亀田和毅

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亀田 和毅
基本情報
本名 亀田 和毅
通称 El Mexicanito
階級 スーパーバンタム級
身長 171cm
リーチ 168cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1991-07-12) 1991年7月12日(25歳)
出身地 大阪府大阪市
スタイル 右ボクサーファイター
プロボクシング戦績
総試合数 34
勝ち 32
KO勝ち 20
敗け 2
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亀田 和毅(かめだ ともき、男性、1991年7月12日 - )は、日本プロボクサー大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。第20代WBO世界バンタム級王者。協栄ボクシングジム所属。日本人選手として初めてWBO世界王者となった[1]。マネージャーはアル・ヘイモン。トレーナーはかつてユリオルキス・ガンボア井岡一翔を指導し、ホルヘ・リナレスのトレーナーを務めるイスマエル・サラス。

亀田三兄弟の三男で、亀田興毅亀田大毅は実兄、亀田姫月は実妹。実父は亀田史郎

人物[編集]

  • 名前の由来は、父・史郎が三兄弟に「興大和(やまとをおこす)」の願いをこめて、三男には「和」の文字を使って命名し、「とも(き)」と読ませている[2]
  • 亀田三兄弟の1番下の弟として注目される。かねてより長男の興毅と次男の大毅は「兄弟の中で、一番才能があるのは和毅」と語っている。
  • 4歳の時、日本テレビの番組『はじめてのおつかい』の撮影を受けたことがある。工事現場で働いていた父親に弁当箱を届けたもののオンエアはされなかった。のちに和毅を取材した事をスタッフが気付き、2014年1月13日の同番組で18年ぶりに公開された。
  • 2015年10月18日に、メキシコ人女性と結婚[3]。妹の亀田姫月を除く亀田三兄弟共に既婚者となる。

来歴[編集]

日本でのアマチュアデビュー断念[編集]

2005年興毅の協栄ジムへの移籍に伴い、東京に転居。東京都葛飾区に本拠地を置いて練習を行っていた。2007年4月からは2人の兄と同様、高校には進学せず2007年5月に行われる全日本実業団選手権でアマチュアデビューし、プロライセンスが取得できる17歳になり次第プロに転向する予定であった。しかし2007年3月7日、「髪型の前髪は眉毛まで、後ろ髪はうなじまでとの規則に違反」「(テレビ番組出演などが)アマ資格に抵触する可能性がある」として、JABFルールに則り、アマチュアのリングに上がれない可能性がある旨を、日本アマチュアボクシング連盟が亀田側に通達したとの報道があった[4]。これに対し、和毅は「勝ち続けることで特例で北京五輪に出たる」と語ったが、父親でありトレーナーの亀田史郎は「違反のルールも曖昧。頭髪も社会人らしくないとムチャクチャ言いよる」「好き嫌いで亀田を排除しようとしているとしか思えん」とコメント。和毅を日本国外でデビューさせる意向を示した[5]2007年3月14日、天下茶屋中学校を卒業[6]

メキシコ武者修行へ[編集]

メキシコ武者修行に旅立った和毅は2007年8月10日、メキシコのパンチョロサレスジムにて、WBCミニマム級25位のホブ・ソラーノとスパーリングしたが苦戦しリングを降りた。9月8日、メキシコで行われたアマチュア大会グアンテス・デ・オロバンタム級リーグ戦(少年の部)の3戦目で、ギゼルモ・トレロと対戦。判定負けの裁定を受けたが再審議が行われ、無効試合となった。同4戦目では、エクトル・モラレスに判定負けをしたが、この試合もまた疑惑の判定として無効試合とされている。この大会では亀田の試合以外でも疑惑の判定が多く、大会運営側が審判団と協議し数試合の判定を無効とする採決が下された。結果、決勝まで勝ち進むものの、レイ・バルガスに判定負けで優勝はならなかった。

この大会途中で一旦帰国した和毅に対し、日本のメディアは、「土つかずの4連勝」「無敗の遠征凱旋」「相手を圧倒」などと報じたほか、参加大会を「ゴールデングローブ」としていた。

プロボクシング[編集]

2008年11月21日、メキシコでプロデビュー戦を行い、アレハンドロ・モレノ(メキシコ)と対戦し、2R2分8秒KO勝ちを収めた。当初のニックネームは「エルメヒカニート

