ビザンチウムのフィロン

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ビザンチウムのフィロン紀元前260年 - 紀元前180年)は古代ギリシア数学者にして旅行家である。紀元前225年ごろに「世界の七不思議」を提案した[1]。古代の「世界の七不思議」の一つである「アレクサンドリアの大灯台」が、まだ建造されていなかったので、フィロンは、その代わりに「バビロンの城壁」を入れていた。紀元前5世紀、ギリシアの歴史家ヘロドトスが、7つの驚異的な建造物を「世界の七不思議」と名付けたのが、七不思議の最初といわれている。

クテシビオスの弟子で、発明家のビザンチウムのフィロン英語版とは別人物である[2][3][4]

脚注[編集]

  1. ^ ラッセル・アッシュ著『図説・世界の七不思議』(東京書籍)
  2. ^ "Philo of Byzantium." Complete Dictionary of Scientific Biography. . Retrieved December 03, 2016 from Encyclopedia.com: http://www.encyclopedia.com/science/dictionaries-thesauruses-pictures-and-press-releases/philo-byzantium
  3. ^ フィロン(ビザンチンの)”. 古代アレクサンドリア探訪. Bibliotheca Alexandrina Construction. 2016年12月3日閲覧。
  4. ^ 蒲久男 『絵とき「ばね」基礎のきそ』 日刊工業新聞社、2008年、初版、10頁。ISBN 978-4-526-06112-7