空耳アワー

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空耳アワー』(そらみみアワー)とは、テレビ朝日系列深夜バラエティ番組タモリ倶楽部』において、長年に渡り放送されているミニコーナーのひとつである。

目次

[編集] 概要

視聴者から「日本語以外で歌われているが、あたかも日本語のように聞こえる歌詞空耳)」の投稿を募り、制作サイドでつけたイメージ映像を交えて紹介するという『タモリ倶楽部』を代表するミニコーナーのひとつである。このミニコーナーは『タモリ倶楽部』の放送開始から数えて21番目のミニコーナーである。

[編集] 『空耳アワー』以前の他局の企画

1972年10月14日から1986年9月までラジオ関東(現ラジオ日本)で放送された、アメリカントップ40ラジオ関西でも遅れネット)の番組中で、同局アナウンサー坂井隆夫が1980年頃より「坂井隆夫のJoke Box」という日本独自のコーナーで『空耳アワー』にそっくりの企画を放送しており、人気を博していた。が、本コーナーへの関連性は不明である。

また、ニッポン放送の「笑福亭鶴光のオールナイトニッポン」の投稿コーナーで1982年頃から始まった「この歌は、『こんな風』に聞こえる。」でも同様の企画が放送されていた。この番組が直接のヒントとなったとされている。

1989年に始まった「スーパーFMマガジン#坂崎幸之助のNORU SORU」内のコーナー「ジョビジョバポップス」は開始当初からの人気コーナーだったが、1992年に「空耳アワー」が始まり定着するとネタがパワーダウンし、逆に「空耳アワーのNORU SORU版」と言った方がわかりやすいようになってしまった。坂崎も「空耳アワーのあのシュールな映像には勝てない。」と呟いたことがある。

[編集] 『あなたにも音楽を』からの変遷

元々は1992年4月3日に始まった「あなたにも音楽を」というコーナーであった。初回のパーソナリティーは当時『タモリ倶楽部』の構成を担当していた町山広美であり、このコーナーに自信があったため自ら出演し、番組スタッフらが作ったネタを発表した。

このコーナーの本来の趣旨は映像に「テーマ」として一見場違いだが詞の内容が映像の内容に繋がる様な音楽を入れることによって、「(本来の映像と)全く違う、美しいなもの、きれいな、面白い」(スタッフ談)映像にするという"言葉落ち"的なもので、コンセプトは「名前があるように、あらゆるもの状況にテーマミュージックがある」であった。初回で初めて発表されたのは重量挙げの映像に『日本一の色男』の劇中歌「どうしてこんなにもてるんだろう」が被さるものであった(女性に「もてる」とバーベルを「持てる」を引っ掛けた駄洒落)。

だが、このコーナーはスタッフ主導だったため初回放送時はタモリはコーナーの内容や趣旨が理解できず「(このコーナーは)林家三平狙ってるのか?」、「こんなんだったらさ、これお笑いじゃん」と終始不機嫌であった。2回目以降の採用者には手拭(デザインは現在とほぼ同じ)が送られたが、これはタモリには無断で製作されていた物である。

このコーナーの初回の放送でアース・ウィンド・アンド・ファイアーの『ゲッタウェイ』の一部歌詞が「青森県」に聞こえるという風に紹介される(投稿者は番組のディレクター)。

[編集] 現在の『空耳アワー』へ

その後、徐々に内容がコーナーの趣旨から外れてきたということで、同年7月3日放送より現在の「空耳アワー」というコーナー名に変更になった[1]。取り上げられる曲も日本語以外[2]で歌われる曲になる。1995年8月18日放送分の「第4回空耳アワード」をもって一旦「空耳アワー」は終了したが、1996年1月5日放送分の「帰ってきた空耳アワー名作30連発」から再開された。

[編集] コーナーの流れ

コーナーオープニング背景が“”(青空に)が流れ、中央部分に大きな“”のCG映像が映し出され、『空耳アワー』のタイトルソングっているのは、当番組のナレーターである武田広(HIROSHI)と辛島美登里(MIDORI)の2人。合わせて(HIROSHI&MIDORI)。

タモリ倶楽部』の司会を務めるタモリと「ソラミミスト[3]」と呼ばれるイラストレーター安斎肇司会進行を行う。

通常はその日の企画におけるロケ地テレビ朝日ハウフルスの会議室や各企業の会議室、飲食店、和室など)で収録され、2人の後ろにはその企画で使われたセットや小道具などの残骸が残されている。だが、『空耳アワー』として固定されているセットとしては、タモリと安斎の2人の真ん中に『空耳アワー』としての最高の評価商品(ジャンパーの背後『TAMORI KUBU』と描かれているのが毎回吊らされている)と安斎側に黄色の板に安斎が描いたキャラクターが描かれているのと木で作られた円盤の机が置かれている。安斎が本編にも出演する場合、移動中のバスの中や作業場などで「空耳アワー」を紹介することもありその際本編に出演したゲストもコーナーに出演する場合もある。

当コーナーは『タモリ倶楽部』番組後半に設定されタモリの「誰が言ったか知らないが、言われてみれば確かに(「たしっかに」と溜める場合が多い)聞こえる『空耳アワー』のお時間がやってまいりました。お相手はこちらのお方です」の挨拶から始まり、ソラミミストの安斎を紹介。画面上の座り位置は安斎が左(下手)、タモリは右(上手)である[4]。オープニングでは安斎の近況や『タモリ倶楽部』のその回の企画に関することなどを話し(OAではカットされる場合もある)、そのあと視聴者から投稿された『空耳』作品、2〜3作品を紹介する。

