吃音症

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吃音症
概要
診療科 言語聴覚療法
分類および外部参照情報
ICD-10 F98.5
ICD-9-CM 307.0
OMIM 184450 609261
MeSH D013342

吃音症(きつおんしょう、: Stammering symptom)は、発語時に言葉が連続して発せられたり、瞬間あるいは一時的に無音状態が続くなどの言葉が円滑に話せない疾病。言語障害の一種のような症状を示す病気である。どもり吃音ともいわれる。WHOの疾病分類「ICD-10」では、吃音は、「会話の流暢性とリズムの障害」、「吃音症」[1]とされ、米国精神医学会のDSM-4-TR(精神障害の診断と統計の手引き)でも吃音症とされている。日本においてもICD-10やDSMに準じた厚生労働省の「疾病、傷害及び死因分類」[2]が採用され、吃音は基本的には医療機関で受診可能な健康保険適用の吃音症という疾病に分類されている[3]。なお、吃音の症状や悩みを改善する方法は何通りか提案されているものの、吃音症が原因不明であるため決定的な治療法がないのが現実である。特に重度で症状が固定化している吃音の場合、自殺率等も高いため、吃音を障害認定している国もある。例えば、アメリカでは障害者法により吃音は障害として扱われる。ニュージーランドにおいても、法律により吃音は障害として扱われる。ドイツでは、重度の吃音に限り、障害認定を受けることができる。このように、法的に吃音症患者を保護する体制作りが各国で求められている。

概要

突然、人前で、特定の言葉が発しにくくなる疾病で、まわりに人がいなければこのようなことはなく流暢に言葉が出る。原因は特定されていない。

非吃音者があせって早口で話す時に「突っかかる」こととは異なる。テレビ番組の出演者が使う「噛む」こととも異なる。

吃音は2歳で発生することが多く、成人では0.8〜1.2%、学齢期の子供で約1.2%、5歳までの子供では約5%が吃音者であるといわれる。子供の頃は本人が気づいていない場合も多い。吃音の程度やどもりやすい言葉や場面には個人差がある。緊張していたり朗読や電話の応対をしたりする、「あいさつ」などの日常よく使う言葉など、どもりやすい傾向があるとされる。しかし、一般には緊張するからどもるのではなく、どもるから緊張するのである。戦後一時期まで吃音は、精神的緊張に起因する癖であると誤って理解されてきた。それ故、吃音治療も心理療法が重視され間違った方向に進む。

『どもりは必ずなおせる 〜子どものどもり おとなのどもり〜』(婦人生活社 1983年)の著者である花沢忠一郎は、幼少の頃から吃音で苦しみ続け、独自の呼吸法や発声法などを取り入れた大人の吃音の矯正法を日本で最初に考え出し、吃音を自覚し始めたものを「大人のどもり」、吃音に無自覚なものを「子供のどもり」と定義した。子供の吃音や、本人が吃音を気にし人の目を気にする前だと治る確率も高いとされる。近年、吃音はICD-10分類の情緒障害としての吃音症だけではなく、それ以外にも色々な吃音症状があり、症候群[3]であるとする見解も出てきている。

他の身体的障害や言語障害と同様に、吃音は嘲笑やいじめの対象になる事もある。音読の授業で上手く喋れず子供の心に深い傷を負わせることも多い。吃音に絶望し自殺する者もいる。自殺しないまでもうまく言葉が話せないことに起因するうつ病対人恐怖症社会恐怖引きこもりなどの二次障害が出ることもある。

時折、吃音者が吃音を意識していない時など、流暢に話せることもある。また、吃音者はどもる言葉を巧みに避け、どもらないように見せているので、傍からは吃音だと気付かれず深刻な悩みだと受け取られないこともある。吃音者が心で感じている苦痛ほど周囲の人間は気にしていなかったり楽観的に接することが多い。

吃音は自分の名前が言えない、店で注文できない、人と円滑にコミュニケーションを取れない、挨拶が出来ない、電話がかけられない、など社会生活全般に大きな影響を及ぼすが、これを「恥ずかしいこと」「忌むべきこと」と認知し必死に隠そうとする傾向が強いと言われる。その為、身につける物や車種、住所、会社名等々は、自分が「言葉が出る」「言葉が出やすい」「どもらない」状況を周到に用意したり、必要な物でも言えない物は購入しないあるいは、かなり回りくどい方法で購入等、吃音者が吃音を隠すために費やす労力や神経疲弊の大きさは非吃音者にとって想像し難いものである。

分類

吃音の症状を大きく分けると以下の3つの型となり、これらは吃音の核となる症状と考えられている(Van Riper, 1971、Conture, 1990)。近年は更に細かく専門化した分類が行われてきている。

連声型(連発、連続型)
たとえば「おはようございます」という文章の場合、発声が「お、お、お、おは、おはようございます」などと、ある言葉を連続して発生する状態。
伸発
「おーーーはようございます」と、語頭の音が引き伸ばされる状態。
無声型(難発、無音型)
「ぉ、……(無音)」となり、最初の言葉から後ろが続かない状態。

