国際ボクシング連盟

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国際ボクシング連盟
International Boxing Federation
略称 IBF
設立 1983年
種類 ボクシング組織
本部 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ニュージャージー州
ウェブサイト https://www.ibf-usba-boxing.com/
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IBFのチャンピオンベルトは男女で色が異なる。手前の赤は男子用、奥の水色は女子用。

国際ボクシング連盟(こくさいボクシングれんめい、International Boxing Federation, IBF)は、プロボクシングの世界王座認定団体の一つ。本部は設立当初はアメリカ合衆国ニュージャージー州イーストラザフォードであったが、同じニュージャージー州のニューアークを経て、同じくニュージャージー州のスプリングフィールドに移転している。

設立経緯[編集]

母体は世界ボクシング協会(WBA)傘下で作られた全米ボクシング協会(USBA)で、1979年北米ボクシング連盟(NABF)加盟州およびニューヨークを除く米国各州コミッションを加盟団体として発足。従ってのちにもアメリカ選手の活躍が多い傾向にある。なお、ジョン・マケインが設立した合衆国ボクシング管理庁(USBA)は無関係である。

1983年、USBA国際部が設立され、その後、南米主流になりつつあったWBAの流れを、再びアメリカ主導に戻そうとした狙いもあり、WBA会長選に立候補した黒人のロバート・リーが、僅差で会長選に敗れた後、ドン・キングといった大物プロモーターの支持を受けてWBAから独立してIBFとなった。同年のWBCヘビー級チャンピオンラリー・ホームズが新設のIBFに乗り換えたことも躍進のきっかけの一つである。

初代会長はそのままロバート・リーが就任。第2代会長:ヒアワサ・ナイト、第3代会長:マリアン・モハマドを経て、第4代会長のダーリル・ピープルズ

IBFルール[編集]

IBF認定試合におけるルールの特徴は以下のとおり[1]

  • フリーノックダウン制(1ラウンド中のノックダウン数に関わらず、レフェリーが続行不能と判断した時点で試合終了)。
  • ノックダウンした選手はゴングに救われない(ダウンのカウント中に3分を経過してもカウント続行。当然、10カウント以内に立ち上がって試合続行に応じられない場合はノックアウトが成立する)。
  • 偶然バッティングにより試合続行不能となった場合、4回までは引き分け(王座の移動は無し)。5回以降は、ストップしたラウンドを含めた採点(負傷判定)により勝敗を決する。
  • 試合中に採点を公表する「オープン・スコアリング・システム」は採用していない。
  • ラウンドごと、優勢な方に10点満点をつけるテン・ポイント・マスト・システム(10点法)。もう一方には比例して少ない点をつける。優劣がない場合は双方に10点をつける[2]

IBFの方針[編集]

当日計量[編集]

IBFが認定するタイトルマッチにおいては、前日計量に加えて当日計量も行っており、その間に10ポンド以上増量してはいけないルールを規定している。遵守されなければ、選手権者はタイトル剥奪、挑戦者はタイトル挑戦ができなくなる。

他団体王座との王座統一戦でも当日計量を実施していたが、2017年8月から他団体王座との王座統一戦に限り当日計量を実施しなくなった。これは他団体では当日計量の実施が無い為、IBFの当日計量を守って増量を10ポンド以下に抑えた選手が当日体重で不利になるのを避けるためである。

暫定王座を極力作らない[編集]