最初に安斎がはがきを紹介し[5]、画面下にテロップ曲名アーティスト名・投稿者の都道府県市町村名・投稿者名を表示[6]、作品VTRを見た後で、その『空耳』の部分が本当は何と歌われているのかを確かめる。最も面白い出来と予想される作品は大体最後に紹介される(他の番組や投稿コーナーでも同様)。絶妙な作品が登場した時は、安斎が「えー!何これ?」と驚愕する事が多い。タモリが特に気に入ったり発音を確認したい作品VTRは、タモリのリクエストでもう一度流される事がある。最後にタモリが投稿者に送る賞品(詳細は賞品を参照)を決める。

『空耳』で日本語に聞こえる歌詞は、イントネーションや文章の構成、内容が日本語に近いものもあれば、意味不明のものや不自然なものもある。またギャグを基本としている関係上、下ネタも登場する。

コーナーのエンディング部分ではこのコーナーのテーマである、Brian Hyland / 『Baby Face』のBGM曲が流れて、タモリが「まだまだ、探して募集しておりますのでお送り下さい。宛先はこちらの方です(タモリが手で宛先が表示されているテロップに向かって動作をする)。宜しくお願いします(タモリと安斎が一礼をする)」と言いコーナーは終了し、CMへ入る。

[編集] 空耳役者

楽曲と共に放映されるVTRの出演者は、その殆どがスタッフ(頻繁に出演している当番組のディレクターの山元豊洋(BEGINのボーカル・比嘉栄昇に似ているため番組内では「ビギン」と呼ばれている)、カメラマン中島せいやは「空耳アワード」でも取り上げられたことがある)やスタッフの身内、小規模プロダクションの所属俳優が多く、中には作品に頻繁に登場する「空耳俳優」もいるものの、低予算の深夜番組であるため、世間で広く知られているような人はまれにしか登場しない(空耳アワー作品に出演した事のある著名人も参照)。

但し、同局の『徹子の部屋』出演時に撮影された写真画像を引用して、ジュディ・オングそのまんま東(当時)が出演したこともある。「昔はプロデューサーの行きつけの高級クラブお姉ちゃんとかもよく出てた」(以前のスペシャル内でのタモリの発言)とのことである。

また、深夜番組と言うことで、下ネタではない空耳作品でも性関係を示唆するイメージ映像を作る傾向にある。かつて映像には女性の乳房の露出もあったが自主規制からか2003年を最後に乳首の露出はなくなりその後は乳首をマークで隠すなどしていたが、2005年頃を境に画面に登場しなくなった。現在は「おっぱい」などと聴こえる空耳が出ても映像では別の物に置き換えたり、水着姿で描写するようになっている。

ちなみに作品VTRに出てくる男優下着は、なぜかブリーフが多い。

空耳部分に「安斎」とあった時は安斎がVTRに出演した(VTRの収録時は原曲もかからず、安斎本人もスタッフに「ここに立ってこのようなポーズをしてくれ」としか言われず、趣旨を全く伝えられなかったため、作品の内容は放送時まで本人も知らなかった)が、空耳部分が「タモリ」の時はタモリの顔写真のお面をかぶった別人が出演した。

[編集] 主な空耳役者

  • 及川達郎
  • 野田美弘
  • 菊川浩二
  • 有田久徳
  • キンパラヒロキ
  • 中山裕介
  • 今井彰一
  • 野田美弘
  • 山元豊洋
  • 上原袈裟俊
  • 木村木
  • 根本豊
  • 金原弘樹
  • 岡本純治
  • 山崎祐世
  • 小川パンプキン
  • 米谷真一
  • 清水恵美
  • 馬場真彦
  • 川品雅子
  • 遠藤匠
  • 星川みなみ
  • 窪田かね子
  • 山本華世
  • 高崎隆二
  • 秋田宗好
  • 渡辺城太郎
  • 鈴木和浩
  • 関根康史
  • 福島祐次
  • 山口貴之
  • 山本啓之

ほか

[編集] 空耳アワード

番組全体をまるごと使って過去1年間の『空耳アワー』の作品を分野別にダイジェスト形式にて紹介し、年間最優秀作品 (グランプリ)を決定する『空耳アワード』という拡大版が放送されている。審査委員長はタモリが務め、ソラミミストの安斎肇の他に豪華ゲスト3〜4組を迎えて年間最優秀グランプリ賞を決定する。

以前(1992年 - 2003年)は、半年から数年に1度の放送だったが2004年からは年1回ペースとなり、2005年からは前・後編の2週にわたって放送されている。

通常は『タモリ倶楽部』内のレギュラー放送で放送されるが、2001年12月30日放送分の『タモリ倶楽部スペシャル 空耳アワード2001』では、ネオプライムタイム(23:00〜24:54〔JST〕)の2時間スペシャルに進出した事もある。最優秀グランプリを獲得した投稿者にはその日のゲストから通常の「空耳アワー」の商品ではない湯呑みやジャンパーなどが賞品として贈呈される。NIGOが出演するようになってからは、A BATHING APEのロゴが入った自身デザインのファッションアイテムが賞品となっている。

