き。10月6日の秋巡業横浜場所では9番申し合いを行い、8勝1敗[49]。11日の浜松場所では土俵下で30分間、日馬富士は逸ノ城と向き合い何度もすり足を繰り返させた。日馬富士からその中で左の使い方など、身ぶり手ぶりでテクニックを伝授してもらった。後輩を熱血指導した日馬富士は「立ち合いの練習をしていました。自分の知っていることを教えてあげた。これを一生懸命、頭に入れてやるかは本人次第。どう努力して繰り返すか」と話した[50]。12日の一ノ宮場所では支度部屋で横たわり、母国の乾燥チーズ「アーロール」をつまんだ。「貴ノ岩関からもらったっす。仲良いですよ。鳥取城北高の先輩ですから」と逸ノ城は話した[51]。22日の岸和田場所から、秋巡業を休場することになった。この日の巡業には姿を見せたが、午後の取組を回避して帰京した。巡業部の玉ノ井副部長(元大関・栃東)は「ヘルニアということで。前にもやっているから、負担がかかったんだろう。重度ではないけど。本人から(休場の)話がありました」と経緯を説明した[52]。 西前頭4枚目で迎えた2017年11月場所は、初日から4連勝と好スタートを切ると、8日目には横綱・稀勢の里から金星。ただ稀勢の里が不調だったらしく逸ノ城は「いつもの横綱じゃなくてびっくりした。何か軽かった。途中で力を抜いたような感じだった」と話していた[53]。2016年11月場所は減量の効果で筋肉が落ちて力も出ない上に食事を我慢したストレスが溜まったため、その反省から食事の適量を守りつつ減量をやめてこの場所に挑んだことが、場所中伝えられている[54]。中日を終えて7勝1敗と好調だったが、9日目の大翔丸戦、11日目の髙安戦では力なく完敗するなど3連敗で優勝争いからは脱落。しかし12日目からの大関・関脇戦を3連勝として10勝5敗と二桁の白星を挙げた。

2018年1月場所は前頭筆頭で迎える。初日から連敗してしまうが横綱・稀勢の里を倒しこの場所初白星。その後連敗してしまうが6日目から7連勝し10勝5敗で場所を終えた。これにより翌3月場所は16場所ぶりとなる三役の地位で迎えることが確定した。3日目のインタビュールームでは、筋肉をつけるために減量をやめたことを話している[55]。この場所の相撲内容は武蔵川から「前半に星を落とさなければ優勝もできたのでは?」と評価されるほどであった[56]。また、12日目の取組後の支度部屋では比較的体の動きが良い場所であることを自覚するようなコメントを残している[57]。続く3月場所は入門前からの持病である腰痛が快方に向かっていることから好調で、小結の地位で9勝6敗の勝ち越し。腰痛は悪くなると睡眠にも支障が出るが、この場所は痛みが消え、「相撲を楽しめている」と穏やかにほほえんだ[58]。5月場所は西関脇に復帰。場所前の5月9日に行った時津風部屋での出稽古では同じく出稽古に訪れていた白鵬と6番取って4勝2敗、白鵬との稽古以外には幕内・正代らと16番取り全勝と好調。「自信になる」と手応えを口にし、白鵬も「ただ重いだけじゃない。うまくなっている。立ち合いの圧力もある」と成長を認めた[59]。初日から4連勝するなど好調を維持し、14日目には横綱 白鵬に勝利するなど安定した相撲内容で8勝7敗と勝ち越した。7月場所は自身最高位である東関脇で迎えたが、体重を230㎏まで増やした影響で腰が悲鳴を上げ[60]、先場所までとは一転して持ち味の腰の重さが見られず、9日目を終えて3勝6敗に留まるなど脆さを見せたが、終盤戦は大関2人を破るなどして8勝7敗と勝ち越し。 ただし、西関脇の御嶽海が13勝を挙げて優勝したため、翌場所では西関脇に番付を下げた。その9月場所では、初日こそ白星も2度の3連敗が響き、10日目を終えて3勝7敗と関脇陥落の危機に陥ったが、そこから横綱・稀勢の里を力強い相撲で破るなど5連勝で、結果的に8勝7敗で場所を終えた。また、自身最長の三役4場所連続の勝ち越し、幕内7場所連続の勝ち越しとなった。この場所は大相撲史上初の三賞すべて該当者なしとなったが、場所後の『相撲』には当該雑誌の独断で三賞受賞にあと一歩であった力士7人の内の1人としてピックアップされた[61]。続く11月場所は初日こそ白星も、翌日から5連敗を喫し11日目を終えて3勝8敗と負け越しが決まる。これによりこの1年は年6場所全て勝ち越しの力士がいない年になった。その後3連勝するも、千秋楽に敗れ、6勝9敗の成績。来場所は、5場所守ってきた三役の地位を守るのは絶望的となった。