1999年に起こった贈収賄事件を機に、暫定王座の設置基準についてより厳格なものに定めており、(WBCのアルベルト・ダビラVSキコ・ヒメネス戦とほぼ同時期の)1983年創立以来暫定王者は2013年3月31日JBC非公認団体だった時代30年間で6人に過ぎない(うち2人は創立から16年後に起きた事件の前の出来事。ただし、しばし1・2位を空位にして2014年4月4日大場浩平VSランディ・カバジェロや2015年6月10日和氣慎吾VSマイク・タワッチャイ的な指名挑戦者決定戦を行っており、代替策と見る向きがある)。WBA・WBC・WBOとは異なり、暫定王座を極力作らない方針を採っている。1999年の贈収賄事件後にランキング見直しを施した際、より厳格な制度に改められ、以降は負傷など正当な理由のない暫定王座を設けていない(他3団体の暫定乱立はIBF事件以降特に激しくなった)。そのため、IBF暫定王者はロビー・リーガンザブ・ジュダーシャンバ・ミッチェルフリオ・ディアスロバート・アレンジョンリル・カシメロビクトル・ラミレスリー・ハスキンスミラン・メリンドアンドレ・ディレルホセ・ウスカテギ岩佐亮佑の12名と極めて少ない。このうちリーガンとジュダーについては捜査が入る以前の暫定王者である。

女子王座について[編集]

2009年にWBOが女子王座を認定したため、IBFはメジャーで唯一女子を認定していない団体となった。

だが、2010年にIBFもついに女子王座を認定する方針に転換。11月12日に最初のタイトルマッチとして初代ウェルター級王座決定戦を実施することを決めた。ジェニファー・レッツケダニエラ・スミスの間で争われ、勝ったスミスが初のIBF女子王者となった。女子王座認定の背景には団体の経営悪化に伴い、王座承認料を多く獲得したいという意向が働いたと見られる。チャンピオンベルトは男子と同じ赤ではなく水色。

女子国際ボクシング連盟(WIBF)及び国際女子ボクシング連盟(IWBF)はいずれもIBFとは無関係である。

「1. IBF Frauenweltmeisterschaft + IBF Interconti Titel」
(2010年11月12日/ドイツ・ベルリン・ミッテ区サーカスアレーナ・アルト・グリーニッケ)
階級 勝者 結果 敗者 決まり手 ラウンド 時間 備考
ウェルター級 ニュージーランドの旗 ダニエラ・スミス ドイツの旗 ジェニファー・レッツケ 判定3-0 10 2:00 ウェルター級は147lbs(66.7kg)。

ムエタイ王座について[編集]

2017年12月20日から21日にかけ、「第1回IBFムエタイ年次総会」が開催される[3]。その際、IBFムエタイ日本代理人にNJKF西日本本部の代表者・本部長を務めている雪本俊昌(誠至会会長)が就任した。総会にはIBF会長のダリル・J・ピープルズも参加した[4][5]

また、同期間においてジュニアライト級(130lbs)、ライト級(135lbs)、ウェルター級(147lbs)の3階級で初代王者決定戦が行われた。チャンピオンベルトはボクシングとは違い、黒地になっている。正面の表記も左側の円は「MUAY THAI CHAMPION」になっており、左右の金属プレートにはタイ国旗が付けられている[6]

「IBF CHAMPIONSHIP」 (2017年12月20日/タイ・バンコク・スアンルムナイトバザール)
階級 勝者 結果 敗者 決まり手 ラウンド 時間 備考
ウェルター級 タイ王国の旗 ピンクラオ・バンコクノイヴィレッジ タイ王国の旗 ピンガーン・シットシェフブンタム 判定 5 3:00 ウェルター級は147lbs(66.7kg)。
「ラジャダムナンスタジアム設立72周年記念興行」 (2017年12月21日/タイ・バンコク・ラジャダムナンスタジアム
ライト級 タイ王国の旗 セクサン・オー・クワンムアン タイ王国の旗 パンパヤック・シットシェフブーンタム 判定 5 3:00 ライト級は135lbs(61.2kg)。
ジュニアライト級 タイ王国の旗 ペットウートン・オー・クワンムアン タイ王国の旗 ガオナー・PK.センチャイムエタイ 判定 5 3:00 ジュニアライト級は130lbs(58.9kg)。
ペットウートンの持つラジャダムナンスタジアム認定同級王座もかけたダブルタイトルマッチ。

日本国内の状況[編集]

JBCのIBF加盟以前[編集]

