スキャットマン・ジョン
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スキャットマン・ジョン(Scatman John、本名:ジョン・ポール・ラーキン (John Paul Larkin) 、1942年3月13日 - 1999年12月3日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州出身のミュージシャン。
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[編集] プロフィール
ジョンは自らが抱える吃音症の問題をスキャットにしてダンスミュージックとの融合を果たし、「テクノスキャット」という唯一の音楽のジャンルを開拓した。
当初はジャズピアニスト・ジャズシンガーとして活動していたが、52歳で歌手としてメジャーCDデビュー。メジャーデビューアルバム『Scatman's World』は日本やヨーロッパ諸国など全世界で600万枚以上を売り上げた。自身の障害を逆手に利用した、模倣が困難な独自の歌唱法で各国のチャートNo.1を飾る。多くの曲の歌詞に「Scatman」という言葉が頻繁に入るのも特徴である。
日本では1995年、『Scatman』や『Su Su Su Superキレイ』(カネボウ化粧品のCMソング)の大ヒットでブレイク。日本国内でもアルバム売上が250万枚[1]のミリオンセラーを記録し、一躍時の人となった。グリコ乳業のプッチンプリンとカネボウ化粧品のテレビCMにも出演。また、『Scatman』は加藤茶が『加トちゃんのスキャットマン』、ウルトラマンが『スキャットウルトラマン』というタイトルでカバーしている。ものまねでは声優の山寺宏一がスキャットマン・ジョンのものまねを披露した。また極楽とんぼの山本圭一も、ものまねを得意としていた。(極楽とんぼの吠え魂にて)
アメリカよりも日本での楽曲の売上が多かったことから、前述の『Scatman』のヒット以降はプロモーションのために毎年のように来日していた。
音楽活動以外では、吃音者団体との交流を深め、彼らを支援するためのスキャットマン基金を設立した。また1996年には世界の吃音者に関して著しい功績を与えたとして、アニー・グレン賞を受賞。日本の吃音者団体である全国言友会連絡協議会とも深い交流があり、1996年の「日本ゴールドディスク大賞」の賞金を同団体に寄付、さらに同団体の全国大会にビデオ出演なども行っている。1999年12月3日にロサンゼルスで肺癌のため死去。57歳。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] アルバム
- SCATMAN'S WORLD(1995年、日本では1995年8月23日)
- スキャットマンII - Everybody Jam!(1996年11月21日)
- TAKE YOUR TIME(1999年6月30日)
- Listen to the Scatman(2001年8月21日、Importのみ)
- THE BEST OF SCATMAN JOHN(2002年10月7日)
[編集] シングル
- SCATMAN (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)(1994年、日本では1995年8月2日)
- SCATMAN'S WORLD(1995年10月21日)
- Song of Scatland(1995年)
- Only You(1995年、日本では1996年2月7日)
- スキャット天国 - SCAT PARADISE(1995年12月16日)
- SU・SU・SU SUPER キ・レ・イ(1996年3月23日)
- プリプリ・スキャット - Pripri Scat(1996年4月24日)
- Everybody Jam!(1996年10月30日)
- Let It Go(1997年9月26日)
- Scatmambo(1998年8月21日)
- 恋のチッカディー・ソング - The Chickadee Song(1999年7月7日)
- Take Your Time(1999年)
- I Love Samba(1999年)
- ICHI, NI, SAN... GO!(1999年)
[編集] 客演 (John Larkin名義)
- Clark Woodard & Joe Farrell / Clark Woodard & Joe Farrell(1985年)
[編集] タイアップ
- SCATMAN (Ski-Ba-Bop-Ba-Dop-Bop)
- アーケードゲーム「jubeat」に提供曲として収録。
[編集] 脚注
- ^ スキャットマン・ジョン氏死去 57歳、グリコ・プッチンプリンのCM登場、ZAKZAK、1999年12月7日。