2019年1月場所は一年ぶり平幕である西前頭筆頭で迎える。序盤戦で2横綱2大関を破るなど好調だったものの、中盤以降は、関脇以下相手に自分の相撲を取ることが出来ず、14日目には負け越しが決まってしまう。結局この場所を6勝9敗で終え、1場所での三役復帰は叶わなかった。3枚下降の西前頭4枚目で迎えた3月場所は9日目に勝ち越しを決めるなど絶好調。9日目での勝ち越しは自身としては新入幕であった2014年9月場所以来。好調の要因は1月下旬から始めた趣味のアーチェリーで腕力と集中力を鍛えたことにある[2]。9日目終了時点で「内容が悪くても体の大きさで勝っている。8勝1敗は持っているものの裏返しで、もっと激しい相撲を取って内容が伴ってくれば上位にとって脅威だ」と藤島審判副部長はコメント[62]。その後も連勝を続け、千秋楽も勝って14勝1敗で終えた。しかし結びの一番で横綱白鵬が勝って全勝で終えたために優勝はならなかった。本割では白鵬との対戦は組まれなかった。平幕が14勝1敗で幕内最高優勝を逃すケースは戦後4例目[63]。しかし千秋楽まで優勝争いに加わったことや2大関を破ったことが評価され、2度目の殊勲賞を獲得[64]。場所後の春巡業がぎっくり腰で休場。湊は回復し次第途中出場する意向を示した[65]。4月12日から春巡業での取組への参加を開始した[66]。5月場所は7日目まで2勝5敗と不調で、右膝の負傷によって中日の琴奨菊戦から休場[67]。その後12日目より再出場し、残り4日で3勝1敗として、結局この場所を5勝7敗3休の成績で終えた。来場所は平幕からの出直しとなる見込み。西前頭4枚目で迎えた7月場所では、初日こそいいところなく黒星も、2日目から前に出る相撲を見せ5連勝。9日目にはそれまで全勝としていた横綱白鵬に寄り切りで完勝し、6勝目をあげると同時に白鵬から初となる金星をあげる。その後は後ろに下がる相撲もあったが、千秋楽を白星として9勝6敗で場所を終えた。

9月場所は4日目の鶴竜戦で右肩から土俵に落ちて右関節を脱臼したため、5日目から途中休場となった[68]。同月下旬の稽古中に腰を痛めて身体を動かせない状態となり、秋巡業は休場[69]。都内でリハビリを続け、腰への負担軽減のため減量したが、深刻化した腰痛のため稽古を行えず、11月場所は休場し治療に専念する意向であるという[70]。同月10日に公表された診断書は、10月29日付で「腰椎椎間板ヘルニアで約4週間の安静加療を要する」との内容であったという[71]

人物[編集]

  • 女将曰く、見た目に見合わぬ性格で「昇進が決まり、『おかみさん、僕、締め込みは何色が似合いますかね?』とうれしそうに訊いてきたり、一所懸命にサインの練習をしてうまく書けず、ひとりでやけっぱちになったりしてます(笑)」とのことである[1]
  • 中国出身だが同じモンゴル系の力士であり遊牧民の両親を持つ蒼国来とは気が合う仲であり[72]、2015年春の常陸大宮巡業(茨城県)では逸ノ城と公園で「なんか田舎に帰った気分だねえ」と緩い気分に浸っていた。[73]
  • 入門から入幕当初にかけて、場所前には貴乃花部屋に単身出向いては貴ノ岩と稽古を行っていた。貴ノ岩は同郷であり逸ノ城の鳥取城北の4学年先輩である[1]。好物は唐揚げと甘いもの、嫌いなものはカレー[7][21][11]。来日してから和食に適応しすぎたことでモンゴルに帰郷した際に食べた郷土料理で腹を壊してしまったと逸ノ城の高校時代の師匠である石浦監督は語っている[74]。2013年9月の全日本実業団選手権前には石浦監督が経営する料理店「ちゃんこ石浦」で食事を行い、山盛りの唐揚げやあんかけ丼など3キロ分を平らげ英気を養った[75]。 
  • 好きなタレント西内まりやで、2014年11月2日放送の『ウチくる!?』(フジテレビ)で初対面を果たした[76]