JBCはIBFの存在に対して「団体の乱立は好ましくない」とする趣旨の意見を出していた。

日本でも1983年に日本支部のIBF日本が設立されたが、JBCは国内のプロ・ボクシングを統轄する組織は1国1コミッションという方針からその存在を認めず、一切の交流を断っている。

JBCではIBFに参加した選手およびトレーナーは、JBCの認定するライセンスを無期限停止すると云った厳しい対応をした。ただし、これは「1国1コミッションという方針」のもと、日本国内のみの処置で、IBFを認めている諸外国でライセンスを取得し、日本国内でタイトルマッチを行わなければ、ライセンスの剥奪は無い。しかし、まだこれを実行した選手は今の所実質いない(※唯一の例外として1995年11月12日に当時WBC・IBF統一王者だったサマン・ソーチャトロン細野雄一が挑戦したケースがあるが、海外挑戦ということと、王座を奪取した場合IBF王座は即返上という条件で事実上黙認された。また、WBA・WBC・IBFの統一王者マイク・タイソンが日本で2度防衛戦を行った際は、管轄のJBCはあくまでWBA・WBCの2つのタイトルの防衛戦として扱ったが、IBFはこれを防衛戦と認めたため、記録上は3団体統一王座戦となっている)。2009年にWBA・WBC・IBF世界スーパーフライ級王者ビック・ダルチニアンがWBCを通じて長谷川穂積に対戦オファーを出していた際には、JBCも「世界王座統一戦に限り、未公認団体王者との対戦を認める」という意向を表明していたが、ダルチニアンが王座を失ったため実現しなかった。日本のジムに所属する選手では仙台ジム(のちの新日本仙台ボクシングジム)にて佐藤健太のリングネームで活動したエリック・チャベスがIBF世界ミニフライ級王座を獲得した経験がある。

辰吉丈一郎網膜剥離のため、一時日本で試合が出来なかった頃、アメリカでライセンスを取得してIBF王座に挑戦してもいいと発言したことがあったが、その後国内で試合が出来ることになり、IBF王座への挑戦をしないまま今に至っている。また、亀田興毅協栄ジムを離れてメキシコを拠点としていた時期にWBOとともにIBF王座への挑戦を視野に入れた報道がされていたが、こちらも国内復帰が認められたため挑戦に至らなかった。その後亀田ジム設立後の2008年に世界戦や挑戦者決定戦に出場可能かJBCに確認を行ったが、それら試合に出場した場合試合開催地の国内外を問わず、JBCから除名処分とすることを2008年12月26日静岡県熱海市で行われた総会にて発表した。亀田側は「JBCライセンスを放棄してまで挑戦する意向はない」と表明している。

なお、時折日本のジムに所属する選手がIBFの世界ランキングに入ることがあるが、これはIBFが勝手にランキング入りさせているだけだった。

ちなみに、アジア各国ではタイフィリピンインドネシアはIBFに加盟しており、韓国でも設立初期にはIBFに加盟していた。層の薄い軽量級では韓国人のIBF王者が何人も誕生したが、韓国人同士の世界戦の乱発や挑戦資格があるとは思えないほど戦績の悪い挑戦者との試合などによって、韓国内でも世界王座としてのIBFの権威に疑問が持たれるようになる。そこに『替え玉挑戦者事件』(当初挑戦するはずだった選手が、怪我で挑戦不可能となり、替え玉を立てて防衛戦を行った事件)が追い討ちをかけた。これにIBFも関与したことが判明した。それをきっかけに1987年限りで韓国はIBFを脱退、公式試合の団体としては認めていない(IBF地域タイトル戦のみが公認されている)。老舗のWBAWBCの権威が低下する中、プロボクシングが公認されている国でIBFを認めていないのは、ほぼ日本・韓国・長らくWBCのみを世界王者認定団体として認めていたイギリスの3カ国だけになっていた。

JBCのIBF加盟への経緯[編集]

