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東京府東多摩郡の範囲
東多摩郡(ひがしたまぐん)は、東京府にあった郡。
現在の東京都中野区・杉並区にあたる。
隣接していた郡[編集]
郡発足までの沿革[編集]
- 「旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、多摩郡のうち後の当郡域の支配は以下の通り。幕府領は代官・松村忠四郎支配所が管轄。●は村内に寺社領が存在。(32村)
- 慶応4年
- 明治2年
- 明治4年
- 明治5年
- 1月22日(1872年3月1日) – 当郡に相当する区域が神奈川県に移管される。[3]
- 8月19日(1872年9月21日) – 現中野区域12村(中野村・江古田村・上鷺之宮村・雑色村・本郷村・本郷新田・新井村・上高田村・片山村・下鷺之宮村・上沼袋村・下沼袋村)が東京府の管轄に戻る。
- 9月10日(1872年10月12日) – 現杉並区域20村(高円寺村・馬橋村・永福寺村・上荻窪村・下荻窪村・久我山村・上高井戸村・下高井戸村・中高井戸村・田端村・成宗村・和泉村・大宮前新田・松庵村・和田村・上井草村・下井草村・天沼村・阿佐ヶ谷村・堀之内村)が東京府の管轄に戻る。
郡発足以降の沿革[編集]
11.中野村 12.野方村 13.和田堀内村 14.杉並村 15.井荻村 16.高井戸村(赤:中野区 橙:杉並区 1 - 8は南豊島郡)
- 1878年(明治11年)11月2日 - 郡区町村編制法の東京府での施行により、多摩郡のうち東京府に属する区域をもって東多摩郡が発足。郡役所を中野村に設置。
- 1881年(明治14年) - 片山村が江古田村に編入。(31村)
- 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制の施行により以下の村が発足。(6村)
- 中野村 ← 中野村、本郷村、雑色村、本郷新田(現中野区)
- 野方村 ← 江古田村、上高田村、新井村、上沼袋村、下沼袋村、上鷺宮村、下鷺宮村(現中野区)
- 和田堀内村 ← 和田村、堀ノ内村、和泉村、永福寺村(現杉並区)
- 杉並村 ← 高円寺村、馬橋村、阿佐ヶ谷村、天沼村、田端村、成宗村(現杉並区)
- 井荻村 ← 上井草村、下井草村、上荻窪村、下荻窪村(現杉並区)
- 高井戸村 ← 松庵村、久我山村、中高井戸村、上高井戸村、下高井戸村、大宮前新田(現杉並区)
- 1896年(明治29年)4月1日 - 南豊島郡・東多摩郡の区域をもって豊多摩郡が発足。同日東多摩郡廃止。
郡役所[編集]
はじめ中野村に置かれたが、まもなく南豊島郡との連合郡役所(内藤新宿二丁目)となり、次いで1889年12月に淀橋町大字柏木291に移転。
- 1879年(明治12年)2月10日 - 1881年(明治14年)4月26日:梅田義信
- 以降、南豊島郡との連合
- 1881年(明治14年)4月26日 - 1883年(明治16年)7月11日:梅田義信
- 1883年(明治16年)7月11日 - 1886年(明治19年)8月25日:江連堯則
- 1886年(明治19年)8月25日 - 1890年(明治23年)11月7日:益田包義
- 1890年(明治23年)11月7日 - 1896年(明治29年)4月1日:藤井一虎
関連項目[編集]