紀元前3世紀

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千年紀: 紀元前1千年紀
世紀: 前4世紀 - 紀元前3世紀 - 前2世紀
十年紀: 前290年代 前280年代 前270年代 前260年代 前250年代
前240年代 前230年代 前220年代 前210年代 前200年代
の中国統一。秦の始皇帝により春秋戦国の混乱に終止符が打たれ、強力な中央集権体制が進められた。画像は始皇帝陵から出土した兵馬俑の一団。
前漢の建国。秦の統一が15年で破綻すると各地で反乱が相次いだが、項羽らを倒し再び中国をまとめ上げたのが劉邦であり、市井の民から前漢の初代皇帝高祖となった人物である。画像は清の上官周が描いた『晩笑堂画伝』の劉邦の肖像。
アレクサンドリアの大灯台。「世界の七不思議」の一つで、前305年から着工されプトレマイオス2世の治世(前288年 - 前246年)に完成したと伝わる。画像はその再現図。
「瀕死のガリア人」。ヘレニズム時代を代表する彫刻で小アジアのペルガモン国王アッタロス1世がガラティア人(ガリア人)に勝利した記念に作らせたものとされる。画像はローマ時代の模造でカピトリーノ美術館に所蔵されている。
ハンニバルアルプス越え。第二次ポエニ戦争ではカルタゴ側の将軍ハンニバルが巧みな軍略でローマ軍を翻弄した。イベリア半島から遠路はるばるアルプスを象で越え油断していたローマの背後を不意打ちしたことで有名である。
アルキメデスシラクサヒエロン2世に仕えた学者で、風呂に入ってる途中で王冠の真贋を見極める方法を発見したなど逸話に事欠かない。画像は紀元後2世紀のモザイク画でローマの兵士に殺害される寸前のアルキメデスを描いている。
ロドス島の巨像。ロドス島住民がプトレマイオス朝に与しセレウコス朝を退散させた記念にリンドスのカレスによって作られた太陽神ヘリオスの青銅の像で「世界の七不思議」の一つでもあった。画像はその再現画。
マウリア朝アショーカ王。最初のインド統一を果たしたアショーカ王は仏教の興隆にも力を尽くした。画像はサーンチーの第一ストゥーパ(仏塔)でアショーカ王の時代に建立されシュンガ朝・アーンドラ朝で拡張された。仏塔の前に立つトーラナ(塔門)には獅子像がある。
グレコ・バクトリア王国。アレクサンドロス大王の東方遠征の残留ギリシア人によりこの王国は現在のアフガニスタンに建国された。画像はアイ・ハヌム遺跡から出土した日時計でインド天文学の影響が窺われる。
パジリク古墳群。ロシア連邦アルタイ共和国にあるスキタイ文化の影響を受けた騎馬民族の古墳で、入れ墨をした遺体と数多くの副葬品が出土した。画像は古墳の壁面覆いの「乗馬する男」。

紀元前3世紀(きげんぜんさんせいき)は、西暦による紀元前300年から紀元前201年までの100年間を指す世紀

できごと[編集]

日本(弥生時代)[編集]

中国(周・戦国時代から秦・前漢)[編集]

北アジア[編集]

東南アジア[編集]

南アジア[編集]

中央アジア・西アジア[編集]

地中海世界[編集]

ローマ[編集]

ギリシア・小アジア[編集]

エジプト・シリア[編集]

中央ヨーロッパ・北ヨーロッパ[編集]

人物[編集]

中国と周辺諸国[編集]

地中海世界[編集]

ヘレニズム諸国家とギリシア[編集]

共和政ローマとカルタゴ[編集]

南アジア・西アジア[編集]


フィクションのできごと[編集]

  • 紀元前246年 - 天下の大将軍を夢見る戦災孤児の信のもとに、弟の成蟜に位を奪われた若き秦王嬴政が逃れてくる、秦王の顔立ちは信のかけがえのない友人漂と瓜二つであった。この運命的な出会いから、中国統一の大きな野望と戦いが繰り広げられることになる(原泰久の漫画『キングダム』)。
  • 紀元前241年以降 - 第一次ポエニ戦争に敗北したカルタゴでは各地で反乱が勃発する。ハミルカル・バルカの娘で神殿の巫女サランボーは、反乱軍に奪われた聖なる布を返還してもらうべく反乱軍指導者マトーのもとを訪れる(ギュスターヴ・フロベールの小説『サランボー』)。
  • 紀元前214年以降 - 北方の遊牧民から中国を守るべく、皇帝の命により万里の長城の建設が始まったのは、「私」が初等教育を終えたその年のことであった。以来、いつ果てるとも知れぬ終わりなき工事が、延々と続いている。すでに皇帝の命であるとか遊牧民を抑え込むといった目的から逸脱し、何のためのものなのか誰もが知らぬままそれでも工事は更に続く(フランツ・カフカ『万里の長城』)。

脚注[編集]

注釈

出典

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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