紀元前210年

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紀元前210年

他の紀年法[編集]

できごと[編集]

地中海[編集]

中国[編集]

  • 始皇帝が巡行に出立した。左丞相李斯が従い、右丞相の馮去疾咸陽の留守をつとめた。末子の胡亥が随行した。
  • 始皇帝が雲夢に到着し、九疑山を望んで虞舜の墓を祀った。長江を舟で下り、藉柯を観賞し、海渚を渡って、丹陽を過ぎ、銭唐にいたって、浙江に臨んだ。水波が高かったので、西に120里の陿中から南に渡った。会稽山に登って、大禹を祭り、南海を望んで、頌徳碑を建てた。帰途につき、を過ぎ、江乗から長江を渡り、海岸に沿って、北方の琅邪に入った。海神と戦う夢を見て、之罘で巨魚を射殺した。海岸に沿って西に向かい、平原津で病気にかかった。7月、沙丘の平台で死去した。
  • 始皇帝の死は秘密にされ、李斯や趙高が始皇帝の遺詔を偽造し、胡亥を二世皇帝に擁立した。
  • 始皇帝の長男の扶蘇は偽造された遺詔の命ずるままに自殺したが、蒙恬は死なず、陽周の獄に入れられた。二世皇帝に重ねて死を命じられて、蒙恬は獄中で毒を仰いで死去した。
  • 9月、始皇帝が驪山に葬られた。

誕生[編集]

死去[編集]