瀬戸 (列車)
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サンライズ瀬戸(サンライズせと)は、東海旅客鉄道(JR東海)・西日本旅客鉄道(JR西日本)が、東京駅 - 高松駅間を東海道本線・山陽本線・瀬戸大橋線(宇野線・本四備讃線・予讃線)を経由して運行している寝台特急列車。
1998年7月10日、従来、24系25形客車を使用した客車寝台特急(いわゆるブルートレイン)であった「瀬戸」を285系電車「サンライズエクスプレス」に置き換える形で登場した。そのため、本項では同年7月9日まで運行していた寝台特急列車「瀬戸」(せと)についても説明する。
目次 |
[編集] 運行概況
2009年現行では、東京駅 - 高松駅間の運行であるが、多客時は予讃線松山駅まで延長運転される。その際の扱いは下記を参照のこと。
沿革にあるとおり、特急列車格上げ前より東京駅 - 宇野駅間の運転であり、瀬戸大橋開通後は本四備讃線経由で高松駅まで運転されるようになった。
1977年9月の24系25形客車置換以降は開放式B寝台のみのモノクラス編成が続いたが、1990年(平成2年)3月10日より、車両を共通運用していた「あさかぜ2・3号」とともに個室A寝台「シングルデラックス」とラウンジカーが連結された。285系電車投入後、東京駅 - 岡山駅間は「サンライズ出雲」と併結運転を行っている。
また、列車の沿革にもあるが宇高連絡船を介して本州とりわけ首都圏・東海道各都市対四国連絡を担う列車として長年本州側でこのようなダイヤ設定がなされていたことや、四国側にも同名の列車が運行されたこと、瀬戸大橋線開業以降も四国旅客鉄道(JR四国)管内の坂出駅・高松駅で特急列車と接続が計られており、それゆえ東海道・山陽新幹線の列車と同様に特急券の乗り継ぎ料金制度が存在する。ただし、坂出駅より予讃線下り方面への特急乗り換えが高知方面約30分、松山方面にいたっては約50分待たなければならない。
その一方で、廃止された「出雲」に代わり、首都圏・東海道各都市対鳥取県東部連絡を担う列車として上郡駅で「スーパーいなば91・92号(サンライズリレー号)」と接続が計られているが、四国の場合とは異なり、特急券の乗り継ぎ料金制度は存在しない。
2009年3月14日実施のダイヤ改正により東京駅発着のブルートレインが全廃されたため、「サンライズ出雲」と合わせて唯一の東京駅発着の寝台特急となっている。
車内では車掌から310円のシャワーカードを購入すると、シャワーを6分間利用することができる。
[編集] 延長時の扱い
1999年(平成11年)7月20日(上りは7月21日から)より、多客時には松山駅まで延長運転を行うようになった。
この際には、長距離利用客を優先するため、[要出典]高松駅以遠の予讃線内延長区間のみの利用は不可としている。そのため、高松駅では下り列車到着時にはここからの乗車がないよう、「回送」と表示される。
またこの延長運転時には、営業上の特例として、坂出駅(正式には宇多津駅、同駅の項目および本四備讃線・デルタ線も参照のこと) - 高松駅間は2回走行することになるが、本来の停車駅である坂出駅での客扱いは、通常運転時に行われる1回のみで、延長運転時は止まらない。また、高松駅の改札を出ない限り、宇多津 - 高松間の運賃・特急料金は不要となっている。
設定当初は、夏休み期間中ほぼ毎日運転されたり、春休み、ゴールデンウィークや秋期にも運転されていたことがあったが、年々運転日が減少し、2008年現在ではお盆と年末年始にそれぞれ数日運転されるのみにとどまっている。
[編集] 使用車両・編成など
- 285系電車(後藤総合車両所出雲支所2008年5月31日まで出雲鉄道部出雲車両支部・大垣車両区所属、後藤総合車両所出雲支所常駐)を使用。
- 7両編成で個室A寝台「シングルデラックス」・個室B寝台「サンライズツイン」・個室B寝台「シングルツイン」・個室B寝台「シングル」・個室B寝台「ソロ」・普通車指定席「ノビノビ座席」で組成されている。