吃音の種類・分類一覧

[4] *種類(A,B,C) - 観察目的 - 観察内容 - 観察法 - 吃音抑制訓練法

  • 神経因性吃音(種類A)
    • I言語性吃音(種類B)
      • 1.ことばの生成 - 言語生成検査(観察目的) - 失語症状の観察を参照 - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 2.ことば(音)の組立て - ことばの構成 失語症状の観察を参照 - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 3.発語運動のプログラミング不全 - 発語運動の不全 - パーキンソン症様発語運動 - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 3.発語運動のプログラミング不全 - 発語運動の不全 - 痙攣性発声障害 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 4.言語優位側の未確立 - 運動機能の左右差、片足立ち、回転後めまいの差 - 閉眼時利き側の混乱及び左利きとの関連 - 左回転前庭覚、左片足立ち訓練
      • 4言語優位側の未確立 - 運動機能の左右差、片足立ち、回転後めまいの差 - 開眼時の側の混乱及び左利きとの関連 - 右回転または劣側方向回転感覚訓練
    • II運動性吃音(種類B)
      • 1語器官の麻痺 - (1)舌の弛緩性、舌の硬直性 - いも(芋)舌、舌扁平突出時のけいれん様の微細な動きや側方への偏位 - 舌の側面、舌先、下の平坦部の感覚刺激、バルサルバ反射(機構)除去、肩・首の筋の弛緩訓練
      • 1語器官の麻痺 - (2)声帯の硬直、けいれん - 肩・首の筋緊張の有無 - バルサルバ反射(機構)除去、肩・首の筋の弛緩訓練
      • 1語器官の麻痺 - (3)口唇のけいれん - 口唇のけいれん - てんかん発作は医療機関で検査と治療
      • 2.構音要領の不全 - 母音、破裂音、破擦音、通鼻音など - 構音(調音)要領のチェック - 各音の構音(調音)要領の再学習、音の引き伸ばし法、音の無声化訓練
      • 3.呼吸法の不全 - (1)腹式と胸式呼吸の混合 - 深呼吸での胸郭の動きと吃音抑制 - 吃症状を示す音の腹式呼吸による流暢性
      • 3.呼吸法の不全 - (2)呼吸制限ー脈拍数の変化、息苦しさ - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 3.呼吸法の不全 - (3)胸郭拡張呼吸と吃音抑制 - 胸郭拡張による吃音軽減 - 胸部拡張呼吸法による発語訓練
      • 3.呼吸法の不全 - (4)胸郭抑制呼吸と吃音抑制 - 3-D呼吸による胸式呼吸の抑制 - 胸部抑制呼吸法による発語訓練
      • 4運動失行などによる発語運動不全 - パーキンソン様発語 - 語中の連発などの発語症状 - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
      • 4運動失行などによる発語運動不全 - 発語失行様発語 - 難発性発語などの発語症状 - 医療機関での治療とリハビリ - 訓練
    • III感覚性吃音(種類B)
      • 聴覚性(種類C)
        • 1.気導音の優位性(観察目的) - (1)気導音効果の左右差 - 吃音抑制効果と発語運動機能の優位側 - 優位側抑制または劣位側補強発語訓練
        • 2.骨導音の優位性 - (2)骨導音効果の左右差 - (1)耳閉鎖による吃音抑制効果 - FAF装置で話声音質変換聴取訓練
        • 2.骨導音の優位性 - (2)骨導音効果の左右差 - (2)音声情報処理に優位な脳 - 劣位側補強または優位側抑制訓練
        • 3.フィードバック効果 - (4)DAF及びFAF効果 - (1)効果の左右差 - DAF及びFAF装置、ソフトによる吃音
        • 3.フィードバック効果 - (4)DAF及びFAF効果 - (2)遅れ時間効果、周波数変換効果 - 抑制訓練
        • 4.聴覚神経経路の問題の確認 - 4000Hz音聴取時間の左右差 - (1)音響性外傷の有無 - 医療機関で検査と治療
        • 4.聴覚神経経路の問題の確認 - 4000Hz音聴取時間の左右差 - (2)音声情報処理の左右差 - 医療機関で検査(事象関連脳電位など)
      • 体性感覚性(種類C) - 体性感覚性(観察目的) - 発語運動筋感覚FB - 黙読時の吃音の確認、発語時上肢の運動連合による吃音抑制 - 発語運動のイメージトレーニング、ESR、呼吸及び発語開始の上肢でのリズム取り
      • 情動性(種類C)
        • 話声の情動情報と吃音の関連 - 音声に含まれる不快情報 - 話声の無声化による吃音の抑制 - 心理療法、エネルギー心理療法、ESR
        • 話声の情動情報と吃音の関連 - マスキングによる吃音抑制効果 - (1)白色ノイズ遮蔽による吃音抑制効果 - 白色ノイズ発生器装用による発語訓練
        • 話声の情動情報と吃音の関連 - マスキングによる吃音抑制効果 - (2)1/fノイズ遮蔽による吃音抑制効果 - 1/fノイズ発生器装用による発語訓練
        • 話声の情動情報と吃音の関連 - マスキングによる吃音抑制効果 - (3)1/f音楽による吃音抑制効果 - 1/f音楽再生機装用による発語訓練
  • 心因性(種類A)
    • 外因性(B種類) - ストレス症 - 心的外傷、環境要因によるストレス症 - フラッシュバック、外傷後ストレス、事件、事故、仕事、家族間系、離婚、死別 - 医療機関での治療、心理療法(エネルギー療法を含む)
    • 内因性(種類B) - 未解決な問題(発達課題達成不全を含む) - 心理的ストレス(感受性) - 息苦しさ、どうき、緊張、ふるえ - エネルギー療法(EFT、BSFF)
    • 内因性(種類B) - アレルギー、喘息、食物アレルギー、化学物質過敏症等 - 医療機関での治療、エネルギー心理療法
  • 脳内調節系(種類A)
    • 脳機能の左右交差(種類B)
      • 運動機能の優位側 - 利き目、利き耳、利き足 - 利き側の混乱 - 正中線交差運動(ブレイン・ジム)
      • 平衡感覚の優位側 - 前庭(平衡)機能 - 閉眼片足立ち時間の左右差 - 開眼時の平衡訓練(ブレイン・ジム)
      • 平衡感覚の優位側 - 半規管(回転)機能 - 閉眼いす座位回転でのめまいの左右差 - 回転運動(ブレイン・ジム)
    • ホルモンの機能変調(種類B)
      • セロトニン不足 - セロトニン欠乏症チェック - うつ、パニック症、不安症、PTSD - セロトニン呼吸、セロトニン促進生活法、医療機関での治療
      • ドーパミン優位 - ドーパミン過剰症チェック - 嗜好品依存症、ギャンブル依存症など - 医療機関での治療、エネルギー心理療法
      • 交感神経優位 - アドレナリン亢進チェック - 脈拍数、呼吸数亢進 - 医療機関での治療

吃音の段階

一般的に吃音には、次の五つの段階がある。

第1段階 - 難発。吃音発生時
第2段階 - 連発。本人にあまり吃音の自覚のない時期。
第3段階 - 連発。伸発。本人が吃音を気にし始める時期。次第に語頭の音を引き伸ばすようになる。
第4段階 - 難発。吃音を強く自覚するようになる時期。伸発の時間が長くなり、最初の語頭が出にくい難発になる。時に随伴運動が現われる。
第5段階 - 吃音のことが頭から離れず、どもりそうな言葉や場面をできるだけ避けたり、話すこと自体や人付き合いを避けたりする。

なお、『連発 → 伸発 → 難発』へと順番に移行していくものではなく、『難発 → 連発 → 連発+伸発 → 連発+伸発+難発』と新たな要素が加わりながら移行して行くものとされる。

吃音に伴う症状

  • 随伴運動 - 吃音による不自然な身体の動き(瞬き、体を叩く、手足を振る、足踏みする、目を擦るなど)。
  • 吃音回避 - どもる言葉を避けようとする。
  • 転換反応
  • 波状現象(変動) - 流暢に話せていたと思うと、急に吃音が出る。
  • 吃音予期不安 - どもったことで、またどもるのではないかと恐怖を感じる。
  • 吃音不安 - どもったことで、相手にどう思われるか恐怖を感じる。
  • 吸息反射 - 緊張し、吸息したままの状態になる。
  • 呼吸の乱れ
  • 早口
  • 全身(口唇、舌、声帯、直腸筋、腹筋、横隔膜筋、胸筋、肛門など)や一部の筋肉の過緊張 - バルサルバ反射など。
  • 吃音に意識が集中し、話がまとまらない。
  • 頭が真っ白になり、言葉が頭に浮かばない。
  • どもったことで自己嫌悪になる。
  • 吃音を気にし、話すことや人付き合いを避けるようになる。

など。

原因

緊張するからどもるのではなく、どもるから緊張するのであるが、戦後一時期まで、吃音は、精神的な緊張に起因すると一面的に理解されてきた歴史がある。ただし、緊張や不安や鬱に依って(ドーパミン、セロトニンなどの伝達・分泌異常)で吃音が悪化することは分っている。

ある種の吃音の原因は「てんかん」や右脳が正常に機能しない聴覚機能不全、痙攣性発声障害(米国では吃音者の1/3が痙攣性発声障害が原因といわれており[5])、日本以外の医療機関では治療(「てんかん」や「セロトニン療法」など)が行われている。また、吃音には条件反射付けが影響しているとする説もある。しかし、多くの吃音の原因や病態はよく分かっていない[6]が、もって生まれた資質(遺伝が関係している可能性も強く脳機能障害の可能性もある)に不安や緊張、ストレスなどの心理的影響、家庭環境、好ましくない言語環境などが加わると吃音が発生することが多い。それ故、父親や母親が厳格で躾が厳しいとその子供は吃音になり易いといわれている。また、いじめなども関係している。3:1で男子に多いとされる。女子に少ないのは、胸式呼吸に早く移行する為と考えられている[7]が、吃音の原因に呼吸法が関係しているという根拠を見つけるのは難しい。おそらく「子育てのし易さの男女差」が関係していると思われる。

ただし、正確に言うなら「わかっている部分と分かっていない部分」があり、吃音者全体の約1/3に改善効果があるといわれている音声のフィードバック経路(情動経路を含む)が関連する感覚性吃音は、日本以外では既に検証済みであり、装置を使った治療を行っているところもある[8]

脳科学的アプローチ

2000年前後から、米国テキサス大学の心の不思議の解明映像研究センター(RIC:Research Image Center)で、「吃音は脳神経の機能不全によるもの」[4]という脳神経科学の視座から研究が進み、『脳機能障害』であるとの見解が出てきている。日本においても吃様の類似の症候群としての吃音は、脳内物質や脳神経脳幹部の海馬扁桃体などに関連しているとする研究論文が2002年に日本音声言語医学会に発表され[9]、吃音は発語運動に関連する脳内の神経回路のどの部分が機能不全を起こしても発症し、脳神経の3つの回路と2つの機能レベルに分けられること、このそれぞれの機能不全によって、吃音の種類や性質も異なるとされる。

吃音者と非吃音者のMRIで検査した比較研究からは、非吃音者は発語時に左脳が優位であるが、吃音者は右脳が過活動し、脳の左右の言語に関わる運動脳野などの機能分化が進んでおらず、言語と非言語(舌の動きなど)の両方に関わる運動野の部位で協調性が低下しており、言語運動の開始や抑制に関連した脳部位の活動が明瞭ではないことなど、非吃音者とは異なる働きをしていることが分り、『大脳半球優位説』(1931年にリー・エドワード・トラヴィスが提唱)が科学的に解明された[10]。それによると一次運動野、運動前野、補足運動野、前頭前野頭頂葉小脳神経線維白質)、大脳辺縁系大脳基底核などに異常をきたしているとして、国内外などにおいて研究が進められている。また、吃音は不随意運動であり、発語時に運動系に何らかの異常な信号が出ているとする見解がある。

