高安晃

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本来の表記は「髙安晃」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。
髙安晃 Sumo pictogram.svg
Takayasu 2012 Jan 2.JPG
基礎情報
四股名 髙安 晃
本名 髙安 晃
愛称 ヤス
生年月日 (1990-02-28) 1990年2月28日(26歳)
出身 茨城県土浦市
身長 186cm
体重 177kg
BMI 51.16
所属部屋 鳴戸部屋田子ノ浦部屋
得意技 突き、押し、左四つ、寄り、上手捻り
成績
現在の番付 関脇
最高位 関脇
生涯戦歴 404勝356敗11休(70場所)
幕内戦歴 244勝240敗11休(33場所)
優勝 幕下優勝1回
殊勲賞2回
敢闘賞3回
技能賞1回
データ
初土俵 2005年3月場所
入幕 2011年7月場所
趣味 音楽鑑賞
備考
金星4個(日馬富士3個、白鵬1個)
2016年11月27日現在

髙安 晃(たかやす あきら、1990年2月28日 - )は、茨城県土浦市出身の大相撲力士田子ノ浦部屋(入門時は鳴戸部屋)所属。本名同じ。身長186cm、体重177kg、血液型はA型。突っ張り、押し相撲を得意とする一方で左四つからの寄りもある。13代鳴戸(隆の里)と同じく上手捻りも得意とする。[1]

好物は煮魚(特にサバの味噌煮)。入門前は野菜嫌いであったが現在では好き嫌いが無いという。[2]最高位は東関脇(2016年9月場所・11月場所)。趣味は音楽鑑賞。メディアによって、高安(晃)の表記も見られる。TwitterとFacebookを利用している。

来歴[編集]

父が日本人、母がフィリピン人の家庭に高安は生まれ、3歳の頃には父がヤマハ音楽教室に連れて行ってピアノを習わせたが、その頃には興味を持っていなかった。この頃の経験からピアノに対する未練ができたのか、後年楽器店でピアノを見つけては試しに弾くようになったという。[2]土浦第一中学校では野球部に所属し中堅手として活躍していた。元AKBの秋元才加は幼なじみである[3][4]

中卒後の進路は迷っていたが「身一つで稼ぐ方が性に合う」と結論を出し、父の勧めもあり[5]中学卒業と同時に鳴戸部屋に入門し、2005年3月場所において初土俵を踏んだ。入門時で既に180cm・120kg,足の大きさ33cm[6]という恵まれた体格、鳴戸から「ゴムマリのようだ」と評された体質[7]から将来を嘱望されていて、その期待に違わずに順調に番付を上げていった。しかし、鳴戸部屋の厳しさに耐えられずに何度も脱走したことがあり、特に4度目の脱走では、赤信号で停車した隙に、乗っていた車から飛び出したという。[8]

2010年9月場所では、西幕下13枚目の位置で7戦全勝の成績を挙げて幕下優勝を果たし、内規により翌11月場所において新十両へと昇進し、舛ノ山千賀ノ浦部屋、高安と同じく日比ハーフ)と共に、平成生まれでは初となる関取力士となった。

新十両で迎えた翌11月場所では、11勝4敗という好成績を挙げ、東十両3枚目の位置まで大きく番付を上げた翌2011年1月場所でも、9勝6敗と勝ち越し、続く5月技量審査場所でも東十両筆頭の位置で8勝7敗と勝ち越しを決めて、翌7月場所において新入幕を果たした。

新入幕となった2011年7月場所では8日目の時点で7勝1敗と非常に好調で、後半戦では黒星が込んだものの最終的には9勝6敗と勝ち越した。幕内4場所目となる2012年1月場所では西前頭3枚目まで番付を上げ、8日目には横綱白鵬と対戦し、平成生まれの力士としては初めて結びの一番を務めた[9]。同年5月場所では、自己最高位となる西前頭筆頭へと番付を上げたが、5勝10敗と大きく負け越した。翌7月場所でも、初日から8連敗と振るわず、後半には盛り返したものの6勝9敗と負け越した。翌9月場所では、初日からの8連勝で中日に勝ち越しを決め、勝てば敢闘賞受賞が決定していた千秋楽の舛ノ山戦に敗れて三賞受賞はならなかったものの、10勝5敗という好成績を挙げた。

