七条家

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七条家
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きく
本姓 藤原北家水無瀬流[1]
家祖 七条隆脩[1]
種別 公家羽林家[1]
華族子爵[1]
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
東京府
凡例 / Category:日本の氏族

七条家(七條家、しちじょうけ)は、藤原北家水無瀬流公家である[1]権中納言水無瀬氏成の子・隆脩を祖とする[1]家格羽林家[1]江戸時代石高は200石[1]明治維新後は、華族令制定時に戸主が信元の女で信祖室の寿賀子であったため、明治20年(1887年)4月15日に信義子爵に叙せられた[2][1]。次の光明は、烏丸家から入り、陸軍砲兵少尉、貴族院議員を務めた。


系譜[編集]

幕末の領地[編集]

国立歴史民俗博物館の『旧高旧領取調帳データベース』より算出した幕末期の七条家領は以下の通り。(4村・200石)

  • 山城国葛野郡唐橋村のうち - 50石
  • 山城国乙訓郡築山村のうち - 50石
  • 山城国乙訓郡馬場村のうち - 94石9斗5升5合
  • 山城国紀伊郡東福寺村のうち - 5石4升5合

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i 太田 1934, p. 2762.
  2. ^ 新人物往来社 1997, p. 267.

参考文献[編集]

外部リンク[編集]