私はピアノ

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私はピアノ
サザンオールスターズ楽曲
収録アルバム タイニイ・バブルス
リリース 1980年3月21日
規格 LP
CD(再発)
デジタル・ダウンロード
録音 1980年1月10日 - 3月2日
ジャンル ロック
レーベル Invitation
タイシタレーベル(再発)
作詞者 桑田佳祐
作曲者 桑田佳祐
プロデュース 高垣健
Burining Publishers
その他収録アルバム
バラッド '77〜'821982年
高田みづえ(1980年)
Hey! Ryudo! (ヘイ! リュード!)
(3)
私はピアノ
(4)
涙のアベニュー
(5)

私はピアノ」(わたしはピアノ)は、1980年に発表されたサザンオールスターズの楽曲。アルバム『タイニイ・バブルス』の4曲目に収録された。作詞・作曲は桑田佳祐、編曲はサザンオールスターズ、弦管編曲は八木正生による。ボーカルは原由子が担当した。

高田みづえによってカバーされ、同年にシングルが発売された。

解説[編集]

キーボーディスト原由子が初めてリードボーカルを担当した楽曲。サザンがかねてから得意としている歌謡曲を意識した作品である。歌詞には原が敬愛するラリー・カールトンビリー・ジョエルが登場する。曲自体は ザ・ピーナッツ 、途中の掛け合いはハナ肇とクレージーキャッツを意識したもので、「シャボン玉ホリデー」やナベプロへのオマージュであるとしている。桑田によると当時、自身が表立ってナベプロを意識したパロディー作品を歌うことができなかったため、原をメインボーカルにしたという[1]

他のアルバムでは『バラッド '77〜'82』に収録されている。2011年に発売されたチーム・アミューズ‼︎のシングル「Let's try again」では、メドレーの一曲として原とPerfumeが「私はピアノ」を歌っている。

高田みづえのシングル[編集]

私はピアノ
高田みづえシングル
初出アルバム『イマジネーション』
B面 帰郷
リリース
ジャンル アイドル歌謡
レーベル テイチクレコード
作詞・作曲 桑田佳祐
ゴールドディスク
チャート最高順位
高田みづえ シングル 年表
どうして私を愛したのですか
(1980年)
私はピアノ
1980年
愛のイマジネーション
1981年
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高田みづえの「私はピアノ」は、12枚目のシングルとしてテイチクレコード(ユニオンレコードレーベル、現・テイチクエンタテインメント)から1980年7月25日に発売された。

当初は弘田三枝子がシングル発売する予定で、アレンジ、歌の仮録音まで済まされていた。しかし高田サイドから「この曲をどうしても歌いたいので」と申し出が入り、弘田側が譲ったいきさつがあるという。

この曲で高田は「花しぐれ」以来、8作ぶりにオリコンTOP10入りを果たし、最高位は3位まで上昇した。また、シングル売上も50万枚近い記録となり、高田の最大のヒット曲となった。TBS系『ザ・ベストテン』でも、「花しぐれ」以来2年半ぶりにランクインとなった。さらに1980年末の『第31回NHK紅白歌合戦』へも、同曲で2年ぶり3回目のカムバック出場を果たした。

ちなみに高田がその後、オリコンTOP10及び『ザ・ベストテン』にランクインされるのは、3年後の1983年、同じく桑田佳祐が作詞・作曲の「そんなヒロシに騙されて」によってであった。

高田は1985年6月に歌手業を含めた芸能界を引退するが、2015年8月放映のNHK思い出のメロディー」にて30年振りに一夜限りの復活で、当曲とデビュー・シングル「硝子坂」の2曲を歌唱披露した。

なお、オリジナルでは2番の中ほどにあるボーカルとバッキングの「掛け合い」は、高田版では省かれている。

B面「帰郷」は、フランク・ミルズインストゥルメンタル曲「The Poet and I」に日本語詞をつけたカヴァー曲である。高田は1979年に同じくミルズのカヴァー曲「潮騒のメロディー」をシングル発売している。

収録曲[編集]

  1. 私はピアノ
    作詞・作曲:桑田佳祐 編曲:松井忠重
  2. 帰郷
    作詞:たかたかし 作曲:Frank Mills 編曲:田辺信一

その他のカバー[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 「ハラッド」特設サイト 桑田佳祐が“原 由子”を語るひととき
  2. ^ a b オリコンランキング情報サービス「you大樹」

外部リンク[編集]