リヴィン

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LIVINリヴィン)とは、西友が運営する大型店舗のこと。もともとは「西武」と名乗っていた百貨店型店舗が多い[1]。展開当初は「新生活百貨店」と銘打っていた。

目次

[編集] 概要

[編集] 西友運営の西武店

かつてセゾングループに属していた西友は、同じセゾンの「西武百貨店」の名称・意匠を借りた「西武」の名称で、高級大型店(百貨店業態)を運営していた。西武百貨店と同一の制服や包装紙を採用するなどして高級感を演出し、実際に百貨店級の商品を扱ったりするなど、「スーパーマーケットの西友」とは一線を画した。

「脱大衆消費」を掲げ、上質かつ洗練されたイメージ作りに奔走していた、往年のセゾングループらしい戦略といえる。ただしこれらの店舗の実態は「西武を名乗った西友」という擬似百貨店であり、グループ内でも「百貨店ではない百貨店」[2]という曖昧な位置づけにあった。

バブル期まではネームバリューを持つ百貨店ブランドが価値をもち、消費者側も高級感を求めてそれを望むという時代のムードがあった。集客を呼び込む駅前の「箱モノ」として歓迎された事もあり、店舗は各地に増えていった。そして一応は全国に西武網ができあがった。また、光が丘西武店や春日井西武店などのような郊外型店舗や、「ザ・モール」内のキーテナントとして西武店が出店したこともあった。

1994年2月には西武店舗を運営する百貨店事業部と大型店事業部(西友のGMS運営)が統合して「SEIBU事業部」が発足。同時に仕入れも各西武店舗での個別仕入れから、西友店舗と同じ仕入れに切り替え、商品構成もGMSと百貨店との中間グレード狙った店舗を目指した。同じ年の4月にはその一貫としてザ・モール姫路のキーテナントに姫路西武店を出店、6月にはGMS店舗だった西友オズ大泉店を西武店へ業態転換させた。

[編集] 新生活百貨店・LIVINへの改称

しかしバブル崩壊後には、セゾンの戦略は行き詰まり、消費者の意識も変化。百貨店への幻想は崩れ去り、代わりに台頭してきたのが、イオンに代表される実用的な郊外型ショッピングセンターであった。そのため、西友が運営する西武店の各店舗も不振が目立ち始め、当時「東京シティファイナンス」での不良債権などを抱えていたこともあり、西友本体の経営の足を引っ張ることとなった。

また、西友は元々スーパーマーケットに属しているため、西武百貨店では使用できる日本百貨店協会発行の「全国百貨店共通商品券」が西武店では使用できなかったり、1996年6月に西武百貨店が独自のポイントプログラムである「クラブ・オン」メンバーズシステムを導入し、西友は導入しなかったため、首都圏を中心に西武百貨店が多く存在する地域において西武店で「クラブ・オン」が使用できないなど顧客に対して運営上の不具合を生じた。

そこで、時代の変化にあわせた形で「擬似西武」も店名を変更することとなり、「西武」を名乗っていた西友店舗は、1998年10月の光が丘西武店からリヴィン光が丘店を皮切りに、2000年9月までに西友側が「ニューGMS」業態として開発した「LIVIN(リヴィン)」へと改称していった[3]。改称に伴い、店舗の看板から制服・包装紙もLIVIN店舗独自のものに変更された[4]

[編集] 現在

西友にはかつて百貨店事業部が存在し運営されてきたが、1994年2月には大型店事業部と統合して「SEIBU事業部」が発足。LIVIN改称前後には「LIVIN運営部」に名称が変わったものの、現在はウォルマート傘下(後に子会社化)になった影響もあり、各地域の運営部が運営に当たっている。

そのためか、通常の西友店舗とは別の扱いではあるが、現在は名称や一部銘店売り場や衣料品テナントを入れている以外は殆ど差異は無い(イトーヨーカ堂が運営するエスパの例に近似)。ザ・モール内店舗でもLIVINとザ・モール部分の区別がない。 特によこすか店では、2009年11月にウォルマート流の実験的店舗として全面的に改装される。

