紀元前9世紀

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千年紀: 紀元前1千年紀
世紀: 前10世紀 - 紀元前9世紀 - 前8世紀
カルタゴを建設するディド」(ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナー画)。ディドは伝承上のカルタゴの女王。
ラマッス(人頭有翼牡牛)像。アッシリア帝国の都ニムルドでは宮殿などの入り口を守護するものとしてラマッスの巨大な像が建てられた。画像はメトロポリタン美術館のラマッス。
西周の宣王。父の厲王が流謫の果てに死んだのちに王となり中興の英主と呼ばれた。画像は異民族の儼允を討った虢季子を称えて宣王が作らせた銘文が残る「虢季子白盤(中国国家博物館蔵)」。

紀元前9世紀(きげんぜんきゅうせいき)は、西暦による紀元前900年から紀元前801年までの100年間を指す世紀。この項目では、国際的な視点に基づいた紀元前9世紀について記載する。

できごと[編集]

紀元前900年代[編集]

紀元前880年代[編集]

紀元前870年代[編集]

紀元前860年代[編集]

紀元前850年代[編集]

紀元前840年代[編集]

  • 紀元前843年頃 - アラム系ダマスクスの王ハザエル王が即位。
    • イスラエル北部で出土したテル・ダン石碑はこの王によるものであり、旧約聖書以外の考古資料としてダヴィデ家について言及している。
  • 紀元前842年頃 - 北イスラエル王ヨラムを倒したイエフが王となり、バアル神信仰を禁止する。
  • 紀元前841年
    • 厲王が国人に追放され、彘(山西省霍県)に亡命する。
      • 周王の不在により共和政治が行われる( - 紀元前828年)。『史記』の年表はこの年より始まる。
    • アッシリア王シャルマネセル3世が北イスラエル王イエフを屈服させる。

紀元前830年代[編集]

  • 紀元前833年頃 - ウラルトゥ王サルドゥリ1世がアルザシュクンからトゥシュパ(ヴァン)に遷都する。
  • 紀元前830年頃 - アラム人の王ハザエルがペリシテ人の都市ガト(テル・アル・サフィ遺跡)を陥落させる。

紀元前820年代[編集]

  • 紀元前828年 - 周の厲王が死去し、宣王が即位する(周の中興)。
    • 「毛公鼎(台北故宮博物院蔵)」が鋳造される。宣王が叔父の毛公を褒め称えた銘文が残る。
  • 紀元前827年
    • シャルマネセル3世の王子アッシュール・ダイン・アピルが反乱を起こしアッシリアが一時弱体化。
    • 現在のチュニスの近くの港にフェニキア人によってカルタゴが建設される。

紀元前810年代[編集]

  • 紀元前818年 - エジプトで第22王朝の弱体化とともに王族ペディバステトが独立し23王朝が始まる。
  • 紀元前816年 - 周の宣王が虢季子白に命じて洛河の北方にて儼允を攻撃。
    • 「虢季子白盤(北京中国国家博物館蔵)」が鋳造される。虢季子白が儼允に勝利したことを称えた銘文が残る。
  • 紀元前812年 - 晋の献侯が死去。その墓に「晋侯蘇編鐘(上海博物館蔵)」が副葬された。

紀元前800年代[編集]

  • 紀元前806年 - 周の宣王が弟の王子友をの(桓公)として封じる。
  • 紀元前800年頃 - イベリア半島ギリシア人とフェニキア人の交易が始まる。

人物[編集]

中国[編集]

  • 懿王(在位前900年 - 前892年) - の第7代王
  • 厲王(在位前857年 - 前842年) - 周の第10代王
  • 宣王(在位前842年 - 前782年) - 周の第11代王
  • 共伯和(紀元前9世紀) - 周の政治家・厲王が逃亡し宣王が即位するまでの間に政務を行った
  • 尹吉甫(紀元前9世紀) - 周の政治家・詩人・宣王に仕え『詩経』詩編をまとめる

西アジア[編集]

北アフリカ[編集]

脚注[編集]

注釈

出典

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参考文献[編集]

関連項目[編集]