羽前高松駅
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| 羽前高松駅 | |
|---|---|
2010年に完成した新駅舎
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| うぜんたかまつ - Uzen-Takamatsu | |
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◄西寒河江 (2.9km)
(3.0km) 柴橋►
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| 所在地 | 山形県寒河江市大字八鍬字郷の目 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■左沢線 |
| キロ程 | 19.3km(北山形起点) |
| 電報略号 | ウタ |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 1面1線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
296人/日(降車客含まず) -2006年- |
| 開業年月日 | 1921年(大正10年)7月20日 |
| 備考 | 無人駅 |
羽前高松駅(うぜんたかまつえき)は、山形県寒河江市大字八鍬字郷の目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)左沢線の駅である。
目次 |
駅構造[編集]
単式ホーム1面1線を有し列車同士の行き違いが出来ない地上駅。かつては相対式ホーム2面2線と切欠きホーム1線の計2面3線という構造で、現在は切欠きホームのあった駅舎側のホームが残されている。山形交通三山線はこの切欠きホームに発着しており、山形交通は左沢線ホーム側に乗り換え窓口を持っていたほか、外に向かっても独自の駅舎を持っていた。現在ではわずかにホームの南側に線路の跡のみが残っている。
旧駅舎は1940年竣功の木造建築だった。老朽化に伴い建て替えられ、2010年2月28日に新駅舎が完成した。新駅舎は重要文化財に指定されている地元の慈恩寺のイメージを取り入れたもので、鉄骨作り平屋建て37.1 平方メートルとなっている[1]。寒河江駅管理の無人駅。
利用状況[編集]
- 2006年度の乗車人員は、1日平均296人。
| 年度 | 一日平均 乗車人員 |
|---|---|
| 2000年 | 304 |
| 2001年 | 277 |
| 2002年 | 298 |
| 2003年 | 303 |
| 2004年 | 312 |
| 2005年 | 310 |
| 2006年 | 296 |
駅周辺[編集]
左沢線の線路は西寒河江駅から直接柴橋駅に行かずわざわざ迂回をして当駅を通過している。西寒河江駅を出た左沢駅方面の列車は北へ進んで当駅に着く直前で南側に進路を変え、柴橋駅に至っている。
- 高松郵便局
- 寒河江市立高松小学校
- 寒河江市立陵西中学校
- 最上川
- 寒河江市立醍醐小学校
- 慈恩寺
- 国道112号 - 道の駅寒河江
- 国道287号
- 山形県立寒河江高等学校農業校舎
- 山交バス『高松駅前角』バス停
歴史[編集]
1922年に左沢軽便線の途中駅として開業するが、4年後の1926年には早くも三山電気鉄道が当駅に乗り入れを果たした。それ以降は左沢線と三山電気鉄道の乗換駅として大いに賑わいを見せたが、1974年11月、山形交通三山線となった旧三山電気鉄道は廃線となり、また静かな途中駅に戻ってしまった。今では三山電気鉄道をしのばせるものは、わずかにホームの南西側に残る線路の跡のみである。
- 1922年(大正11年)4月23日 - 国鉄左沢軽便線の駅として開業、一般駅。
- 1926年(大正15年)12月23日 - 三山電気鉄道が当駅から海味駅までを開通させ、分岐駅となる。
- 1940年(昭和15年)11月 - 旧駅舎が竣功する。
- 1943年(昭和18年)10月1日 - 三山電気鉄道が尾花沢鉄道・高畠鉄道と合併し山形交通となり、三山電気鉄道は山形交通三山線の駅となる。
- 1974年(昭和47年)11月18日 - 山形交通三山線が廃止となり、国鉄単独の駅となる。
- 1979年(昭和54年)11月1日 - 貨物取扱を廃止、旅客駅となる。
- 1982年(昭和57年)3月8日 - 簡易委託化、荷物取扱廃止。
- 1987年(昭和62年)4月1日 - 国鉄の分割民営化により東日本旅客鉄道の駅となる。
- 2001年(平成13年)7月 - 寒河江駅の移転工事に伴い羽前長崎 - 左沢間でバス代行を実施。当駅への列車発着が休止。
- 2002年(平成14年)2月16日 - 上記工事が完了し列車の運行が再開される。
- 2008年(平成20年)4月1日 - 簡易委託解除、無人化。
- 2010年(平成22年)2月28日 - 新駅舎完成。
隣の駅[編集]
脚注[編集]
- ^ 交通新聞2010年3月11日
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- JR東日本 羽前高松駅
- 国土地理院地図閲覧サービスによる羽前高松駅周辺の1/25000地形図
- 山形交通三山線 - 往時の羽前高松駅の写真が多数ある
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