2013年1月場所では、6日目から9連勝して10日目に勝ち越しを決め、12勝3敗の好成績を挙げて自身初となる敢闘賞を受賞した[10][11]。翌3月場所では3日目に横綱・日馬富士を破り自身初となる金星を獲得したものの[12]、結果的には5勝10敗と大きく負け越した。続く2013年7月場所では、3日目に横綱・日馬富士上手捻りで破り2個目の金星を獲得し[13]、その後も5日目に鶴竜、6日目に琴欧洲の2大関を破って9勝6敗と勝ち越し、初の殊勲賞を受賞した[14]。翌9月場所では小結へ昇進し、平成生まれ初の三役力士となった[15][16]しかし、その場所では横綱大関陣からは白星を挙げられず(琴欧洲の不戦勝を除く)、5勝10敗と大きく負け越した。翌11月場所は番付運に恵まれてわずか2枚半減の東前頭3枚目の地位に就いたがここで3勝12敗の大敗を喫してしまう。

2013年末には、師匠の14代鳴戸(隆の鶴)が田子ノ浦に名跡を変更したことに伴う部屋移転に追われる苦労を味わった。田子ノ浦部屋の力士として迎えた2014年1月場所直前の2014年1月2日には、木刀を振るという独特の調整法[17]を実践している様子が伝えられていた。1月場所は終盤4連勝する追い上げもあって9勝6敗の勝ち越しとなった。

同年5月場所を東前頭8枚目での6勝9敗で終えた高安は、千秋楽の翌日に「優勝争いに絡みたい」と翌7月場所に向けての決意を固めるべく、母の故郷・フィリピンへ出掛け、マニラの議員会館でマニー・パッキャオを訪ねたり、母の兄弟と会うなどして過ごした。因みに高安はフィリピンを訪れるのがこれで初めてだったという。[18]13代鳴戸もパッキャオをボクサーとして気に入っており、稽古場で試合の話をすることが多かったという。[2]

西前頭11枚目の地位で迎えたその7月場所は、2012年9月場所以来となる中日勝ち越しを果たし、三役以上との対戦が、大関・琴奨菊ただ1人に留まった有利もあって優勝争いに最後まで加わるも、千秋楽の取組を終えて11勝4敗となった時点で、12勝3敗同士の優勝決定戦に望みをつなぐことは不可能となった。結局、優勝は13勝2敗の白鵬が勝ち取ったものの、2013年1月場所以来となる2ケタ勝利を収めた上に、敢闘賞を獲得する活躍を果たすことができた。[19]

東前頭3枚目の地位で迎えた11月場所は、白鵬に初めて勝利して唯一の黒星を付けた[20] 他、日馬富士・豪栄道と2横綱1大関を破る活躍で10勝5敗の好成績を挙げ、2つの金星が評価されて2度目の殊勲賞を受賞した。[21]

2015年春巡業のトーナメント戦では、優勝を果たして賞金100万円を手にし、これで弾みが付いたのか、直後の5月場所では10勝5敗の勝ち越しを収めた。[22]同年9月場所では、2日目に大関豪栄道を撃破する星があったが、3日目の逸ノ城戦で左足を負傷し、「左下腿筋挫傷、左足関節靱帯損傷で約3週間の安静加療を要する見込み」との診断書を提出して4日目から途中休場(この日の栃煌山戦は不戦敗)、これが自身初の休場となった。[23]休場明けとなる翌11月場所は、場所前に稽古ができなかったと本人が語っていたが、9日目に勝ち越すなど好調であった。しかし10日目以降は13日目以外白星を挙げられず、終盤の失速により9勝6敗にとどまった。[24]