2008年12月8日、国内デビュー戦を行い、アドリアン・ラミレス(メキシコ)と対戦し、2R1分33秒KO勝ちを収めた。

2009年1月24日、ヴィンセント・ペレス(メキシコ)と対戦し、3R36秒TKO勝ちを収めた。

2009年2月6日、アルツロ・デルガド(メキシコ)と対戦し、2R2分14秒TKO勝ちを収めた。

2009年3月14日、アンドレス・トーレス(メキシコ)と対戦し、2R1分38秒TKO勝ちを収めた。

2009年4月11日、アライン・ロペス(メキシコ)と対戦し4R判定勝ちを収めた。

2009年5月30日、初の日本人選手との対戦となった雲林龍広(勝又)に4回42秒TKO勝ちを収めた[7]

2009年6月26日、アレハンドロ・ドトール(メキシコ)と対戦し3R2分8秒TKO勝ちを収めた[8]

2009年8月6日、マルコ・アントニオ・チェバレ(メキシコ)と対戦し、4R43秒TKO勝ちを収めた。

2009年9月5日、長兄・興毅前座試合でヘスス・ペリバン(メキシコ)と対戦し、3回2分TKO勝ちを収め、デビュー以来10連勝となった[9]

2009年11月27日、WBO世界フライ級王座挑戦経験もあるマルロン・マルケス(ニカラグア)と対戦し、4Rに2度ダウンを奪うなどして大差判定勝利を収めた。

2010年1月16日、メキシコ・ゴメスパラシオで空位のFECARBOXバンタム級王座をロドルフォ・ガライ(メキシコ)と争い、2Rに続けて3Rにもダウンを奪い、この回KO勝利を収めて同王座を獲得した[10]

2010年4月30日、メキシコ・マサトランでナルシソ・ララ(メキシコ)と対戦し、3R1分36秒TKO勝ちを収め同王座の初防衛に成功した。

2010年5月29日、メキシコ・グアダラハラで空位のCABOFEバンタム級王座をハビエル・ロドリゲス(メキシコ)と争い、3-0(99-91、98-92が2者)の判定勝利で同王座を獲得した[11]

2010年7月10日、メキシコ・グアダラハラで空位のWBCユース・インターコンチネンタルスーパーバンタム級王座決定戦でアルツロ・カマルゴ(メキシコ)と対戦し、3-0の判定勝ちで王座を獲得した[12]

2010年8月28日、メキシコ・マサトランでWBC世界バンタム級ユース王者シュテファーヌ・ジャモエベルギー)に挑戦。10回を戦い抜き、10回1-1(96-95、96-96、95-96)の3者3様引き分けとなったものの、採点の集計ミスがあったとして10回2-1(2者が96-95、95-96)の判定勝ちに変更され、王座を獲得した[13]

2010年12月26日、1年1か月ぶりの日本のリングとなった兄2人によるダブル世界戦の前座試合で、タイ・バンタム級10位ピチッチャイ・ツインジム(タイ)と対戦し、5度のダウンを奪った上で3R2分12秒TKO勝ち。プロデビュー以来17連勝となった[14]

2011年2月19日、メキシコ・プエルトバジャルタで空位のNABF北米バンタム級王座をヘルマン・メラス(メキシコ)と争い、初の12回戦を戦い抜き、3-0(119-109が2者、119-110)大差判定で5冠目となる王座を獲得した[15]

2011年5月7日、初となる地元・大阪にて長兄・興毅の世界戦の前座試合で、WBCインターコンチネンタルスーパーフライ級ユース王者ネイサン・ボルシオ(フィリピン)と対戦し、3-0(100-90が2者、100-91)の3者フルマークとなる判定で勝利。

2011年7月8日、福岡でボーイ・ドンディー・プマール(フィリピン)と対戦し、10回3-0(2者が99−93、98−93)の判定で勝利し王座防衛に成功[16]。なお、JBCでは同年よりユース王座が解禁されており、この試合と前座の黒木優子 vs ノンキャット・ロングレーンギーラコンケーン(タイ)のWBCユース女子アトム級王座決定戦が解禁後初のタイトルマッチとなった。

2012年4月26日、メキシコシティにおいて、アブネル・マレスの王座返上に伴って設置されたWBC世界バンタム級シルバー王座決定戦にて、ハイロ・エルナンデス(メキシコ)に10回終了TKO勝ちを収めて、同王座を獲得した。尚、保持していたWBCユース王座はこの試合後に返上した。

その後、WBC世界スーパーフライ級王者佐藤洋太協栄)に挑戦するため、メキシコでの開催を条件に佐藤陣営にオファーしたものの、協栄側は日本での開催を希望したため、交渉は決裂した[17][18]