「空耳アワード2004」以降、音楽ジャンル(部門)ごとにまとめて作品を紹介している。ただし、部門はその年の投稿状況によって毎年異なり、例えばワールドミュージック部門は「空耳アワード2008」にはなかったが「空耳アワード2009」では2年ぶりに復活している。

また、「空耳アワード2006」ではMasterpiece部門があったが、「空耳アワード2009」では同種の部門を名曲部門と、「空耳アワード2010」ではグレイテスト・ヒッツ部門と、それぞれ呼んでいる。他には、「HIPHOP部門」、「メタル部門」、「ロック部門」、「スーパースター部門」などに分けられて紹介される。

「空耳ニュース」として毎年、1年間の「空耳アワー」に関するニュースがランキング形式にて紹介される。

放送日はいずれもテレビ朝日系列においての放送日(JST)。日付を跨いだ後に開始の番組も金曜日基準。

[編集] 第1回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
1993年4月1日 野村義男
ローリー寺西
ジプシー・キングスベン・ベン・マリア
(「あんたがた ほれ見やぁ ないか・・・ こりゃ まずいよ・・・」との空耳)
耳かき金色

コーナー開始1周年を記念して開催。オープニングでタモリが「バブル崩壊と共に始まった空耳アワー」とコメントしていた。

[編集] 第2回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
1993年10月1日 蛭子能収
萩原健太
マイケル富岡
プリンスバットダンス
(「農協牛乳」との空耳)
の形をした金色トロフィー

[編集] 第3回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
1994年4月8日 赤坂泰彦
萩原健太
マイケル・ジャクソンスムーズ・クリミナル
(「パン宿直」との空耳)
綿棒(金色)

[編集] 第4回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
1995年8月18日 クリス・ペプラー
濱田マリ
ジャングル・ブックオリジナル・サウンドトラック『アイ・ウォナ・ビー・ライク・ユー』(君のようになりたい)
(「チンコ すごい」との空耳)
耳の形をした
金色のトロフィー

[編集] 第5回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
1998年5月8日 ANI(スチャダラパー
濱田マリ
山本シュウ
エラ・フィッツジェラルドルイ・アームストロングチーク・トゥ・チーク
(「できれば スパゲティー」との空耳)
、空耳サンダル、空耳パンツ

[編集] 第6回空耳アワード

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2000年1月14日 クリス・ペプラー
BOSE(スチャダラパー)
松田純
TLCウィスパリング・プラヤ[7]
(「おっさん、おっさん、おっさんか?おっさん、えー!自分だと思う」との空耳)
ラムシュタインヘイレイト・ミッシュ
(「混ぜて飲んでぇ」との空耳)
空耳スウェット上下

スウェットの上はTLCの作品に、下はラムシュタインの作品に贈呈。

[編集] 21世紀に残したい空耳アワー大賞

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2000年12月22日 クリス・ペプラー
MAX
ジャングル・ブック・オリジナル・サウンドトラック『アイ・ウォナ・ビー・ライク・ユー』 トロフィー

スペシャル番組。大賞の審査は全空耳が対象。ゲストの組み合わせはクリスマスにちなんでいる(「クリス・ペプラー」+「ック」)。

[編集] 空耳アワード2001

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2001年12月30日
(23:00〜24:54)
矢口真里
石川梨華
(以上、当時モーニング娘。
キャイ〜ン天野ひろゆきウド鈴木
坂下千里子
佐野史郎
CHAGE
PUFFY大貫亜美吉村由美
上島竜兵
下平さやか(テレビ朝日アナウンサー
セイン・カミュ
アット・ザ・ドライヴインスリープウォーク・カプセル
(「ど・ど・ど・ど・童貞ちゃうわ!」との空耳)
ジャンパー(金色)

「空耳アワード」初2時間スペシャル。グランプリの審査は全空耳が対象。矢口と石川は後半の下ネタが続くコーナーの前に途中で退出。タモリ、安斎らはタキシードの衣裳を着ていた。

[編集] 空耳アワード2004

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2004年1月19日 近田春夫
萩原健太
クリス・ペプラー
マッドハニーヒア・カムズ・シックネス
(「レンコン好きです!レンコン好きです!レンコン好きです!今、誰っすか?」との空耳)
耳の形をしたイヤリング

神奈川県横浜市の常連投稿者宅をスタッフが訪問したVTRが放送された。さらにその場から作品が投稿され、賞品として投稿はがき100枚が贈呈された。

[編集] 空耳アワード2005

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2005年3月4日11日 ZEEBRA
萩原健太
クリス・ペプラー
ウエストサイド・コネクションライツ・アウト
(「熱いお茶を飲む」との空耳)
湯飲み2点セット

この年より2週(前/後編)にわたって放送。後編では、安斎が初めてネタ作りに挑戦。作品は3本でイメージ映像のコンテも手がけたがどれも滑ってしまい、結局「3枚投稿して1枚の手ぬぐい」と言う評価に。さらに萩原から「音楽評論家が良い音楽を作れる訳ではない(つまり「そういう人は作る方には回らないほうがいい」)」とキツく釘を刺された。その後も通常回でネタを作るがこの時も滑っている。

[編集] 空耳アワード2006

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2006年1月13日20日 マーティ・フリードマン
近田春夫
萩原健太
クリス・ペプラー
エルヴィス・プレスリー『ボサ・ノヴァ・ベイビー』
(「おをください」との空耳)
手ぬぐい柄のTシャツ

