コンテンツにスキップ

大熊正二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大熊 正二
基本情報
本名 小熊 正二(おぐま しょうじ)
階級 フライ級
身長 161cm
国籍 日本の旗 日本
誕生日 (1951-07-22) 1951年7月22日(75歳)
出身地 福島県郡山市
スタイル サウスポー
プロボクシング戦績
総試合数 49
勝ち 38
KO勝ち 20
敗け 10
引き分け 1
テンプレートを表示

大熊 正二(おぐま しょうじ、1951年7月22日 - )は、日本の男性元プロボクサー。福島県郡山市出身。元WBC世界フライ級王者。元リングマガジン世界フライ級王者。本名および旧リングネームは小熊 正二(読みは同じ)。福島県立郡山西工業高等学校(現:福島県立郡山北工業高等学校)卒業。左ボクサータイプ(コンバーテッドサウスポー)。現役時代は新日本木村ボクシングジム所属。

来歴・人物

[編集]

最初の世界タイトル獲得時は、柴田国明やガッツ石松、輪島功一の全盛期で、2度目のタイトル奪取時は具志堅用高が連続防衛記録を伸ばしていた時期で、当時の日本人世界王者と比較すると地味な印象だったが、コツコツと実績を積み上げて王座に返り咲いた。世界挑戦8回、世界戦13回の記録を持つ。敗戦こそ多いが、最初の世界挑戦から引退まで8年間の長きに渡り世界トップクラスに名を連ね続けた。また、1980年の朴賛希(韓国)との世界戦は、反日感情の根強かった当時の韓国で、武装警官が厳戒態勢を敷く敵地でKO勝ちで王座を奪った。

引退後は埼玉県川越市で、廃棄物処理やカラオケボックス経営を経て、小熊ボクシングスポーツジムを経営している。

生来のギャンブル好きで、ラストマッチとなった渡辺二郎戦でも借金が返せないほどだったという[1]。

戦績

[編集]
  • 1970年12月26日 - 本名の小熊 正二でプロデビュー[2]。
  • 1974年5月19日 - 出身地の郡山総合体育館でWBC世界フライ級王者ベツリオ・ゴンザレス(ベネズエラ)とノンタイトル戦で対戦。10回僅差の判定で敗れるが、この試合が評価され、ゴンザレスの王座への挑戦が決まる。
  • 1974年10月1日 - 日大講堂でWBC世界フライ級王座に初挑戦。王者ベツリオ・ゴンザレスに15回判定で勝ち王座獲得。
  • 1975年1月8日 - WBC世界王座初防衛戦。ミゲル・カント(メキシコ)に15回判定で敗れ王座陥落。
  • 1976年4月21日 - WBA世界王座に挑戦。王者アルフォンソ・ロペス(パナマ)に15回判定負け。
  • 1976年12月14日 - ノンタイトル10回戦で、日本1位触沢公男(東洋)に番狂わせの8回KO負け。
  • 1977年2月15日 - 韓国ジュニアフライ級王者(後のWBC世界ライトフライ級王者)金性俊(韓国)に10回判定勝ちし再起。
  • 1978年1月4日 - WBC世界王座に挑戦。王者カントとの再戦に15回判定負け。
  • 1978年4月18日 - WBC世界王者カントに2度目の挑戦。15回判定負け。その後、「スモールからビッグへ」という意味を込め、大熊 正二に改名した。
  • 1979年1月29日 - WBA世界王座に挑戦。1974年に王座を奪った相手ゴンザレスと再戦。15回引き分け。
  • 1979年7月6日 - WBA世界王者ゴンザレスに2度目の挑戦。12回KO負け。
  • 1980年5月18日 - 戒厳令下の敵地ソウルで、WBC世界王座に挑戦。王者朴賛希(韓国)に9回KO勝ちし5年ぶりに王座返り咲きを果たした。
  • 1980年7月28日 - 金性俊(韓国)に15回判定勝ちでWBC王座初防衛。
  • 1980年10月18日 - 前王者の朴賛希に15回2-1僅差判定で勝利し2度目の防衛。
  • 1981年2月3日 - 前回の判定に異議を唱えた朴賛希と再戦。15回2-0の判定で勝利し、3度目の防衛を果たす。朴賛希とは世界戦3戦全勝となった。
  • 1981年5月12日 - WBC世界王座4度目の防衛戦。指名挑戦者アントニオ・アベラル(メキシコ)に7回KO負けし王座陥落。この時点で日本人世界チャンピオンが皆無となる敗戦であった。
  • 1982年3月24日 - 後の世界バンタム級王者・朴讃栄(韓国)に10回判定勝ち。
  • 1982年11月11日 - 浜松市体育館でWBA世界スーパーフライ級王座に挑戦。王者渡辺二郎に12回TKO負け。引退。