2012年12月4日、大阪にて長兄・興毅の世界戦の前座試合で、フィリピン・バンタム級5位のレイ・ラス・ピーニャス(フィリピン)と対戦し4回1分23秒KO勝ちを収めた。

2013年3月9日、横浜文化体育館にて長兄・興毅と対戦経験があるノルディ・マナカネ(インドネシア)と対戦し6回36秒KO勝ちを収めた。

2013年8月1日、セブ市ウォーターフロント・セブシティ・ホテル&カジノにてWBO世界バンタム級王者パウルス・アムブンダ(ナミビア)と対戦し、12回3-0(118-110、116-112、117-111)の判定勝ちで王座を獲得した[19]。史上初の3兄弟世界王者となり、ギネス世界記録に認定された[20]。また、日本人選手として初めてのWBO世界王者となった[1]

2013年12月3日、ボディメーカーコロシアムで前王者のオプション挑戦者で同級6位のイマヌエル・ナイジャラ(ナミビア)と対戦し、3-0で初防衛に成功した。

2014年2月6日、JBC職員が亀田興毅、和毅らに監禁暴行をされたと主張し、1000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提訴したが、後に暴行監禁の事実はなかったことが明らかになり亀田側の勝訴が確定した(詳細は#JBC職員による虚偽提訴参照)

2014年2月7日、JBC職員による提訴を受け、JBCは記者会見を開き、吉井慎次会長の持つクラブオーナーライセンスと嶋聡マネージャーのマネージャーライセンスの更新を認めないと発表した。この処分で亀田ジムは活動停止となり、興行を開催できないだけでなく、選手のライセンスはジムを通してしか申請出来ない為、亀田興毅、大毅、和毅が保持するボクサーライセンスも実質的に失効となり、事実上の追放処分となった[21][22][23][24][25][26]

2014年7月12日、MGMグランド・ガーデン・アリーナで、当初は同年5月10日に予定されていたが、興行主の現地プロモーターの都合で延期となった元WBO世界バンタム級王者でWBO世界バンタム級1位のプンルアン・ソー・シンユーと指名試合を行い[27][28]、左ボディで7回1分35秒KO勝ちを収め2度目の防衛に成功した[29]

2014年7月14日、WBOは最新ランキングを発表し、上述のラスベガスでのプンルアン戦を制したことが評価され、亀田和毅はWBOの2014年7月度の月間優秀選手に選出された[30][31]

2014年7月17日、WBOが亀田和毅にWBO世界バンタム級暫定王者アレハンドロ・エルナンデスと王座統一戦に向けた対戦交渉を行うよう指令を出した。交渉期限は30日間で、交渉期限内に交渉がまとまらなければ入札になるとのこと[32][33]

2014年7月25日、エルナンデス陣営が亀田陣営との接触が出来ない為、亀田和毅とアレハンドロ・エルナンデスとの間で行われるWBO世界バンタム級王座統一戦の入札を行うよう要求された[34]

2014年7月29日、JBCはランキング委員会を開き、海外遠征届を提出せずに渡米しプンルアン戦に臨んだ亀田和毅をJBC管轄下の日本のジムに所属する世界王者とは見なさないことを報告、JBCの浦谷信彰事務局長代行は「今後はJBCの管轄を離れ、海外で独自の道を行くものと判断した」と語った[35][36]

2014年8月8日、WBO世界バンタム級王座統一戦の入札が行われ、アル・ヘイモン氏とレオン・マルグス氏が友好関係にあることから亀田陣営を代表して参加したウォリアーズ・ボクシングが60万3000ドル(約6150万円)を提示し、エルナンデスを擁するオールスター・ボクシングが提示した15万1000ドル(約1540万円)を大きく上回った為、亀田陣営が興行権を落札した。WBO規定でファイトマネーの配分は王者が80%、挑戦者が20%(12万6000ドル)となる為、亀田和毅の報酬は48万2400ドル(約4920万円)に達する[37]

2014年11月1日、シカゴUICパビリオンにてアンドルー・フォンファラドゥドゥ・ヌグンブの前座でWBO世界バンタム級暫定王者アレハンドロ・エルナンデスと対戦し、12回2-1(2者が115-113、113-115)の判定勝ちを収め王座統一による3度目の防衛に成功した[38]