作品の投稿時の評価は手ぬぐい。この事実にタモリを含む全員が驚愕していた。またフリードマンが浜崎あゆみの楽曲から逆空耳(日本語の歌詞が英語に聞こえるというもの)を2つ発見し、紹介した。なおタモリによる評価はされておらず、賞品はなし。

[編集] 空耳アワード2007

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2007年2月9日16日 マーティ・フリードマン
木村カエラ
近田春夫
クリス・ペプラー
アレクシスオンファイアーメイルボックス・アーサン
(「ブサイクでした!嫁、ブサイクでした!」との空耳)
湯飲み3点セット

[編集] 空耳アワード2008

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2008年3月7日14日 マーティ・フリードマン
木村カエラ
NIGO
桜庭和志
近田春夫
クリス・ペプラー
アッシャーコンフェッションズ・パート2(リミックス)』
(「はい?電話した?」との空耳)
湯飲み4点セット
NIGOデザインの空耳Tシャツ

木村が空耳初投稿。2枚投稿し耳かき1つという評価。またフリードマンが再び逆空耳を発見、紹介した(前年と同じくタモリによる評価はなく、賞品はなし)。

[編集] 空耳アワード2009

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2009年4月3日10日 マーティ・フリードマン
松たか子
Perfume
のっちかしゆかあ〜ちゃん
NIGO
近田春夫
クリス・ペプラー
サウンド・プロヴァイダーズ『5ミニッツ』
(「イヤイヤイヤ違う違う分けれ分けれ分けれ」との空耳)
NIGOデザインのパーカー

松が空耳作品を投稿、手ぬぐいという結果に。ユニコーンが空耳作品に登場(一般人の新作に2作品)。

グランプリ作品は2008年6月に投稿された際、安齋が1年後に化けるかもしれないとコメントをしていた。

[編集] 空耳アワード2010

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2010年4月2日9日 木村カエラ
NIGO
スターレス高嶋
萩原健太
クリス・ペプラー
マイケル・ジャクソンスムーズ・クリミナル
(「朝からちょっと運動 表参道信号」との空耳)
NIGOデザインのスタジャン

高嶋が空耳作品を投稿、手ぬぐいという結果に。

マイケル・ジャクソンの『スムーズ・クリミナル』が、同一曲の別空耳で2度目のグランプリ受賞となった。

[編集] 空耳アワード2011

放送日 ゲスト グランプリ作品 グランプリ賞品
2011年3月25日4月1日 松たか子
マーティ・フリードマン
近田春夫
NIGO
ダイスケはん(マキシマムザホルモン
ナヲ(マキシマムザホルモン)
サイモン&ガーファンクル旧友
(「坊さん乱闘」との空耳)
NIGOデザインのスタジャン

くるり岸田繁が空耳作品を投稿、見事ジャンパーとなる。また、美容家の佐伯チズ(空耳中に「福山雅治」が含まれているため本人がVTR出演)、出演者であったマキシマムザホルモンのダイスケはん(同じく空耳中に「ダイスケはん」が含まれているため本人がVTR出演)が投稿、それぞれTシャツを獲得。

兵庫県加古川市在住の常連投稿者の自宅をスタッフが訪問、インタビューが行われた。

マーティが参加したこともあり、曲紹介に「メガデス部門」が設定された。

[編集] 賞品

投稿者には、1作品につきタモリの選択により評価の低い順に

のいずれか1つの賞品(例外あり)が贈呈される。1992年4月のコーナー開始当初、賞品は手ぬぐいのみであったが、同年5月にはTシャツとジャンパーが、2007年にはソラミミかきが追加された(後述)。コーナー開始から現在まで、手ぬぐいの贈呈が最も多い[8]。Tシャツは2006年頃まで、年間30件前後の投稿に対して進呈されていたが、2007年に耳掻きが登場してからは従来のTシャツ相当の作品で耳掻きが進呈されるようになり、現在では年間でも数件程度しか進呈されなくなっている。このため、現在ではTシャツは「ジャンパーにあと一歩」という意味合いを持つ賞品となっている。ジャンパーは余程の優秀作・傑作でもない限りプレゼントされない。2003年3月14日放送以来、4年間ジャンパーが出ていないことが「空耳アワード2007」内の「空耳10大ニュース」で紹介されたほどである。ジャンパー作品の空白は2007年5月25日放送まで続いた。

過去には、手ぬぐいとTシャツの両方、ソラミミかき2種類(2008年6月20日放送分、後述)のほか、その他の商品(はがき、吸盤など、通常の商品にプラスされる場合とそうではない場合がある)が進呈されたことがある。その他の商品には、ボツに近い手ぬぐい以下の作品に対して送った、たまたまその辺にあった物(紙コップや豆菓子、ただの石など)を含む。

また、何ももらえなかった作品も幾つかある[9]。これ以外に2007年5月4日放送ではタモリと安斎が関係ない話に夢中になってそのまま流してしまい、評価をされないままコーナーが終わってしまった作品もある(放送時にスタッフが評価を忘れていたことをテロップで表示した)。

賞品の中では手ぬぐいの人気が高く、ジャンパー・Tシャツ相当の優秀作であったにも関わらず投稿者が「手ぬぐい希望」と添え書きしたばかりに手ぬぐいに変えられることもある。また「空耳アワー」と言うのを「空アワー」と書いてあり、ジャンパーのはずがTシャツになった作品もある(1995年8月4日放送にて)。