世界的に権威のある医学研究データベースMEDLINEには、吃音とセロトニンに関する研究論文が1960年代から2007年まで46本発表されている。あまつさえ、吃音者の脳はドパミン過剰になっていることも解明されている。それらの結果などから吃音は症状であり、原因、或いは性質や種類は単一ではなく様々なタイプがあることが徐々に分かりつつある。

遺伝学的アプローチ

一部の吃音については吃音遺伝子が少しずつ特定されてきているとされ、吃音は部分的には遺伝子が関与しているようであるとする説があり、そしてつい最近になり、吃音の原因遺伝子が特定された[5][6]

米国立聴覚障害・コミュニケーション障害研究所の遺伝子学のデニス・ドレイナは、吃音で訪れる人の半分に身近な家族に吃音者がいると言っている。吃音に関連する遺伝子は沢山あり、その一つ一つの寄与率は少ないと考えられているので、遺伝子の特定は難しい。しかし、数年前にカメルーンから吃音のインターネット会議で書き込みがあり、そこの有力な家族に吃音が多く発生しているとの報告で、事態は大きく変化した。書き込みした人によると、彼の家族は大人が106人いて、その内の48人が吃音であるという。明らかに遺伝性を示唆し、一つの遺伝子の変異から生じている可能性がある。ドレイナの研究チームはこの家族の遺伝子を調べて、第1染色体に50から60個の関連遺伝子を突き止めた。一方、パキスタンの吃音者を沢山出している家系からは、第12染色体上に関連遺伝子を発見し、その同定を進めている(2006年 NYタイムズ一部抜粋)[11]

他方、吃症状を起こす疾病や障害の原因と思われる遺伝子は多数分かっており、これらの遺伝子の作用が複合して吃症状を現すと考えられるものの、2000年前後の新しい生物学的研究から、遺伝子決定論は修正され、環境や心理的なもの(信念や前向き思考など)で遺伝子は変化するとされ、吃音は必ず遺伝するというものではなく、吃音遺伝子も特定されていないとする説もある[7]

発症のきっかけ

吃音になる「きっかけ」は、生活環境の影響があるとも言われているが全ての人に当てはまるものではなく、「生育歴」とからめて両親の厳しい躾に責任を求める場合もある。吃音児を持った親は、将来、子供から吃音になったことや、なぜ早く治療してくれなかったのか責められることを心配する。下に箇条書きにて「きっかけ」についてのいくつかの説を挙げる。

  • 耐え難いストレス(いじめ・叱られた・過度に厳格な躾)
  • 好ましくない言語環境
幼少期の子供は左右の言語脳野の機能分化が進んでいないため、どもりは出やすいといわれているが、それに敏感になって、自分の子供に『どもらないように話せ』などと叱ってしまう。叱られた子供はどもりを悪い事だと思い込み、隠そうとする。それが、いつしか話すことへの恐怖へと変わり、条件反射付けられ、吃音が定着してしまうと考えられる。また、電話で言葉が出ず、いたずらと思われたり、友人からおかしな話し方をするという目で見られたり、授業で指名されてどもったことを注意されたり、いじめや嘲笑の対象にされるなど、辛い体験の蓄積や、周囲の人の吃症状に対する否定的反応からも吃音は条件反射付けられる。
  • 吃音者をからかうなどして発声を何度も真似た経験がある。
  • 家系に吃音者がいる。
これは、一部を除いては遺伝ではない[12]
  • 左利きの者が利き腕を矯正した。

など。

治療・矯正

日本では、ある時期まで、吃音は、精神的な緊張など心因性のものと偏って理解されてきたため、吃音治療は心理療法が重視され、それ故「吃音は中々治らない」と思われてきた。また、一部の重度吃音者が、数十年かけた発声訓練や講談による超人的な努力で、自らの吃音を治すことに成功し、また、その人たちは民間矯正所を開いて「発声訓練や講談で治る」と声高に主張したため、更に間違った方向に吃音治療は進んだ(講談で軽快する人も中にはいるが全ての吃音に該当するわけではない)。それらの歴史を踏まえて治療を考える必要がある。

言語障害などを治療する言語聴覚士(ST)が基本的には治療を行う。診断は、吃音の治療を手がけているSTがいる耳鼻咽喉科[13]などの医師が行う。また神経内科などでも医師に吃音の知識があり、吃音治療を行うSTがいれば診断可能な場合がある。精神科心療内科などでも、通院・在宅精神療法や投薬治療を受けず、初診料と再診料のみの診療報酬請求しか行わないならば、吃音症のみの診断名で基本的には受診可能である。治療法には、

  • 言語療法:丹田部に力を入れ、第一語を引き伸ばしてゆっくり話す抑制法や、楽にどもりながら話すバウンズ法(修正法)など。
  • 呼吸法
  • 系統的脱感作療法的訓練:軽くどもりながらスピーチして馴化させたり、どもって緊張した場面や、訥言(どもり易い苦手な言葉)や嫌な場面を想像し、難易度や不安感の低い順に、抑制法や修正法などを交えながら発声訓練する矯正法。6 - 8名での訓練が効率的で効果的とされる。行動療法の一つ。
  • 言語聴覚療法:FAF、AAF、DSAなどの聴覚フィードバック装置[14]などを利用した治療法。ただ、アメリカの一部の研究者は聴覚言語療法は一部の吃音に効果があるだけで、多くは効果が消滅してしまうと言っている[15]。また最初は良くても効果が薄れ再発するという説がある[8]。だが、一般的には吃音者の1/3に効果があり、「発話運動の再学習」が完全に成立しないうちに使用を止めて再発する人も確認されている[9]。また、いくつかの種類の装置を組み合わせて訓練すると効果的であるとされている。国立身体障害者リハビリテーションセンター(後述)はFAFを設置している。
  • 薬物療法
  • 認知行動療法行動療法心理療法
  • バルサルバ反射抑制法

などがある。

完治しやすい吃音(子供の吃音)と治りにくい吃音(大人の吃音)がある。幼児期(言葉を話し始める最初の時期)は、左右の脳の機能分化が進んでおらずどもりやすい。その頃は吃音を意識していない場合が多いので、この時期における早期治療が重要になる。学齢期前前後の小児吃音は、環境調整を主とした治療で治ることが多く、厚労省の調査では約80%が自然治癒している。しかし、成長していくにつれて、周囲の吃音への否定的反応などが理由で、吃音は条件反射付けられ、定着していく。これが治療の難しい大人の吃音である。

「(吃音を自覚している)大人のどもりは治らない」という診断もみられるが、一概に不治とは断定できないことを示す統計データが示されている。1990年代の吃音治療(言語療法)による吃音治癒率は一般的に約35%[16]とされ、1/3は満足に至るまで治すことができる。そして、根治する人も中にはいれば、根治しなくても矯正すればある程度、吃音の状態が改善する人もいる。