2009年より、JBCは国内世界王者とIBFやWBOなどのJBC未公認メジャー団体王者による王座統一戦に限り、容認する方向性を打ち出し、規制が事実上緩和された格好になった。そのため、IBFの世界王者と国内世界王者との対戦が実現可能となったが、WBA・WBCの国内世界王者にIBFやWBOの王者が挑戦するという変則的な形で行われ、IBFの王座は賭けられないため、完全な形での公認とはなっていなかった。

2010年12月日本プロボクシング協会(JPBA)は統一王座に限り王座保持を認める方針で合意し、JBCに案を提出する。背景にはWBA・WBCが暫定王座の粗製乱造やスーパー王座・シルバー王座などの創設を進めたため、「王座の乱立を防ぐ」とした建前が脆くも崩れたことがあり、一方でIBF・WBOを単純に認定するのではなく統一王座に限り認めることで王座の権威を保ちつつ世界戦のカードを多くする狙いがある。

2011年2月28日、JBCは日本非加盟の世界王座認定団体であるIBFとWBOについて、日本ジム所属のWBAまたはWBCの世界王者との王座統一戦に限り認めることを決定した[7]。ただし、統一王座の防衛戦は行えず、返上を義務付ける[7]

2012年4月22日、JPBAはIBF・WBO認定準備委員会を設置し、将来的な認定を前提に議論を進めていくことを発表した[8]

2012年10月13日、JPBAは東京都内で理事会を開き、IBFとWBOへの加盟をJBCに要請することを決めた[9]。これによりWBAとWBCを合わせ、2013年にも世界主要4団体が日本で認可される見通しになった[9]。世界チャンピオンの乱立を防ぐため、王座挑戦資格の内規もまとめ、条件は4団体とも同じで、国内で世界タイトルに挑戦できるのは(1)世界王座の獲得経験者、または指名挑戦権を得た選手(2)日本王座、またはOPBF王座の獲得経験者(3)アマチュアの三大国際大会(五輪世界選手権プレジデント杯)で3位以内の実績を持つ選手―に制限される[9]

2012年11月28日、JBCはIBFとWBOへ加盟について有識者会議を開催[10]。会議後、JBCの森田健事務局長は「来年早々にも認めたい」と両団体加盟の方針を明らかにした[10]

2012年12月24日、JPBAは静岡県熱海市内で理事会を開き、10月にまとめた世界王座挑戦資格の内規のうち、五輪でのメダル獲得などアマチュア実績を外した上で、IBFとWBOへの加盟をJBCに正式要請することを決定した[11]。日本国内で世界王座に挑戦できるのは、元世界王者か指名挑戦権を得た選手、もしくは日本王座かOPBF王座の獲得経験者に制限し、日本王座保持者やOPBF王座保持者の世界挑戦が決まった場合は、王座返上を義務付ける[12]

2013年2月18日、JBCは2013年4月1日よりIBFならびにWBOの両団体を正式に世界王座認定団体と認め加盟する事を決定したと発表した[13] [14] [15]。JBCがWBAから独立したWBCを1970年に承認して以来、40年以上続いた2団体時代が終わり、4団体時代に突入することとなった[16]。これで主要4団体すべての世界戦を国内でJBCが正式に承認したタイトルマッチとして行う事が可能となった。ただし、今後は4団体となり世界戦が乱立する可能性もあるため、JPBAは挑戦者資格の条件をつくり、JBCもIBF、WBO加盟後の一定期間、その挑戦者資格や試合の検証を行ってチェックしていく方針だという。

また、これまでIBFやWBOの王座に挑戦するためにJBCに引退届を提出した選手の復帰に関しては、正式な手続きを踏んで辞めた場合、申請があれば資格審査委員会にて復帰を認めるかを協議するとしている。

なお、加盟以前に王者となった選手については、JBCでは申請があれば資格審査委員会で協議するが、歴代世界王者として認める方向であるとし、IBF世界バンタム級の初代王者である新垣諭を歴代世界王者として認める見通しである。正式に加盟した4月1日の直前に王者となった高山勝成については、JBCでは申請があれば資格審査委員会で協議するとしているが、正式に王者として認めるかどうかは言明はなかった。