2015年5月9日、アメリカ・テキサス州ヒダルゴ郡イダルゴステート・ファーム・アリーナにて、オマール・フィゲロアリッキー・バーンズの前座でWBA世界バンタム級王者ジェームス・マクドネルと王座統一戦で対戦する予定だったが、同年3月にWBOのフランシスコ・バルカルセル会長が「マクドネルはWBOのランキングにランクインすらしていない。WBOが認めるWBA王者はパヤノ一人」、「我々の許可を得ずにWBO王者が他団体の王者と対戦した場合、直ちに王座を剥奪される恐れがある」とツイッターで発信[39][40]、WBOも公式ツイッターで「我々は一階級に一人の王者だけ認めている。我々は亀田対マクドネルを統一戦とは認めることが出来ない。パヤノがWBAの王者だ」と発信した[41]。同年4月21日にはWBOが正式にWBA世界バンタム級スーパー王者ファン・カルロス・パヤノがマクドネルより上位の王者として在位していること及び、マクドネルがWBOのランキングで15位以内にランクインしていないことを理由に、マクドネル戦をWBA・WBO世界バンタム級王座統一戦とは認めないと発表し、試合を強行した場合は亀田和毅のWBO王座剥奪も辞さないと警告した[42][43][44][45]。その結果、亀田は同年4月24日にWBO世界バンタム級王座を返上した為[46]、試合はマクドネルの持つWBA世界バンタム級王座に亀田和毅が挑戦する形で行われた。3回にマクドネルからダウンを奪うが、5回からマクドネルの反撃が開始すると体格で劣る亀田は劣勢に立たされた試合展開を挽回することが出来ず12回0-3(3者とも113-114)の判定負けを喫しWBOに続く王座獲得に失敗した[47][48][49][50]

2015年5月14日、WBOは最新ランキングを発表し、WBO世界バンタム級王座を空位とし、上述のマクドネル戦に敗れた亀田をWBO世界バンタム級ランキングから除外した[51]

2015年5月16日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のマクドネル戦に敗れた亀田をWBA世界バンタム級4位にランクインした[52]

2015年9月6日、テキサス州コーパスクリスティアメリカン・バンク・センターにてアンソニー・ディレルVSマルコ・アントニオ・ルビオの前座でWBA世界バンタム級王者ジェームス・マクドネルとダイレクトリマッチで対戦し、序盤から終盤にかけて接戦となる展開が続いたが、12回にバランスを崩す形でダウンを奪われ、12回0-3(111-116、112-115、110-117)の判定負けを喫し王座獲得に失敗、4ヵ月ぶりの再戦でリベンジに失敗した[53][54]

2015年9月11日、WBAは最新ランキングを発表し、上述のマクドネル戦に敗れた亀田をWBA世界バンタム級8位にランクインした[55]

2016年10月7日、協栄ボクシングジムへ移籍。

JBC職員による虚偽提訴[編集]

2014年2月6日、JBC職員が亀田和毅らに監禁や暴行をされたと主張し、監禁・暴行されたとするJBC職員3人のうちの1人が興毅、和毅、亀田ジム関係者2人の計4人を相手取り、1000万円の損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提訴した[56][57]。 2014年2月7日、JBC職員が会見を開き、JBC職員は「2013年に行われた亀田大毅とロドリゴ・ゲレロとの間で行われたIBF世界スーパーフライ級王座決定戦の試合前記者会見後、ゲレロ陣営が日本製のグローブではなくカナダ製のグローブの使用を決めたことに不満を持った亀田興毅、和毅と亀田ジム関係者2人がJBC職員が会見室から退室するのを妨害し、報道関係者を会場外に出し、JBC職員3人を残して全ての扉を閉め、興毅から「おかしいじゃないか」と脅され、外に出ようとしたところ和毅から首などを数回小突かれるといった暴行や恫喝をされて精神的苦痛を受けた」と主張とした[56][57]

2014年4月2日、亀田側は、「名誉を傷つけられた」としてJBC職員に計約3200万円の損害賠償を求め、東京地裁に反訴した[58]

2015年9月30日、東京地裁はJBC職員の訴えを棄却し、JBC職員が亀田和毅、興毅らに対し名誉を毀損したとして、計320万円の支払いを命じた[59][60][61]。裁判で亀田側は撮影した映像を証拠として提出し、判決で亀田側が「終始敬語を用いて発言しており、大声を出したり凄んでみせるなどの言動はない」して、暴行、監禁はなかったと認定した[60]。2016年2月15日付でJBC職員側が控訴を取り下げたため亀田側の勝訴が確定した[62]