安斎が言うには「タモリが聞こえるといったら高確率で手ぬぐい」だそうである。それでも「空耳アワード2006」では手ぬぐい作品が大賞を受賞した。タモリは「手ぬぐいでもチャンスがあるということだ」とますます開き直っている。判断基準は少し曖昧で空耳の完成度が高くてもイメージ映像がつまらなかったりタモリの機嫌、安斎の遅刻等で「面白かったけど手ぬぐい」と言うケースがある。

窪塚洋介東京スポーツ映画大賞で空耳Tシャツを着ていたのを受け(実は偽物で胸の英語の部分が違う)、急遽Tシャツを獲得した投稿者を集めた「Tシャツ同窓会」(2002年4月5日放送)が行われた事もある。この企画に出演の浅草キッドは「窪塚くん本人が来たら2H(=2時間特番)」と宣ったが、実現はしなかった。

また2002年3月1日放送の(タモリが司会を勤める)『ミュージックステーション』(テレビ朝日系列)で生出演したSOPHIAの曲『HARD WORKER』が「英語詞なのに日本語に聞こえる」という仕掛けを持っていたため、トークで松岡充が「ジャンパーが欲しい」という旨の発言をした。タモリは「(曲は)なかなか良く出来ている」としながらもジャンパー進呈か否かには悩む様子を見せ番組はそのまま終了したが、後に松岡がラジオ等で「番組の後でタモリさん直々に下さった」と結局入手した事を明かしている。空耳アワー以外の場で賞品が進呈された珍しい例である。2002年9月27日放送の『ミュージックステーション』内でサザンオールスターズ桑田佳祐が手ぬぐいを持参してきたことがあり、タモリを笑わせていた。

賞品の評価基準としては「ややウケ=手ぬぐい、バカウケ=Tシャツ、大爆笑=ジャンパー」(旧基準)だったが、2005年の空耳アワードの中で「1位=ジャンパー、2-4位=Tシャツ、5位以下=手ぬぐい」(現基準)にすることを発表した。なおランキングは40位まであるといわれている(しかし「空耳アワード2005」の後数回で話されなくなった)。

「空耳アワード2006」後編では、常連投稿者の「手ぬぐいがたまっているので、他の賞品を考えて欲しい」との意見(しかしその常連投稿者は「そのようなことは書いていない」という)を基に新賞品を考案。コースターポケットティッシュの3品が候補に挙がりコースターが有力視されたが結局スタッフの無気力や予算面の都合からボツとなり、追加・変更は見送られた。その後、2007年に「ソラミミかき」なる耳掻きが登場した(安斎デザインの右耳とタモリデザインの左耳が描かれた板が付いた2種類があり、どちらがもらえるかはタモリがどちらを手に取るか次第。2008年6月20日放送では左右両方の耳かきを獲得した作品が生まれた)。

「空耳アワード」のグランプリにも賞品(湯飲みなど)が贈られる。

2010年には「手ぬぐいの在庫が切れた」ということで、タモリや安斎、みうらじゅん土屋礼央により、新しい手ぬぐいを数量限定で製作するという企画が番組本編で行われ、タモリ・土屋版と安斎・みうら版の2タイプの新手ぬぐいが製作された。手ぬぐいの出来が良かった為か、通常であれば賞品は手ぬぐいレベルであってもタモリが出し惜しみをして、その代わりに耳かきが賞品になる事態が起きている。このため、本来は耳かきレベルの作品に対しても、新手ぬぐいが賞品となっている。

また、2010年下半期からはNIGOが製作したジャンパーが商品として採用されている。

[編集] 投稿者

過去にはローリー寺西(現・ROLLY)、清水圭、大相撲の大関武双山(現・藤島親方)、眞鍋かをり、安斎と仲の良い錦島親方(元前頭敷島、現・安治川親方)から投稿もあった。また一時期ウルフルズサンコンJr.が毎週のように「手ぬぐい希望」と書いて投稿していたが、採用されたのはたった1回(「空耳アワード2001」で事実上の特集として取り上げられウルフルズが3人(当時)揃ってコメント出演し、一度に3本も紹介された)。ネタを投稿する常連にあだ名をつけ(現在2人)、名前を呼ぶこともある。タモリ倶楽部の常連を大切にする傾向といえよう。

その他、ネタが無いもしくは送られたネタに秀逸なものが無い場合、スタッフが見つけたネタが紹介されるケースが稀にある(コーナー内では一切触れないものの、「新宿区高橋洋二」「横浜市・加藤トモヒサ」(いずれも番組の構成作家である)などの投稿者のネタがある)。さらに稀なケースとしては空耳の元詞が不明だった時もあったり(主にアフリカアラビア系言語を使った歌詞に多い)、寺西は歌詞ではなくギターのノイズ音を空耳として投稿した事もあった[10]。また、メインの特集ではがきを募集したとき「○○(この中に主に手ぬぐいなどの評価が入る)希望」と書いた投稿者もいる。

空耳アワー作品に投稿した事のある著名人も参照のこと。

[編集] 空耳アワー外国編

「空耳アワード2001」内で放送。「海外で空耳アワーの類似企画が放送されている」との触れ込みの後、海外のテレビ局が製作した映像を独自に入手したとの設定で放送された。英語版、ロシア語版、中国語版、ドイツ語版が流されたがそれはすべてタモリと安斎がその土地の人間に扮して(例えばドイツ版ではバイエルン・ミュンヘンのユニフォームを着て付け鼻をし、テーブルにはビールが置かれている)その土地の言語のような適当な言葉を喋っているだけだった。安斎に至っては結局その国を代表する固有名詞に頼っていた(例:ドイツ語版で「ベッケンバウアー」に引っ掛けて「ベッケンばんわ」、ロシア語版で「フルシチョフ」)。タモリにとっては、駆け出し時代からの持ちネタ「インチキ外国語」を久々に披露する場となった。

