精神障害の診断と統計の手引き

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精神障害の診断と統計の手引き(せいしんしょうがいのしんだんととうけいのてびき、Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders、DSM)は、精神障害に関するガイドライン精神科医が患者の精神医学的問題を診断する際の指針を示すためにアメリカ精神医学会が定めたもので、世界保健機関による疾病及び関連保健問題の国際統計分類とともに、世界各国で用いられている[1]

目次

概要 [編集]

DSMは、精神医学の方面で革命的なアプローチをもたらしたものとして知られている。普及した理由は、

  • 病因論などに余り踏み込まずに精神症状のみを論理的推察と統計学的要素を取り入れ分類した事で、
  • 診断基準が明確になり、今まで医師の主観的な傾向にあった精神障害の判断に対して、客観的な判断を下せる様になり、
  • 医療スタッフ側の意見や伎倆の差異による診断の違いが最小限となった

事にある。

来歴 [編集]

1952年に初版 (DSM-I) が出されて以降、随時改定され、現在は第四版用修正版 (DSM-IV-TR) となっている。2013年5月に (DSM-5) の発表が予定されている。アメリカ合衆国を主に、世界で50万部以上が普及している。

DSM-I
1952年発表。「反応」(reaction) の面から精神障害を3群に大別したものであった。
DSM-II
1968年発表。DSM-Iの基本概念を継承しているが、「反応」の言葉を廃し、「障害」を10群に大別した。
DSM-III
1980年発表。症候学的記述および量的基準を導入した新しい診断基準を採用、さらに多軸評定という新しい手法を導入した。障害概念も追加され、診断項目はほぼ倍増した。
DSM-III-R
1986年発表。DSM-IIIを基にした小改正版である。
DSM-IV
1994年発表。DSM-IIIの基本概念を踏襲しつつ、ICD-10との整合性確保を図るなどした改訂版。精神障害を16群に大別した。
DSM-IV-TR ('Text Revision' of the DSM-IV)
2000年発表。
DSM-5
2013年発表予定。ICD-10との統合も検討されている。[要出典]なお、この回から算用数字で表すようになる予定である[2]。あわせて序数詞読みから基数詞読みに変更予定(従来は、first, second, third, fourthと読んでいたが、5以降はfiveの読みとなる)。

診断 [編集]

DSMにおいては、各障害についてA・B・Cの診断基準が示され、「AからCの全てが当てはまる場合」その精神障害であると診断される。

A・Bは具体的な病像が列挙されるが、C基準は「その症状が原因で職業・学業・家庭生活に支障を来している」となっている。

C基準が無ければ、世間の誰もがDSMに挙げられたいずれかの精神障害の基準を満たしてしまうからである。特にパーソナリティ障害においてはその傾向が強い。

本書には、「DSM-IVは、臨床的、教育的、研究的状況で使用されるよう作成された精神障害の分類である。診断カテゴリー、基準、解説の記述は、診断に関する適切な臨床研修と経験を持つ人によって使用されることを想定している。重要な事は、研修を受けていない人にDSM-IVが機械的に用いられてはならない事である。DSM-IVに取り入れられた各診断基準は指針として用いられるが、それは臨床的判断によって生かされるものであり、料理の本のように使われるものではない。」と書かれており、非専門家による使用を禁じている。

なお、日本国内には、診断基準にDSMではなく、ICD-10を採用している病院もある。

障害定義 [編集]

一般的には「Mental Illness(心の病、精神病)」と呼ばれるが、専門的には「Mental Disorder(精神障害)」が使われる。DSM-IVやDSM-IV-TRの前文では、disease(疾患)ではなくdisorder(障害)という言葉を使うと断っており、また、「どのような定義によっても精神障害の概念に正確な境界線を引くことができないことを認めなければならない」とdisorder(障害)の概念の曖昧さを認めている。「精神障害の定義」と題した文章で精神障害を定義できないと述べており、拡大解釈に警告がなされている。アレン・フランセス英語版編纂委員長もWIRED英語版で「精神障害の定義は存在しません。戯言です。つまり、定義などできないということです」などと発言している[3]