なお、暴行記事を書いたフリージャーナリスト片岡亮についても、虚偽の記事が書かれ名誉を毀損したとして東京地裁に提訴していた[60]2016年1月27日に東京地裁は、暴行記事によって名誉を毀損したと認定し、フリージャーナリストに対し亀田側に300万円を支払う判決を言い渡し、判決が確定したことを亀田側の弁護士が発表した[63]

戦績[編集]

  • アマチュアボクシング:30戦27勝 (10KO・RSC) 1敗1分1無効試合
  • プロボクシング:33戦31勝 (19KO) 2敗
日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
1 2008年11月21日 2R 2:08 KO アレハンドロ・モレノ メキシコの旗 メキシコ プロデビュー戦
2 2008年12月8日 2R 1:33 KO アドリアン・ラミレス メキシコの旗 メキシコ 国内デビュー
3 2009年1月24日 3R 0:36 TKO ヴィンセント・ペレス メキシコの旗 メキシコ
4 2009年2月6日 2R 2:14 TKO アルツロ・デルガド メキシコの旗 メキシコ
5 2009年3月14日 2R 1:38 TKO アンドレス・トーレス メキシコの旗 メキシコ
6 2009年4月11日 4R 判定3-0 アライン・ロペス メキシコの旗 メキシコ
7 2009年5月30日 4R 0:42 TKO 雲林龍広 (勝又) 日本の旗 日本 初の日本人選手との対戦
8 2009年6月26日 3R 2:08 TKO アレハンドロ・ドトール メキシコの旗 メキシコ
9 2009年8月6日 4R 0:43 TKO マルコ・アントニオ・チェバレ メキシコの旗 メキシコ
10 2009年9月5日 3R 2:00 TKO ヘスス・ペリバン メキシコの旗 メキシコ
11 2009年11月27日 8R 判定3-0 マルロン・マルケス ニカラグアの旗 ニカラグア
12 2010年1月16日 3R 1:53 KO ロドルフォ・ガライ メキシコの旗 メキシコ FECARBOXバンタム級王座決定戦
13 2010年4月30日 3R 1:36 TKO ナルシソ・ララ メキシコの旗 メキシコ FECARBOX防衛1
14 2010年5月29日 10R 判定3-0 ハビエル・ロドリゲス メキシコの旗 メキシコ CABOFEバンタム級王座決定戦
15 2010年7月10日 10R 判定3-0 アルツロ・カマルゴ メキシコの旗 メキシコ WBCインターコンチネンタルスーパーバンタム級ユース王座決定戦
16 2010年8月28日 10R 判定2-1 シュテファーヌ・ジャモエ ベルギーの旗 ベルギー WBCユース・世界バンタム級タイトルマッチ
17 2010年12月26日 3R 2:12 TKO ピチッチャイ・ツインジム タイ王国の旗 タイ
18 2011年2月19日 12R 判定3-0 ヘルマン・メラス メキシコの旗 メキシコ NABF北米バンタム級王座決定戦
19 2011年5月7日 10R 判定3-0 ネイサン・ボルシオ フィリピンの旗 フィリピン
20 2011年7月8日 10R 判定3-0 ボーイ・ドンディー・プマール フィリピンの旗 フィリピン WBCユース防衛1
21 2011年10月15日 7R 1:06 TKO ヘスス・セハ メキシコの旗 メキシコ
22 2011年12月7日 7R 1:23 KO エデュアルド・ガルシア メキシコの旗 メキシコ
23 2012年4月26日 10R 終了 TKO ハイロ・エルナンデス メキシコの旗 メキシコ WBC世界バンタム級シルバー王座決定戦
24 2012年8月19日 10R 判定3-0 モニコ・ローレンテ フィリピンの旗 フィリピン
25 2012年10月27日 5R 1:18 TKO ハビエル・フランコ メキシコの旗 メキシコ
26 2012年12月4日 4R 1:18 TKO レイ・ラス・ピーニャス フィリピンの旗 フィリピン
27 2013年3月9日 6R 0:36 KO ノルディ・マナカネ インドネシアの旗 インドネシア
28 2013年8月1日 12R 判定3-0 パウルス・アムブンダ ナミビアの旗 ナミビア WBO世界バンタム級タイトルマッチ
29 2013年12月3日 12R 判定3-0 イマヌエル・ナイジャラ ナミビアの旗 ナミビア WBO防衛1
30 2014年7月12日 7R 1:35 KO プンルアン・ソー・シンユー タイ王国の旗 タイ WBO防衛2
31 2014年11月1日 12R 判定2-1 アレハンドロ・エルナンデス メキシコの旗 メキシコ WBO世界バンタム級王座統一戦/WBO防衛3
32 2015年5月9日 12R 判定0-3 ジェームス・マクドネル イギリスの旗 イギリス WBA世界バンタム級タイトルマッチ
33 2015年9月6日 12R 判定0-3 ジェームス・マクドネル イギリスの旗 イギリス WBA世界バンタム級タイトルマッチ