日本以外の治療研究事例

  • 米国の研究者のレポートには、カナダで、古典的な言語療法のみに依らない最良で最高質レベルの「包括的吃音治療」を受けた場合の吃音抑制率は約70〜75%程度に上ぼるとするものもある。その場合の治療プログラムとは、カナダのISTAR(吃音治療相談研究所)で42人の吃音者に対し3週間の集中訓練を行い、以後3年間追跡調査したもので、遅い話し方をする、各音節を1.5秒引き伸ばす、不安感を緩和させる、話す場面の回避を改める、吃音について心を開いて話し合う、社会生活で話す習慣を増やすようにプログラムされている。加えて、家庭での訓練プログラムも含まれている。その結果、1,2年後に吃音を克服することができた吃音者は5%、満足できる状態にあった吃音者は70%、他の25%は満足できる流暢性話声ではなかった。また、自己回答では、吃音治療後間もなく満足できる状態であると答えた吃音者が93%、1〜2年後でも80%が満足できる状態であると答えている。
  • Onslowによる研究では、「音を引き伸ばした話声」による流暢性獲得法(吃音矯正法)で、12人の吃音者全員が2〜3年かけて行った訓練で、吃音が皆無か、皆無に近い状態になり、その後もこの状態を保っていたとする。このプログラムは2〜3週間宿泊して集中的な訓練行うことから始め、その後、吃音がゼロまたは、ゼロに近くなるまで、週ごとに通院治療を行う。これを2年間続ける。この治療は18名で始まったが、6名が落伍した(この落伍者は訓練はうまくいったが、他の訓練法に変更した)。
  • AndrewsとCraigによるレポートでは、流暢な発話運動技能、制御の内部焦点化(internal locus)、コミュニケーションに対する正常な態度、の3つの領域を習得したとき、吃音者の93%が10か月後も流暢性を維持していたと報告している。しかし、この3つのうち1つでも失敗すれば流暢性を維持することはできなかったといっている。また、DeNilによる別のレポートでは、制御の内部焦点化(internal locus)の習得によっては、治療の予測及び、流暢性の治療を受けた2年後の成功率を予測することはできないとしている。
  • Andrew、Guitar、Howieは、過去42の研究を調べた結果、吃音抑制法に6つのモデルを見出し、効果のある順に、語の引き伸ばし、穏やかな発話の開始、リズム、呼気流、態度の矯正、系統的脱感作法、であると報告している。

近年の日本以外での研究では、吃音の原因や様態は単一ではなく、統一的な治療方法も存在しないとされ、吃音者一人一人のタイプに合わせた総合的な治療や、吃音に伴う症状を治療することで間接的に吃音治療に繋がるという考えが提唱され始めている。それゆえ吃音の治療・矯正法は、上節に羅列した発声・呼吸法のみに重きを置いた言語療法を始め、単一療法のみによる治療・矯正は時代遅れになってきており、複数の治療原理を組み合わせるなどした「complihensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」、「Integrated Approach(統合的)アプローチ」が提唱され始めている。なお、統合的治療の中には、21世紀の脳科学的研究成果はまだ、取り入れられるに至っていない。

花沢研究所の矯正法

以下に、1932年に早稲田大学の心理学教室に早大吃音矯正会を発足させ、「吃音の父」グリーン博士に師事し、国内外の吃音研究に接し、その後、口腔外科医で、千葉大学名誉教授の佐藤伊吉らとの共同研究で、日本で最初に大人の吃音の言語訓練法を考案し、1956年に花沢研究所を設立して、本格的に吃音の言語療法に取り組まれた花沢忠一郎の矯正法(吃音者の間では営利目的ではない、良心的な民間相談機関として知られていた)のエッセンスを掻い摘んで紹介する。これらのゆっくり発声したり、母音を長く発生する練習に加え、近年の会話に先立つ恐怖と不安を取り除く訓練で大人の吃音者の多くは上手く話せるようになるとされる[17](2006年NYタイムズ。だが、この記事には何%の治癒率か書かれていない)。ただし、これは四半世紀以上前の矯正理論であり、日本以外などで吃音が症候群とされ始めた現在、一部の吃音や吃音の様態には有効ではあるが、他の吃症状には必ずしも有効といえない場合もあり、時代遅れになって来ている面があるのも事実である。また、独りでの発声練習や多勢で一斉に行う発声練習(コーラスリーディング)は、非常に効率が悪い練習との見解もあり、それらを認識した上で複数の矯正法の中の一つとして捉えるべきである。

心構え - 人をのむ(少し位のことで動じないほど強く図々しくなる)。
吃音の人には恥ずかしがり屋で見栄っ張りな人が多いとされる。身体が恐れていると、前かがみになり、腹部の力は抜けてしまう。胸を張り、下を向かず前を見て、相手の目を見るようにする。目を見ることに抵抗がある人は、目と目の間の眉間を見るようにするといい。劣等感を振り払い自己評価を高められるようにする(近年、このような一種の心理療法的な治療は、一部の吃音を除いては無効との見解も出てきている)。多勢の前で話すときは、一人一人のネクタイを見て気持ちが落ち着いてから話し始めるといい。そして、勇気のいることだが、心許せる友人に吃音で上がってしまったり、電話に出るのが怖いなどの悩みを打ち明けてみよう。悩んでいるのは独り相撲だと気がつくであろう。
1.呼吸練習 - 胸式呼吸から腹式呼吸(丹田呼吸)に切り替える。
吃音者は呼吸が浅いといわれる。下腹部には、常に、無自覚な時や、睡眠時でも力が入っているようにする。(近年、丹田呼吸法そのものは交感神経系の緊張を解し副交感神経系を優位にさせ、全身および精神の緊張の緩和が起こり吃音寛解に効果的であるとして見直す声がある。一方、下腹部に力を入れたままの腹式呼吸をしながらの矯正訓練はある種の吃音の様態にのみ効果があり、胸式呼吸を基本とし、吃音の、ある場面で部分的に腹式呼吸を取り入れた治療がある種の吃音には有効との見解も出てきている)。
  • 第一呼吸:姿勢を正しくし、鼻から息を吸い(2,3秒)、下腹に力を入れ10秒以上口から吐く。これを5分くらい行う。
  • 第二呼吸:鼻から息を吸い、「えーい!」と大きな声で気合をかけながら、下腹に力を入れて息を止める。最初は5秒(息を止める時間)を10回、10秒を10回、15秒を2回くらい行う。いつでも暇があったらやり、意識しなくても下腹に力が入るまで行う。
  • 第三呼吸(人に呑まれない呼吸法):肩の力を抜き下腹に力を入れ正面を見る。鼻から息を吸い、下腹に軽く力を入れながら鼻から息を吐き、悠然と構える。5分くらい行ったら目を閉じ、次のような事を言って自己暗示にかける。「例:必ず吃音を治す。吃音は恥ずかしいものではない。相手は何とも思っていない。どんな時も落ち着いてゆっくり話す……など」。この他、自分の願い、望みを何でも言ってみる。
2.ストレッチなど柔軟体操を行う。
吃音者は身体や筋肉が一般的に硬いといわれているので、柔軟体操を行う。
3.発音・朗読練習 - ゆっくり話す。
息を吸い、下腹部に力を入れ続け(その際、大声で「えいっ!」とかけ声をかえるといい)、ゆっくり息を吐きながら第一語を長く引き伸ばし(第二語まで伸ばせばもっと良い)て話す。
第三語以降も長く伸ばし、全体的にゆっくり過ぎるほどゆっくり話す。
  • 例:「私は、音楽が好きです。私の母も音楽が好きです。」 → 「(息を吸い、えいっ!と下腹部に力を入れ、息をフ〜っとゆっくり吐きながら)フ→ わ〜〜た〜〜し〜は(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す(ブレス。リピート)わ〜〜た〜〜し〜の(ブレス。リピート)は〜〜は〜〜も(ブレス。リピート)お〜〜ん〜〜が〜く〜が(ブレス。リピート)す〜〜き〜〜で〜す」
    • 上記の様な発音・声練習を、50音や本をテキストに毎日数十分繰り返す(句読点などをブレスの目安にするといい)。(1)発音練習(例:さ〜かな、り〜んご等)、(2)朗読練習(例:す〜ぎたるは な〜お お〜よばざるが ご〜とし)、(3)会話練習(例:あ〜なたの な〜まえは な〜んですか? 注:朗読のようにならないこと)、(4)長文練習、(5)短音練習(例:五十音,あ〜いう、い〜うえ、う〜えお、え〜おあ、お〜あい)、(6)電話や挨拶など実地練習の順番で練習を繰り返す。電話練習は最初は録音機器にとりながら練習する。早口であることが分るので、ゆっくり話せるようになるまで録音機器を使う。途中で止めない事が大事である。日常会話でも、上記のような呼吸・発声練習の基本を踏まえて話すようにする。その際、下腹部に意識しなくても常に力が入っているようにしなければならない。傍から聞いたらおかしな喋り方と映るかもしれない。だが、吃音が出てしどろもどろになることに比べたら遥かに良いだろう。
4.息継ぎを忘れない。また、息を吐き、気流を流すことも忘れない。
吃音者は息継ぎせず、一気に話すことが多い。早く話を終わらせたいからだが、合間、合間に息継ぎをすることを忘れてはいけない。また、人は酷く驚いたり緊張すると吸息反射という反射が起こり、吸い込んだ息を溜めこんだままになってしまう。吃音者にも似たことが起こる。そうなったら一旦話を中断し、フィードバックして自分の身体や精神の状態を客観視して、精神を落ち着かせ、息を吐き出しやすい環境にしてから再び話すようにする。
5.早口を改める。
吃音者はどもるのが嫌だから、話を早く終わらせようと早口になる傾向がある。それは吃音の矯正にとってマイナスだ。一度、自分の喋りを音響機器に録音し、確かめてみることは大事だ(近年はビデオ撮影も有効とされている。身体の状態なども客観視できるからだ)。いかに早口か、逆に、上記の第一語を伸ばしたゆっくりした喋り方が、そんなにゆっくりではないことに気が付く。(聴覚フィードバック系の機能不全の早口言語症は原因や治療法が分っており、吃音症とは異なる)。
6.それらを踏まえた発声練習を欠かさない。
7.カミングアウト
最終的には、勇気のいる事だが、第一番で触れた、職場や学校の友人に自分が吃音で深刻に悩んでいることを打ち明けてみる。悩んでいるのは、本人の一人相撲だと気づくことが多く、心理的な安定を得られるであろう。
8.研究者は日本以外の最新の研究成果を知る事は大事である。が、当事者は学者にならなくても必ずしも良い。
呼吸法や発声法など、吃音矯正の基本を踏まえ治療を受けることは大事でも、ただ知識を増やし学者にならなくても必ずしもよい。戦後間もなく吃音を治そうと日本以外に留学までして治せなかった人もいる。インターネットで日本以外の最新の情報を比較的容易に入手できるようになり、それらを取り入れるのは非常に大事である。が、机上の通り一遍の知識だけでは、中々吃音は改善しにくい。[18](出典:*『どもりは必ずなおせる』(花沢研究所所長、花沢忠一郎著、婦人生活社 1983年)。上記の箇条書きは、花沢研究所の治療・矯正方法のほんの一部の紹介であり(詳しくは著書参照)、参考程度に留め、吃音の矯正は専門の医療機関、自治体の保健所の健康相談センターや、心の相談センターへ相談をすること。