内容は「邦楽の歌詞がその土地の言語ではこんな風に聞こえる」というもの。流れは通常の空耳アワーと同じではあるが空耳部分のテロップが外国語となること、曲が邦楽であることと紹介後にナレーターによる解説が入るところが違っている。最後の空耳募集の告知も外国語で表記される(テレビ局などの表記は実在のものではない)。また「賞品」も微妙に変わっている(ロシア語版ではロシア帽など)。

その後、「空耳アワード2006」前編でも外国語の文章に聞こえる邦楽の歌詞を紹介した「逆空耳アワー」(コーナー名のバックの耳は反転した)が行われた。紹介された作品は2つで、いずれも浜崎あゆみの曲からマーティ・フリードマンが見つけた。この時は映像ではなく簡単なイラストで再現された。また「空耳アワード2008」後編においてもフリードマンは「逆空耳」を見つけ、2つ紹介された(このときは映像であった。B'zmihimaru GTの楽曲より)。

[編集] 安斎遅刻時の対応

本業でも筆が遅く時間にルーズであることで有名な安斎はこの収録によく遅刻をし、間に合った時はタモリから小言を言われている。間に合わなかった時はタモリが1人で進行するかその回の収録で出たゲストが同席する(渡辺祐の出演が多い。1人進行の時、安斎に対する小言や説教だけで終わり投稿作品を紹介しなかった回もある)。代々木での収録では安斎が間違えて代々木上原に行ってしまい遅刻したこともある。なお、2004年は無遅刻無欠勤の偉業を成し遂げた(但し、これは安斎が遅刻することを前提に彼にのみ集合時間が早く伝えられていただけであり、実際は遅刻している(「2005年空耳アワード」前編より))。

また、2006年も無遅刻を達成したが2007年初収録でいきなり遅刻した(『笑っていいとも!』(フジテレビ系列)の「テレフォンショッキング」に安斎がテレフォンゲストとして出演した際タモリが暴露)。その回は翌週の「空耳アワード2007」にも出演したマーティ・フリードマンが代役として同席し(安斎はコーナー途中から出演)、タモリがコーナーの最後の宛先紹介で司会はどちらがいいか投稿者から意見を募った。その後2008年3月14日放送の「空耳アワード2008」後編で、実際に投稿者から4通の手紙が届いていたことが明らかになった。内訳はフリードマン3通、安斎1通。

また、テレビ朝日本社内での収録の際に奥田民生が偶然見学に来ており、スタッフはこれ幸いとコーナー司会の代役を頼んだが、安斎が意外に早く到着したため(収録開始から5分ほど後)スタッフはしきりに残念がったという。来てしまったものは仕方ないので、奥田は司会では無くタモリの代わりの判定役で出演。なお彼は手ぬぐいレベルの作品にも全てにソラミミかきを出したので、タモリは「甘いなー」「大インフレだ」と嘆いていた。なお早々に代役を立てられた事に対し安斎は「5分しか遅れていない」と訴えたが「5分も遅刻、1時間も遅刻」とタモリは突っこんでいる。

[編集] 遅刻の言い訳

『空耳アワー』出演の依頼に対して「最初は嫌で苦手だったので1回のみ出演後は断ろうと思っていたが、その1回目の収録で大遅刻してしまい断りにくくなってしまったため、出演を続けている」と雑誌のインタビューで語っていた事がある。ただ収録時間になっても現場に到着しなかった事が複数回あり、タモリのみやメイン企画のゲスト、空耳アワードのゲストのマーティ・フリードマンが代わりに同席し収録を行った事もある。収録ギリギリに到着した安斎への説教だけでコーナーが終わった回もあり、遅刻の理由は「締め切りが過ぎた仕事を徹夜で片付けていて、出掛けに風呂に入ろうとしたが水だった」と語っていた。他にも「冷蔵庫が安売りしていたので」という明らかに嘘と思われる理由で大遅刻したこともある。

近年では「空耳アワー」収録撮影において、安斎のみ予定よりも2時間前の集合時刻を伝えられているとの事(最初は「30分前」であったがあまりにも遅刻する為「1時間前」となり、その後さらにスタッフらは余裕の時間をとり「2時間前」になったとの事。