2016年7月場所は、再小結で11勝4敗の好成績を挙げ、自身初めて技能賞を受賞した。翌9月場所は新関脇に昇進。一時は優勝争いするなど好調だったが終盤3連敗してしまい10勝5敗で場所を終えた。終盤の3連敗に対して「クソー」と言い残し、千秋楽の取組後の支度部屋では記者の質問に一切応じなかった。[25]しかし翌11月場所は大関取りの場所となり、昇進を預かる審判部の二所ノ関部長は「優勝争いに絡み、悪くても(昇進目安とされる直前3場所合計の)33勝だ」と12勝を大関昇進のノルマに設定した。[26]10月14日の秋巡業豊橋場所では照ノ富士と申し合いをして12連勝と好調を示した[27]。しかし11月場所は6日目までに3敗、後が無くなったが中日の4敗目でこの場所での大関取りに失敗。さらに10日目には6敗目を喫したことで大関取りを次の場所に持ち越すことが不可能になった。そして中日から連敗が5になり、12日目に負け越しを確定させた。それでも13日目から残りをすべて勝って7勝8敗と意地を見せた。

取り口など[編集]

基本的に突き押しを得意としており、13代鳴戸からは、入門当初より「当たってひたすら突っ張れ」と教え込まれた。[7]一方で、左四つからの寄り身も強みである。差し手の返しが多少甘くても、胸を合わせて体力で押し込む場合が多い。前述のように上手捻りも得意としており、投げは左四つになれば上手からでも下手からでも出る[28]。攻めが速いので出足が鈍い力士には相性が良い。大至伸行は2014年3月場所前の座談会で「足腰が硬い印象はあるけど、そこを分かった上で相撲を取っている印象」と体質と取り口の兼ね合いについて好評価していた。[29]豪栄道との対戦成績は11勝5敗(不戦勝1を含む)と大きく勝ち越しており、2013年7月場所に初黒星を喫するまで豪栄道には初顔から6連勝していた。足腰は堅いが上体は柔らかく、鳴戸は2016年11月場所前の座談会で「ちょっと力が上に抜けてやりづらい相手でしたね。突っ張っても力が上に逃げてしまうというか、ほかの力士にないものを持っていますね」と高安の体質について現役時代の取組の感想と共に話している[28]。叩きも上手く、無理して攻める相手にはいなしてタイミングよく落とすことが多い[28]

一方で、腰高で脇が甘いので守勢に回ると脆く、特に差し身の上手い相手には苦労しており、もろ差しからの速攻を得意とする栃煌山は大の苦手で、対戦成績は5勝18敗(不戦敗1を含む)と大きく負け越している。また、機動型の力士も苦手としており、稽古場では兄弟子の隆の山を苦手としていた。[30]

星取表に現れる特徴としては、序盤の出遅れが目立つ[31]

主な成績[編集]

2016年11月場所終了現在

通算成績[編集]

  • 通算成績:404勝356敗11休(70場所)
  • 幕内戦歴:244勝240敗11休
  • 幕内在位:33場所
  • 三役在位:5場所(関脇2場所、小結3場所)

各段優勝[編集]

  • 幕下優勝:1回(2010年9月場所)

三賞・金星[編集]

  • 三賞:5回
    • 殊勲賞:2回(2013年7月場所、2014年11月場所)
    • 敢闘賞:3回(2013年1月場所、2014年7月場所、2016年9月場所)
    • 技能賞:1回(2016年7月場所)
  • 金星:4個(日馬富士3個、白鵬1個)

場所別成績[編集]

                                                                                                                            

髙安 晃
一月場所
初場所(東京
三月場所
春場所(大阪
五月場所
夏場所(東京)
七月場所
名古屋場所(愛知
九月場所
秋場所(東京)
十一月場所
九州場所(福岡
2005年
(平成17年)
x (前相撲) 西 序ノ口 #29
4–3
 