治療の問題点

日本における吃音治療の最大の問題は、長い間、医療と手が切られてきたことである。ゆえに、吃音の医学的治療や研究はなかなか進んでいない。

治療法の一つに、上節で触れた様な矯正法を含めた言語療法などがあるが、必ずしも全員がこれで完治するとはいえず、吃音を寛解することは可能でも、全ての吃音者を完治させるに至る統一的治療法は確立されていない。なぜなら丁度、「頭痛」や「めまい」と似て、これらの症状の原因は多種多様で、その治療法も色々ある様に、吃音も症状であり、吃症状の原因や性質は色々であり、従って治療方法も吃症状によって様々なものがあると考えられるからである。近年は「吃音は脳機能障害」という脳科学的研究が進み、それらによると吃音の要因は脳内神経の3つの回路と2つの神経レベルの機能不全に分けられ、吃音の種類や性質に合わせた抑制訓練を検討することが具体的であるとされる。

また、ある時期まで、吃音は、精神的な緊張に起因するという認識が広まり、成人の吃音治療には無力な心理療法が重視されたり(全ての成人吃音者に心理療法が無効というわけではない。神経症や不安や欝症状が強いケースは、心理療法や薬物療法による治療が言語治療などと併せて必要な場合もある)、吃音の軽症化に成功した一部重度吃音者の経験を基にした発声訓練や講談による治療が推奨されてきた為、間違った方向に吃音治療が進んだことは既に触れた通りである。

しかし、2000年前後から米国などで吃音は複雑な要因や問題が輻輳しているので、単一の理論や治療法で処置できるものではなく、複数の治療法を組み合わせた「comprehensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」、「Integrated Approach(統合的)アプローチ」が提唱され、また、吃音に伴う症状を治療することにより間接的に吃音治療に繋がる場合があるという考えが提唱され始めている。しかし、日本では、一部を除き、耳鼻咽喉科などでSTによる言語訓練を受けた時にしか健康保険治療が認められていない現状では、スタートさえできないのが現実である。

吃音の再発

吃音症は、再発し易い疾病である。日本以外の研究では、6ヶ月から2年の古典的言語療法に依る治療で、本人が満足に至るまで吃音抑制したケースと、社会生活に支障を来たさないまで抑制したケースを合わせた吃音抑制率は約70%とされている。しかし、1年後の追跡調査では、その中約40%の吃音者が再発していた。その理由の一つは、脳の神経細胞のシナプス接続の仕組みが吃音の条件反射を引き起こすメカニズムであるとされているが、治療開始前の吃音者の脳に形成された条件反射の神経回路が完全に消去されていないからであると考えられている。したがって、再発を抑制するためには、古い神経回路を消去し、条件反応の回路を書き換え、新しい発語に関わる神経回路を生成しなければならないとされる。即ち、新しい条件付けを形成し、脳の言語中枢に正しい発語法を上書きしていくのである。またこれは、6〜8名によるロールプレイによる行動療法、脱感作療法、抑制法、修正法、聴覚言語療法などを組み合わせた総合的な吃音抑制訓練で可能とされる。これには長い訓練が必要とされ、一旦治ったと思っても訓練を続けなければならない。また、治療期間中に訓練を休止することもマイナスである。半年間の訓練で、ある場面や言葉でどもらなくなっても、新しい発語法の習得には、更に3ヶ月間の訓練が必要とされる。[19]

Einer BobergとDeborah Kullyは、吃音治療プログラム終了後に吃音が再発する理由として、以下のことが考えうるとしている。

  1. 成人吃音者は新しい話し方の心構えや行動に合わせることが難しい。
  2. 自己評価が低下している。
  3. 吃音は周期的に起こる(注:ドーパミン過多症状を示唆している)。
  4. 生活で時々、ストレスの多いことがある。
  5. 習得した流暢性技法を絶えず心がけ、注意を向けることは、始めの数週間から数か月間は可能だが、流暢性技法が自動的で習慣的にならなくなると、流暢性技法の監視を投げ出してしまう。
  6. ある種の吃音者は、まだ解っていない神経学的な原因がある可能性があり、このような吃音者は従来の治療プログラムでは吃音を克服することはできない。

ただ、日本以外では、古典的な言語療法だけに依らない、最高レベルのコンプリヘンシブ治療を受けた場合の1〜2年後の治癒率は、克服した人と満足できる状態にあった人を合わせて75%(自己回答だと80%)とされ、追跡調査でも再発は殆どしていないとするレポートがあることは上節の日本以外の治療研究事例で既に触れた通りである。

健康保険適用と診療報酬

日本では、吃音症は、標準病名マスター作業班[20]診療報酬情報提供サービス[21]では健康保険適用の疾病とされており、医療機関は、脳血管疾患等リハビリテーション料を請求する仕組みになっている。これは2006年の診療報酬改定の際に、厚労省と言語聴覚士協会が正式合意したものである。因みに日本音声言語医学会は吃音は広義の意味で構音障害の一つと考えており、保険治療の対象になるという立場である。しかし、患者が受診できる医療機関や治療及び、医師が診療報酬を受け取れる医療や仕組みが限られてしまっている。日本においては吃音症はSTの置かれた耳鼻咽喉科やリハビリテーション科、一部小児科や神経内科、小児神経内科などを除いては、医療体系に充分に含まれていないからである。耳鼻咽喉科などでは吃音症に加え、音声言語障害 (言語障害、音声障害、言語機能の障害、言語発達障害などでも可)の診断名を付し、STによる訓練を受けた場合、問題なく健康保険適用される。吃音のみの診断名では自治体の審査支払機関に不適切とみなされ、健康保険適用外としてレセプトが返戻されてしまう場合があるが、審査支払機関によっては可能な場合もある。健康保険適用と認めるか否かは、自治体の診療報酬審査委員会の審査官個人の判断に委ねられ、その基準には幅がある。

精神科、神経科、心療内科などでは、通院・在宅精神療法[22]の適応疾病や薬剤処方の適応書に吃音症は含まれていない。したがって、かかる治療を受けるのなら健康保険を使って受診できない。しかし、通院・在宅精神療法を点数として取らず、薬剤処方もしなければ吃音症のみで受診することは可能であり、初診料再診料のみの診療報酬を請求することになる(精神科は検査などを多くしないので、診療報酬が低く、初診料・再診料以外に通院・在宅精神療法などが加算される仕組みになっている)。その場合、審査支払い機関への病態の保証・説得が大事になり、治療法としては、認知行動療法、精神力動的治療(精神分析など)、交流分析カウンセリングロールプレイゲシュタルト療法家族療法などが挙げられるが、医師の判断や医療機関の治療資源、得意分野などによって違ってくる。医療機関によっては、受診拒否されることがあるが、その医療機関や医師に吃音症の知識や治療資源がなかった場合は、医師法19条が禁止する診療拒否には当たらない。

