ベロヴェーシ合意

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ベロヴェーシ合意(ベロヴェーシごうい、英語: Belavezha Accordsロシア語: Беловежские соглашения)は、1991年12月8日ロシアボリス・エリツィン大統領、ウクライナレオニード・クラフチュク大統領、ベラルーシスタニスラフ・シュシケビッチ最高会議議長が参加して、ベラルーシのベロヴェーシの森の旧フルシチョフ別荘で急遽行われた秘密会議、及び、その会議においてまとまった合意。

内容[ソースを編集]

この会議において、参加した3国(ロシア・ウクライナ・ベラルーシ)のソビエト連邦からの離脱(ソ連崩壊)と、新たに同地域においてヨーロッパ共同体(EC)をモデルとした緩やかな国家の共同体である独立国家共同体(CIS)の創設が合意され、3国の指導者によって合意文書が署名された。この筋書きを書いたのは、ロシアの「灰色の枢機卿」ゲンナジー・ブルブリスだったといわれる。

会議の後、合意の内容はまず当時のアメリカ大統領ジョージ・H・W・ブッシュに一般電話にて伝えられ、その後にソ連邦大統領のミハイル・ゴルバチョフに伝えられた。

ソ連崩壊の法的正当性については諸説あるが、ベロヴェーシでは、連邦を構成する共和国がソビエト連邦を結成するために結んだ「連邦条約」と1924年のソビエト連邦憲法で「共和国の自由な意思に基づく同盟」が謳われているのを根拠に、共和国は「連邦を構成する意思」がなくなれば連邦から脱退できると主張された。