馬頭観音

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馬頭観音(平安時代、ボストン美術館所蔵)

馬頭観音(ばとうかんのん / めづかんのん)、梵名ハヤグリーヴァ (हयग्रीव [hayagriiva])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。柔和相と憤怒相の二つの相をもち、日本では柔和相の姿はあまり知られておらず作例も少ない。そのため、観音としては珍しい忿怒の姿をとるとも言われ、通例として憤怒相の姿に対しても観音と呼ぶことが多いが、密教では、憤怒相の姿を区別して馬頭明王とも呼び、「八大明王」の一尊にも数える。

概要[編集]

梵名のハヤグリーヴァ(音写:何耶掲梨婆)は「馬の首」の意である。これはヒンドゥー教では最高神ヴィシュヌの異名でもあり、馬頭観音の成立におけるその影響が指摘されている。 他にも「馬頭観音菩薩」、「馬頭観世音菩薩」、「馬頭明王」に加え、チベット密教や中国密教では「馬頭金剛」など様々な呼称がある。衆生の無智・煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。

転輪聖王の宝馬が四方に馳駆して、これを威伏するが如く、生死の大海を跋渉して四魔を催伏する大威勢力・大精進力を表す観音であり、無明の重き障りをまさに大食の馬の如く食らい尽くすという。「師子無畏観音」ともいう。

他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、一般に馬頭観音のみは目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、牙を剥き出した憤怒(ふんぬ)相である。このため、「馬頭明王」とも称されて菩薩部ではなく明王(みょうおう)部に分類されることもある。 また「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。さらに、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされていて、『六字経』を典拠とし、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われる「六観音」においては畜生道を化益する観音とされる。

像容[編集]

像容は前述のような忿怒相がよく知られていて、体色は赤、頭上に白い色の馬の頭である「白馬頭」を戴き、三面三目八臂(額に縦に一目を有する)とする像が多い。経典によっては馬頭人身の像容も説かれるが、日本での造形例はほとんどない。チベット密教では一面二臂で赤い姿の憤怒相が一般的で、密教では他に一面四臂、三面二臂、三面六臂、四面八臂の像容も存在する。立像が多いが、坐像も散見される。頭上に馬頭を戴き、胸前で馬の口を模した「馬頭印」という印相を示す。剣、斧、棒などを持ち、また蓮華のつぼみを持つ例もある。剣は八本の腕のある像に多い。

石川県・豊財院の木造立像や、福井県・馬居寺(まごじ)の木造坐像は平安時代の後半にまで遡る作例である。また、福岡・観世音寺の木造立像は高さ5メートルに及ぶ大作で、日本の馬頭観音像の代表例と言える。京都・浄瑠璃寺の木造立像は、鎌倉時代の南都仏師らの手になる作例である。

経典・儀軌[編集]

真言・三昧耶形・種子[編集]

  • 三昧耶形は「白馬頭」、三角形の中の「棍棒」。
  • 種子カン(haM)字。

馬頭観音像・石碑[編集]

馬頭観音の石碑(千葉県地方では馬に跨った観音像が見られる)

近世以降は国内の流通が活発化し、馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなった。これに伴い馬が急死した路傍や芝先(馬捨場)などに馬頭観音が多く祀られ、動物供養塔としての意味合いが強くなっていった。このような例は中馬街道などで見られる。なお「馬頭観世音」の文字だけ彫られたものは多くが供養として祀られたものである。

現代の日本においては競馬場の近くに祀られていて、レース中や厩舎で亡くなった馬などの供養に用いられている場合もある。また、赤字等で廃止された地方競馬の競馬場では、旧敷地の片隅にあった馬頭観音が撤去されずに残され、かつての競馬場の存在を現在に伝える数少ない痕跡となっていることもある。

脚注[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]