ただし、吃音症に同時に鬱病神経症などの精神疾患を併発している場合は、後者の診断名で通院・在宅精神療法や薬物処方は可能であり、抗不安薬や安定剤の一種などが処方される。吃音に有効な治療や薬は何か研究している精神科医も皆無に等しいながら存在するが、日本の医師で吃音の知識を有した者は稀でネットで得た中途半端な知識に基づくアドバイスが、却って吃音者を苦しめているケースも多い。近年、吃音症の寛解に選択的セロトニン再取り込み阻害薬ベンゾジアゼピン系の抗不安薬が一部有効とされているが、吃音症のみ診断名では処方することはできないため、精神科の医療体系に吃音症を充分に組み込んでいくことが求められる。また、吃音者の多くがどのような薬種を服用しているのか、それがどの程度効果を上げているのか纏まったデータすらない。ここでも厚生労働省の早急な対策が待たれている。

専門の医師と言語聴覚士の不足

吃音症の治療を専門的に行っている医療機関や医師、言語聴覚士は非常に少数である。 その原因は、

  • 吃音は日本では医療体系に含まれていなかった。
  • 吃音者が吃音を命がけで隠そうとし、吃音治療で受診することが少なく、吃音が認知されていない。
  • 吃音症は"治さない"・"治らない"・"治せない"と宣言した一部団体があり(今は変わって来ている)、そう信じられてしまった時代があった。
  • ST養成課程におけるカリキュラムに吃音関係が2%しかない。
  • 吃音の一部は原因が分かってきているが、その他の吃音ははっきりせず、全吃音者を完治させる統一的な治療法が確立されていない。
  • それゆえ、一部の吃音を除き原因のよく分からない病気(障害)を研究するのは浪費と考え、医師が吃音研究に関心を持たない。
  • 病院の外来は午後3時頃には受付を終えてしまい、土日は休診の所が多いため、社会人の吃音者は受診しにくい。
  • 医療機関で吃音治療が受けられることや、どの診療科を受診すればいいか、吃音者にも、医療関係者にも知られておらず、吃音は"忘れられている"。
  • 吃音は治りにくいと思われているので、言語聴覚士が敬遠している。
  • 吃音は言語訓練が主なため診療報酬点数が低く、医療機関はSTの業務でも高い診療報酬点数が得られる脳卒中などの患者を優先する傾向がある。

ことなどが考えられる。近年、STへの吃音の講演会が行われてきているものの、まだまだ不十分である。言語聴覚士の治療を受けて完治するとは限らないが、吃音が改善されたという報告例はある。吃音の矯正方法が確立されにくいのは、上記で触れたように吃音者にとっては、吃音は死ぬほど恥ずかしいことであり、命がけで隠すからであるといわれる。それゆえ、社会、医学的認知度が高まらず、治療に向けての研究が遅々として進まない面は否定できない。

治療のあり方と今後の方向性

吃音治療による治癒率は、日本以外の文献によると吃音者の約1/3はほぼ満足できる程度に吃音の抑制できており、1/3は日常生活に支障のない程度に改善し、1/3は改善は困難であったというデータが大半である(NPO法人吃音協会HPより)。これらの治療期間は短い場合で6か月、長い場合で2年という例がある。尚、これらの治療法は大部分が言語療法、聴覚療法(DAF、FAFなど)、心理療法などの単一の治療法を用いた場合の結果であって、その治療法が治療を受けた吃音者の吃音の種類や性質に合っていない場合も考えられるので、2000年前後から提唱され始めた「complihensive(包括的)治療」や「holistic(全身的)療法」の場合ではもっと治癒率が向上するものと考えられる。今までの吃音治療に関する研究は治療法の有効性に焦点が当てられ、吃音者一人一人の実態合った治療法は何であるか、何が有効かという視点からの研究は皆無である。このような研究はcomprehensive治療やHolistic治療による研究で、今後明らかになることだと考えられている。耳鼻咽喉科などでしか健康保険治療が認められていないことが、各科が連携し複数の治療法を取り入れた総合的吃音治療の展望を難しくさせている。なお、統合的治療の中にはまだ、近年の脳科学的知見は取り入れられていないが、21世紀はバイオテクノロジーと脳科学の時代であり脳科学的成果を取り入れた新しい治療法がきっと確立されるであろう。

また、吃音を極度に恥ずかしいと思う「もの言わぬ吃音者」と、吃音を比較的恥ずかしいと思わない吃音者がおり、後者は吃音自助グループなどに参加したりするが、前者の「もの言わぬ吃音者」は鬱(うつ)や神経症などの傾向が強く、積極的になれない傾向があり、自助グループなどには参加しないか、できないようである。「もの言わぬ吃音者」にとっては、人前でのスピーチ訓練などは過酷なことであり、彼らへの治療方法が大きな課題となっている。

吃音者が具体的にできること

この状況で吃音者にまずできることは、

1.吃音の原因(きっかけ)が思い当たる場合は、その疾病や外傷に関係する診療科目に相談する。
例、頭部打撲、意識喪失で倒れた、てんかん発作を起こした時は神経内科。また、事件や事故にあい心理的に強いショックを受けた時、精神神経科または心の健康(相談)センターなどに相談する。
2.吃音の原因が分からない場合は、吃音に伴った症状に関係する診療科目に相談する。
どもっている時、強度の不安や緊張がある場合、または呼吸が苦しくなる場合などは精神神経科、また話す時に頭が真っ白になったり、話す言葉が消えてしまう、または話す言葉が頭に浮かんでこないなどは神経内科などに相談する。

日本以外の研究などでは、吃音は症候群であり、この症状を起こす原因(要因は)色々あって、治療法も色々あると考えられて来ている。したがって「吃音」も包括的(comprehensive)または、全身的(または全人的:holistic)な治療法が必要であると考えられる。

この様なことから、先ず病院にいって相談することが大事である。その時に吃音といわず、吃音に伴う症状の治療を受けることは今の健康保険を使っても可能であり、吃音に伴う症状を治療することが間接的に吃音治療に繋がる場合もあるので、吃音の傷病名で健康保険を使った診療を受けられるようにして行くことは大事であるが、吃音者が病院に行くことによって、医師は少しずつ吃音の実態に触れ、勉強することになり、診療をしてくれる医師も増えてくる。

例えば、筑波大学附属病院の精神神経科、筑波記念病院(総合病院)の内科は、健康保険を使って吃音の診療を受けることができる。吃音者自身が地元の役所が行っている、医療福祉に関する相談窓口や健康相談センター、心の健康相談センターなどに出向き、「健康保険を使って吃音の治療を受けたいが、どこの病院がいいか紹介してほしい」と尋ねて見ることは、医療関係事務担当者に、吃音が健康保険適用の疾病であるにも拘わらず、健康保険適用で受診可能な診療科や病院が限られていることなど、問題を提起することになり、その矛盾に気付いてもらう良い機会になる。なお、このような機関は全国的な連絡協議会を持っており、吃音の問題が各地で話題になっていることが知れ渡れば、行政機関としてもその対策を検討するようになって来るであろうと考えられる。

また、日本での吃音治療の歴史のなかで、医療による治療が長期間否定されて来たことは吃音者に不利益を与える結果になった。疾病名としての吃音(ICD10F98.5)は情緒障害の一種であり、精神神経科の対象として、狭い意味の吃音を対象にしているが、最近、米国での吃音治療理論として提唱されている「Comprehensive Stuttering Therapy(包括的な吃音治療)」では、複数の治療原理(言語療法、心理療法、感覚療法など)を総合的に行う必要があるとされている。こう考えると、今の日本の健康保険診療の対象が疾病に限っており、症状(例えば「めまい」「痺れ」「頭痛」など)での診療を受けることができない問題に行き当たる。これらを打開するためにも、吃音者が自分の吃音のタイプを知り、医療関係機関に出向き、吃音に関する問題を提起し、多くの人に知ってもらうことは、医者に吃音の治療法を研究してもらい、上記の矛盾をどうしたらいいか考えてもらう機会にもなる。そして、吃音の新しい診療体系(症状別による総合的な治療)のあり方を作っていくきっかけになるであろう。

