コンテンツにスキップ

オルズベック・ナザロフ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
オルズベック・ナザロフ
基本情報
本名 オルズベック・ナザロフ
Орзубек Пулетович Назаров
通称 グッシー
階級 ライト級
身長 171cm
リーチ 180cm
国籍 キルギスの旗 キルギス
誕生日 (1966-08-30) 1966年8月30日(59歳)
出身地 キルギス・ソビエト社会主義共和国
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 27
勝ち 26
KO勝ち 19
敗け 1
テンプレートを表示
獲得メダル
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
男子 ボクシング
世界ボクシング選手権
1986 リノライト級
ヨーロッパボクシング選手権
1987 トリノライト級
オルズベック・ナザロフ

オルズベック・ナザロフOrzubek Nazarov1966年8月30日 - )は、キルギス共和国・カント出身のウズベク人プロボクサー。元WBA世界ライト級王者。

来歴

[編集]

1989年秋、勇利アルバチャコフ(後のWBC世界フライ級王者)等と共にソ連(当時)から来日。協栄ボクシングジムにスカウトされた6人のアマチュアエリートボクサーの1人であった。

1990年2月1日、「グッシー・ナザロフ」のリングネームでプロデビュー。西沢誠(後の日本ライト級王者)を初回KO勝ち。

1991年4月22日、6戦目で日本ライト級王座を獲得。同王座は2度防衛後に返上した。

1992年5月11日、12戦目でOPBF東洋太平洋ライト級王座を獲得。世界挑戦準備のため1993年9月に王座を返上するまで5度の防衛に成功。

1993年10月21日、18戦目で世界王座初挑戦。敵地南アフリカに渡り、WBA世界ライト級王者ディンガン・トベラに挑む。4回にプロ初のダウンを奪われるも、10回にダウンを奪い返すなど、猛反撃を展開。12回判定勝ちを収め、無敗のまま世界王座を獲得した[文献 1]。トベラとは翌1994年3月19日の初防衛戦で再戦し、この時も12回判定勝ちを収めた[文献 2]

その後、本人の強い希望により、リングネームを本名「オルズベック・ナザロフ」に改める。

1995年5月15日の3度目の防衛戦からは3戦連続で日本国内で試合を行うが、海外出身の「輸入ボクサー」であるが故、同時期の国内の現役世界王者と比べて知名度は格段に低かった。そのため、試合でも観衆をあまり多く集められず、ファイトマネーも安い状態であった(テレビ中継も深夜に関東ローカルでの録画中継枠を確保するのが精一杯)。こうした背景から、1996年4月15日の5度目の防衛成功後は試合すら出来ない状況に陥る。協栄ジムと交渉の末、同年12月、同ジムを離れフランスに拠点を移すことを正式に決定。

1997年5月10日、フランス移籍初戦。1年1か月ぶりの試合であったが、長期間のブランクを感じさせずレバンダー・ジョンソンに7回TKO勝ち。6度目の王座防衛に成功。その後、ノンタイトル戦を2度行い、いずれも勝利。

1998年5月16日、7度目の防衛戦。ジャン=バチスト・メンディ(フランス)の挑戦を受け、12回判定負け。4年半あまり保持してきた世界王座を手放し、結局この試合を最後に現役を引退した。

戦績

[編集]
  • アマ:175戦153勝(80RSC)12敗
  • プロ:27戦26勝(19KO)1敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11990年2月1日1RKO西沢誠日本の旗 日本プロデビュー戦
21990年4月12日3RTKO田鎔万大韓民国の旗 韓国
31990年7月9日1RKO野口泰雪日本の旗 日本
41990年9月10日1RKO斉藤孝日本の旗 日本
51990年11月12日1RKO堂本忠志日本の旗 日本
61991年4月22日4RKO八木賢治日本の旗 日本日本ライト級タイトルマッチ
71991年8月1日2RKO丸山勝美日本の旗 日本日本王座防衛1
81991年10月28日4RKOアーニー・アレスナフィリピンの旗 フィリピン
91991年12月16日10R判定ダウマイ・シスコドムタイ王国の旗 タイ
101992年3月11日1RKO中野猛仁日本の旗 日本日本王座防衛2
111992年4月10日2RKOノバラットナエ・ワオワラボルタイ王国の旗 タイ
121992年5月11日12R判定大友厳日本の旗 日本OPBF東洋太平洋ライト級タイトルマッチ獲得
131992年6月24日10RKOフランシス・ベラスケスフィリピンの旗 フィリピンOPBF防衛1
141992年9月28日2RKOノバラットナエ・ワオワラボルタイ王国の旗 タイOPBF防衛2
151992年12月11日5RKOアーニー・アレスナフィリピンの旗 フィリピンOPBF防衛3
161993年3月22日2RKO宗光植大韓民国の旗 韓国OPBF防衛4
171993年7月19日12R判定ボーイ・リーガスフィリピンの旗 フィリピンOPBF防衛5
181993年10月21日12R判定ディンガン・トベラ南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国WBA世界ライト級タイトルマッチ
191994年3月19日12R判定ディンガン・トベラ南アフリカ共和国の旗 南アフリカ共和国WBA防衛1
201994年12月10日2RKOジョーイ・ガマチェ英語版アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBA防衛2
211995年5月15日2RKO朴元大韓民国の旗 韓国WBA防衛3
221995年11月14日12R判定ディンド・カノイフィリピンの旗 フィリピンWBA防衛4
231996年4月15日4RKOアドリアヌス・タロケインドネシアの旗 インドネシアWBA防衛5
241997年5月10日7RTKOレバンダー・ジョンソンアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国WBA防衛6
251997年10月4日4RKOオスカー・ロペスアルゼンチンの旗 アルゼンチン
261998年4月8日8R判定フレディ・クルスドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
271998年5月16日12R判定ジャン=バチスト・メンディフランスの旗 フランスWBA王座陥落
テンプレート

獲得タイトル

[編集]
  • 1987年ヨーロッパ・アマチュアボクシング選手権ライト級優勝
  • 第40代日本ライト級王座(防衛2=返上)
  • 第26代OPBF東洋太平洋ライト級王座(防衛5=返上)
  • WBA世界ライト級王座(防衛6)

参考文献

[編集]
  • ボクシング・マガジン編集部 『日本プロボクシング史 世界タイトルマッチで見る50年』 ベースボール・マガジン社、2002年
  1. 242頁下段
  2. 243頁上段

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]
前王者
八木賢治
第40代日本ライト級王者

2001年6月23日 - 1991年3月11日(返上)

空位
次タイトル獲得者
齋藤孝
前王者
大友厳
第26代OPBF東洋太平洋ライト級王者

1992年5月11日 - 1993年9月21日(返上)

空位
次タイトル獲得者
アドリアヌス・タロケ
前王者
ディンガン・トベラ
WBA世界ライト級王者

1993年10月21日 - 1998年5月16日

次王者
ジャン=バチスト・メンディ