[編集] 店舗

クレジットカードセゾンカード(あるいはウォルマートカード)をハウスカードとしている。そのため、リヴィン各店には必ず「セゾンカウンター」が設置されている。

なお、日本百貨店協会の会員ではないため、全国百貨店共通商品券の利用はできない。その代わりに商品券として「LIVIN商品券」が発行されていた(西武店時代には西友発行の「SEIBU商品券」が発行されていたが、2006年9月以降は西武百貨店やパルコなどでは使用できなくなっている[5])。

店舗は現在、郡山、錦糸町、光が丘、田無、OZ大泉、みずほ、よこすか、春日井姫路に存在する。このうち、郡山・みずほ・春日井・姫路はザ・モール内に存在する。

西友経営の西武店はこのほかにも、かつて旭川、函館、ほんきん西武、水戸、前橋、藤沢、富山、小松甲府、上田、宝塚、小倉も存在した。このうち旭川西武店、富山西武店は1982年に、ほんきん西武店は1988年(現在は西武秋田店)、函館西武店・小松西武店は1990年前後に西武百貨店の経営に変更され(函館・富山・小松はその後閉鎖)、藤沢西武店は1997年、甲府西武店は1998年2月のLIVIN移行前に、前橋店は2004年1月、宝塚店は2006年6月、水戸店と上田店は2009年3月、LIVIN移行後それぞれ閉鎖された。 ザ・モール小倉内にあった小倉西武店はLIVINに移行せず、現在西友小倉店として営業中である。 藤沢は、元々は地場資本のデパート・志澤藤沢店であったが、志澤が西武百貨店と提携した関係もあり、1978年9月に西友経営の西武店に移行している。

厳密に西武店ではないが、ams西武三軒茶屋店も、西武クレジット(現在のクレディセゾン)から西友に業務委託された店舗だったため、西友経営の店舗であった。1998年9月には、LIVINに移行せず、西友三軒茶屋店に改称している。

仙台にも、1991年に当時の地場スーパーであるエンドーチェーン(後の東北西友→西友本体に吸収)[6]との業務委託もあり、同社の基幹店であった仙台駅前店を百貨店事業部が業務委託を受ける形で、「SEIYO仙台店(セイヨー)」[7]として営業(1997年7月閉鎖)。包装紙・制服はSEIYO独自だった。跡地はEBeanS

[編集] オズ大泉店

LIVINオズ大泉店(2010年6月6日撮影)

オズ大泉店(OZ大泉店)は、東映東京撮影所にあったオープンセットの敷地を再開発する形で建設し、1983年4月に東映のショッピングセンター・プラッツ大泉のキーテナントとして「西友オズ大泉店」が開店[8](当時としては西友でも規模の大きい店舗であった)。1994年6月9日に「オズ大泉西武」店に、1999年4月24日に現在のLIVINへと業態転換している。ちなみに、練馬区内にはLIVIN店舗が光が丘店と2店存在する。

オズ大泉店周辺には、店舗の正面には前述の通り東映東京撮影所とシネマコンプレックスT・ジョイ大泉の入ったOZ STUDIO CITY、店舗の右側には東映アニメーションの本社が存在する。

あずまきよひこの漫画作品「よつばと!」1巻の第5話などでは同店を模したデパートが登場しており、同店の南側入り口やエスカレーターなどが忠実に描かれている。

[編集] 錦糸町店

LIVIN錦糸町店(左側の青い看板)

錦糸町店(きんしちょう-)は東京楽天地の楽天地ビルの再開発時のキーテナントとして誘致。地元商店街側から百貨店業態での出店を要望したこともあり[9]、1986年11月5日に「錦糸町西武」店として開店。同時に、西友・西武百貨店と東京楽天地との合弁会社及び運営会社である株式会社錦糸町西武も設立された(ただし、出資比率は店舗運営の西友より、西武百貨店が高かった)。

運営会社の錦糸町西武は、1991年6月に西武百貨店八王子店の運営会社であった株式会社八王子西武と合併し、実質西友経営に移管した上で八王子西武も店舗運営した(1993年8月閉鎖)。

その後、株式会社錦糸町西武は1997年3月をもって西友本体に吸収され、1999年6月に現在のLIVINに業態転換した。

錦糸町店は楽天地ビルに同居する形となっており、LIVINのフロアと楽天地側のテナントが、ビル内に分けられて併設されている(エレベーターもLIVINとは別に楽天地側に設置)。