民間矯正所の問題と消費者行政

いくつかの吃音の矯正方法はあるとはいえ、決定的な治療法がないにもかかわらず、吃音者の苦境に乗じて、効果が疑われる高額な発声矯正器具を販売したり、「吃音は治る」という誇大広告や看板を掲げて、不当な治療費を要求するなど、医師法景品表示法への抵触が疑われる、詐欺紛いの民間矯正所などの被害に遭う人が後を絶たない。

資格がなくとも、誰でも矯正所を開設できてしまうという問題が背景にあり、行政の監理や監督も行き届いていない。早急な民間矯正施設のあり方についての指針やルール作り、免許制や許認可制などへの移行の検討が求められる。

吃音の矯正では、矯正を行う人と矯正を受ける人だけによる1対1の練習などは、非常に効率が悪く非効果的な練習とされている。週一回の通院治療を基本として(6〜8名の集団治療が望ましい)、毎日30分から1時間自宅練習を行い、それを半年から2年(場合によっては5年)続けた場合の吃音抑制率は、本人が満足するまで抑制したのが約36%、社会生活に支障がない程度に抑制できたのが1/3とされる。尚、これは言語療法など(単一療法)を行った場合の抑制率である。高額な費用を請求したり、甘いことをいう業者はまず、疑ったほうがいいであろう。被害に遭われたと思う方は、国民生活センターなどに相談のこと。

他の言語障害との混同

近年、明らかに吃音症と言えないものも吃音といっている場合がみられる。吃様の言語症状を伴う疾病、例えば、声帯痙攣を伴う麻痺性発声障害、声帯の麻痺による麻痺性言語障害などの痙攣性発声障害、聴覚フィードバック系の機能不全(早口言語症など)などは、それぞれ原因が特定され、治療法も分かっているものもあるので、吃音とは区別して治療を行う必要がある。

また、不慮の事故などによる脳挫傷や、脳卒中など、脳に損傷が生じた際の後遺症である言語障害は失語症構音障害に分類される。

更に、大辞泉で吃音を引くと「発声器官に痙攣が起こり…」と、痙攣性発声障害などと混同している節が伺われる。広辞苑も吃音を「発語筋肉・横隔膜筋・声帯などの発作的痙攣による。原因は諸説あるが、不安・緊張など心理的要素が強く…」と信憑性がやや疑われる説明をしている。

日本の吃音政策の遅れ

1966年2月24日の衆議院社会労働委員会において、戦後日本の国会では初めて「吃音」が正式に取り上げられた(帝国議会時代にも取り上げられた事がある)。「吃音とは、これは人類の永遠の悲劇」[10]であるとし、国家として吃音政策に取り組むように議論された。しかし、その後吃音について国会で取り上げられたのはたった数回だけである。

吃音は医療体系に充分に含まれていないばかりか、国公私立の研究所や医療機関、大学医学部では本格的に研究されておらず、吃音研究者も極めて少ない。厚生労働科学研究の対象に数年前に漸く指定されたものの、吃音関係の研究は、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所感覚機能系障害研究部、北里大学医療衛生学部リバビリテーション学科、京都大学大学院医学研究科(現在:主任研究者退官、研究チーム解散)、理化学研究所脳科学総合研究センター言語発達研究チーム、新潟大学脳研究所統合脳機能研究センター、NPO法人吃音協会などで少数の研究員により細々と研究されているのみである。国のまとまった吃音政策や吃音福祉政策のガイドラインなども存在しない。吃音者は、国から黙殺されているのも同然の状況である。そこで、

  1. 病院の診療科目への症状別の総合的な治療が受けられる「吃音科」の新設
  2. 医療機関の診療各科が連携した吃音治療体制の確立
  3. 保健所や病院への吃音相談窓口の設置
  4. 吃音専門の医師とSTの育成及び、病院への配置
  5. 医師や医療機関に対する吃音症への関心の喚起
  6. 耳鼻咽喉科などでも吃音寛解に一部有効とされる薬物処方を可能にする
  7. 吃音の厚生労働科学研究など、医学的研究の充実
  8. 難病性疾患克服研究事業(特定疾患調査研究分野)への指定及び難治性疾患克服研究班の設置
  9. 身体障害者手帳の交付などの障害認定
  10. 吃音者の病態や生活上の不利益などの実態調査
  11. 日本以外の吃音治療・研究の調査と公表

など、早急な厚生労働省の治療に向けての研究支援体制の改善及び、吃音福祉体制の確立が求められている。

医療機関を受診している患者数

厚生労働の2005年の患者調査「3閲覧第 36表 推計患者数・再来患者の平均診療間隔、入院-外来(初診-再来)×傷病基本分類別」などによると、吃音症で医療機関を受診した推計患者数は、100人/1日、総患者数は、1,000人/1年である[23]。平均診療間隔は15.6日。推計患者数は調査日の1日に医療機関を受診した人の数の総和であり、総患者数は、推計患者数などを基にした計算式で出したものである。なお、総患者数は延べ人数ではなく、重複患者は含まれていない、というのが厚労省の説明。

この調査は、成人と小児の区別がされておらず、多くは小児吃音だと思われる。全国に100万人の吃音者がいるにもかかわらず、極めて少ない数字といえる。

その他

  • ことばの教室きこえとことばの教室(言語障害の指導を行う「通級」指導教室)
    • 文部科学省特別支援教育の一環として、全国の主に小学校に吃音児などを対象にしたことばの教室が設けられている。そこで行われているのは環境調整が主である。学齢期前前後(5歳頃まで)は、環境調整で治ることが多いが、小学校中・高学年以上になると吃音は既に固着化しているケースが多いので、環境調整や教育論では無力であり、言語療法が必要とされる。ことばの教室のあり方についての見直しは急務である。近年、発達障害という括りで、吃音だけではなく、ADHDLD自閉症も受け入れ対象になったため、一部の教室では学級崩壊の様相を呈し、吃音児への充分なケアが行えなくなってしまっている。ここでも見直しが急務である。
    • また、吃音児童は5%いるといわれているにもかかわらず、多くの自治体ではその約百分の一から数十分の一しか、ことばの教室に通っていないという現実がある。更には、一部中学校にはことばの教室が置かれているが、殆どの中学高校大学には設置されていない。社会人をサポートするシステムも未確立である。小学校のことばの教室を卒業したら、吃音者は放逐されているのが現状である。
  • 倉敷市総合福祉事業団(市民のみ小児吃音無料相談。環境調整などが主)

薬への期待と副作用

  • ジプレキサはアメリカの実験で一部吃音者の吃音を軽減させる効果が認められた[11]
  • β遮断薬(ミケラン、アルマール、インデラルなど)は、結婚式の挨拶など特定の場面で、動悸や震えなどの身体症状や強い緊張を伴う一部の吃音症には、ベンゾジアゼピン系抗不安薬との併用で、緩和することがある。
    • ただし、筋弛緩作用の強いベンゾジアゼピン系抗不安薬では効果が上げられているとされているものの、抗不安作用は強いが筋弛緩作用の弱いベンゾジアゼピン系抗不安薬は却って吃音症を一時的にせよ重症化させる傾向性が見られるとする報告例がある。また、筋弛緩作用が強いflunitrazepam、筋弛緩作用が弱いflutoprazepamも一時的ながら吃音症を重症化させることが多いとされる。更に、ベンゾジアゼピン系抗不安薬に慣れていない吃音者では作用の弱いベンゾジアゼピン系薬物に依っても却って吃音の重症化が起こり得るとされ、ベンゾジアゼピン系薬物の服用に慣れていない吃音者(とくに女性の吃音者)には作用が弱いベンゾジアゼピン系薬物から始めるべきとする報告例もある。
    • この様に吃音症の薬物治療については試行錯誤の段階であり、分かっていないことも多く、効果も未知数である。吃音者の多くがどのような薬種を服用しているのかのデータすらない。今後の研究が待れる所である。抗不安薬等の服用で不安感や吃音予期不安が軽減されれば、多勢の前の演説などで吃音が出る頻度が減る人はいる。だが、根本的な治療とは異なり、言語療法、認知療法などの心理療法、聴覚療法など単一療法の一つである。心理療法は吃音そのものを矯正するものではなく、心理的不安を軽減することによって吃音予期不安を緩和したり、吃音を受容し吃音と上手く付き合えるようにしていこう等とするものである。これからは吃音者一人一人の実態に即し、複数の治療法を組み合わせるなどした包括的治療や総合的治療、全身的治療が重要になってくる。