エピソード[編集]

  • 2014年9月場所10日目、逸ノ城はこの時点で9勝1敗となりこの場所の三賞受賞が濃厚になっていた状況の中で「三賞って何ですか? どうするともらえるの?」と話していた。[77]入門から一年足らずでの出来事でありまだ日本語の練度も大相撲に対する知識も乏しかったため、石浦監督も後に「無理はありません」と感想を漏らしている[78]
  • 2014年9月場所での新入幕で注目され、場所後に相撲以外のメディアからの取材やテレビ出演があった疲労とストレスで帯状疱疹を発症し入院。10月の秋巡業を途中休場した。その際の診断書は老人ホーム併設の内科医として勤務する傍ら、湊部屋の仕事に従事する女将が書いている。その後、東映系列のマネジメント会社と業務提携をして土俵外に限って支援を受けている[79]
  • 逸ノ城の管理は女将が行っており、スピード出世を遂げる逸ノ城に対しては「兄弟子に横柄な態度を取らない」「ファンを邪険にしない」の2点を厳守させ、注意は必ず日本語で復唱させるといった具合に厳しく接することがある一方で、母親と息子のようなやりとりもまた日々展開されている。[80]
  • 2015年1月場所からおやつカンパニーより1番ごとに2本の指定懸賞が設定された。[81]
    • 同場所初日の遠藤戦では初日の関脇以下対決として平成以降最多となる21本の懸賞が設定された。[82]
  • 2016年4月10日の春巡業静岡場所では一門の横綱である鶴竜から居残り説教を受けた。「せっかくいい体を持っているのだから、もっと鍛えて余分な脂肪を落とさないと」「朝稽古だけが稽古じゃない。他にもたくさん時間はある。自分で考えなきゃ」「今やらなきゃいつやるの」。指導は朝稽古の時間が終わっても続き、土俵上では子供と関取衆の稽古が始まっていた。逸ノ城を説教した理由を鶴竜は「同じ一門の若手だから。精いっぱいやって脂肪が落ちなければ体質の問題だけど、そうは見えない」と説明。逸ノ城は「言われたことを頭で考えてやれるようにしたい」と言葉が心に刺さった様子だった[83]
  • 2017年10月22日、ヘルニアのため秋巡業を途中休場し帰京[84]。そのため、同月25日夜に発生した日馬富士による暴力事件の現場には居合わせていない。
  • 2019年3月場所11日目の碧山戦は幕内1位の体重226㎏の自身と3位の198kgの碧山とで繰り広げられた合計424kgの巨漢対決になり、叩き込みで勝利を収めた[85]
  • 2019年3月場所後、ぎっくり腰の治療のために針の長さが10cmの特大注射針でブロック治療を行った。逸ノ城の場合この時226㎏の巨体であり、さらに分厚い脂肪のため通常の針では患部に届かないのであった。これによって逸ノ城は注射がトラウマになり、それこそ「立合いのぶつかり合いの方がマシ」と話すほどであった[66]
  • 2019年3月場所3日目、大阪場所では普段車で30分の宿舎から場所入りしているが、この時渋滞によって普段の2倍以上の時間がかかった。会場付近で降車した逸ノ城は約300mの猛ダッシュをして土俵入りの10分前に到着。5分で早着替えして幕内土俵入りに間に合わせた。「部屋の前で時々走っているからね。部屋で2番!下からだけど」と本人は笑っていた。思わぬ形でのスタミナ消費が心配されたが、この日は栃煌山を小手投げで破った[86]

年表[編集]

  • 2014年1月場所 - 初土俵(幕下付け出し)
  • 2014年5月場所 - 新十両
  • 2014年9月場所 - 新入幕
  • 2014年11月場所 - 新三役(新関脇)
  • 2015年5月場所 - 新小結(関脇陥落後)

取り口など[編集]