2013年3月21日、JBCは国際ボクシング連盟(IBF)に4月1日付で加盟すると発表した[17] [18]

2013年4月1日、JBCは国際ボクシング連盟(IBF)に加盟した[19]

2013年7月12日、JBCは東京都内で資格審査委員会を開き、高山勝成のライセンス再発行を決定した[20][21][22][23]。一度JBCに引退届を提出し、IBF王者になった選手のJBC復帰となる。

歴代の日本人王者・挑戦者[編集]

IBF加盟前[編集]

日本人選手では、初代王座決定戦でIBF世界バンタム級王座を獲得した新垣諭が長い間唯一のIBF世界王者であったが、2013年3月30日に元WBC世界ミニマム級王者で元WBA世界ミニマム級暫定王者(JBCでは届出により引退扱い)の高山勝成が、マリオ・ロドリゲスを判定で破り、日本人選手として29年ぶりに二人目のIBF世界王者となっている。上述のJBC復帰により日本人初のJBC公認のIBF王者となった。WBA・WBC・IBFの3団体での世界王座戴冠も高山勝成が果たした日本人初の快挙である。

その他では、1983年に春日井健がジュニアバンタム級初代王座決定戦で5回KO負け、1985年に川島志伸川島郭志の実兄)が韓国でフライ級王者、権順天に挑戦して3回KO負け、1987年に川上正治が初代ミニマム級王座決定戦に出場し2回KO負け、同年ロンドンで元日本ウェルター級王者の亀田昭雄がジュニアウェルター級王者、テリー・マーシュに7回KO負け、などの記録が残っている。1987年にはマーシャルアーツ日本キックボクシング連盟のメインエベンターと国際式を兼業していた松田利彦(当時士道館)が、韓国にて国際式ボクシング経験わずか3戦(戦績2勝1敗)で崔漸煥の保持するIBF世界ジュニアフライ級王座に挑戦するも4RKO負け。また、前述の高山勝成は2011年1月にも、南アフリカにて当時のミニマム級王者ヌコシナチ・ジョイに挑戦しているが、偶然のバッティングで王座獲得はならなかった。

なお、2013年4月1日以前のJBCライセンス受給者たるIBF世界タイトル挑戦者は前述の細野雄一のみであったが、IBFへJBCが正式に加盟した事により、2013年4月以降はJBCライセンス受給者が、IBFの世界タイトルにライセンスを保持したまま挑戦者として対戦する事が認められるようになった。

IBF加盟後[編集]

2013年9月3日に元WBA世界フライ級王者亀田大毅が元IBF世界スーパーフライ級王者のロドリゴ・ゲレロとのIBF世界スーパーフライ級王座決定戦で3-0の判定勝ちを収め2階級制覇を果たした[24]。 2013年11月14日、柴田直子がIBF女子世界ライトフライ級王座を獲得し、日本女子初のIBF世界王者となった[25]

2014年4月23日に元世界2階級制覇王者長谷川穂積がIBF世界スーパーバンタム級王者キコ・マルチネスに挑戦したが、7回1分20秒TKO負けを喫し3階級制覇に失敗した[26][27][28]

2014年5月7日に元世界2階級制覇王者井岡一翔がIBF世界フライ級王者アムナット・ルエンロンに挑戦したが、1-2の判定負けを喫し、日本人選手最短のプロ15戦目での3階級制覇に失敗した[29]

2014年7月18日にIBF世界スーパーフライ級王座決定戦で帝里木下ゾラニ・テテと対戦したが、0-3の判定負けを喫し王座獲得に失敗した[30]

2014年12月31日にIBF・WBO世界ミニマム級王座決定戦で高山勝成が大平剛を破り、日本人初の主要4団体での世界戴冠を果たした[31]

2015年12月29日、八重樫東がIBF世界ライトフライ級王者ハビエル・メンドーサを判定で下して三階級制覇を達成した。

2016年7月20日、和氣慎吾ジョナタン・グスマンとIBF世界スーパーバンタム級王座決定戦で対戦するも、11回2分16秒TKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2016年12月31日、小國以載がグスマンと対戦し、12回3-0の判定勝ちを収め、王座を獲得した。

