馬頭観音

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馬頭観音(平安時代、ボストン美術館所蔵)

馬頭観音(ばとうかんのん / めづかんのん)、梵名ハヤグリーヴァ (हयग्रीव [hayagriiva])は、仏教における信仰対象である菩薩の一尊。観音菩薩の変化身(へんげしん)の1つであり、いわゆる「六観音」の一尊にも数えられている。柔和相と憤怒相の二つの相をもち、日本では柔和相の姿はあまり知られておらず作例も少ない。そのため、観音としては珍しい忿怒の姿をとるとも言われ、通例として憤怒相の姿に対しても観音と呼ぶことが多いが、密教では、憤怒相の姿を区別して馬頭明王とも呼び、『大妙金剛経』(大正蔵:№965)[1]に説かれる「八大明王」の一尊にも数える。

概要[編集]

梵名のハヤグリーヴァ(音写:何耶掲梨婆賀野紇哩縛)は「馬の首」の意である。これはヒンドゥー教では最高神ヴィシュヌの異名でもあり、馬頭観音の成立におけるその影響が指摘されている[2]。 他にも「馬頭観音菩薩」、「馬頭観世音菩薩」、「馬頭明王」、「大持力明王」に加え、チベット密教のニンマ派では『八大へールカ法[3][4][5]の「パドマ・スン」(蓮華ヘールカ[6])、一般には「タムディン」(rta mgrin)[7]、「ぺマ・ワンチェン」。中国密教では「馬頭金剛[8]、「大持力金剛」など様々な呼称がある。衆生の無智・煩悩を排除し、諸悪を毀壊する菩薩である。

転輪聖王の宝馬が四方に馳駆して、これを威伏するが如く、生死の大海を跋渉して四魔を催伏する大威勢力・大精進力を表す観音であり、無明の重き障りをまさに大食の馬の如く食らい尽くすというところから、「師子無畏観音」ともいう。

他の観音が女性的で穏やかな表情で表されるのに対し、一般に馬頭観音のみは目尻を吊り上げ、怒髪天を衝き、牙を剥き出した憤怒(ふんぬ)相である。このため、密教では「馬頭明王」と呼ばれて仏の五部で蓮華部の教令輪身(きょうりょうりんじん)であり、すべての観音の憤怒身ともされる[9]。それゆえ柔和相の観音の菩薩部ではなく、憤怒相の守護尊として明王(みょうおう)部に分類されることもある。 また「馬頭」という名称から、民間信仰では馬の守護仏としても祀られる。さらには、馬のみならずあらゆる畜生類を救う観音ともされていて、『六字経』(大正蔵:№1186)[10]を典拠とし、呪詛を鎮めて六道輪廻の衆生を救済するとも言われる「六観音」においては、畜生道を化益する観音とされる。

この観音の柔和相は「赤観音[11]と呼ばれ、チベット密教や中国密教では、「ブンガ・ディオ観音」、「ブンガ・マティ観音」や、「大悲生海赤観音」、「大悲生海観音」、「紅観音」とも呼ばれる。日本では『理趣経』(大正蔵:№243)[12]の第四段と、『理趣釈経』(大正蔵:№1003)[13]に説かれる観音の成仏相である「得自性清浄法性如来[14]がこれに相当し、「赤観音」は、その母尊として「蓮華部母[15][16]や「蓮華空行母」を伴う。チベット密教では一面四臂の赤い姿でヤブユムであり、ネパール密教では一面二臂の単尊が一般的で、中国密教ではその両方が有名である。ネパールでは「赤観音」は建国にかかわる重要な尊格であり、カトマンドゥ盆地でもっとも有名なお祭りの一つに『バタンの山車祭り』というのがあり、「ラト・マチェンドラ・ナート[17]と呼ばれて、マチェンドラ・ナート寺院に祀られた「赤観音」が、4月に始まり6月までの約2ヶ月間掛けてカトマンドゥ盆地を隅々まで練り歩き、仏教徒のみならず、ヒンドゥー教徒にも人気のお祭りとなっている。