獲得タイトル[編集]

アマチュア[編集]

  • 2007年 バンタム級グアンテス・デ・オロ(ゴールデングローブ) 準優勝
  • 2008年 バンタム級プーニョス・デ・オロ 優勝

プロ[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 宮崎日日新聞 2013年8月2日朝刊 14面
  2. ^ 亀田家メモ 日刊スポーツ 2009年8月3日
  3. ^ 亀田和毅がブログで結婚報告 「トップ目指して頑張ります!」と決意”. ORICON STYLE (2015年10月29日). 2015年10月29日閲覧。
  4. ^ 亀田和毅が北京五輪断念、米修行…アマ側“門前払い” スポーツ報知 2007年3月5日
  5. ^ 後日、日本アマチュアボクシング連盟の吉森照夫専務理事が、前述の報道に反論。和毅のアマチュアデビューを拒否した事実はなく、ルールを守り品性を保ちさえすれば和毅のアマチュアデビューを歓迎するとのコメントを発表した。これについて亀田史郎は、ノーコメントを貫いている。
  6. ^ 和毅が中学校を卒業、式を10分で退席 日刊スポーツ 2007年3月15日
  7. ^ 亀田三男・和毅KOで国内2連勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年5月30日
  8. ^ 亀田三男、TKOで8連勝 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年6月27日
  9. ^ 亀田興、前哨戦クリア ボクシングニュース「Box-on!」 2009年9月5日
  10. ^ 和毅3回KO勝ち 初ベルト獲得 中米カリブ王座 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年1月17日
  11. ^ 和毅、メキシコで大差判定! 14連勝! デイリースポーツ 2010年5月31日
  12. ^ 亀田三男、和毅がユース・インター王座獲得 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年7月12日
  13. ^ 亀田和が世界ユース王座獲得 ドロー発表が2-1判定に変更 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年8月30日
  14. ^ 弟大毅は苦闘の2-1判定で初防衛 WBAフライ級戦 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年12月27日
  15. ^ 和毅、5個目のベルト獲得 NABF王座に ボクシングニュース「Box-on!」 2011年2月21日
  16. ^ 和毅、大苦戦のWBCユース防衛 ボクシングニュース「Box-on!」 2011年7月8日
  17. ^ “佐藤vs和毅消滅 開催地折り合わず”. 夕刊フジ. (2012年7月18日). http://www.nikkansports.com/battle/news/p-bt-tp0-20120718-985302.html 2013年4月7日閲覧。 
  18. ^ 佐藤vs和毅が消滅…開催地ネックで交渉決裂 スポニチアネックス 2012年7月19日
  19. ^ 亀田和毅が判定でWBOタイトル獲得 ボクシングニュース「Box-on!」 2013年8月1日
  20. ^ 亀田3兄弟にギネス記録認定証 デイリースポーツ 2013年8月2日
  21. ^ 亀田ジム活動停止に 会長、マネジャーの資格剥奪 スポニチアネックス 2014年2月7日
  22. ^ 亀田ジムの資格剥奪 JBCが処分発表 MSN産経ニュース 2014年2月7日
  23. ^ JBCが亀田ジム会長らの資格剥奪を発表
  24. ^ JBCが亀田ジムの処分発表“ガバナンスが不健全” Boxing News(ボクシングニュース) 2014年2月7日
  25. ^ 亀田3兄弟、資格失効=実質的な追放処分-ボクシング 時事通信 2014年2月7日
  26. ^ JBC処分 亀田ジム消滅 THE PAGE(ザ・ページ) 2014年2月7日
  27. ^ 【BOX】和毅、V2戦7月に延期へ プロモーターの都合 スポーツ報知 2014年4月27日
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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

前王者
パウルス・アムブンダ
第20代WBO世界バンタム級王者

2013年8月1日 - 2015年4月24日(返上)

空位
次タイトル獲得者
プンルアン・ソー・シンユー