2017年7月2日、帝里木下がIBF世界スーパーフライ級王者のヘルウィン・アンカハスに挑戦するも、7回1分53秒TKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2017年7月23日、京口紘人がIBF世界ミニマム級王者のホセ・アルグメドに挑戦し、12回3-0の判定勝ちを収め、王座を獲得した。

2017年9月13日、岩佐亮佑が小國と対戦し、6回2分16秒TKO勝ちを収め、王座を獲得した。

2017年12月31日、八重樫を下して王座を獲得したミラン・メリンドWBA王者の田口良一が王座統一戦を行い、田口が判定勝ちを収めIBF王座を獲得した。

2018年12月31日、坂本真宏がIBF世界フライ級王者のモルティ・ムザラネに挑戦するも、10回終了TKO負けを喫し、王座獲得とはならなかった。

2019年5月4日、船井龍一がIBF世界スーパーフライ級王者のアンカハスに挑戦するも、7回1秒TKO負けを喫し、王座獲得に失敗した。

2019年5月13日、黒田雅之がムザラネに挑戦するも、12回0-3の判定負けを喫し、王座獲得とはならなかった。

2019年5月18日、WBA世界バンタム級正規王者の井上尚弥WBSS準決勝でIBF王者のエマヌエル・ロドリゲスと対戦し、2回1分19秒TKO勝ちを収め、IBF王座を獲得した。

関連項目[編集]

団体[編集]

王者一覧[編集]

脚注[編集]