DSMの著者らによれば、各種精神障害の患者が実在するわけではない。統合失調症患者が存在するのではなく、「統合失調症 (schizophrenic disorder)」の診断基準を満たす症状を有する人々がいるだけである。その為、ミシガン大学の調査ではアメリカ人の半数が何らかの精神障害に該当するとの結果が出ている[4]。また、DSM-IV発表以降の精神障害の増加率が当初の予想を越えており、アレン・フランセス編纂委員長は「米国では数多くの勢力が(DSMの)変更点を丹念に研究しながら、どのようにしたら自分たちが考えている特定の目的に合わせて曲解できるかと待ちかまえているのです」と述べている[5][6]

なお、日本語版ではDSM-IV以降、「Mental Disorder(精神障害)」が「精神疾患」に訳し変えられたため、診断が確立されたかのような誤解が蔓延している。精神医学用語の「疾患」は本項の「障害 (disorder)」という概念であり、医学用語の「疾患 (disease)」とは異なる概念である。

障害概念 [編集]

DSM-IVには、16個の障害 (Disorder) の概念が含まれている。

  1. 通常、幼児期、小児期、または青年期に初めて診断される障害 (Disorders Usually First Diagnosed in Infancy, Childhood, or Adolescence)
  2. せん妄、痴呆、健忘性障害、および他の認知障害 (Delirium, Dementia, and Amnestic and Other Cognitive Disorders)
  3. 一般身体疾患による精神障害 (Mental Disorders Due to General Medical Condition)
  4. 物質関連障害 (Substance-Related Disorders)
  5. 統合失調症および他の精神病性障害 (Schizophrenia and Other Psychotic Disorders)
  6. 気分障害 (Mood Disorders)
  7. 不安障害 (Anxiety Disorders)
  8. 身体表現性障害 (Somatoform Disorders)
  9. 虚偽性障害 (Factitious Disorders)
  10. 解離性障害 (Dissociative Disorders)
  11. 性障害および性同一性障害 (Sexual and Gender Identity Disorders)
  12. 摂食障害 (Eating Disorders)
  13. 睡眠障害 (Sleep Disorders)
  14. 他のどこにも分類されない衝動制御の障害 (Impulse-Control Disorders Not Elsewhere Classified)
  15. 適応障害 (Adjustment Disorders)
  16. パーソナリティ障害 (Personality Disorders)

多軸評定 [編集]

DSM-III以来、多軸評定という手法を採用している。これは、下記の5つの軸によって障害を分析することで、障害を多面的に捉えるという狙いに基づいている。

第1軸
臨床的障害、ないしは臨床的関与の対象となりうる他の状態。パーソナリティ障害および知的障害を除く14個の障害概念がここに含まれる。
第2軸
パーソナリティ障害および精神遅滞
第3軸
一般身体疾患 (General Medical Conditions)。DSM-IIIにおいては身体状態と呼ばれていた。
第4軸
心理社会的および環境上の問題。DSM-IIIにおいてはストレス強度と呼ばれていた。
第5軸
全体的機能評定 (GAF: Global Assessment of Functioning)。DSM-IIIにおいては社会適応水準と呼ばれていた。

問題点 [編集]

あくまでも症状、あるいは患者との問診で診断が行われているため、例えば手引きを読んで症状を偽られる詐病との区別がつかないと言う意味では科学的な根拠は無いと批判が存在する。また、近年の目覚しい脳解析学や脳神経科学等の進展により、精神科医によるDSMを基準とした問診による診断が時代遅れになりつつあるとの主張も存在する。日米などで精神科医による精神鑑定結果や診断名が異なることは往々にしてあり、誤診や患者の詐病もあることなどから、日本においては精神科での診断を問診から脳科学的な客観的根拠を持たせるように切り替えようと各大学や研究機関で研究が始まっている[7]ただし脳解析学や脳神経科学等はいまだに初期の段階であり脳内の物理現象がどのように心理的現象として具現化するかは因果関係はいまだはっきりしていないことが多い。

