米中冷戦

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米中冷戦(べいちゅうれいせん)とは、アメリカ合衆国(米国)と中華人民共和国(中国)がかつての米国とソビエト連邦(ソ連)のような冷戦状態にあるとみなすもの。

米ソ冷戦期においても、米中冷戦(US-China Cold War)という言葉が用いられることがあったが、現在の用法は米ソ冷戦終結後の「中国脅威論」とともに語られることが多い。観点の相違により、米中新冷戦新冷戦あるいは東アジア冷戦などとも呼ばれている。

旧冷戦の継続としての「米中冷戦」論[編集]

米ソ冷戦が終結して、1992年にフランシス・フクヤマが『歴史の終わり』を著し、1993年には藤原帰一が「米中冷戦の終わりと東南アジア」という論文を著した。しかしその後も、米中両国の間にあって朝鮮半島台湾海峡をめぐる緊張状態は収まってはいない。1996年に李鍾元は『東アジア冷戦と韓米日関係』を著し、「東アジアでは冷戦は終わっていない」という議論を現在まで展開し続けている。

新たな脅威としての「米中冷戦」論[編集]

他方、米ソ冷戦後にBRICsの一角として経済的・軍事的に台頭してきた中国を「新たな脅威」とみなし、この中国脅威論の高まりとともに懸念されるようになったのが米中新冷戦(べいちゅうしんれいせん)ともよばれるものである。

1996年には中川昭一自由民主党)らが著書で「米中“新冷戦”」と記し、日本では「米中新冷戦」「米中冷戦」という言葉が用いられるようになっていった。1998年にはイギリスのジャーナリストらが、南シナ海の油田争奪をめぐって2005年に中国がベトナム台湾マレーシアフィリピンと武力紛争に至って米国や日本と核戦争に至る事態を想定する小説『米中戦争』(Dragon Strike)を発表している。

2001年共和党ブッシュ政権が登場すると、米中両国間の緊張が著しく高まり、各国のメディアが米中対決の可能性について報じた。例えば、中国共産党機関紙「人民日報」ウェブ英語版は2002年1月28日の記事で「Will China and US Follow the Tracks of Soviet-US Cold War?(中国と米国は、米ソ冷戦の跡を辿るのか?)」と警告を発しているし[1]タイの英字紙 Asia Timesは2002年9月28日の記事で「US vs China: A new Cold War?(米国 VS 中国:新冷戦か?)と警告している[2]

このような世論の流れは、中国の巧みな外交的回避とりわけアメリカ同時多発テロ事件の発生と「対テロ戦争」への中国の協力的姿勢によって、消え去ったかに見えた。その後も、田中宇(反米)や日高義樹(親米)や深田匠(親共和党)などが、それぞれの立場から「米中新冷戦」を論じる著書を著している。2008年北京オリンピック後に米中戦争勃発の危険が高まるという説も出された。

米中関係をめぐる状況[編集]

1999年5月にはコソボ紛争においてNATOの一員として米軍機がベオグラードの中国大使館を「誤爆」して米中間は険悪になった(NATO bombing of the Chinese embassy in Belgrade)。このとき、中国大使館は民族浄化に深く関わったセルビア義勇親衛隊の活動と、関係を持っていた。さらに、2001年に登板したブッシュ政権は、中国に対して、厳しい態度を表明した。4月には海南島事件Hainan Island incident)が発生して米中間の軍事的緊張が極めて高まった。中国は、国内の言論を統制し、チベットなどでの民族弾圧をくりかえし、また、ミャンマーの軍事政権を支援していた。

2001年に中国は、自由陣営を警戒するロシア中央アジア諸国とともに安全保障機関「上海協力機構」(SCO)を発足させて、自由陣営を牽制。2005年に同機構は、米軍が中央アジアから撤退するように要求した。

上海協力機構(SCO)。
深緑は加盟国、薄緑はオブザーバー

2006年に、パキスタンが中国の技術提供により核武装を進めつつあるため、米国はインド米印原子力協力協定Indo-US civilian nuclear agreement)を締結した。日本も自由陣営の一員として、2006年11月には麻生太郎外相が「自由と繁栄の弧」政策を打ち出し、2007年8月には安倍晋三首相が訪印して日印の安全保障・防衛分野での協力を確認した[3]

他方、上海協力機構には、米国の同盟国であるパキスタンと友好国インドのみならず米国と対立するイランもオブザーバー加盟した。同機構加盟国はしばしば共同軍事演習を行ない、2005年には中国とロシア、ロシアとインド、2007年には正式加盟6か国、中国とインドが実施しているが、対米関係を重視するインドはオブザーバーにとどまる意向である。 なお、インドのシン首相は、日本に対し、上海協力機構と同じような軍事同盟を正式に締結し、対中牽制を行う事が地域の安定に繋がると提言している。

2005年には親中派とされるロバート・ゼーリック米国務副長官に就任。同年9月21日に「今後アメリカは中国を“責任ある利害共有者”(responsible stakeholder)とみなす」と発言して(ゼーリック発言)、融和的な姿勢で自制と大国としての責任ある行動を促した[4]

2007年~2008年、北朝鮮をめぐる六ヶ国協議は、中国の時間稼ぎに使われ、打ち切られた。中国政府は今後数十年にわたる高い経済成長の持続を目指しており、軍事力の水準が上がるまで、北朝鮮問題の棚上げを望んでいる。

