鈴木武蔵

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鈴木 武蔵 Football pictogram.svg
名前
愛称 鈴木さん、武蔵
カタカナ スズキ ムサシ
ラテン文字 SUZUKI Musashi
基本情報
国籍 日本の旗 日本
生年月日 (1994-02-11) 1994年2月11日(23歳)
出身地 群馬県太田市
身長 185cm
体重 75kg
選手情報
在籍チーム 日本の旗 松本山雅FC
ポジション FW
背番号 50
利き足 右足
クラブ1
クラブ 出場 (得点)
2012- アルビレックス新潟 97 (7)
2014-2015 Jリーグ・アンダー22選抜 3 (0)
2015 水戸ホーリーホック (Loan) 6 (2)
2017- 松本山雅FC (Loan)
1. 国内リーグ戦に限る。2017年8月17日現在。
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

鈴木 武蔵(すずき むさし、1994年2月11日 - )は、群馬県太田市出身(出生地はジャマイカ[1])のプロサッカー選手Jリーグ松本山雅FC所属。ポジションフォワード

ジャマイカ人の父と日本人の母を持つ[1]

来歴[編集]

プロ入り前[編集]

中学時代はFCおおたジュニアユースの初代団員として活躍。

桐生第一高等学校に進学後、あまりに荒削りなプレーを見かねた小林勉総監督から徹底的な基礎練習を命じられ、1年生の頃は全く公式戦に出場しなかった[1]

2011年末、第90回全国高等学校サッカー選手権大会群馬県大会決勝で5連覇中だった前橋育英高等学校を下し、全国大会に出場。初戦島根県立大社高等学校戦でハットトリックを達成するなど、初出場ながらベスト8まで進出したチームの躍進を支え、大会優秀選手に選出された。

アルビレックス新潟[編集]

2012年アルビレックス新潟に入団。背番号は、かつて船越優蔵が着けていた「28」を与えられた。リーグ開幕直前に右膝半月板を損傷し出遅れたものの[2]4月4日ヤマザキナビスコカップ清水エスパルス戦で公式戦デビュー。グループリーグ最終節大宮アルディージャ戦では、0-3からの大逆転劇を締めくくる決勝ゴールを決め、公式戦初得点を記録した[3]2013年、開幕直後に左足関節を捻挫し[4]、約2ヶ月間の離脱を余儀なくされたが、復帰初戦となったJ1第13節川崎フロンターレ戦でリーグ戦初得点を記録した。

2014年2月、新潟所属のまま、同年から開幕したJ3に参戦するJリーグ・アンダー22選抜に選手登録された[5]

2015年8月3日水戸ホーリーホックへの期限付き移籍が発表された[6]が、2016年アルビレックス新潟に復帰[7]

2017年8月17日松本山雅FCへの期限付き移籍を発表[8]

日本代表[編集]

2010年、小林の「面白いやつがいるから見てみてよ」という進言により[1]吉武博文監督率いるU-16日本代表に選出され、国際ユースサッカーin新潟に出場。それまでは無名の選手であったにも関わらず、3試合で3得点を挙げる大活躍を見せ、一躍注目を浴びた[9]

2011年FIFA U-17ワールドカップ直前のスロバキア遠征で肋骨2本と腰椎を骨折する大怪我を負ったが[10]、本大会を戦うU-17日本代表に選出され、計4試合に出場。得点こそなかったものの、爆発的なスピードで対戦国の選手を圧倒し[1]、自国開催だった1993年大会以来となる18年ぶりのベスト8進出に貢献した。 2012年、U-19日本代表に選出され、AFC U-22アジアカップ予選に参加。第1戦マカオ戦でハットトリックを達成し勝利に貢献したが、この試合で左足関節脱臼骨折の重症を負い全治4ヶ月と診断され[11]、残りシーズンの大半を棒に振った。

2013年U-20日本代表の一員として参加した第6回東アジア競技大会では、3試合3得点の活躍で日本の銅メダル獲得に貢献した。

2016年、リオ五輪最終予選兼AFC U-23選手権2016のメンバーに選出。グループリーグ第2戦のU-23タイ代表戦では決勝トーナメント進出を決める貴重な先制点を挙げた。7月3日、リオデジャネイロオリンピックのメンバーである久保裕也がクラブとの兼ね合いで代表を辞退して、バックアップメンバーの鈴木が追加招集された[12]。初戦のナイジェリア戦では途中出場で得点を挙げた[13]。2試合1得点と結果を残したが、チームはグループリーグ敗退となった。

人物・エピソード[編集]

