社会帝国主義
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社会帝国主義(しゃかいていこくしゅぎ、英: Social-imperialism[1], Social imperialism[2])とは、レーニン主義者による用語で、通常は「社会主義を標榜するが、実際には帝国主義である」との意味である[3]。
概要[編集]
この用語は、帝国主義的な戦争とされる1914年の第一次世界大戦の開戦時、第二インターナショナルの指導者が「祖国防衛」を理由にして各自国の参戦のための予算に賛成した際に、これに反対するウラジーミル・レーニンらが、特に戦争経済は社会主義経済だとして肯定的なドイツ社会民主党のパウル・レンシュを始めとする「戦争社会主義」者を批判するために使用したもので[4][5]、社会主義を自称する個人・政党・政権が、自国の勤労大衆の利益擁護を口実に国際連帯を渋って拒否し、他民族または国家に敵対する思想・行動を指す[6]。なお、同義語には「社会愛国主義」や「社会排外主義」(Social chauvinism)がある[6]。
また1968年、ソビエト連邦等によるチェコスロバキアへの侵攻を、中国共産党が批判する際に、この用語を使用した[7]。 「ソ連首脳は、社会帝国主義と社会ファシズムに堕落した」とし、その意味を「社会主義の旗を掲げた帝国主義」、「日和見主義が成長して帝国主義になったもの」と定義づけた[8]。この用語はその後の中ソ対立でも使用されたため、毛沢東思想の用語ともされている。
その他[編集]
- バーナード・センメルは「社会帝国主義」には、関税引き上げによって社会保障を実現すると主張したイギリスのジョゼフ・チェンバレンの関税改革も含めている[9]。
- またセンメルはハンス=ウルリヒ・ヴェーラーらと共に、不均等な経済発展による国内の利害対立を外部に発散し国内の一体化を図る経済政策として帝国主義を理解するべきとする「社会帝国主義論」を説いた[10]。
- 日本共産党はソ連崩壊後の1994年に、「スターリン以後のソ連社会は経済的土台も社会主義とは無縁」で「社会帝国主義」であったとした[11]。
出典[編集]
- ^ social-imperialis...の意味・使い方|英辞郎 on the WEB:アルク 英辞郎. 2018年12月9日閲覧。
- ^ ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 コトバンク. 2018年12月9日閲覧。
- ^ Lenin, VI., (1916), State and Revolution
- ^ “Luxemburg, R., (1915), "Rebuilding the International"”. 2009年1月23日閲覧。
- ^ “Lenin, VI., (1915), "Draft resolution of the leftwing delegates at the International Socialist Conference at Zimmerwald"”. 2009年1月23日閲覧。
- ^ a b 日本大百科全書(ニッポニカ) コトバンク. 2018年12月9日閲覧。
- ^ グロムイコ・ソ連外相来日に関する共同声明に対する人民日報論評 データベース『世界と日本』日本政治・国際関係データベース 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室
- ^ 「わかりやすい極左・右翼・日本共産党用語集 三訂」(警備研究会、立花書房、2008年)p36
- ^ 江里口拓「ウェッブ夫妻における「国民的効率」の構想——自由貿易,ナショナル・ミニマム,LSE——」『経済学史研究』第50巻第1号 (2008年7月)
- ^ 社会帝国主義(しゃかいていこくしゅぎ) コトバンク. 「世界大百科事典内の社会帝国主義の言及 【帝国主義論】より」を見よ
- ^ 日本共産党第20回党大会決議
関連項目[編集]
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