192cm(公称、師匠の湊親方は193cmまで伸びていると主張)、230kgの巨体であることに加えて太もも周りが92cmを記録するなど太い下半身[77]を持ち合わせており、体格を活かした右四つを得意とする。右を差して引きつけ、胸を合わせた際の威力が高い。一方で湊親方は逸ノ城について「まだまだ差し身に気を取られ過ぎ。左上手を取ってから、『いつでも差せるぞ』という形にならないとね。立ち合いをもっと速くするのが課題かな」と今後の課題を述べている[1]。新入幕会見で湊親方は立合いでのスピードや横への動きへの対応など課題を挙げていた[87][88]。新入幕後には巨体に見合わぬバランス感覚に任せた残り腰や突き押しに対する耐性などの守りの固さ、変化や叩きなどの機動力や策士ぶりが注目されるようになった。[88][77]2014年9月場所中日には右で首を巻いての上手投げで対戦相手の隠岐の海を360度振り回し裏返す勝ち方を見せており、その日の取組をNHK中継のゲストとして観戦していたやくみつるから件の上手投げを「逸ノ城スペシャル」と名付けられて称賛されたこともある[89]。同場所前の出稽古では鶴竜・白鵬の2横綱を相手に何もできなかったが新入幕で初日から連勝を続け、白鵬も4日目の朝の時点で「高見盛タイプだね。稽古場に弱くて本場所に強い」と評している。[90]

遠藤のように突っ張って左四つになる力士が苦手だとして、2014年11月場所後に左四つの勉強をしたいと話した[91]。新関脇になってからは上体が起きる弱点が露呈し[92]、2017年1月場所9日目の取組後に蒼国来が「(逸ノ城の上体を)起こしたかった。三役で一回やってみたい。自分に厳しく(やる)」と逸ノ城の弱点を突く相撲を狙っていたことを話すなど、上体が起きる弱点を突かれることが何度となくある[93]。2015年3月の時点では典型的に相撲が短い力士であり、右四つ左上手になればすぐに相手を下す一方で自分の型にならなければあっさり負けてしまう。[94]2017年1月場所前の時点では減量したことで圧力が落ち、攻めの速さや厳しさが失われており、お笑い芸人のはなわとチロが座談会で指摘している[95]。同じく2017年の一部報道では、足腰を痛めているため当初のような身軽な動きは期待できず、離れられたり立腰になっているところを潜り込まれたりすると弱いという点が目立つようになった、と伝えられている[96]。上背があるため肩越しの上手を取ることもでき、2017年11月場所12日目の豪栄道戦で勝利を収めた相撲などはその典型であった[97]。2018年1月場所は、山根千佳の論評によると、体重を落とした影響で出し投げや横の動きが冴え渡ったとされている[98]

2019年に入ると突き落とし、叩き込みを武器とするようになり、同年3月場所は勝った14番中6番が叩き込み、3番が突き落としであった。だが、こうした引き技は他に適当なものがないため便宜上の決まり手が付いているに過ぎず、実態としては「押しつぶし」とも言える体重に任せて地面に這わせる内容である。2019年4月の春巡業中の日刊スポーツの記事では「異次元ともいえる取り口」と評された[99]。7月場所4日目の宝富士戦では体格を生かした張り手を計6発放って押し出しで破るなど、本来の四つ相撲とは違う相撲を見せている。これは四つ相撲一本では相手に研究されたと痛感したため新境地を求めた結果であった[100]

石浦監督は、稽古不足で体重過多になりがちな逸ノ城個人に向けてではないが「四股やすり足を嫌というほど繰り返すなど、基本の稽古でくたくたになる。その上で体が要求するまま、食べたいだけ食べれば、当然ながら眠くなります。眠くなったら眠りたいだけ眠る。こんな健康的な生活はありません。」とアドバイスしている[101]。基本的に抱える相撲はあまり行わない。逸ノ城の取り口の背景にあるのは高校時代に石浦監督から受けた技術指導であり、足腰の強さに頼って無理に残さず転がるべき時には転がること、抱えずに差すことを教わっている[102]

主な成績[編集]

2019年9月場所終了時点

通算成績[編集]

