ベン・バーナンキ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

バーナンキ から転送)
ベン・バーナンキ

ベンジャミン・シャローム "ベン" バーナンキBenjamin Shalom "Ben" Bernanke1953年12月13日 - )は、 米国経済学者(専門はマクロ経済学)。第14代連邦準備制度理事会(FRB)議長である。

[編集] 経歴

バーナンキは1953年12月13日ジョージア州オーガスタで生まれ、サウスカロライナ州ディロンで育つ。父・フィリップは薬剤師や劇場の支配人、母・エドナは学校教員をつとめていた。兄弟は弟と妹。弟・セスはノースカロライナ州シャーロットで弁護士をつとめており、妹・シャロンはボストンバークリー音楽大学で学んだのち長年にわたって同校の経営に携わっている。

当時、家族はいくらかのユダヤ系市民が暮らす地域に住んでおり、オハブ・シャロムと呼ばれる地元のシナゴーグに通ったり、バーナンキ自身も東欧ユダヤ系の母方の祖父からヘブライ語を学んだりした。父方の祖父もユダヤ系で第一次世界大戦後にオーストリアからアメリカに移住し、その後の1940年代ニューヨークからディロンへ移り住んでいる。その祖父から、父と叔父が薬局を譲り受けて経営をしていた。

そして、バーナンキは地元の高校に進学。学校では微分積分学を独学したり、学校新聞の編集に携わるなど優秀な生徒だった。事実、SAT (大学進学適性試験)では1600満点中1590点というその年の州で一番の成績を収め、卒業生総代をつとめている。また、高校のマーチングバンドに加わっており、全米サクソフォニストにもなっている。その後、1972年ハーバード大学へと進学して経済学を学ぶ。在学中は勉学に励む一方で、夏は地元・ディロンにあるロードサイド・アトラクションサウス・オブ・ザ・ボーダーを手伝うためにウェイターとして働いていた。1975年に最優等学位をもって同大を卒業。1979年にはマサチューセッツ工科大学で経済学博士号を取得しており、博士論文の題は「長期コミットメント、動的最適化とビジネスサイクル」("Long-term commitments, dynamic optimization, and the business cycle")。これを書き上げる際にはスタンレー・フィッチャーの助力があったという。

1979年からはスタンフォード大学経営大学院で教鞭をとる一方、ニューヨーク大学客員教授にもついている。1985年プリンストン大学経済学部教授に就任し、1996年から2002年までのあいだは学部長もつとめた。またこの間、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでの金融理論・金融政策の講義を行っているほか、マクロ経済学の教科書を3冊、ミクロ経済学の教科書を1冊執筆、全米経済研究所の金融経済学における教程監督、アメリカン・エコノミック・レビュー誌編集者などを歴任している。特にデフレ史の研究に優れ、友人であり同僚でもあったポール・クルーグマンとともに、インフレターゲットの研究者として名を高める。この間、多くの人材を育てた。

2002年ブッシュ政権下でFRBの理事に指名され、2005年には大統領経済諮問委員会(CEA)の委員長となる。2006年2月1日に満を持してFRB議長に就任。戦後生まれでは初のFRB議長である。前職のアラン・グリーンスパンの路線を踏襲すると見られているが、グリーンスパンと違いインフレターゲティング政策の支持者である。

[編集] 年譜

[編集] バーナンキの背理法

バーナンキの背理法は、2001年ごろから主として日本のインターネット上で話題となった俗説である。バーナンキは、デフレ不況に陥った後も、ゼロ金利下でデフレ克服に向けて有効な手だてを施せない日本銀行金融政策を批判し(インフレターゲット#平成のデフレ不況の項も参照)、自らの論文においてリフレ政策の有効性について、以下の例え話を記した。

「もし、日銀が国債をいくら購入したとしてもインフレにはならない」と仮定する。すると、市中の国債や政府発行の新規発行国債を日銀がすべて買い取ったとしてもインフレが起きないことになる。そうなれば、政府は物価金利の上昇を全く気にすることなく無限に国債発行を続けることが可能となり、財政支出をすべて国債発行でまかなうことができるようになる。つまり、これは無税国家の誕生である。しかし、現実にはそのような無税国家の存在はありえない。ということは背理法により最初の仮定が間違っていたことになり、日銀が国債を購入し続ければいつかは必ずインフレを招来できるはずである。

ただし、バーナンキ自身は上記の例え話を特別な説とは考えておらず、「バーナンキの背理法」と名付け、流布させたのは日本のネット社会である。

また極端な喩えで「デフレを克服するには、ヘリコプターから現金をばら撒けば良い」と発言し、「ヘリコプター・ベン」と揶揄される事がある。


先代:
アラン・グリーンスパン
FRB議長
第14代: 2006 -
次代:
-