西 序二段 #129
4–3
 
東 序二段 #98
4–3
 
東 序二段 #73
4–3
 
2006年
(平成18年)
西 序二段 #48
2–5
 
西 序二段 #78
3–4
 
西 序二段 #98
5–2
 
東 序二段 #44
3–4
 
西 序二段 #67
4–3
 
西 序二段 #41
5–2
 
2007年
(平成19年)
西 序二段 #5
4–3
 
東 三段目 #86
5–2
 
東 三段目 #55
5–2
 
西 三段目 #27
3–4
 
西 三段目 #41
4–3
 
東 三段目 #26
5–2
 
2008年
(平成20年)
東 三段目 #2
3–4
 
東 三段目 #11
4–3
 
西 幕下 #59
4–3
 
西 幕下 #51
3–4
 
東 三段目 #5
4–3
 
東 幕下 #54
5–2
 
2009年
(平成21年)
東 幕下 #39
2–5
 
東 三段目 #3
4–3
 
東 幕下 #54
4–3
 
東 幕下 #44
4–3
 
西 幕下 #36
5–2
 
東 幕下 #27
4–3
 
2010年
(平成22年)
西 幕下 #22
4–3
 
西 幕下 #18
5–2
 
西 幕下 #10
4–3
 
東 幕下 #6
2–5
 
西 幕下 #13
優勝
7–0
東 十両 #11
11–4
 
2011年
(平成23年)
東 十両 #3
9–6
 
八百長問題
により中止
東 十両 #1
8–7
 
東 前頭 #11
9–6
 
東 前頭 #6
6–9
 
西 前頭 #8
9–6
 
2012年
(平成24年)
西 前頭 #3
6–9
 
東 前頭 #7
10–5
 
西 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #5
6–9
 
西 前頭 #9
10–5
 
東 前頭 #4
5–10
 
2013年
(平成25年)
東 前頭 #7
12–3
東 前頭 #1
5–10
西 前頭 #5
8–7
 
西 前頭 #1
9–6
西 小結
5–10
 
東 前頭 #3
3–12
 
2014年
(平成26年)
東 前頭 #9
9–6
 
西 前頭 #3
5–10
 
西 前頭 #8
6–9
 
西 前頭 #11
11–4
東 前頭 #2
7–8
 
東 前頭 #3
10–5
2015年
(平成27年)
東 小結
6–9
 
東 前頭 #3
3–12
 
西 前頭 #8
10–5
 
東 前頭 #2
6–9
 
西 前頭 #3
1–3–11[32]
 
西 前頭 #12
9–6
 
2016年
(平成28年)
西 前頭 #8
11–4
 
西 前頭 #1
5–10
 
西 前頭 #5
9–6
 
西 小結
11–4
東 関脇
10–5
東 関脇
7–8
 
各欄の数字は、「勝ち-負け-休場」を示す。    優勝 引退 休場 十両 幕下
三賞=敢闘賞、=殊勲賞、=技能賞     その他:=金星
番付階級幕内 - 十両 - 幕下 - 三段目 - 序二段 - 序ノ口
幕内序列横綱 - 大関 - 関脇 - 小結 - 前頭(「#数字」は各位内の序列)

脚注[編集]