  • 通算成績:267勝214敗28休(35場所)
  • 通算勝率:.555
    • 幕下成績:12勝2敗(2場所)
    • 幕下勝率:.857
    • 十両成績:24勝6敗(2場所)
    • 十両勝率:.800
    • 幕内成績:231勝206敗28休(31場所)
    • 幕内勝率:.529
      • 新入幕成績:13勝2敗(歴代1位タイ)
      • 新入幕勝率:.867
      • 前頭成績:161勝129敗25休(21場所)
      • 前頭勝率:.555
      • 小結成績:17勝13敗(2場所)
      • 小結勝率:.567
      • 関脇成績:53勝64敗3休(8場所)
      • 関脇勝率:.453

各段優勝[編集]

  • 十両優勝:1回(2014年5月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:3回
    • 殊勲賞:2回(2014年9月場所、2019年3月場所)
    • 敢闘賞:1回(2014年9月場所)
  • 金星:8個
    • 白鵬1個 (2019年7月場所)
    • 日馬富士2個(2015年3月場所、2016年5月場所)
    • 鶴竜2個(2014年9月場所、2019年1月場所)
    • 稀勢の里3個(2017年11月場所、2018年1月場所、2019年1月場所)

場所別成績[編集]

 
逸ノ城 駿
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2014年
(平成26年)
幕下付出15枚目
6–1 
西幕下3枚目
6–1 
西十両10枚目
優勝
11–4[103]
西十両3枚目
13–2[104] 
東前頭10枚目
13–2
西関脇
8–7 
2015年
(平成27年)
西関脇
6–9 
西前頭筆頭
9–6
西小結
8–7 
西関脇
4–11 
東前頭4枚目
9–6 
東前頭筆頭
6–9 
2016年
(平成28年)
東前頭3枚目
2–13 
東前頭11枚目
11–4 
西前頭2枚目
5–10
東前頭7枚目
9–6 
西前頭3枚目
休場[105]
0–0–15
西前頭13枚目
7–8 
2017年
(平成29年)
西前頭13枚目
11–4 
東前頭7枚目
6–9 
東前頭9枚目
8–7 
東前頭6枚目
7–8 
東前頭6枚目
8–7 
西前頭4枚目
10–5
2018年
(平成30年)
西前頭筆頭
10–5
東小結
9–6 
西関脇
8–7 
東関脇
8–7 
西関脇
8–7 
西関脇
6–9 
2019年
(平成31年
/令和元年)
西前頭筆頭
6–9
西前頭4枚目
14–1
東関脇
5–7–3[106] 
西前頭4枚目
9–6
東前頭2枚目
1–4–10[107] 
東前頭12枚目
[108] 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

合い口[編集]

いずれも2019年9月場所終了現在。
  • 横綱・白鵬には3勝12敗。2015年5月場所で初勝利。直近の勝利は2019年7月場所で金星を獲得し、決まり手は寄り切り。
  • 横綱・鶴竜には3勝13敗(うち1勝は不戦勝)。2014年9月場所に初対戦で初勝利し、自身初金星を獲得した。2015年3月場所は不戦勝。2019年1月場所でも寄り切りで勝利し、金星を獲得。
  • 大関・豪栄道には10勝9敗(うち1勝は不戦勝)と勝ち越している。直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は小手投げ。
  • 大関・髙安には6勝6敗と互角である。髙安の大関昇進後は5勝3敗。直近の勝利は2019年3月場所で、決まり手は突き落とし。
  • 大関・栃ノ心には6勝15敗。栃ノ心の大関昇進後は1勝4敗。直近の勝利は2019年9月場所で、決まり手は上手投げ。
  • 大関経験者・琴奨菊には4勝9敗(うち1敗は不戦敗)。琴奨菊の大関在位中は3勝5敗。
  • 大関経験者・照ノ富士には2勝7敗。照ノ富士の大関在位中は1勝4敗。
  • 大関経験者・貴景勝には3勝7敗と苦手としている。しかし、2019年3月場所において、当時、関脇だった貴景勝に叩き込みで勝利し、貴景勝戦の連敗を4で止めた。
  • 元横綱・日馬富士には2勝7敗。2015年3月場所と2016年5月場所で金星を獲得。
  • 元横綱・稀勢の里には7勝8敗。稀勢の里の横綱昇進後は4戦4勝。2014年9月場所に初対戦で初勝利。稀勢の里の横綱昇進後初対戦となった2017年11月場所と2018年1月場所とそれぞれ寄り切りで連勝し、2場所連続で金星を獲得。さらに稀勢の里の現役最終場所となった2019年1月場所でもはたき込みで勝利し、金星を獲得。
  • 最高位が関脇以下の力士との幕内成績は以下の通りである。
力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数 力士名 勝数 負数
関脇
碧山 8 3 安美錦 4 1 10 3 隠岐の海 4 2
魁聖 9 3 琴勇輝 2 2 正代 8 3 宝富士 12 2
嘉風 6 3 豪風 1 2 玉鷲 7 8(1) 栃煌山 6 9
豊ノ島 1 1 御嶽海 4 9 妙義龍 4 9
小結
遠藤 8(1) 3 阿武咲 2 2 臥牙丸 3 0 松鳳山 3 7
千代鳳 5 0 千代大龍 8 3 北勝富士 4 5 阿炎 3 1
竜電 1 1
前頭
朝乃山 2 0 明生 1 0 阿夢露 1 0 荒鷲 4(1) 1
石浦 0 2 宇良 2(1) 2 大砂嵐 3(1) 0 6 2
北磻磨 0 1 旭秀鵬 2 1 佐田の海 5 4 里山 1 0
蒼国来 1 3 大栄翔 5 2 大翔丸 2 2 貴ノ岩 3 1
千代翔馬 0 4 千代ノ皇 1 0 千代の国 3 3 千代丸 1 0
德勝龍 3 2 栃乃若 1 0 豊響 4 1 錦木 5 0
英乃海 2 0 豊山 1 0 志摩ノ海 1 0 友風 1 0
琴恵光 1 0
※カッコ内は勝数、負数の中に占める不戦勝、不戦敗の数。太字は2019年9月場所終了現在、現役力士