DSM-IVには347の病名があるが、病名及びその病名の症状はアメリカ精神医学会の委員の挙手による多数決によって決められている、権威のある“曖昧なマニュアル”であるとの批判がある[8]アメリカの臨床精神医学教授のローレン・モシャーは「DSM-IVは、精神医学が概して医学によって認められるように模造して作ったものである。内部の者はそれが科学的というよりも政治的な書物であると知っています。DSM-IVはその最大の欠陥にもかかわらず権威ある書物となり、カネを生み出すベストセラーになった。」と述べるなど、アメリカ国内ではDSMを批判する声も多い。

DSMは、精神科医が患者と関わり受け止める力量を著しく低下させる危険性を持っている。アメリカではDSM-IIIが登場した1980年頃から、精神科を志望する医師が減少している。この事象は、DSMのマニュアル化された診断がかえって精神医学の面白みをなくしてしまったからだとする意見もある[9]

また近代精神分析学や近代精神医学が分類・診断を始めたことで、それまでは個性や属性の一つと捉えられていたものが、疾病や障害や症状とされ、治療の対象にされるようになるなど、人間の世界に新たな差別が持ち込まれることとなった[10]。その点、血液型性格論と酷似している。また、書店に溢れる心理学や精神医学関係の類書が、一般の人に危うい読まれ方をされているのも事実である[11]。素人が聞きかじりの知識で周囲の人を診断してしまうなど、差別や偏見を広めている面もあるからである。その一例が、M・スコット・ペックの『平気でうそをつく人たち~虚偽と邪悪の心理学~』(草思社 1996)である。雑誌『諸君』(文藝春秋 1997年8月号)で香山リカは『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』と題して、その危険性を批判した。

DSMの日本語名 [編集]

「Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders」の訳語として「精神障害の診断と統計の手引き」があるが、定訳と呼べるものは無い。多くの場合、単に DSM と呼ばれる。

脚注 [編集]

  1. ^ 尾崎紀夫 「精神疾患の診断に関する現状と課題」『今日の診断指針 第6版』 医学書院、2010年3月。ISBN 978-4-260-00795-5
  2. ^ American Psychological Association News Release 2010.03.09
  3. ^ Gary Greenberg「Inside the Battle to Define Mental Illness」WIRED英語版2010年12月27日(2011年1月号)
  4. ^ Valenstein, Elliot (October 5, 1998). Blaming the Brain: The Truth About Drugs and Mental Health: Free Press, pp. 159-160. ISBN 978-0684849645.(邦書は『精神疾患は脳の病気か? 向精神薬の科学と虚構』みすず書房、2008年2月22日、211-212頁。ISBN 978-4622073611。)
  5. ^ 佐藤光展、精神医療ルネサンス「DSMの功罪 小児の障害が20倍!」読売新聞の医療サイトyomiDr.(ヨミドクター)2012年10月24日
  6. ^ 精神医学「DSM-5をめぐって─Dr. Allen Francesに聞く」医学書院2012年8月(54巻8号)
  7. ^ 2005年5月30日朝日新聞朝刊「進化する画像診断 心の病画像で探知」
  8. ^ 戸崎貴裕 『日本語では知らされない精神医学の嘘』 2010年10月2日
  9. ^ 内海健 『うつ病新時代―双極2型障害という病』 〈勉誠出版〉2006年7月
  10. ^ 「オカマは差別か」(ポット出版2001年 P59)
  11. ^ 『「平気でうそをつく人たち」の危ない読まれ方』香山リカ 諸君1997年8月号)

参考文献 [編集]

  • 南山堂医学大辞典CD-ROM プロメディカ,2007
  • 高橋 三郎 (翻訳), 染矢 俊幸 (翻訳), 大野 裕 (翻訳) 『DSM‐IV‐TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』 医学書院、2003年ISBN 978-4260118897
  • 高橋 茂樹 (著), 岸本 年史 (監修) 『STEP精神科』 海馬書房、2002年ISBN 978-4907704186
  • 野村 総一郎 『標準精神医学 第4版』 医学書院、2009年ISBN 978-4260007078

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]