西洞院家

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西洞院家
家紋
あげはちょう
揚羽蝶
本姓 桓武平氏高棟王流嫡流
家祖 西洞院行時
種別 公家半家
華族子爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
著名な人物 西洞院時慶
支流、分家 平松家名家
石井家半家
長谷家(名家)
交野家(名家)
凡例 / Category:日本の氏族

西洞院家(にしのとういんけ)は、高棟王流桓武平氏の流れをくむ公家高棟王から17世の孫にあたる南北朝時代正三位参議西洞院行時1324年1369年)を祖とする堂上家家格半家

戦国時代従三位左兵衛督西洞院時当(ときまさ、1531–1566年)の代で中絶。その後河鰭家から飛鳥井雅綱の孫である従二位参議・西洞院時慶が入り、その子からは平松家長谷家交野家が分家している。

権大納言となった西洞院時成(1645–1724年)及び権中納言となった西洞院信堅(1804–1891年)を除き、歴代当主の極位極官は従二位参議だった。それでも西洞院家の女子の多くは後宮に勤めているほか、歴代当主の多くは日記を記しており、特に西洞院時慶が綴った『時慶卿記』は豊臣政権から江戸幕府創設期にかけての宮中や公家社会の様子を知る上での貴重な史料となっている。

江戸時代家禄は273、後に260石。明治維新後は華族令施行により西洞院信愛子爵に叙せられた。

系図[編集]

幕末の領地[編集]

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』より算出した幕末期の西洞院家領は以下の通り。(7村・260石1斗7升6合3勺)

  • 山城国愛宕郡一乗寺村のうち - 50石3升1合3勺
  • 山城国愛宕郡東紫竹大門村のうち - 30石
  • 山城国愛宕郡花園村のうち - 15石
  • 山城国葛野郡西院領のうち - 5石
  • 山城国葛野郡三条台のうち - 1斗4升5合
  • 山城国葛野郡御所之内村のうち - 80石
  • 山城国乙訓郡今里村のうち - 80石

脚注[編集]

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参考文献[編集]