赤観音」が馬頭観音であることは、中国密教や唐密において「赤観音」を別名「蓮華王菩薩」と呼び、チベット密教では馬頭明王を「ぺマ・ワンチェン」(蓮華王)と呼ぶことからもわかる。また、その証左ともなる「赤観音」の仏像が既に日本に渡来しており、五智の宝冠を被った観音像で、一面二臂の柔和相で馬頭はなく、正面で馬頭観音のシンボルともなる「根本馬口印」を結んでいて、背中に明代の刻印が見られる[18]

日本では、馬頭観音の柔和相は『覚禅鈔[19]に初出して、四面二臂の異相の馬頭観音であり、この姿は『陀羅尼集経』に説くところと一致している。いわゆる柔和相の馬頭観音として有名なものには福井県中山寺の「馬頭観音像」(三面八臂)[20]や、滋賀県横山神社の「馬頭観音立像」(三面八臂)[21]があり、憤怒相と柔和相の両面を持つものとしては栃木県日光市輪王寺の「馬頭観音像」(三面八臂)[22]も知られている。「赤観音」の名称は日本でも使用されていて、神奈川県岩流瀬(がらせ)の「赤観音」の石仏は、一面二臂の柔和相の馬頭観音であり、また、福島県古殿町松川の石仏は、三面八臂の憤怒相でありながら「赤観音」の名で知られている。異相として、千葉県多古町蓮華堂の「馬頭観音像」は、化仏としての阿弥陀仏を頭上に戴き、馬頭はなく、一面八臂の柔和相で白馬に乗った「赤観音」である。

馬頭観音の石仏については、馬頭の名称から身近な生活の中の「」に結び付けられ、近世以降、民間の信仰に支えられて数多くのものが残されている。また、それらは「山の神」や「駒形神社」、「金精様」とも結びついて、日本独自の馬頭観音への信仰や造形を生み出した[23]

像容[編集]

チベット密教:サムイェー寺の馬頭金剛像

像容は前述のような忿怒相がよく知られていて、体色は赤、頭上に白い色の馬の頭である「白馬頭」や、緑色の馬の頭である「碧馬頭」(あおばとう)[24]を戴き、三面三目八臂[25]とする像が多い。経典によっては馬頭人身の像容等も説かれ、胎蔵界曼荼羅にも描かれるが、日本での仏像の造形例はほとんどない。チベット密教では一面二臂で赤い姿の憤怒相が一般的で、密教では他に一面四臂、三面二臂、三面六臂、三面八臂、四面二臂、四面八臂の像容も存在する。立像が多いが、坐像も散見される。頭上に馬頭を戴き、胸前では馬の口を模した「根本馬口印」という印相を示す。剣や斧、棒などを持ち、また、蓮華のつぼみを持つ例もある。剣は八本の腕のある像に多い。

柔和相である赤観音は、チベット密教では一面二臂か一面四臂が普通であるが、中国密教では多面多臂の赤観音がある。台湾の国立故宮博物院に所蔵されている宋代大理国で張勝温により描かれた『梵像圖』の「六臂観音」と、その『梵像圖』を基に、清代に国師・章嘉呼圖克圖の監修のもと、丁観鵬によって描かれた『法界源流圖』にある「六臂観音」は三面六臂で、中央の顔が柔和相で左右の二面が憤怒相となっており、化仏は阿弥陀仏を戴いているが、ちょうど日本の輪王寺の三面八臂像と反対の構成となっており、赤観音が馬頭観音の柔和相であることがよく分かる例となっている。

石川県・豊財院の木造立像や、福井県・馬居寺(まごじ)の木造坐像は平安時代の後半にまで遡る作例である。また、福岡・観世音寺の木造立像は高さ5メートルに及ぶ大作で、日本の馬頭観音像の代表例と言える。京都・浄瑠璃寺の木造立像は、鎌倉時代の南都仏師らの手になる作例である。

馬頭観音の功徳[編集]

経典・儀軌[編集]