  • 『武蔵』という名前は、鈴木の母が「武士のように強く生きてほしい」という思いから名付けたもので、鈴木本人も「一番好きですし格好いい」と気に入っている[10][14]
  • 高校生の時点で50m走のタイムは5秒9だった[14]。また体力測定で垂直跳びを行った際は、測定機器の限界値である90cmをオーバーし測定不能となった[14][注 1]
  • 自他共に認める目立ちたがり屋であり[14]テレビ朝日やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜』に出演した際は高田明ジャパネットたかた社長)や前田敦子物真似を披露し、MCの矢部浩之から好評を得た[15]。劇的なJ1残留を決めた2012年のリーグ最終節終了後、客席の前で唐突に高田社長の物真似を行いサポーターを笑わせたが[16]、翌年の最終節終了後も同じ物真似をしたところ前年ほどの反応は得られず「2年連続のジャパネットのモノマネはさすがにうけなかったので、新しいの考えます」と反省していた[17]

所属クラブ[編集]

ユース経歴
プロ経歴

個人成績[編集]

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 リーグ杯 オープン杯 期間通算
出場 得点 出場 得点 出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 リーグ杯 天皇杯 期間通算
2012 新潟 28 J1 9 0 3 1 0 0 12 1
2013 15 2 2 0 1 0 18 2
2014 29 3 6 3 2 3 37 9
2015 19 13 1 2 0 - 15 1
水戸 40 J2 6 2 - 3 1 9 3
2016 新潟 19 J1 14 0 1 1 3 0 18 1
2017 49 17 1 5 0 2 0 24 1
松本 50 J2 -
通算 日本 J1 97 7 19 5 8 3 124 15
日本 J2 6 2 - 3 1 9 3
総通算 103 9 19 5 11 4 133 18

その他の公式戦

国内大会個人成績
年度 クラブ 背番号 リーグ リーグ戦 期間通算
出場 得点 出場 得点
日本 リーグ戦 期間通算
2014 J-22 - J3 1 0 1 0
2015 2 0 2 0
通算 日本 J3 3 0 3 0
総通算 3 0 3 0

タイトル[編集]

クラブ[編集]

桐生第一高等学校

代表[編集]

日本の旗 U-23日本代表

個人[編集]

  • 全国高等学校サッカー選手権大会 優秀選手 (2011年)

代表歴[編集]

出場大会[編集]

脚注[編集]

注釈
  1. ^ ちなみに、NBA選手の平均は67cmとされる(垂直跳び#記録の項目を参照)。
出典
  1. ^ a b c d e 鈴木武蔵、ベールを脱いだ“上州の弾丸” 初出場の桐生第一をけん引する未完の大器 - スポーツナビ 2012年1月4日
  2. ^ 鈴木武蔵選手の負傷について - アルビレックス新潟公式サイト 2012年3月8日
  3. ^ 【ヤマザキナビスコカップ 新潟 vs 大宮】レポート:新潟が3点差をはね返して逆転勝利。決勝弾はルーキー鈴木武蔵のプロ初ゴール - J's GOAL 2012年6月28日
  4. ^ 鈴木武蔵選手の負傷について - アルビレックス新潟公式サイト 2013年4月1日
  5. ^ Jリーグ・アンダー22選抜 登録選手決定 J3リーグ公式サイト、2014年2月24日
  6. ^ 鈴木 武蔵選手 水戸ホーリーホックに期限付き移籍のお知らせ - アルビレックス新潟公式サイト 2015年8月3日
  7. ^ 鈴木 武蔵選手 復帰のお知らせ - アルビレックス新潟公式サイト 2015年12月28日
  8. ^ 鈴木武蔵選手 アルビレックス新潟から期限付移籍加入のお知らせ - 松本山雅FC公式サイト 2017年8月17日
  9. ^ U-17代表候補、ジャマイカ生まれの注目FW鈴木「J相手に点を取りたい」 - ゲキサカ 2011年2月24日
  10. ^ a b [選手権]注目FWインタビュー3 桐生一鈴木武蔵「違いを見せないといけない」 - ゲキサカ 2011年12月30日
  11. ^ 鈴木武蔵選手の負傷について - アルビレックス新潟公式サイト 2012年7月11日
  12. ^ 久保の招集を断念、鈴木武蔵を登録 サッカー五輪代表 - 朝日新聞 2016年8月3日
  13. ^ 【U23】希望つなぐ4得点、武蔵が見せたフェイントは中1夏の猛特訓の成果だった - スポーツ報知 2016年8月6日
  14. ^ a b c d [MOM541]桐生一FW鈴木武蔵(3年) 褐色のエースが圧巻の全国デビュー - ゲキサカ 2012年1月2日
  15. ^ テレビ朝日やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜』2013年2月24日放送
  16. ^ アルビレックス鈴木武蔵選手、2012最終節終了後モノマネ - Youtube 2012年12月1日
  17. ^ [1] - Twitter 2013年12月7日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]