[編集] 郡山店

郡山店(こおりやま-)は郡山市駅前一丁目に1975年9月に東邦精麦郡山駅前ビルのキーテナントとして開業した「西友郡山店」が前身。翌年11月に「郡山西武」店として業態転換した。郡山西武店は2000年10月に撤退し、LIVIN業態として、同市旧市街地のはずれに位置する長者一丁目の日東紡郡山第二工場跡に2000年11月に開店した「ザ・モール郡山」の核店舗として移転開店している。

入居していた同ビルは、2001年5月にオーナーである東邦精麦開設・西友運営[10]のファッションビル「アティ郡山」に生まれ変わったが、2011年に西友側のテナント運営を満了したことに伴って経営から手を引くこととなり、ヨドバシカメラなどが入居するビルとして2011年秋にリニューアルオープンした[11]。また、しばらくの間地階に「西友郡山アティ食品館」としてSM業態を出店したが再撤退した。

[編集] 田無店

LIVIN田無店

田無店(たなし-)は1995年6月まで田無駅北口にあった西友田無店とは別に、同年3月に「田無西武」店としてオープンした。その後、1999年2月に田無西武店は現在のLIVINへ業態転換している。1F-3Fはアスタ専門店街とつながっている。

このアスタには、イトーヨーカドーが衣料品のみの店舗を出店している。

田無西武店オープン後もしばらくは西友田無店と並存していた。

[編集] 春日井店

春日井店(かすがい-)は、「春日井西武」店として「ザ・モール春日井」(旧・西武春日井ショッピングセンター)の核店舗として1977年に開業、2000年5月に現在のLIVINに業態変更した。なお、春日井店はザ・モールの1号店にあたる。

[編集] 脚注

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  1. ^ 前述のとおり西武百貨店と同一の名称・意匠ではあるが、西武百貨店の店舗ではなく西友の店舗である。その違いとして、英字の「SEIBU」のロゴの真ん中の「I」が、西武百貨店の店舗では赤色か青色の看板であるのに対して、西友経営の西武店の店舗では緑色の看板であった。ただし、西武店展開当初は西武百貨店と同じ赤色であった。
  2. ^ このようなスーパー経営の百貨店店舗は、ダイエーの「プランタン」、イトーヨーカドーの「ロビンソン百貨店」、イオンの「ボンベルタ」などが挙げられる。
  3. ^ 最終的に、2000年9月に水戸西武店や前橋西武店がリヴィンへと改称し、2000年10月の郡山西武店の閉店を持って「西武」店は消滅した
  4. ^ レジ袋は、2007年に西友と同じ無地のデザインに統合。紙袋と包装紙は従来通り。
  5. ^ 逆にリヴィン(西武店)ではかつて、西武百貨店商品券や同百貨店のセゾンクラブ(現:そごう・西武友の会)お買い物券などセゾングループ関連各社の券が使用できたが、現在は同グループ解体に伴い使用できない場合がある。
  6. ^ 現在の株式会社「エンドーチェーン」は、EBeanSの管理運営や不動産賃貸業を営むエステートエンドーから社名を変更した会社。
  7. ^ 当初は百貨店事業部店舗同様「仙台西武」店を仮称としていたが、ams西武仙台店は三軒茶屋店とは違い西武百貨店が業務委託・運営をしていたり、また同百貨店が仙台に進出する計画もあったため名称を使用できず、セゾングループ内の一部で使われていた「西洋」を店名に据えた。
  8. ^ この当時は、西友ストアーから西友に社名変更される直前で、ロゴマークも変更前であるが、開店当初から現行のロゴを塔屋看板を中心に使われていた。
  9. ^ 1997年2月27日「日経流通新聞(現・日経MJ)」記事より
  10. ^ 2004年から2008年までは一部フロアを丹青社の子会社丹青モールマネジメントに運営管理の委託を行っていた。
  11. ^ ただし、2011年3月11日に発生した東日本大震災で、建築から35年を経過したビルに大きく損害が出たため、秋のリニューアルグランドオープンまで全館閉店となっていた

[編集] 関連項目

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