  1. ^ 『相撲』2013年11月号33頁の記述によると、「序二段の頃に自然に稽古場でやるようになった。」と本人が証言しており、13代鳴戸が右上手から放つのとは異なり左右どちらからでも放つ。
  2. ^ a b c 公益財団法人日本相撲協会監修『ハッキヨイ!せきトリくん わくわく大相撲ガイド 寄り切り編』18pから19p
  3. ^ 高安が幼なじみ秋元才加の観戦に応え白星2敗守る
  4. ^ 秋元才加、印象一番は「もちろん高安関、格好いい」
  5. ^ 13代鳴戸からは、「高校野球と違って大相撲はすぐに公式戦に出られるよ。」と説得されたという。同じ方法で兄弟子の稀勢の里も説得したとされる。
  6. ^ 『相撲』2012年3月号  因みに兄も弟にあたる高安(晃)に負けず劣らずの巨漢であり、晃と兄弟喧嘩をすると母親ではとても止められなかったという。
  7. ^ a b 『相撲』2016年9月号28ページ
  8. ^ 『相撲』2016年4月号
  9. ^ “平成生まれ初の幕内力士・高安 敗れても充実感”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年1月15日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2012/01/15/kiji/K20120115002437600.html 2013年7月18日閲覧。 
  10. ^ 記者クラブは千秋楽に13勝目を挙げることを条件に技能賞受賞も推薦していた。
  11. ^ “高安が初の敢闘賞 3敗目も満足「日頃からの稽古の成果」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年1月28日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/01/28/kiji/K20130128005072940.html 2013年7月16日閲覧。 
  12. ^ “高安 日馬撃破!平成生まれ初金星、実感なし「何が何だか」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年3月13日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/03/13/kiji/K20130313005381630.html 2013年7月16日閲覧。 
  13. ^ “稀勢弟弟子が“援護”高安また金星「自信」2戦2勝”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年7月10日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/07/10/kiji/K20130710006187180.html 2013年7月29日閲覧。 
  14. ^ “5場所ぶり殊勲賞選出 1横綱2大関破った高安が初受賞”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年7月21日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2013/07/21/kiji/K20130721006263840.html 2013年7月29日閲覧。 
  15. ^ “高安が新三役、遠藤は最速で入幕…大相撲秋場所”. 読売新聞. (2013年9月2日). http://www.yomiuri.co.jp/sports/sumo/news/20130902-OYT1T00116.htm 
  16. ^ 本名三役も2004年3月場所に同時新小結を果たした霜鳥典雄垣添徹以来の記録となる。
  17. ^ 知り合いの合気道家から教わった調整法であり、腕の筋や腱、手首等を鍛え脳を活性化する目的であるという。
     『大相撲ジャーナル』2014年4月号106頁
  18. ^ 高安がパッキャオ効果で3連勝 2014年7月16日 紙面から
  19. ^ 高安、平幕2年ぶりVへ今日琴奨菊戦 nikkansports.com 2014年7月26日10時10分 紙面から
  20. ^ 白鵬にとっては2013年1月場所3日目(妙義龍戦)以来10場所ぶりの金星配給で、史上1位だった対平幕戦の連勝記録が82で止まった。また、この日は6日目だったため、同様に史上1位だった中日勝ち越しの連続記録も10場所で止まった。
    白鵬、668日ぶり金星配給 平幕連勝記録も82でストップ スポニチアネックス 2014年11月15日(2014年11月25日閲覧)
  21. ^ “高安、金星2つで殊勲賞 三役復帰も濃厚「精進したい」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年11月24日). http://www.sponichi.co.jp/sports/news/2014/11/24/kiji/K20141124009340150.html 2014年11月24日閲覧。 
  22. ^ 『相撲』2015年6月号70ページ
  23. ^ 高安が左下腿筋挫傷などで休場 逸ノ城戦で痛める 日刊スポーツ 2015年9月16日(2015年9月27日閲覧)
  24. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年1月号43頁
  25. ^ 『大相撲ジャーナル』2016年11月号7ページ
  26. ^ 高安、敢闘賞受賞も終盤で3連敗「本当に駄目。後味悪い」/秋場所 SANSPO.COM 2016.9.26 05:01
  27. ^ 『相撲』2016年11月号18ページ
  28. ^ a b c 『大相撲ジャーナル』2016年12月号57ページ
  29. ^ 『大相撲ジャーナル』2014年4月号58頁
  30. ^ 叩き上げ高安 ホープ遠藤叩き2敗死守、残ったV争い Sponichi Annex
  31. ^ 北の富士勝昭、嵐山光三郎『大放談!大相撲打ちあけ話』(新講舎、2016年)P160
  32. ^ 左下腿筋挫傷及び左足関節靱帯損傷のため4日目から休場

関連項目[編集]

外部リンク[編集]