- なお、「サンライズ出雲」・「サンライズ瀬戸」は岡山駅で分割・併合を行うが図の通り、1編成を「サンライズ出雲」→「サンライズ瀬戸」→「サンライズ瀬戸」→「サンライズ出雲」で回転する形を採っている。この運用形態は1994年 - 1999年までの「さくら」、2005年 - 2009年までの「はやぶさ」・「富士」で見られた。
| 表・編・話・歴・RPJ・PJRN | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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車掌は、本州内の全区間(東京 - 児島間)をJR西日本(岡山車掌区)が、四国内(児島 - 高松間)をJR四国(高松車掌区)が担当する。運転士は各旅客会社が自社区間を担当する。
[編集] 列車番号
- 列車番号は、5031M・5032Mと運転線区等で変更がない。下り=5031M、上り=5032Mとなる。
- 多客期延長区間(高松 - 松山駅間)の列車番号は9000番台で、下り=9031M、上り=9032Mとなる。
[編集] 停車駅
| 駅名\運行方向 | 停車駅 | 備考 | |
|---|---|---|---|
| 下り | 上り | ||
| 東京駅 | ▼ | ▼ | |
| 品川駅 | (※) | (※) | 当駅は、大幅な遅延など不測の事態などによる停車が主体で、一般的ではない。当駅止まりになるケースが殆ど。 また、小田原 - 品川駅間は東海道貨物線経由での運転となり、横浜駅は通らず小田原駅に臨時停車する。 |
| 横浜駅 | ● | ● | |
| 熱海駅 | ● | ● | 当駅で、東日本旅客鉄道(JR東日本)の運転士とJR東海の運転士が交代する。 |
| 沼津駅 | ● | ● | |
| 富士駅 | ● | ● | |
| 静岡駅 | ● | ● | |
| 浜松駅 | ● | (運) | |
| 名古屋駅 | (運) | (運) | |
| 米原駅 | (運) | (運) | 当駅で、JR東海の運転士とJR西日本の運転士が交代する。 |
| 大阪駅 | (運) | ● | |
| 三ノ宮駅 | ↓ | ● | |
| 姫路駅 | ● | ● | |
| 上郡駅 | (※) | (※) | 当駅では、1 - 3号車、12 - 14号車はホームに入らないため、ドアは開かない(ドアカット)。 |
| 岡山駅 | ● | ● | 当駅で、「サンライズ出雲」と分割・併結を行う。 |
| 児島駅 | ● | ● | 当駅で、JR西日本の運転士・車掌とJR四国の運転士・車掌が交代する。 |
| 坂出駅 | ● | ● | |
| 高松駅 | ▲ | ▲ | |
| 臨時延長区間 この区間のみの乗車不可。下りは降車のみ、上りは乗車のみ。 |
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| 坂出駅 | ↓ | ↑ | |
| 宇多津駅 | ↓ | ↑ | |
| 丸亀駅 | ○ | ○ | |
| 多度津駅 | ○ | ○ | |
| 観音寺駅 | ○ | ○ | |
| 川之江駅 | ○ | ○ | |
| 伊予三島駅 | ○ | ○ | |
| 新居浜駅 | ○ | ○ | |
| 伊予西条駅 | ○ | ○ | |
| 壬生川駅 | ○ | ○ | |
| 今治駅 | ○ | ○ | |
| 伊予北条駅 | ○ | ○ | |
| 松山駅 | △ | △ | |
[編集] 沿革
[編集] 四国連絡急行「せと」→「瀬戸」・「さぬき」
- 1950年(昭和25年)10月1日 東京駅 - 宇野駅間に、初の宇野線直通列車となる四国連絡の急行列車を設定。
- 1951年(昭和26年)9月15日 「安芸」から宇野線直通の列車を分離。東京駅 - 宇野駅間を単独で運転する3039・3040列車として運行をする。
