慈恩寺 (寒河江市)
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| 所在地 | 山形県寒河江市 |
|---|---|
| 山号 | 瑞宝山 |
| 宗旨 | 慈恩宗 |
| 本尊 | 弥勒菩薩 |
| 創建年 | 724年 |
| 開基 | 行基 |
| 正式名 | 瑞宝山本山慈恩寺 |
| 文化財 | 木造弥勒菩薩及び諸尊像(重要文化財など) |
慈恩寺(じおんじ)は、山形県寒河江市にある仏教寺院で現在は慈恩宗の本山。山号は瑞宝山。本尊は弥勒菩薩。宗教法人としての登録名は「本山慈恩寺」。
目次 |
[編集] 歴史
724年(神亀元年)行基がこの地を選び、746年(天平18年)菩提僊那が寺院を建立したのに始まるとされる。
1108年(天仁元年)、鳥羽上皇の勅宣により藤原基衡が寺院を修復し、1185年(文治元年)後白河法皇の院宣により、瑞宝山の山号を賜った。古くから天台宗・真言宗兼学の寺として栄え、また出羽三山とともに修験道の寺としても栄えた。かつては葉山の別当寺として葉山修験の中心地であったが、天文年間に葉山との関係を絶ち、これ以降は三合山(十分一峠)を奥の院とした。
江戸時代には江戸幕府から多くの朱印寺領を与えられ、華蔵院・宝蔵院(ともに真言宗)・最上院(天台宗)を中心として多くの子院を有し、東北に置ける真言宗・天台宗の中心的な寺院であった。戦前までは、山内各院がおのおの、真言宗・天台宗の寺院を名乗っていたが、戦後、両宗兼学の「真言・天台両宗慈恩寺派」と称して独立し、現在は慈恩宗を称している。
本堂内の大型の宮殿(くうでん、「厨子」と同義)には秘仏として本尊弥勒菩薩像をはじめ30数体の仏像を安置するが、公開はされていない。
[編集] 文化財
[編集] 重要文化財
- 本堂
- 木造弥勒菩薩及び諸尊像 5躯 附:弥勒菩薩像像内納入品
- 本堂宮殿内に安置。永仁6年(1298年)の作。当寺の本尊である弥勒菩薩像を中心に釈迦如来坐像、地蔵菩薩坐像、不動明王立像、降三世明王立像を含む5躯からなる。これら5躯の組み合わせは他にあまり例をみない。作風は当時流行した宋風の強いものである。
- 木造騎獅文殊菩薩及脇侍像(4躯)・木造騎象普賢菩薩及十羅刹女像(5躯)
- 本堂宮殿内に安置。文殊像の脇侍は優填王、最勝老人、仏陀波利三蔵の3躯。
- 木造薬師如来及両脇侍像
- 薬師堂の本尊。延慶3年(1310年)、院保の作。
- 木造十二神将立像 8躯 附:木造十二神将立像 4躯(辰・午・未・申神)
- 8躯は鎌倉時代、附(つけたり)の4躯は江戸時代の補作。
- 木造阿弥陀如来坐像
[編集] 重要無形民俗文化財
- 林家神楽
[編集] 山形県指定有形文化財
- 山門
- 三重塔
- 木造聖観音立像
- 木造阿弥陀如来立像
- 木造聖徳太子立像
- 木造菩薩坐像
- 木造如来及び両脇侍像
- 木造二天王立像
- 木造力士立像
- 木造如来立像
- 木造軍荼利明王立像
- 木造虚空蔵菩薩坐像
- 木造弥勒菩薩坐像
- 木造阿弥陀如来坐像
- 木造大日如来坐像
- 木造不動明王及び二童子像
- 銅製飲食器
- 鋳鉄草木文透彫釣燈籠
- 絹本著色弘法大師像
[編集] 山形県指定史跡
- 慈恩寺
[編集] 所在地
- 山形県寒河江市大字慈恩寺地籍31