吃音者間の治療観の相違

吃音者内で吃音に対する考え方の違いから対立が起こることがある。 吃音者には些細なことを容認できない人もあり、相手の考えや症状を尊重しないで、一方的に自己の主張を押し付けることによって生じることが多い。 現時点では、吃音に正解はない、ということを吃音者自身が自覚することが大切であろう。

大きく分けて、

  • 「吃音を治したい」とする考えと、「吃音は治さないで受け入れるべきだ」という考えがあり、両者に相違がある。
  • 「吃音を恥ずかしいと思う吃音者」と、「吃音を比較的恥ずかしいと思わない吃音者」がいる。後者は吃音自助グループなどに参加したりする。前者の「もの言わぬ吃音者」は鬱(うつ)や神経症の傾向が強く、積極的になれない傾向があり、自助グループなどには参加しない、できない傾向がある。「もの言わぬ吃音者」は人前でスピーチしたりするのを酷なことと感じる。
  • 「吃音は努力すれば良くなる」とする主張と、「努力では良くならない」とする主張ある。前者の中には吃音を克服するために、あえて言葉を話す職業に就く人もいる。後者の中には、なるべく話さない職業に就く人がいる。これは努力をするかしないかではなく、その人の性格や考え方の違いである。しかし、時として前者には努力万能主義を信じて他人に努力を強要する根性論が見受けられる場合がある。因みに、喋る仕事に就いている小倉智昭西部邁らは、まだ、吃音は治っていないとカミングアウトしている。ただ、「努力では良くならない」と言う主張では、治った人がいることを説明できない。なぜ治ったかを研究することは大切である。
  • 吃音が治った人がいても、それはその人が治っただけで万人に有効な手段とはいえない。成功者は自分が成功したからと、他人に自分の考えを押し付けて説教をする傾向が見受けられる。また、吃音矯正所を開設してしまったり、カウンセリングの知識がないのにカウンセリングをしてしまう者もいる。
  • 「症状が軽い者」と、「症状が重い者」の間で対立が起こることがある。症状が軽い者の中には、大して気にしていない者もいる。症状が重い方は重大に感じる。これは症状が軽度の者が、重度の者の症状が分からず、自分の症状だけで吃音について判断してしまうことなどに起因する対立である。
  • プラス思考者とマイナス思考者間での対立がある。プラス思考者は吃音でも気にしないでやっていこうと考える。マイナス思考者は吃音があるから出来ないと考える。ここでもプラス思考者がマイナス思考者に考えを押し付ける(説教する)傾向があるが、マイナス思考に陥ったのはそれなりの理由がある。その理由を分ろうとはせず、考えを一方的に押し付けることで対立が生じる。

吃音者によって、吃音の症状の軽重・これまでの経験・本人の性格・周囲の理解度・住んでいる地域・就いている職業や取り巻く状況が、人それぞれなので悩みの深刻さも様々である。

脚注

  1. ^ 「ICD-10分類F00-F99精神及び行動の障害>F90-F98 小児(児童)期及び青年期に通常発症する行動及び情緒の障害>F98小児(児童)期及び青年期に通常発症するその他の行動及び情緒の障害>F98.5吃音症
  2. ^ 厚労省「疾病、傷害及び死因分類」ICD-10>F98.5吃音症、DSM-4>307.0吃音症
  3. ^ 「吃音は"吃音様言語障害症候群"というのが適切であろう」(内須川洸「医学辞典」講談社)及び、「DSM-4」
  4. ^ 「吃音の種類・分類一覧」(NPO法人吃音協会)
  5. ^ NPO法人吃音協会公式サイト
  6. ^ 「吃音の病態解明と医学的評価及び検査法の確立のための研究」(平成14年度 主任研究者 森浩一(国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)
  7. ^ 女性に吃音が少ない理由:赤ん坊は最初、全員が腹式で呼吸しているが、幼児期から学童期に胸式呼吸に変わる。この際、女児は身体的発達が早いのと、将来の妊娠出産のために腹筋の発達が抑えられるという理由により、男児より早く腹式呼吸から胸式呼吸に移行するためと考えられている吃音Q&A(吃音改善研究会)
  8. ^ 正確には、「わかっている部分と分かっていない部分」があり、吃音者全体の約1/3に効果があるといわれている音声のフィードバック経路(情動経路を含む)が関連する感覚性吃音は、日本以外では既に検証済みであり、装置を使った治療を行っているところもある「吃音の原因は分からないといいますが」(NPO法人吃音協会)
  9. ^ NPO法人吃音協会の2002年日本音声言語医学会への発表論文より
  10. ^ 「Rosanowski(1998年)やCurio(2000年)らによる左脳の機能異常に言及した研究」、「吃音の病態解明と検査法の確立及び受療機会に関する研究」(2003年、国立身体障害者リハビリテーションセンター研究所)、「吃音の病態解明と医学的評価及び検査法の確立のための研究」(2002年)、「照光真 新潟大学統合脳機能研究センター准教授の新潟市中央区万代市民会館での講演」(2007年12月2日)
  11. ^ [1]「吃音は部分的には遺伝子が関与しているようだ。国立聴障害、コミュニケーション障害研究所の遺伝子学のデニス・ドレイナは、吃音で訪れる人の半分に身近な家族に吃音者がいると言う。吃音に関連する遺伝子は沢山あり、その1つ1つの寄与率は少ないと考えられている。だから遺伝子の特定が難しい。しかし、数年前にカメルーンから吃音のインターネット会議で書き込みがあり、そこの有力な家族に吃音が多く発生しているとの報告で、事態は大きく変化した。書き込みした人によると、彼の家族は大人が106人いて、その内の48人が吃音である。明らかに遺伝性を示唆し、一つの遺伝子の変異から生じている可能性がある。ドレイナの研究チームはこの家族の遺伝子を調べて、第1染色体に50から60個の関連遺伝子を突き止めた。一方、パキスタンの吃音者を沢山出している家系からは、第12染色体上に関連遺伝子を発見し、その同定を進めている」(NYタイムズ紙)。
  12. ^ 家系に吃音者がいる場合、子に遺伝する可能性が指摘されている。詳しくはを外部リンク[2]を参照
  13. ^ 日本耳鼻咽喉科医会情報 耳鼻咽喉科・頭頚部外科標準病名集>言語の障害>吃音症
  14. ^
    用語解説
    DAF(遅延聴覚フィードバック)装置。AAF(Altered Auditory Feedback:聴覚変換フィードバックの略)ともいう。
    FAF(周波数遷移フィードバック)装置。ASF(Altered Speech Feedback:話声変換フィードバックの略)ともいう。
    DSA(Digital Stuttering-suppress Aid:吃音抑制訓練器)装置、などがある。
  15. ^ 吃音治療薬を求めて
  16. ^ 「年表方式のメンタルリハーサルによる吃音治療法の改善」(都築澄夫 目白大学/目白大学短期大学教授。心理療法、逆行性脱感作法)では、毎週1回の治療を6ヶ月から約2年間受けた場合の吃音抑制は36%としている。
  17. ^ 「吃音治療薬を求めて」ニューヨークタイムズ紙 2006年9月12日
  18. ^ 参考文献:『どもりは必ずなおせる』 - (花沢研究所所長、花沢忠一郎著、婦人生活社 1983年)
  19. ^ 条件反射消去の注意(吃音改善研究会)
  20. ^ 標準病名マスター作業班>吃音症
  21. ^ 厚生労働省保険局 診療報酬情報提供サービス>マスター検索>傷病名>吃音症
  22. ^ 2008年度から通院精神療法が通院・在宅精神療法に変更された
  23. ^ 厚労省HP→サイトマップ→「統計調査結果」→「厚生労働省統計表データベース」→統計表データベースの検索機能選択の「厚生労働省統計表データベースシステム」→統計表検索→分野区分名「保健衛生」、調査名「患者調査」、年次「平成17年」、キーワード「吃音症」で検索。次の3つがヒット。

文献・図書

関連項目

人物・作品

外部リンク