- 1951年11月25日 3039・3040列車に東京駅 - 大阪駅間で福知山線経由東京駅 - 大社駅間急行「出雲」と併結となる。
- 1951年12月2日 宇野線直通急行3039・3040列車に「せと」と命名。
- 1956年(昭和31年)11月19日 このときのダイヤ改正で「せと」は単独運転となり、愛称名は漢字の「瀬戸」となる。
- 1964年(昭和39年)10月1日 東京駅発着としては2本目となる四国連絡寝台急行列車「さぬき」が新設される。
- 1968年(昭和43年)10月1日 このときのダイヤ改正では列車愛称を整理。
- 東京駅発着の四国連絡夜行列車の愛称は「瀬戸」に統合。「瀬戸」名目上、2往復体制となる。
- このとき、従来の「さぬき」は「瀬戸(下り)1号・(上り)2号」とし、「瀬戸」は「瀬戸(下り)2号・(上り)1号」とした。なお、「瀬戸(下り)1号・(上り)2号」の寝台列車指定は変わらなかったが、座席車中心の「瀬戸(下り)2号・(上り)1号」にも寝台車を連結していた。
- 四国列車の「せと」は「うわじま」に改称。
- 東京駅発着の四国連絡夜行列車の愛称は「瀬戸」に統合。「瀬戸」名目上、2往復体制となる。
- 1971年(昭和46年) 「瀬戸(下り)2号・(上り)1号」のB寝台車について、新開発の14系寝台車を試用。翌年には元の10系客車に戻される。
[編集] 四国連絡ブルートレイン「瀬戸」
- 1972年(昭和47年)3月15日 「瀬戸」は特急に格上げ。同時に1往復運転となる。使用車両を20系客車に置き換える。
- 1973年(昭和48年)10月頃 「瀬戸」の食堂車営業休止。ただし、品川客車区所属車両運用の関係から連結は行っていた。
- 1975年(昭和50年)3月 「瀬戸」の車両の受け持ちが品川客車区から下関運転所・広島運転所に変更され、「あさかぜ(下り)2号・(上り)1号」と共通運用となり、営業休止中であった食堂車の連結を終了。
- この時点での編成図はこちらを参照されたい。
- 1977年(昭和52年)9月 B寝台を2段寝台とした24系25形に置き換え、A寝台の連結を終了。
- この時点での編成図はこちらを参照されたい。
- 1988年(昭和63年)4月10日 瀬戸大橋線開通により、現行の運行区間である東京駅 - 高松駅間の運行となる。
- 1990年(平成2年)3月 A個室寝台「シングルデラックス」車両とシャワー室を備えた「ラウンジカー」車両を連結開始。
- 改造車についての詳細は、こちらを参照されたい。また、この当時の編成図は1990年から1994年までの編成図を参照されたい。
- 改造車についての詳細は、こちらを参照されたい。また、この当時の編成図は1990年から1994年までの編成図を参照されたい。
- 停車駅
- 編成図
| 表・編・話・歴・PJR・PJRN | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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[編集] 電車寝台特急「サンライズ瀬戸」
- 1998年(平成10年)7月10日 24系25形客車から、285系電車に使用車両が置き換えられ、寝台電車化される。これに伴い岡山 - 高松間のヒルネ扱いも廃止された。
- これ以降、「サンライズ瀬戸」として運転。岡山駅まで「サンライズ出雲」を連結。
- 1999年(平成11年)7月20日(上りは7月21日から) 多客期に予讃線松山駅まで延長運転されるようになる。
- この際の扱いについては、上記の「延長時の扱い」を参照されたい。
- 2006年(平成18年)3月18日 車両の老朽化、利用客の減少などの理由により「出雲」廃止。これに伴い、「サンライズ瀬戸」・「サンライズ出雲」が上郡駅に新規に停車する事となった。詳しくは、出雲 (列車)を参照されたい。