[編集] 類似企画

類似企画は全国津々浦々に存在する。

  1. STVラジオKANさんのアタックヤング』 - 「すきっ腹にダンゴ」(コーナー名はプロコル・ハルムの「青い影」の歌詞にちなんだもの。なお、空耳アワーでも同じ部分が「空きっ腹、パン、 団子」に聞こえるというネタが投稿されている)
  2. スーパーFMマガジン坂崎幸之助NORU SORU』 - 「元祖ジョビジョバポップス」(「あーら、ニヤケたケロンパ」と聴こえるジプシー・キングスの"ジョビ・ジョバ"の歌詞にちなんだ)
  3. bayfmPOWER ROCK TODAY』 - 「ヘヴィメタル瞬間芸」
  4. FM802Around The MARK'E SONIC STYLE』 - 「幻聴アワー」(不定期実施)
  5. KBCラジオでの中島浩二担当番組 - 「とこPON!ミュージック」(中島浩二の音楽で行こう)、「音楽捕物帳」(PAO〜N
  6. 東海ラジオ他『mamiのRADIかるコミュニケーション』 - 「空耳タイム」(「全国流行通信」内)
  • その他、『タモリのボキャブラ天国』でも空耳と同様のネタがいくつか採用された。タモリが審査役として出演した『トリビアの泉 〜素晴らしきムダ知識〜』では「『キューティーハニー』の朝鮮語版歌詞の一部が「田代(たしろ)、田代、田代、ちゃんと亡命しろ」と聞こえる」というネタが投稿された。
  • テレビ朝日系列で『タモリ倶楽部』を放送するのと同じ金曜深夜に朝日放送で放送している『探偵!ナイトスクープ』では「小ネタ集」の中でたびたび、外国映画のセリフがこのように聞こえるというネタが投稿されている。
  • テレビ東京で放送されている『やりすぎコージー』の「芸人都市伝説」という企画で毎回サバンナ高橋茂雄が都市伝説と称して空耳を紹介しているが、内容が内容なだけに司会の今田耕司東野幸治の両名から「空耳(アワー)でしょう?」と突っ込まれるのがお約束となっている。
  • 1990年代頃、長崎文化放送のローカル番組『いい朝NCC』のコーナーに空耳アワーが存在した。しかも、タイトルコールまで本家空耳アワーを再現したものであったが、内容はまったくの別物である(いわゆる音楽情報コーナー)。
  • JFN系『ポピュラー・リクエスト・アワー』 - 1986〜1988年頃の月 - 木PM8:00〜8:55(途中まで金曜日も)に放送されていた番組のうち、木曜日(DJ:深野義和)に放送された「この曲はこう聞こえる」
  • 特徴として、その空耳が聞こえるCDの「TIME」も公表され、最初は毎週木曜日の一コーナーだったが、下ネタが多くなった為、途中から期間期間で55分ぶっ通しの”特番”となった。a-haの「take on me」の「パンツ1000円」というネタなどが投稿された。

[編集] その他

  • 1993年ごろ、ティアーズ・フォー・フィアーズの「Sowing The Seeds Of Love」における「母ちゃん、許して」の空耳ネタが殺到したことがあった[11]。これは当時放映されていた日産・シルビア(S14型前期)のテレビCMで空耳の該当部が頻繁に流れたことが原因で、タモリは大量に積まれたはがきを持ち「もう投稿してこないでください!この2〜3年見たからってデカイ面してんじゃないよ!マニアのための番組なんだから…」と訴えを行った。
  • ミュージックステーション』でt.A.T.u.がドタキャン騒動を起こした後に、一度t.A.T.uの空耳ネタが投稿されたことがある(2003年10月10日放送にて)。安斎が「t.A.T.uですけどよろしいですか?」とタモリの機嫌を伺うが、タモリは「ダメ、t.A.T.uはダメ」「オープニング出るなら出ろよ」と本音とも取れかねない発言をした。VTRも彼女らの態度の悪さをパロディしたものであり、評価は手ぬぐい。評価後タモリは「今後t.A.T.uの作品は送らないようにしてください」と訴えた。以後彼女らの作品は採用されていない。
  • 他局のスタッフの中にもこのコーナーに採用される事に憧れる者がいる。かつて安斎がNHKに出演した際、スタッフから「今度、ビデオ版にして送るから。とにかくTシャツが欲しい」と言われた旨を語っており、それを聞いたタモリも「NHKが民放に『完パケ』のビデオを送るわけか。官民一体となってお送りして…」と笑っていた。
  • 現在の「空耳アワー」というコーナー名に変更になったと同時に、コーナータイトルで空の映像をバックにした大きな耳の絵が出て「そらみみーアーワー」という歌が流れるようになった。開始当初は「そらみみー」が男声のみで「アーワー」で女声のハモリが入るが「帰ってきた空耳アワー名作30連発」からは男声・女声のデュオになり、画面右下に「HIROSHI & MIDORI」というクレジットが表示される(背景の雲の移動スピードも速くなった)。男声「HIROSHI」は番組ナレーター武田広、女声「MIDORI」はシンガーソングライター辛島美登里である(先の特番の折、辛島が自分の歌声を録音したテープを寄贈した)[12]。実はこの歌のメロディを階名で表記すると「ソラミミーレードー」となり、「そらみみ」の部分が洒落になっている。
  • コーナーの最後にあて先を紹介される際に流れるBGMはブライアン・ハイランドの『Baby Face』が使用されている。なお2009年2月14日放送ではこの曲が空耳ネタとして紹介された。
  • 2007年1月12日放送の『タモリ倶楽部』本編の収録に安斎が参加した際、タモリが番組オープニングで「誰が言ったか知らないが…」と言ったことがある。これはNGとなり放送されなかったが、それよりも前に空耳アワーの収録で「どこの誰かは知らないが…」と言い間違えた際はスタッフも気付かずそのまま放送された(1996年8月16日放送にて。「空耳アワード2007」内で発覚)。
  • 14年間(1992〜2005年)の空耳をまとめた同人誌が発行されている。収録内容はアーティスト名・レコード会社名・アルバム名・曲名・空耳が聞こえる時間(CD TIME)・空耳。ただし、原詞は空耳が日本語に聞こえなくなる恐れがあるため掲載していない(歌詞の著作権の問題もある)。
  • 作家の浅暮三文は、2005年7月22日に放送されたルイ・アームストロングの「April in Portugal」の空耳ネタからインスピレーションを受け、自身が執筆した長編小説の題名に「ポルトガルの四月」と付けている[13]。その後、浅暮より番組にお礼の手紙が届いていたことが「空耳アワード2010(後編)」で紹介された。

