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神田区

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
かんだく
神田区
廃止日 1947年3月15日
廃止理由 特別区の設置
麹町区神田区千代田区
現在の自治体 千代田区
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 関東地方
都道府県 東京都
総人口 26,436
(人口調査、1945年11月1日)
隣接自治体 本郷区下谷区浅草区
日本橋区、麹町区
神田区役所
所在地 東京都神田区錦町二丁目2番地
座標 北緯35度41分34秒 東経139度45分48秒 / 北緯35.69278度 東経139.76333度 / 35.69278; 139.76333
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神田区(かんだく、旧字体神󠄀田區) は、東京府東京市(後に東京都)にかつて存在したである。1878年明治11年)から1947年昭和22年)までの期間(東京15区及び35区の時代)に存在した。現在の千代田区の一部。

地理

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東京都の東に位置した。北に神田川が、南東に日本橋川が位置し、東京都電車が、区の全域を走る。

隣接していた自治体

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歴史

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区名の由来は、神田による[1]

沿革

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ニコライ堂
  • 1878年(明治11年)11月2日 - 郡区町村編制法施行により、以下の区域をもって東京府神田区が置かれる[注釈 1]区務所は小川町1番地(小川女子学校跡)に置き、11月4日に開庁し事務を開始する[注釈 1]
    後に、神田橋そば(後の東京府高等女学校)へ移転し、区役所へ改称した後、錦町二丁目2番地へ移転する[2]
    • 現存する町丁(区域が若干異なる場合もあり。●は現在「神田」の冠称がつく)
    • 現存しない町丁
      • 一ツ橋通町(現一ツ橋二丁目)
      • 南神保町、北神保町、裏神保町、今川小路一丁目、今川小路二丁目(現神田神保町
      • 表神保町(現神田神保町、神田小川町
      • 西小川町一丁目、西小川町二丁目(現西神田
      • 中猿楽町、裏猿楽町(現神田猿楽町)
      • 猿楽町(丁目なし)、中猿楽町、今川小路三丁目(現神田神保町、西神田)
      • 駿河台南甲賀町、駿河台北甲賀町、駿河台袋町、駿河台東紅梅町、駿河台西紅梅町、駿河台鈴木町(現神田駿河台
      • 三河町三丁目、三河町四丁目、神田関口町(現神田司町二丁目)
      • 神田佐柄木町(現神田小川町、淡路町、神田司町二丁目)
      • 雉子町(現神田小川町、神田司町二丁目)
      • 神田新銀町(現内神田、神田司町二丁目)
      • 神田松下町、神田蝋燭町、神田竪大工町、美土代町一丁目、美土代町二丁目、三河町一丁目、三河町二丁目、皆川町、永富町、旭町(現内神田
      • 神田塗師町、神田上白壁町、神田鍋町、神田下白壁町、神田黒門町、松田町、南乗物町、西今川町、千代田町、新石町(現鍛冶町
      • 神田小柳町、神田平永町、神田元柳原町、神田柳町、連雀町、須田町、通新石町(現神田須田町
      • 神田松枝町、神田大和町、神田材木町、岩本町、東今川町、東福田町、元岩井町、東龍閑町(現岩本町、神田岩本町)
      • 神田久右衛門町、神田富松町、神田元久右衛門町一丁目、神田元久右衛門町二丁目、神田八名川町、神田餌鳥町、橋本町一丁目、橋本町二丁目、橋本町三丁目、江川町、豊島町(現東神田
      • 神田花房町、神田花田町、神田仲町一丁目、神田仲町二丁目、神田旅籠町一丁目、神田旅籠町二丁目、神田旅籠町三丁目、神田山本町、神田栄町、神田元佐久間町、神田亀住町、神田松富町、神田末広町、神田五軒町、神田宮本町、神田同朋町、神田台所町、松住町、金沢町、田代町(現外神田
  • 1881年(明治14年)1月26日 - 松枝大火が発生、神田区に限らず、日本橋区本所区深川区など、約42万1,400平方メートルが焼失した[3]
  • 1882年(明治15年)11月 - 専修学校(現在の専修大学)が中猿楽町に移転する。
  • 1885年(明治18年)
  • 1886年(明治19年)12月 - 明治法律学校(現在の明治大学)が、神田駿河台南甲賀町11に移転する。
  • 1887年(明治20年)2月 - 共立女子職業学校(現在の共立女子大学)が、神田一ツ橋へ移転する。
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 市制施行により、東京府東京市神田区となる。
  • 1890年(明治23年)11月1日 - 秋葉原駅が開業する。
  • 1891年(明治24年)3月8日 - ニコライ堂完成。
  • 1892年(明治25年)4月10日 - 猿楽大火が発生し[4]、区役所を焼失する[2]。4200戸が焼失[5]
    焼失後に区役所は、淡路町二丁目1番地(小川女学校所在)へ移転し、さらに柳原河岸第11号地へ移転した[2]
  • 1894年(明治27年) - 区役所を新築する[2]
  • 1895年(明治28年)
  • 1896年(明治29年)6月 - 日本法律学校が三崎町へ移転する。
  • 1897年(明治30年)4月22日 - 高等商業学校附属外国語学校(現在の東京外国語大学)が、設置される。
  • 1904年(明治37年)12月31日 - 御茶ノ水駅が開業する。
  • 1906年(明治39年)9月24日 - 水道橋駅が開業する。
  • 1907年(明治40年)9月11日 - 電機学校(現在の東京電機大学)が、開校する。
  • 1908年(明治41年)4月19日 - 昌平橋駅が開業する。
  • 1912年(明治45年)4月1日 - 万世橋駅が開業する。
  • 1913年(大正2年)2月20日 - 三崎大火が発生する[4]
  • 1919年(大正8年)3月1日 - 神田駅が開業する。
  • 1923年(大正12年)9月1日 - 関東大震災によりほぼ全滅。
  • 時期不明 - 麹町区飯田町二丁目、飯田町四丁目の各一部を編入(現神田神保町)。
  • 時期不明 - 三崎町三丁目の一部を麹町区に編入(現飯田橋)。
  • 1926年(大正15年)8月30日 - 中央大学が錦町から駿河台南甲賀町6に移転する。
  • 1930年(昭和5年)1月1日 - 末広町駅が開業する。
  • 1936年(昭和11年)4月25日 - 鉄道博物館(現在の交通博物館)が、万世橋駅舎跡地へ移転する。
  • 1943年(昭和18年)
  • 1947年(昭和22年)3月15日 - 特別区への移行のため、麹町区および神田区の区域をもって千代田区が発足[6]
    • 旧神田区の町名には「神田」が冠称された。また、千代田区発足後は神田区役所庁舎が暫定的に千代田区役所本庁舎として利用され、1955年(昭和30年)に九段南新庁舎竣工まで利用された。その後旧神田区役所庁舎跡地には1968年(昭和43年)に前述の東京電機大学神田キャンパスの7号館が建てられ、2012年の大学移転まで利用された。現在はKANDA SQUAREが建っている。