  • 『聖賀野紇哩縛大威怒王立成大神験供養念誦儀』(大正蔵:№1072A)[26]
  • 『聖閻曼徳威王立成大神験念誦法』(異名同経、大正蔵:№1072A)[27]
  • 『馬頭念誦儀軌』(異名同経、大正蔵:№1072A)
  • 『馬頭観音心陀羅尼』(大正蔵:№1072B)
  • 『何耶掲唎婆像法』(大正蔵:№1073)[28]
  • 『何耶掲唎婆観世音菩薩受法壇』(大正蔵:№1074)[29]
  • 『陀羅尼集経』(大正蔵:№901)
  • 『摂無礙大悲心陀羅尼経』(大正蔵:№1067)
  • 『不空羂索神変真言経』(大正蔵:№1092)
  • 『大方広曼殊室利経』(大正蔵:№1101)
  • 『八字文殊軌』(大正蔵:№1184)

真言・三昧耶形・種子・手印[編集]

真言

三昧耶形

  • 「白馬頭」。
  • 「碧馬頭」[30]
  • 三角形の中の「棍棒」。

種子

  • 種子カン(haM)字。

手印

  • 「根本馬口印」[31]

現行のテキスト・次第[編集]

日本

中国

チベット

馬頭観音の石仏・石碑[編集]

馬頭観音の石仏(千葉県)

近世以降は国内の流通が活発化し、馬が移動や荷運びの手段として使われることが多くなった。これに伴い馬が急死した路傍や芝先(馬捨場)などに馬頭観音が多く祀られ、動物への供養塔としての意味合いが強くなっていった。特に、このような例は中馬街道などで見られる。なお、「馬頭観世音」の文字だけ彫られた石碑は、多くが愛馬への供養として祀られたものである。また、千葉県地方では馬に跨った馬頭観音像が多く見られる[32]

現代の日本においては競馬場の近くに祀られていて、レース中や厩舎で亡くなった馬などの供養に用いられている場合もある。また、赤字等で廃止された地方競馬の競馬場では、旧敷地の片隅にあった馬頭観音が撤去されずに残され、かつての競馬場の存在を現在に伝える数少ない痕跡となっていることもある。

寺院[編集]