[編集] エンディングBGM

※「Best One オールディーズ」 MVCM-2302 (Universal Victor)のCDには、番組テーマ曲の「Short Shorts」とあわせて収録されている。

[編集] 空耳作品によく登場する(採用される傾向が多い)アーティスト

(作品数は2011年12月現在)

[編集] 空耳アワード2001で空耳四天王として紹介されたアーティスト

[編集] 10作品以上採用されたアーティスト

[編集] 空耳アワー作品に出演した事のある著名人

写真のみの出演の場合出演者が多岐にわたるため割愛する。

[編集] 空耳アワー作品に投稿した事のある著名人

※50音順

[編集] 関連項目

[編集] 脚注・出典

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  1. ^ その日も一旦は「あなたにも音楽を」としてミニコーナーを開始したが、この日から新しいコーナーになったとして現在も続くミニコーナーのオープニング映像を流した。ミニコーナー最後に流れる募集先もしばらくは「あなたにも音楽を」係のままだったが、7月24日放送より現在の「空耳アワー」係に変更になった
  2. ^ 英語フランス語ドイツ語アフリカ系の言語など。中国語韓国語タイ語など、アジア系の言語の歌詞の曲が採用されることは少ない。日本語の曲では、内村光良が投稿した越中おわら節からの空耳が採用された例がある。採用された曲のアーティストのほとんどは国外出身だが、小野リサのように日本人もいる。
  3. ^ 第一回目登場時はテーマミュージック評論家
  4. ^ 一度、安斎が左耳を負傷して聴こえ辛かったため位置を交替した事がある(2009年6月)。
  5. ^ 投稿ははがきの応募のみ。インターネットでの応募が主流になった現代においても、番組HPからのメール投稿は一切受け付けていない
  6. ^ 過去にはペンネームでも良かったが、現在は禁止され、本名のみとなっている。ただし、著名人の場合はこの限りでなく、住所や本名が出ない場合もある
  7. ^ 大賞となった1999年12月3日放送のほか2002年3月8日には2度目の採用があり、どちらもジャンパーを獲得している。他に2つのジャンパーを獲得した曲には、メタリカの『ブラッケンド』(1993年3月5日1996年9月27日)がある。
  8. ^ 空耳アワーアップデート - 過去の作品データ”. 2010年4月9日閲覧。
  9. ^ 例として、空耳として投稿された楽曲の該当部分が、元々日本語であり、それがまた別の日本語に聴こえた作品がある。この投稿については、賞品の進呈はされていない。
  10. ^ トーキングモジュレーターで人語を再現した箇所であった。
  11. ^ 殺到したネタと同じものは、「空耳アワー」としてのコーナー初回放送(1992年7月3日)で最初に紹介されたネタである。
  12. ^大沢悠里のゆうゆうワイド』(TBSラジオ2010年8月16日の放送に武田がゲスト出演した際に「HIROSHI」は自らであり、バックコーラスに番組スタッフが入っているとも話している。
  13. ^SFマガジン」2009年4月号、P.219
  14. ^ ジ・アーティスト・フォーマリー・ノウン・アズ・プリンスの6作品を含む。
  15. ^ 2010年4月9日放送分にて、出演当時は無名であったが、放送の数年後に2ちゃんねる(放送中では「某掲示板」とされていた)のスレッドで「出演していたのは彼ではないか?」という書き込みがあり、スタッフが事務所に確認した所、本人であることが明らかになった。
  16. ^ 番組担当カメラマン。頭髪に関するネタで時々出演する。
  17. ^ 「こぶ平」と聞こえる作品に2度出演。1回目(『パープル・ヘイズ』(ジミ・ヘンドリックス)、1992年8月28日放送)は写真で、2回目(『ザ・ドリーム・イズ・スティル・アライブ (The Dream Is Still Alive)』(ウィルソン・フィリップス)、1998年11月6日放送)では本人がビデオ出演。
  18. ^ 妻の田中美佐子も写真で共演(曲の一節が「田中美佐子」と聞こえる曲の映像にて)。
  19. ^ 風俗穣の役柄で
  20. ^ 2度出演。1回目はジャンパー作品になりそうだったが、投稿者が「空アワー」と書いていたのでTシャツ作品に(1995年8月4日放送)。2回目は1999年10月15日放送にて。
  21. ^ 「空耳アワード2009」に2作品出演。またメンバーの奥田民生はほかに「空耳アワード2001」で3作品に出演。当日PUFFYがゲストの中にいた。また奥田は2007年4月27日放送ではコーナーのゲストとして出演した。
  22. ^27時間チャレンジテレビ』で放送。この時越中おわら節で自身が投稿した日本語の空耳も紹介されたが、商品は出されなかった。
  23. ^ かつては本名で投稿していたがなかなか採用に至らずバンド名を使って投稿後、採用されたことから「バンドを利用しやがって」と周りから言われた事を空耳アワード2009で暴露された。
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