2009年、アメリカでは親中派と見られるバラク・オバマ大統領の民主党政権が登板、米中戦略経済対話の演説で孟子の教えを引用して米中両国の相互理解を促した。オバマは、同年11月15日~18日にはアジア歴訪日程の半分を費やして初めて訪中して胡錦濤主席と会談し、共同声明で米中の戦略的相互信頼の構築と強化を謳った。人権問題への批判をまったく控え、これらにより、中国側の自制を期待した。

ところが、これを自己中心的に誤解した中国は2010年に入っても、上記の問題を改めないばかりか、南沙問題などで周辺諸国に軍事的恫喝を加えるまでになり、Google事件や、ノーベル平和賞への介入など、国際社会に挑戦する外交を繰り返している。アメリカ側も、台湾への兵器売却の決定、そして、ダライ・ラマ14世とオバマとの会談実現などで、方向転換しつつあることを示している。中国の反共産党活動家がノーベル平和賞を受賞した理由は、「政治運動に対する弾圧を行う大国が有ることは、許されない。」である。米中が冷戦状態に入ったという認識は、主要メディアでは2011年に入るまでなされていなかったが、かねてから既にその直前であるという見方は多かった。

そして、遂にアメリカ政界の重鎮であるヘンリー・キッシンジャー元米国務長官が、2011年1月14日付け米紙ワシントン・ポストに寄稿、「米中は冷戦を避けなければならない」と述べ、米中が冷戦状態に入りつつあると警鐘を鳴らす記事が掲載された。キッシンジャーは米中が冷戦状態に入った場合、「核拡散や環境、エネルギー、気候変動など、地球規模で解決が必要な問題について、国際的に(米中の)どちらに付くかの選択を迫ることになり、各地で摩擦が発生する」と述べた[5]

琉球新報は、2011年1月21日付の社説で、「ワシントンで行われたオバマ米大統領と中国の胡錦濤国家主席との米中首脳会談は、米中二大大国時代を象徴する会談となった。世界に平和をもたらすのも、戦争や紛争に陥れるのも、米中の手中にある。どうやら世界はそんな危うい時代に突入している。二大国の動向を警戒し、注視したい」と記述した[6]

2011年11月9日アメリカ国防総省は「エア・シーバトル」(空・海戦闘)と呼ばれる特別部局の創設、中国の軍拡に対する新たな対中戦略の構築に乗り出していることが明らかとなった。この構想には中国以外の国は対象に入っていないとアメリカ側は事実上認めており、ある米政府高官は「この新戦略は米国の対中軍事態勢を東西冷戦スタイルへと変える重大な転換点となる」と述べた[7]

2017年12月18日に米国のドナルド・トランプ政権が安全保障政策の指針として初めて発表した国家安全保障戦略では中国をロシアと並んで米国や国際秩序に挑戦する「修正主義国家」「競争相手」と位置付ける一方、中露両国とは「米国の国益を守る前提で協力を目指す」として冷戦時代の競争と協調のように硬軟合わせて対応することを述べた[8][9][10]

関連するフィクション[編集]

書籍および映像作品[編集]

ゲームソフト[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Will China and US Follow the Tracks of Soviet-US Cold War? June 28, 2002 , People's Daily Online
  2. ^ US vs China: A new Cold War? By Jing-dong Yuan 2002-9-28,Asia times
  3. ^ 新次元における日印戦略的グローバル・パートナーシップのロードマップに関する共同声明(仮訳) 2007年8月22日 外務省
  4. ^ Whither U.S. -China Relations? NBR Analysis (Dec 2005) , Richard Baum, James A. Kelly, Kurt Campbell and Robert S. Ross
  5. ^ “「米中は冷戦を避けなければならない」 キッシンジャー元国務長官”. 産経新聞. (2011年1月15日). http://sankei.jp.msn.com/world/america/110115/amr1101151347007-n1.htm 2011年1月15日閲覧。 [リンク切れ]
  6. ^ “米中首脳会談 対立から融和へ対話促進を”. 琉球新報. (2011年1月21日). http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-172577-storytopic-11.html 2011年1月21日閲覧。 
  7. ^ “米が対中新部局「エア・シーバトル」空・海戦闘一体…高官「南シナ海脅威座視しない」”. 産経新聞. (2011年11月11日). http://sankei.jp.msn.com/world/news/111111/amr11111101180001-n3.htm 2011年11月11日閲覧。 [リンク切れ]
  8. ^ National Security Strategy”. ホワイトハウス. 2017年12月21日閲覧。
  9. ^ “中露と「競争新時代」…トランプ氏が安保戦略”. 読売新聞. (2017年12月19日). http://www.yomiuri.co.jp/world/20171219-OYT1T50003.html 2017年12月20日閲覧。 
  10. ^ “米「中国は競争相手」 安保戦略「力による平和」推進”. 東京新聞. (2017年12月19日). http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/list/201712/CK2017121902000118.html 2017年12月20日閲覧。 

参考文献[編集]

旧冷戦関係

  • US-China Cold War Collaboration, 1971-1989 (Routledgecurzon Studies in the Modern History of Asia), S. Mahmud Ali著、Routledge刊、2005年、ISBN 978-0415358194
  • 「米中冷戦の終わりと東南アジア」 藤原帰一著、『社会科学研究』第44巻第5号(1993年)
  • 『東アジア冷戦と韓米日関係』 李鍾元著、東京大学出版会、1996年3月、ISBN 978-4-13-036086-9

米中新冷戦関係

関連項目[編集]

外部リンク[編集]