美術館等[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『大妙金剛経』は、正式名称を『大妙金剛甘露軍孥利焔鬘熾盛金剛経』といい、そこに説かれる「八大明王」は降三世明王大威徳明王大笑明王大輪明王馬頭明王無能勝明王不動明王歩擲明王の八尊となる。一般に真言宗では、「五大明王」に烏枢沙摩明王無能勝明王、馬頭明王の三尊を加えて「八大明王」とするが、天台宗の「五大明王」には烏枢沙摩明王が入っているので、この三尊では八尊とならない。
  2. ^ 『如意輪観音・馬頭観音像』(至文堂)、p54。
  3. ^ 『八大ヘールカ法』は、日本の「八大明王法」に相当する密教の修法で、『大妙金剛経』が漢訳されるのと同時代に、チベット密教ニンマ派の開祖グル・パドマサンバヴァによって直接チベットに伝えられた。『八大ヘールカ法』は、『修部の八教説』(ドゥパ・カギェー:sgruppa bkah bragyad)、または『八大守護尊の体系』(イダム・ドゥパ・カギェー:ydam sgruppa bkah bragyad)とも呼ばれる。ここでいう『八大守護尊』とは、妙吉祥ヘールカ(大威徳明王)・蓮華ヘールカ(馬頭明王)・真実ヘールカ・甘露ヘールカ(甘露軍荼利明王)・金剛橛ヘールカ(プルパ金剛)・殊勝ヘールカ・呪語ヘールカ・世神ヘールカの八尊を指し、日本密教で明王と呼ばれている尊格も登場する。
  4. ^ 「西蔵仏教宗義研究 第三巻 トゥカン『一切宗義』 ニンマ派の章」(東洋文庫)、pp.108-109、p161。
  5. ^ 『大チベット展』(株式会社毎日コミュニケーションズ)、図版 ツ73-1~ツ73-9。
  6. ^ 蓮華部を守る憤怒尊で「蓮華口密」の意味。
  7. ^ 『チベットの仏たち』(方丈出版)、pp.60-64。
  8. ^ 『清宮藏傳佛教文物』(故宮博物院紫禁城出版社)、p106、p224。
  9. ^ 『馬頭観音供』(芝金聲堂)、pp.56-58。
  10. ^ 『六字経』と呼ばれる経典は、日本では奈良時代から信仰され用いられてきた。主に罪を滅し、呪詛の類を退けて、自身と家族の生活を安穏にし、怨敵を退ける目的をもつ陀羅尼や呪法を説くもので、経典は一冊ではなく類書が多い。また、その修法の本尊も「釈迦金輪」・「釈迦金輪曼荼羅」・「六観音」・「六字観音」・「六字明王」等々と一定していない。「釈迦金輪曼荼羅」には種々あるが、このうち『六字経』に関係する釈迦金輪の曼荼羅は、別名『六字経曼荼羅』と呼ばれ、釈迦金輪を中心として六体の観音を描くもので、ここに登場する「六観音」が単独に信仰されるようになり、六観音を円形に描く曼荼羅をも『六字経曼荼羅』呼ばれるようになったことから、『六字経』を離れて「六観音」の信仰が確立したとも言われている。なお、『六字経』と呼ばれる経典には以下のようなものがある。主本は『六字神呪経』(大正蔵:№1186)で、他には『六字呪王経』(大正蔵:№1044)、『六字神呪王経』(大正蔵:№1045)、『六字陀羅尼呪経』(大正蔵:№1046)、『聖六字大明王陀羅尼経』(大正蔵:№1047)が挙げられる。
  11. ^ 『赤観音阿闍梨潅頂次第訳註』(蓮華堂)を参照。
  12. ^ 『理趣経』は、主に日本の真言宗において常用される日課経典で、密教の大楽思想を説く経典である。別名を『大楽金剛不空真実三麼耶経』、あるいは『金剛頂瑜伽般若理趣経』、『大楽金剛不空真実三摩地耶経般若波羅蜜多理趣品』ともいう。
  13. ^ 理趣釈経』は、先に挙げた『理趣経』の注釈書であり、この経典の取り扱いをめぐって空海最澄が袂を分かつことになったことで有名な書物である。別名を『大楽金剛不空真実三昧耶経般若波羅蜜多理趣釈』という。
  14. ^ 「得自性清浄法性如来」は、「蓮華王菩薩」ともいう。
  15. ^ 「蓮華部母」は「蓮華王母」とも言い、如来の五智であるところの『妙観察智』のことを指しており、智慧(プラジュニャー)は梵語で女性名詞となるため、密教では女尊として表現されている。この『妙観察智』は蓮華部を代表する智慧であるため、観音の明妃である「蓮華部母」や、阿弥陀如来の明妃である「白衣観音」に配される。それゆえ日本密教では、馬頭明王があらゆる観音の憤怒相であるので、修法の際には「蓮華部母」の賛嘆文(梵文・漢文)や真言を唱える。
  16. ^ 『馬頭観音供』(芝金聲堂)、p35、p43。『六観音合行供』(芝金聲堂)、p43、p47。
  17. ^ 「ラト・マチェンドラ・ナート」の意味は「ラト」(赤)・「マチェンドラ」(観音)・「ナート」(様)で、「赤観音」を指す。
  18. ^ 千葉県多古町高野山真言宗蓮華堂蔵。
  19. ^ 『覚禅鈔』(かくぜんしょう)は、『覚禅抄』とも表記し、真言宗小野派・金胎房覚禅(1143-1213頃)が編纂した事相の作法と図像集。当時、高野山醍醐寺勧修寺に伝わる資料に加え、「図像抄」や「別尊雑記」等を調べて、別尊法の次第や図録を書き記したもの。当初は、百巻あったともされ「百巻抄」とも呼ばれるが、原本は失われて写本のみが伝わり、写本ごとに内容が異なる。その中で有名なものには「勧修寺本」(かじゅうじぼん)がある。
  20. ^ 『秋季特別展 馬頭観音信仰のひろがり』(馬の博物館)、p38。
  21. ^ 『秋季特別展 馬頭観音信仰のひろがり』(馬の博物館)、p34。
  22. ^ 『秋季特別展 馬頭観音信仰のひろがり』(馬の博物館)、p51。
  23. ^ 大護八郎 著 「馬に関する信仰と馬頭観世音」(『日本の石仏』 季刊第10号 特集・馬頭観世音)、pp.4-10。
  24. ^ 日本では、馬頭観音は「白馬頭」を頭上に戴くが、チベット密教ではサムイェー寺にある尊像の写真のように、「碧馬頭」を頭上に戴くのが一般的である。
  25. ^ 三目は、額に縦に一目を有する。
  26. ^ この経典の読み名は、『せいかやぐりばだいいぬおうりっせいだいしんげんくようねんじゅぎき』となる。
  27. ^ この経典の読み名は、『せいやまんとくいおうりっせいだいしんげんねんじゅほう』となる。
  28. ^ この経典の読み名は、『かやぐりばぞうほう』となる。
  29. ^ この経典の読み名は、『かやぐりばかんぜおんぼさつじゅほうだん』となる。
  30. ^ 『観音像』(至文堂)、p70。
  31. ^ 「根本馬口印」は、別名を「馬頭根本印」、「馬口印」ともいう。
  32. ^ 『房総の馬乗り馬頭観音』(たけしま出版)、pp.14-23。
  33. ^ 『ボストン美術館蔵馬頭明王像』(美術史學會)、pp.140-142。
  34. ^ 『法界源流圖』(商務印書館有限公司)、第37図。