行政

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歴代区長は、歴代区長一覧 - 東京都 (PDF) の神田区の項を参照

地域

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教育

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交通

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鉄道路線

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東京メトロ丸ノ内線日比谷線都営地下鉄三田線首都圏新都市鉄道つくばエクスプレスは未開通。また岩本町駅都営新宿線)、神保町駅東京メトロ半蔵門線・都営新宿線・都営三田線)、淡路町駅(東京メトロ丸ノ内線)、小川町駅(都営新宿線)、新御茶ノ水駅東京メトロ千代田線)は開業していなかった。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事

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出身有名人

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現千代田区の出身有名人については千代田区を参照

脚注

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注釈
  1. ^ a b 同日、東京府布達。
出典
  1. ^ 千代田区の町名の読み方 - 千代田区
  2. ^ a b c d e 宮尾しげを監修『東京名所図会・神田区之部』陸書房、1968年
  3. ^ 災害に学ぶ―明治から現代へ―:国立公文書館”. www.archives.go.jp. 2024年2月27日閲覧。
  4. ^ a b 東京都公文書館編『東京都職制沿革』東京都情報連絡室情報公開部都民情報課、1986年
  5. ^ 神田の大火新聞集成明治編年史第三卷、林泉社、1936-1940
  6. ^ 同年3月5日、東京都告示第127号

関連項目

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外部リンク

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