三輪田学園中学校・高等学校

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Jump to navigation Jump to search
三輪田学園中学校・高等学校
MiwadaGakuen highschool.jpg
国公私立の別 私立学校
設置者 学校法人三輪田学園
設立年月日 1887年
創立者 三輪田眞佐子
共学・別学 女子校
中高一貫教育 完全一貫制
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
学期 3学期制
高校コード 13517J
所在地 102-0073
北緯35度41分40秒 東経139度44分27.6秒 / 北緯35.69444度 東経139.741000度 / 35.69444; 139.741000座標: 北緯35度41分40秒 東経139度44分27.6秒 / 北緯35.69444度 東経139.741000度 / 35.69444; 139.741000
外部リンク 公式サイト
Portal.svg ウィキポータル 教育
Project.svg ウィキプロジェクト 学校
テンプレートを表示
三輪田学園中学校・高等学校の位置(東京都区部および多摩地域内)
三輪田学園中学校・高等学校

三輪田学園中学校・高等学校(みわだがくえんちゅうがっこう・こうとうがっこう)は、東京都千代田区九段北にある私立女子中学校高等学校中高一貫校)。

沿革[編集]

  • 1887年明治20年) 三輪田眞佐子、神田区東松下町に翠松学舎を開校
  • 1902年(明治35年) 三輪田女学校4月1日開校(生徒定員300名)
  • 1903年(明治36年) 三輪田高等女学校となる(5年制生徒定員約400名)
  • 1926年大正15年) 制服が決まる(1年生より着用)
  • 1945年昭和20年) 4月14日、空襲により校舎を全焼
  • 1947年(昭和22年) 学制改革により三輪田学園中学校となる
  • 1948年(昭和23年) 学制改革により三輪田学園高等学校となる
  • 1949年(昭和24年) 三輪田高等女学校廃止
  • 1951年(昭和26年) 私立学校法制定により学校法人三輪田学園となる
  • 1964年(昭和39年) 校外施設「軽井沢追分寮」竣工
  • 1987年(昭和62年) 創立百周年記念式典挙行
  • 2005年平成17年) 新制服となる(1年生より着用)
  • 2006年(平成18年) 新体育館完成
  • 2007年(平成19年) 新特別教室完成

創設者[編集]

三輪田眞佐子(1843-1927)は、津山藩陽明学者・中條侍郎の養女[1]伊予松山藩の儒学者の子・梅野として愛媛県に生まれる[2]馬路村 (京都府)郷士に乞われ同村の私塾「典学舎」で教えていた養父・中條侍郎の代講を早くから務め、1866年(慶応2年)には岩倉具視の内殿侍講になり、1869年(明治2年)に松山出身の尊王派志士の三輪田元綱と宇田栗園の媒酌により結婚、夫の没後、1880年(明治13年)に松山に明倫学舎を開いて門下生を指導するとともに、松山藩の教師も務めた[2]。愛媛県師範学校で教壇に立つなどしたのち1887年に上京し、神田に私塾・翠松学舎を開設し漢学を教える[2]。その後、東京音楽学校の講師などをしながら、日本女子大学の創立に尽力して教授に就任、1902年に、私財を投じて麹町に三輪田女学校を開校、儒教を基本にしながら女子の役割は内助の功にあるとして、『女子教育論』『女子の本分』『新家庭訓』などの著作で良妻賢母教育を提唱した[2]。長年にわたる女子教育に対する功労によって1912年に宝冠章、1927年に瑞宝章を受勲し、84歳で没する[2]

アクセス[編集]

  • 所在地: 東京都千代田区九段北三丁目3-15
※ 道を挟んで隣に法政大学市ヶ谷キャンパスがある。

校歌[編集]

制服[編集]

※ ニットベストあり。

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『南桑田郡誌』p336(京都府教育会南桑田郡部会, 1924)
  2. ^ a b c d e 人間の記録167 三輪田真佐子 日本図書センター、2005

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

脚注[編集]