改名歴[編集]

  • 逸ノ城 駿(いちのじょう たかし)2014年1月場所 -

主なメディア出演[編集]

CM出演[編集]

参考文献[編集]

  • 『昭和平成 大相撲名力士100列伝』(著者:塩澤実信、発行元:北辰堂出版、2015年)p243-244

脚注[編集]

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  9. ^ 大相撲:「頑張れイイチコ」逸ノ城…秋場所の話題独占 - 毎日新聞
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  47. ^ 白星最少の照ノ富士、5場所皆勤も大不振「つらく、苦しい1年だった」/九州場所
  48. ^ 逸ノ城2敗キープ9勝目 禁酒&20キロ減量で怪物復活!
  49. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年12月号p7
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  73. ^ 2年半のブランクに苦労 大相撲・蒼国来(下) 日本経済新聞 2015/4/25 6:30
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  95. ^ 『大相撲ジャーナル』2017年2月号74ページ
  96. ^ 衝撃デビューも遠い過去 「モンゴルの怪物」逸ノ城の凋落 日刊ゲンダイ 2017年7月20日(株式会社日刊現代、2017年11月23日閲覧)
  97. ^ 白鵬に完敗の御嶽海「やることが逆だった。作戦ミス」 SANSPO.COM 2017.11.23 19:12(産経新聞社、2017年11月25日閲覧)
  98. ^ 『大相撲ジャーナル』2018年3月号 p.27
  99. ^ 逸ノ城の常識覆る縦の動き226キロ“押しつぶし” 日刊スポーツ 2019年4月20日11時23分(日刊スポーツ新聞社、2019年4月21日閲覧)
  100. ^ “スーパーヘビー級”逸ノ城が張り手連発で3連勝 日刊スポーツ 2019年7月10日19時56分(2019年11月11日閲覧)
  101. ^ 石浦外喜義『弱くても勝てる 強くても負ける』(幻冬舎、2017年)p9-10
  102. ^ 石浦外喜義『弱くても勝てる 強くても負ける』(幻冬舎、2017年)p62-63
  103. ^ 鏡桜、青狼、琴勇輝と優勝決定戦
  104. ^ 栃ノ心と優勝決定戦
  105. ^ 腰椎椎間板ヘルニアのため全休、全休は入門後初。
  106. ^ 右膝蓋骨骨挫傷、右膝内障のため8日目から休場、12日目より再出場
  107. ^ 右肩関節脱臼のため5日目から休場
  108. ^ 腰椎椎間板ヘルニアのため初日から休場

関連項目[編集]

外部リンク[編集]