伏原家

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伏原家
家紋
鶴菱つるひし
本姓 清原氏舟橋庶流
家祖 伏原賢忠
種別 公家半家
華族子爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
著名な人物 伏原宣明
伏原宣足
支流、分家 澤家(半家)
凡例 / Category:日本の氏族

伏原家(ふせはらけ)は、清原氏嫡流舟橋家の分家である堂上家家格半家

概要[編集]

後水尾天皇の斡旋により、舟橋家の当主の従四位上式部少輔舟橋秀賢の次男従二位大蔵卿賢忠(かたただ、1637年1705年)を分家させることとし、「伏原」の家名を名乗る。伏原家からは澤家が分かれ出た。

家業は明経道。歴代当主は正二位少納言侍従明経博士極官とする。

江戸時代家禄は230明治維新後は宣足子爵に叙せられた。

系譜[編集]

実線は実子、点線(縦)は養子。
舟橋秀賢
 
 
 
伏原賢忠1
 
 
 
宣幸2
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宣通3澤忠量
澤家
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宣香4宣条
 
 
 
宣条5
 
 
 
宣光6
 
 
 
宣武7
 
 
 
宣明8
 
 
 
宣諭9
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
宣足10田沼望[1]
 
 
 
常麿[2]
 
 
 
宣義11

幕末の領地[編集]

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』より算出した幕末期の伏原家領は以下の通り。(5村・230石)

  • 山城国乙訓郡井之内村のうち - 30石5斗1升5合
  • 山城国紀伊郡島村のうち - 40石2斗3升5合
  • 山城国紀伊郡竹田村のうち - 29石2斗5升
  • 山城国相楽郡吐師村のうち - 25石2斗2升
  • 山城国相楽郡千童子村のうち - 104石7斗8升

脚注[編集]

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  1. ^ 田沼智恵入夫
  2. ^ 1895年8月20日廃嫡(『平成新修旧華族家系大成』下巻、454頁)

参考文献[編集]

関連項目[編集]

清原氏系図