引退後の1990年夏、レパード玉熊の臨時コーチに就任し世界王座に導いた。  

  • プロボクシング:49戦 38勝 (20KO) 10敗 1分
戦 日付 勝敗 時間 内容 対戦相手 国籍 備考
11970年12月26日☆1RKO吉井賢二(AO)日本の旗 日本プロデビュー戦
21971年2月12日☆4R判定菊地憲悦郎(金子)日本の旗 日本
31971年3月20日☆4R判定菅原正光(パルン)日本の旗 日本
41971年5月13日☆1RKO西尾敏明(セキ)日本の旗 日本
51971年7月30日☆4R判定田端代志夫(セキ)日本の旗 日本
61971年8月19日★4R判定川神正国(田辺)日本の旗 日本東日本フライ級新人王予選
71971年10月14日☆4RKO松岡富治雄(東拳)日本の旗 日本
81971年11月18日☆1RKO大原正夫(オギクボ)日本の旗 日本
91971年12月27日☆2RKO片山雅光(松田)日本の旗 日本
101972年3月23日☆1RKO佐々木盛幸(晴海)日本の旗 日本
111972年4月14日☆6R判定川内正国(田辺)日本の旗 日本
121972年6月29日☆1RKO小林政一(鈴木)日本の旗 日本
131972年8月5日☆8R判定浜田洋一郎(極東)日本の旗 日本
141972年9月15日☆6R判定吉田松志(ピストン堀口)日本の旗 日本
151973年1月18日☆4RKO清水次郎(不二静岡)日本の旗 日本
161973年4月5日☆4RKO小柳和昭(三迫)日本の旗 日本
171973年5月6日☆4RKO清水辰男(ヨネクラ)日本の旗 日本
181973年7月2日☆10R判定三船豪(草加有沢)日本の旗 日本
191973年9月7日☆10R判定チョ・ドンギ大韓民国の旗 韓国
201973年11月23日☆10R判定洲加本一政(石橋)日本の旗 日本
211974年3月24日☆10R判定加藤憲治(帝拳)日本の旗 日本
221974年5月19日★10R判定ベトゥリオ・ゴンサレスベネズエラの旗 ベネズエラ
231974年10月1日☆15R判定ベトゥリオ・ゴンサレスベネズエラの旗 ベネズエラWBC世界フライ級タイトルマッチ(王座獲得)
241975年1月8日★15R判定ミゲル・カントメキシコの旗 メキシコWBC世界フライ級防衛①(陥落)
251975年4月25日☆9RKOピーター・ノーブルフィリピンの旗 フィリピン
261975年8月22日☆5RKO合川一夫(東拳)日本の旗 日本
271975年11月7日☆1RKO松永優司(トーア・ファイティング)日本の旗 日本
281976年2月13日☆10RKOドミー・マロレナフィリピンの旗 フィリピン
291976年4月21日★15R判定アルフォンソ・ロペスパナマの旗 パナマWBA世界フライ級タイトルマッチ
301976年7月18日☆4RKOイム・ドンネ大韓民国の旗 韓国
311976年9月7日☆3RKOパク・チュンハ大韓民国の旗 韓国
321976年12月14日★8RKO触沢公男(東洋)日本の旗 日本
331977年2月15日☆10R判定キム・ソンジュン大韓民国の旗 韓国
341977年8月29日☆5RTKOピューマ光矢(山上)日本の旗 日本
351978年1月4日★15R判定ミゲル・カントメキシコの旗 メキシコWBC世界フライ級タイトルマッチ
361978年4月18日★15R判定ミゲル・カントメキシコの旗 メキシコWBC世界フライ級タイトルマッチ
371978年9月25日☆10R判定ピューマ光矢(興真)日本の旗 日本
381978年11月23日☆3RKO須賀伸治(松田)日本の旗 日本
391979年1月29日引分15R判定ベトゥリオ・ゴンサレスベネズエラの旗 ベネズエラWBA世界フライ級タイトルマッチ
401979年7月6日★12RKOベトゥリオ・ゴンサレスベネズエラの旗 ベネズエラWBA世界フライ級タイトルマッチ
411979年12月17日☆8RKOリキ五十嵐(キング)日本の旗 日本
421980年5月18日☆9RKOパク・チャニ大韓民国の旗 韓国WBC世界フライ級タイトルマッチ(王座再獲得)
431980年7月28日☆15R判定キム・ソンジュン大韓民国の旗 韓国WBC世界フライ級防衛①
441980年10月18日☆15R判定パク・チャニ大韓民国の旗 韓国WBC世界フライ級防衛②
451981年2月3日☆15R判定パク・チャニ大韓民国の旗 韓国WBC世界フライ級防衛③
461981年5月12日★7RKOアントニオ・アベラールメキシコの旗 メキシコWBC世界フライ級防衛④(陥落)
471982年3月24日☆10R判定パク・チャンヨン大韓民国の旗 韓国
481982年6月24日☆10R判定ジャッカル丸山(国際)日本の旗 日本
491982年11月11日★12RTKO渡辺二郎(大阪帝拳)日本の旗 日本WBA世界スーパーフライ級タイトルマッチ
テンプレート

獲得タイトル

[編集]

脚注

[編集]
  1. ↑ Sports Graphic Number 931号(2017年7月13日発売)p.75-76の連載記事『The CHAMPIONS 私を通りすぎた王者たち。11…小熊正二「奇跡のカムバック」』(文:前田衷)より。同記事で前田は、小熊(大熊)が引退後に破滅しなかったのは、商才に長けた夫人のおかげだとも述べている。
  2. ↑ 小熊(大熊)正二 チャンピオンアーカイヴス プロボクシング協会

関連項目

[編集]

外部リンク

[編集]
前王者
ベツリオ・ゴンザレス
WBC世界フライ級王者
1974年10月1日 - 1975年1月8日
次王者
ミゲル・カント
前王者
朴賛希
WBC世界フライ級王者
1980年5月18日 - 1981年5月12日
次王者
アントニオ・アベラル