坊城家

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
坊城家
No image available.svg
坊城羽雀・竹に雀
本姓 藤原北家勧修寺家庶流
家祖 坊城俊定?
坊城俊実?
種別 公家名家
華族伯爵
出身地 山城国
主な根拠地 山城国
支流、分家 町口家(公家)
穂積家(奈良華族)
凡例 / Category:日本の氏族

坊城家(ぼうじょうけ)は、名家の家格を有する公家公家貴族)。藤原北家勧修寺流のうち勧修寺家の支流。「小川坊城」とも称する。家業は紀伝道と装束。家紋は竹に雀。江戸時代の家禄は180石。伯爵

鎌倉時代吉田経俊の子・坊城俊定を祖として創設されたといわれているが、俊定の子である定資長男俊実(俊定の孫にあたる)を祖とする説もある。戦国時代末期、一時期中絶したが、後に勧修寺晴豊の三男、俊昌が入って再興された。

1884年明治17年)俊章(としあや)が伯爵を授けられる。俊章は貴族院議員陸軍少将山形県知事などを務めた。俊良侍従皇太后宮大夫伊勢神宮大宮司を務めた。俊民(としたみ)は東京都高校教諭校長を歴任。1951年昭和26年)以来、宮中で行われる歌会始の講師(こうじ)を務め、披講会会長を務めた。

坊城俊成は一般社団法人霞会館会員、堂上会会員、1981年から宮中で行われる歌会始の所役を三十余年、講師(こうじ)を二十三回務める。

歴代当主[編集]

※カッコ内は生没年

  1. 坊城俊定 (1251年 - 1310年)
  2. 坊城定資 (1275年 - 1330年)
  3. 坊城俊実 (1296年 - 1350年)
  4. 坊城俊冬 (1319年 - 1367年)
  5. 坊城俊任 (1346年 - )
  6. 坊城俊秀 (1423年 - 1465年)
  7. 坊城俊顕 (1443年 - 1471年)
  8. 坊城俊名 (1463年 - 1540年)
  9. 坊城俊昌 (1582年 - 1609年)
  10. 坊城俊直 (1606年 - 1688年)
  11. 坊城俊完 (1609年 - 1662年)
  12. 坊城俊広 (1626年 - 1702年)
  13. 坊城俊方 (1662年 - )
  14. 坊城俊清 (1667年 - 1743年)
  15. 坊城俊将 (1699年 - 1749年)
  16. 坊城俊逸 (1727年 - 1773年)
  17. 坊城俊親 (1757年 - 1800年)
  18. 坊城俊明 (1782年 - 1860年)
  19. 坊城俊廸 (1808年 - 1810年)
  20. 坊城俊克 (1802年 - 1865年)
  21. 坊城俊政 (1826年 - 1881年)
  22. 坊城俊章 (1843年 - 1906年)
  23. 坊城俊徳 (1889年 - 1911年)
  24. 坊城俊良 (1893年 - 1966年)
  25. 坊城俊民 (1917年 - 1990年)
  26. 坊城俊周 (1927年 - 2011年)
  27. 坊城俊成 (1962年 - )[1][2]

系図[編集]

出典[編集]

  1. ^ 野島, 寿三郎 (Nojima, Jusaburō) (1986) (snippet). 神道人名事典(Shintō jinmei jiten). 神社新報社. p. 264. ISBN 4-915-26556-0. //books.google.co.jp/books?id=wmoxAQAAIAAJ.  ISBN 978-4-915-26556-3
  2. ^ 小和田, 哲男; 菅原, 正子; 仁藤, 敦史 (2003) (snippet). 日本史諸家系図人名辞典. 日本史諸家系図人名辞典. p. 572. ISBN 4-062-11578-6. //日本史諸家系図人名辞典.  ISBN 978-4-062-11578-0
  3. ^ 勧修寺経茂の子。
  4. ^ 勧修寺晴豊の4男。
  5. ^ 勧修寺尹隆の子。

外部リンク[編集]