南足立郡

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東京府南足立郡の範囲

南足立郡(みなみあだちぐん)は、東京府にあった

郡域[編集]

歴史[編集]

郡発足までの沿革[編集]

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での、足立郡のうち後の当郡域は、全域が幕府領で、代官・佐々井半十郎支配所が管轄した。●は村内に寺社領が存在。下記の他に大谷田村新田(大谷田村の一部か)、花又村新田(花又村の一部か)の記載が見られる。千住町は1町と数える。(1町41村)
千住宿北組(千住町の一部)、千住宿中組(千住町の一部)、●本木村、●梅田村、弥五郎新田、小右衛門新田、花又村、内匠新田、次郎左衛門新田、久左衛門新田、辰沼新田、六ツ木村、佐野新田、大谷田村、大谷田村新田(大谷田村の一部か)、長右衛門新田、久右衛門新田、嘉兵衛新田、長左衛門新田、北三谷村、蒲原村、普賢寺村、伊藤谷村、五兵衛新田、保木間村、入谷村、小台村、栗原村、興野村、鹿浜新田、花又村新田(花又村の一部か)、●島根村、●竹ノ塚村、六月村、●宮城村、●西新井村、●伊興村、●沼田村、堀ノ内村、鹿浜村、加々皿沼村、高野村、谷在家村、古千谷村、舎人新田(舎人村、舎人町とも)

郡発足以降の沿革[編集]

1.千住町 2.西新井村 3.江北村 4.舎人村 5.渕江村 6.梅島村 7.綾瀬村 8.東渕江村 9.花畑村(紫:足立区)
  • 1878年(明治11年)
    • 11月2日 - 郡区町村編制法の東京府での施行により、武蔵国足立郡のうち東京府に属する区域をもって南足立郡が発足。郡役所を千住一丁目(千住宿北組のうち)に設置。江戸末期の朱引の内を東京府の管轄とし、それ以外を埼玉県の管轄とした。
    • 千住宿北組が千住北組、千住宿中組が千住中組にそれぞれ改称。
  • 1889年(明治22年)5月1日 - 町村制の施行により、以下の町村が発足。全域が現・足立区。(1町8村)
    • 千住町 ← 千住北組、千住中組
    • 西新井村 ← 本木村、興野村、西新井村
    • 江北村 ← 沼田村、鹿浜村、鹿浜新田、加々皿沼村、高野村、谷在家村、宮城村、小台村、堀之内村
    • 舎人村 ← 舎人村、古千谷村、入谷村
    • 渕江村 ← 保木間村[飛地を除く]、六月村、竹塚村、伊興村
    • 梅島村 ← 梅田村、島根村、栗原村、小右衛門新田
    • 綾瀬村 ← 次郎左衛門新田、弥五郎新田、五兵衛新田、伊藤谷村、保木間村[飛地の字二ツ屋新田]
    • 東渕江村 ← 佐野新田、北三谷村、蒲原村、大谷田村、普賢寺村、長右衛門新田
    • 花畑村 ← 花又村、内匠新田、六ツ木村、久左衞門新田、長左衛門新田、久右衛門新田、嘉兵衛新田、辰沼新田
  • 1899年(明治32年)7月1日
    • 郡制を施行。
    • 渕江村の一部(伊興)が分立して伊興村が発足。(1町9村)
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。残務処理のため郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1928年昭和3年)
  • 1932年(昭和7年)10月1日 - 全域が東京市に編入され、東京市足立区となる。同日南足立郡消滅。東京府では1896年の郡の再編以来、初の郡消滅となった。(荏原郡豊多摩郡北豊島郡南葛飾郡も同日消滅。東京府としては唯一。)

変遷表[編集]

参考文献[編集]

関連項目[編集]

先代:
足立郡
行政区の変遷
1878年 - 1932年
次代:
(消滅)