参考文献[編集]

  • 猪川和子 編 『観音像』(日本の美術3:№166)、文化庁東京国立博物館京都国立博物館奈良国立博物館 監修、至文堂、昭和55年(1980年)刊。
  • 井上一稔 著 『如意輪観音・馬頭観音像』(日本の美術5:№312)、文化庁東京国立博物館京都国立博物館奈良国立博物館 監修、至文堂、平成4年(1992年)刊。
  • 根岸競馬記念公苑 学芸部 編 『特別展 馬頭観音』、根岸競馬記念公苑 馬の博物館、昭和57年(1982年)刊。
  • 片山寛明 著 『秋季特別展 馬頭観音信仰のひろがり』、財団法人馬事文化財団 編集、馬事文化財団 馬の博物館 発行、平成4年(1992年)刊。
  • 『馬頭観音供』(六観音供養法)、佛書林 芝金聲堂、平成活字版(刊行年未記載)。
  • 『六観音合行供』(六観音供養法)、佛書林 芝金聲堂、平成活字版(刊行年未記載)。
  • 普方金剛大阿闍梨 口述 『紅観音歴代伝承』、總持寺出版社、民国69年(1980年)刊。
  • 普方金剛大阿闍梨 編著 『紅観音畧軌』、總持寺出版社、民国70年(1981年)刊。
  • 岡坂勝芳 著 『赤観音阿闍梨潅頂次第訳註』(非売品)、蓮華堂出版部、平成26年(2014年)刊。
  • 松下隆章 著 『ボストン美術館蔵馬頭明王像』(「美術史」20 №4)、美術史學會 編、便利堂、昭和31年(1956年)刊。
  • 『日本の石仏』(季刊第10号 特集・馬頭観世音)、日本石仏協会、木耳社、昭和54年(1979年)刊。
  • 『法界源流圖』(解説書共 全2冊)、吉林省博物館 蔵、商務印書館(香港)有限公司、1992年。
  • 平松敏雄 著 「西蔵仏教宗義研究 第三巻 トゥカン『一切宗義』 ニンマ派の章」、東洋文庫、1982年刊。
  • ラマ・ケツン・サンポ・リンポチェ 監修 『大チベット展』、此経敬助 編、株式会社毎日コミュニケーションズ、1983年刊。
  • 故宮博物院 編 『清宮藏傳佛教文物』、故宮博物院紫禁城出版社(中国)、1992年刊。
  • 町田茂 著 『房総の馬乗り馬頭観音』、たけしま出版、平成16年(2004年)刊。
  • 田中公明 著 『チベットの仏たち』、方丈出版 発行、オクターブ 発売、2009年刊。

関連項目[編集]