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セレス小林

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
セレス小林
基本情報
本名 小林 昭司
階級 スーパーフライ級
身長 168cm
リーチ 166cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1973-02-27) 1973年2月27日(52歳)
出身地 茨城県岩井市(現坂東市
スタイルボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 32
勝ち 24
KO勝ち 14
敗け 5
引き分け 3
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セレス小林( - こばやし、本名:小林 昭司(こばやし しょうじ)、1973年2月27日 - )は、日本の元プロボクサー

WBA世界スーパーフライ級王者。左ボクサーファイター。

リングネームの「セレス」は自身が現役時代、レパード玉熊の勧めで勤務していた冠婚葬祭会社の結婚式場の名前から取った[1]

主な入場テーマはSTRATOVARIUSの「ANTHEM OF THE WORLD」。

来歴

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茨城県岩井市(現坂東市)出身。茨城県立岩井西高等学校卒。高校3年時に国際ボクシングスポーツジムに入門し、ボクシングを始める。プロデビュー後、元WBA世界フライ級チャンピオンであったレパード玉熊にプロボクサーとしての特訓を受ける。

1992年4月17日、プロデビュー(4回判定負け)。

1994年12月17日、東日本ジュニアバンタム級(現・スーパーフライ級)新人王決定戦決勝に出場するも、引き分け・敗者扱いとなり、新人王獲得ならず。

1997年9月13日、20戦目で日本王座初挑戦。日本フライ級王者スズキ・カバトフィリピン出身)に挑むも、3回負傷引き分けで王座獲得ならず。

1998年4月4日、カバトに再挑戦するも、10回判定負け。またも王座獲得ならず。

1998年9月30日、カバトに3度目の挑戦。今度は10回判定勝ちを収め、日本フライ級王座獲得。その後、4度の防衛に成功。

2000年8月20日、日本王座在位のまま世界初挑戦。WBC世界フライ級王者マルコム・ツニャカオ(フィリピン)に挑むが、12回判定で引き分け。王座奪取ならず。その後、日本王座返上。

2001年3月11日、1階級上のスーパーフライ級で世界再挑戦。4階級制覇を果たしたWBA世界同級王者レオ・ガメスベネズエラ)に挑む。10回、左フックでダウンを奪い、レフェリーストップによるTKO勝ち。30戦目にして世界王者となった。9月1日の初防衛戦では小林のジムの先輩・玉熊とも対戦経験がある、後の「日本人キラー」と呼ばれた元王者ヘスス・ロハス(ベネズエラ)と対戦し、12回判定勝ち。

2002年3月9日、2度目の防衛戦。デビュー以来21戦全KO勝ちの強打者アレクサンデル・ムニョス(ベネズエラ)と対戦し、5度のダウンを奪われた末の8回TKO負け(自身初のKO負け)を喫し、王座陥落。挑戦者の強打で受けたダメージが深く、試合終了直後はしばらく起き上がることができず。担架も用意されたが、幸い大事には至らず。数分後に自力で起き上がると、担架に乗ることなく自らの足でリングを降りた。結局、この試合を最後に引退

通算戦績は24勝(14KO)5敗3分

引退後

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レパード玉熊同様、トレーナーとして古巣・国際ジムに留まり後進を指導。その後、同ジムから独立し2003年11月、千葉県柏市に「セレスボクシングスポーツジム」を開設。岩佐亮佑IBF世界スーパーバンタム級王者に育て上げている。その一方で、日本テレビのボクシング解説やスポーツ報知のボクシング評論家も務める。また、太田プロダクションとも契約を結んでおり、芸能界でのタレント活動にも参加。

戦績

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  • プロボクシング:32戦24勝(14KO)5敗3分
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 1992年4月17日 4R 判定0-3 森功(宮田) 日本の旗 日本 プロデビュー戦
2 1992年12月1日 1R KO 清川竜治(ワタナベ) 日本の旗 日本
3 1993年4月3日 4R 判定3-0 井田浩幸(ワタナベ) 日本の旗 日本
4 1993年7月15日 1R KO 清川竜治(ワタナベ) 日本の旗 日本
5 1993年9月16日 4R 判定0-2 清田芳正(松戸平沼) 日本の旗 日本
6 1994年3月5日 2R KO 松岡利広(ハッピー) 日本の旗 日本
7 1994年9月2日 1R KO 宮本武(花形) 日本の旗 日本
8 1994年11月11日 4R 判定3-0 鹿島基成(沖) 日本の旗 日本
9 1994年12月17日 6R 判定1-1 佐藤晃(協栄) 日本の旗 日本
10 1995年6月3日 5R 判定3-0 久留島亮(守口東郷) 日本の旗 日本
11 1995年8月5日 5R 判定3-0 入江誠(オサム) 日本の旗 日本
12 1995年10月20日 6R TKO 祝迫成志(東拳) 日本の旗 日本 B級トーナメント優勝
13 1996年2月3日 8R 判定3-0 佐藤誠(横浜さくら) 日本の旗 日本
14 1996年5月3日 9R TKO クリストファー・サギド フィリピンの旗 フィリピン
15 1996年7月31日 6R 判定3-0 重安栄二(マサ伊藤) 日本の旗 日本
16 1996年11月22日 8R 判定0-2 柳光和博(ワタナベ) 日本の旗 日本
17 1997年3月10日 1R KO マーロン・テラド フィリピンの旗 フィリピン
18 1997年5月16日 6R KO アドニス・ランザデラス フィリピンの旗 フィリピン
19 1997年9月13日 3R 負傷引分 スズキ・カバト(新日本大阪) 日本の旗 日本 日本フライ級タイトルマッチ
20 1997年11月11日 2R KO ジョジョ・トーレス フィリピンの旗 フィリピン
21 1998年4月4日 10R 判定1-2 スズキ・カバト(新日本大阪) 日本の旗 日本 日本フライ級タイトルマッチ
22 1998年7月4日 10R 判定3-0 小林宏(角海老宝石) 日本の旗 日本
23 1998年9月30日 10R 判定2-0 スズキ・カバト(新日本大阪) 日本の旗 日本 日本フライ級タイトルマッチ
24 1999年3月6日 7R 2:15 TKO 石原英康(松田) 日本の旗 日本 日本王座防衛1
25 1999年7月3日 9R 2:35 TKO 寺尾新(八王子中屋) 日本の旗 日本 日本王座防衛2
26 1999年11月7日 10R 判定2-1 秋田勝弘(協栄) 日本の旗 日本 日本王座防衛3
27 2000年4月2日 7R 1:45 TKO 浅井勇登(緑) 日本の旗 日本 日本王座防衛4
28 2000年8月20日 12R 判定1-1 マルコム・ツニャカオ フィリピンの旗 フィリピン WBC世界フライ級タイトルマッチ
29 2001年3月11日 10R 2:29 TKO レオ・ガメス ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
30 2001年9月1日 12R 判定2-1 ヘスス・ロハス ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA防衛1
31 2002年3月9日 8R 1:31 TKO アレクサンデル・ムニョス ベネズエラの旗 ベネズエラ WBA陥落
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獲得タイトル

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著書

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脚注

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関連項目

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外部リンク

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前王者
スズキ・カバト
第44代日本フライ級王者

1998年9月30日 - 2000年12月20日(返上)

空位
次タイトル獲得者
坂田健史
前王者
レオ・ガメス
WBA世界スーパーフライ級王者

2001年3月11日 - 2002年3月9日

次王者
アレクサンデル・ムニョス