  1. ^ IBF-USBABoutRules 2018年5月20日閲覧
  2. ^ Bout Rules (Effective 10-19-2015) (pdf)”. IBF (2018年10月12日). 2020年7月25日閲覧。 “There will be a non-scoring referee and three judges who shall score the contest and determine the winner through the use of the ten points must system. In this system the winner of each round receives ten points and the opponent a proportionately less number. When the round is even, each boxer will receive ten points.”
  3. ^ IBF MUAYTHAI convention 2017 at Bangkok, Thailand
  4. ^ Tawatchai-Doheny clash in IBF eliminator
  5. ^ IBF MUAYTHAIが第一回コンベンションを開催!
  6. ^ IBFムエタイ・チャンピオンベルト
  7. ^ a b “JBC WBO、IBFとの王座統一戦認める”. スポーツニッポン. (2011年3月1日). http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2011/03/01/kiji/K20110301000339550.html 2012年11月5日閲覧。 
  8. ^ “IBFとWBO認定準備委設置”. デイリースポーツ. (2012年2月23日). http://www.daily.co.jp/ring/2012/04/23/0004995523.shtml 
  9. ^ a b c “IBF、WBO加盟へ ボクシング協会が要請”. 47NEWS. (2012年10月13日). http://www.47news.jp/CN/201210/CN2012101301001768.html 2012年11月5日閲覧。 
  10. ^ a b “IBFとWBO認可へ”. 産経新聞. (2012年11月28日). オリジナルの2012年11月28日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121128155103/http://sankei.jp.msn.com/sports/news/121128/mrt12112822050006-n1.htm 2012年12月24日閲覧。 
  11. ^ “五輪などのアマ実績外す 世界挑戦資格”. 産経新聞. (2012年12月24日). http://sankei.jp.msn.com/sports/news/121224/mrt12122418150007-n1.htm 2012年12月24日閲覧。 
  12. ^ “世界王座挑戦資格、五輪などのアマ実績外す”. スポーツ報知. (2012年12月24日). http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/box/news/20121224-OHT1T00138.htm 2012年12月24日閲覧。 
  13. ^ “WBO、IBFに4月加盟 4団体公認へ”. 日刊スポーツ. (2013年2月18日). http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20130218-1086983.html 2013年2月21日閲覧。 
  14. ^ “WBO、IBFに4月加盟 ボクシング、主要4団体に”. 産経新聞. (2013年2月18日). http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130218/mrt13021817350002-n1.htm 2013年2月21日閲覧。 
  15. ^ “日本ボクシング、WBOとIBFに加盟へ 4月から”. 朝日新聞. (2013年2月18日). オリジナルの2013年2月18日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20130218182252/http://www.asahi.com/sports/update/0218/TKY201302180223.html 2013年2月21日閲覧。 
  16. ^ “JBC“開国”…WBO、IBFに加盟”. デイリースポーツ. (2013年2月19日). http://www.daily.co.jp/ring/2013/02/19/0005751379.shtml 2013年2月21日閲覧。 
  17. ^ “JBC IBF加盟を正式発表!主要4団体で活動可能に”. スポーツニッポン. (2013年3月22日). http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2013/03/22/kiji/K20130322005447470.html 2013年3月25日閲覧。 
  18. ^ “BOX】IBF歴代王者も世界王者承認へ…JBC加盟発表”. スポーツ報知. (2013年3月22日). http://hochi.yomiuri.co.jp/sports/box/news/20130321-OHT1T00257.html 2013年3月25日閲覧。 
  19. ^ “JBCがIBF、WBO加盟、世界王者に求められる向上心”. 産経新聞. (2013年4月8日). http://sankei.jp.msn.com/sports/news/130408/mrt13040818260002-n1.htm 2013年4月20日閲覧。 
  20. ^ “ボクシング3団体制覇の高山勝成、国内復帰決定”. 読売新聞. (2013年7月12日). http://www.yomiuri.co.jp/sports/news/20130712-OYT1T01112.htm?from=ylist 2013年7月15日閲覧。 
  21. ^ “IBF王者の高山にJBCライセンス再発行、9月復帰戦”. スポーツニッポン. (2013年7月12日). http://www.sponichi.co.jp/battle/news/2013/07/12/kiji/K20130712006203400.html 2013年7月15日閲覧。 
  22. ^ “高山勝成が4年ぶり国内復帰へ”. 日刊スポーツ. (2013年7月13日). http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20130713-1156558.html 2013年7月15日閲覧。 
  23. ^ “高山にJBCライセンス再発行 IBF王者、9月復帰戦”. 47NEWS. (2013年7月12日). http://www.47news.jp/CN/201307/CN2013071201001935.html 2013年7月15日閲覧。 
  24. ^ “亀田大、判定で2階級制覇を達成”. Boxing News(ボクシングニュース). (2013年9月3日). http://boxingnews.jp/news/5924/ 2013年9月3日閲覧。 
  25. ^ “柴田直子3度目挑戦で新王者/ボクシング”. 日刊スポーツ. (2013年11月15日). http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20131115-1218416.html 2017年2月15日閲覧。 
  26. ^ “長谷川3階級制覇失敗、7回TKO負け”. 日刊スポーツ. (2014年4月23日). http://www.nikkansports.com/battle/news/f-bt-tp0-20140423-1289707.html 2014年4月23日閲覧。 
  27. ^ “長谷川、7回TKOで散る IBF・S・バンタム級戦”. Boxing News(ボクシングニュース). (2014年4月23日). http://boxingnews.jp/news/13282/ 2014年4月23日閲覧。 
  28. ^ “穂積、7回TKO負け 3階級制覇ならず/BOX”. SANSPO.COM(サンスポ). (2014年4月23日). http://www.sanspo.com/sports/news/20140423/box14042319440006-n1.html 2014年4月23日閲覧。 
  29. ^ “井岡3階級制覇ならず、アムナットに1-2判定負け”. Boxing News(ボクシングニュース). (2014年5月7日). http://boxingnews.jp/news/13817/  2014年5月7日閲覧。 
  30. ^ “帝里がテテに完敗、IBF・S・フライ級王座決定戦”. Boxing News(ボクシングニュース). (2014年7月18日). http://boxingnews.jp/news/15910/  2014年8月4日閲覧。 
  31. ^ 高山94連発TKOで日本人初4団体制覇 日刊スポーツ 2015年1月1日

外部リンク[編集]