蟹江町
かにえちょう 蟹江町 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 中部地方、東海地方 | ||||
都道府県 | 愛知県 | ||||
郡 | 海部郡 | ||||
市町村コード | 23425-7 | ||||
法人番号 | 7000020234257 | ||||
面積 |
11.09km2 | ||||
総人口 |
36,815人 [編集] (推計人口、2024年3月1日) | ||||
人口密度 | 3,320人/km2 | ||||
隣接自治体 | 名古屋市、津島市、愛西市、弥富市、あま市、海部郡飛島村 | ||||
町の木 | キンモクセイ | ||||
町の花 | ハナショウブ | ||||
町の鳥 | ヨシキリ | ||||
蟹江町役場 | |||||
町長 | 横江淳一 | ||||
所在地 |
〒497-8601 愛知県海部郡蟹江町学戸3丁目1番地 北緯35度7分56.1秒 東経136度47分12.5秒 / 北緯35.132250度 東経136.786806度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
蟹江町(かにえちょう)は、愛知県の西部に位置し、海部郡に属する町。
尾張地方に含まれる。東は名古屋市、北西は津島市、あま市、西は愛西市、南西は弥富市、南は飛島村に隣接している。海部津島広域行政圏に属する。2019年の人口は約3万7千人。
概要
町内には蟹江川・日光川・福田川・善太川・佐屋川などの河川が南北に流れ、町域の1/5がこれら5本の河川によって占められている[1]。町のほとんどが海抜ゼロメートル地帯であり、古くから水害に悩まされてきたため、治水工事や対策がなされてきた[2]。一方で、町内には日本の名湯百選に選ばれた尾張温泉が湧き出ており、加えて源氏泉緑地や日光川ウォーターパークといった河川と緑豊かな自然に恵まれた環境から「水郷の町」として知られる。かつてこの地を訪れた小説家の吉川英治は蟹江を「東海の潮来」と称した[1]。
また、名古屋市都心から約15㎞に位置する本町は、古くから名古屋市との強いつながりを持って発展してきた。特に現在では、近鉄名古屋線、JR東海関西本線といった鉄道網や、東名阪自動車道、国道1号、八熊通[要出典]、西尾張中央道等の交通幹線が発達しており、それら鉄道、道路網を利用することによって、隣接する名古屋市へ短時間での移動が可能であるという交通の便に恵まれた大都市近郊の町として有利な立地条件のもとに、名古屋市のベッドタウンとして発展している。
町名の由来
「カニエ」という地名が初めて文献に登場するのは、1215年(建保3年)の「水野家文書」とされる[3]。当時の蟹江は海に囲まれた土地であり、「蟹江郷」「富吉荘」という名称で呼ばれていた[3]。海辺には柳の木が生え、水辺には多数の蟹が生息していたことから、「蟹江」と呼ばれるようになったと伝えられる[3][4]。
地理
名古屋市の西側に広がる濃尾平野南部、木曽川下流干拓デルタ地域に位置し、町の総面積11.09平方キロメートルのうちのほとんどが海抜ゼロメートル地帯の低平地地域である。町総面積の約1/5を占める蟹江川・日光川・福田川・善太川・佐屋川など大小さまざまな河川が町内を南北に流れ、それぞれが伊勢湾に注流する。地質は、木曽川水系の河川等からの河川搬出物が堆積し、形成された沖積層である。気候は、太平洋側気候区に属し、比較的温暖で夏期多雨、冬期小雨乾燥といった特徴がある。
また、津島市をはじめとする四市二町一村からなる海部津島広域行政圏(津島市、愛西市、あま市、弥富市、蟹江町、大治町、飛島村)に属し、広域行政圏の中にあっては「南部地域」(蟹江町、弥富市、飛島村)に区分される。
河川
地名
括弧内は成立年、旧町・大字名である。
- 今
- 蟹江新町
- 蟹江本町
- 西福田(2007年廃止)
- 蟹江新田(新蟹江村)
- 鍋蓋新田(新蟹江村)
- 西之森(西ノ森村)
- 須成(須成村)
- 新千秋(永和村善太新田)
- 平安1~3丁目(1979年、西之森・今)
- 錦1~3丁目(1979年、西之森・今)
- 源氏1~5丁目(1979年、西之森・蟹江新田)
- 八幡1~2丁目(1979年、西之森・蟹江新田)
- 泉1丁目(1979年、蟹江新田)
- 緑1~2丁目(1979年、蟹江新田)
- 旭1~2丁目(1979年、蟹江新田)
- 須成西1~11丁目(1980年、須成・今)
- 今西上1丁目(1980年、須成・今)
- 本町1~12丁目(1982年、蟹江本町・今、12丁目は2014年設置[5])
- 今1~3丁目(1982年、今、2014年廃止)
- 今西1~3丁目(1990年代頃、今など)
- 今本町通(1990年代頃、今)
- 今東郊通(1990年代頃、今など)
- 西之森1~9丁目(1990年代頃、西之森・蟹江新田など)
- 学戸1~7丁目(1990年代頃、西之森・蟹江新町など)
- 上川田1~2丁目(1990年代頃、西之森など)
- 北新田1~4丁目(1990年代頃、西之森など)
- 宝1~4丁目(2004年、蟹江本町[5])
- 舟入1~4丁目(2007年、蟹江本町・西福田[5])
- 城1~4丁目(2010年、蟹江本町・今[5])
- 富吉1~4丁目(2012年、蟹江新田[5])
- 桜1~2丁目(2014年、今・今1~3丁目[5])
- 南1~3丁目(2016年、鍋蓋新田[5])
人口
蟹江町(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
隣接する自治体・行政区
歴史
蟹江町の発足
1888年(明治21年)4月25日、明治政府により市制町村制が公布された。この当時、明治政府は国内体制を整備し、ヨーロッパのような近代的な地方自治制度を行うだけの資金力、それを支えるための人口を目指し始めた。
そのような時代に、1889年(明治22年)10月1日、愛知県によって市制町村制が施行された。これにより、蟹江町区域には蟹江町、新蟹江村、千秋村、西之森村、須成村の5町村が成立した。蟹江町は蟹江本町村、蟹江新町村、今村、西福田村の一部の合併により誕生。新蟹江村は蟹江新田の一部と鍋蓋新田が合併、千秋村は蟹江新田の一部と善太新田と大野村が合併してできた。また、西之森村と須成村は、江戸時代からの村域がそのまま引き継がれ、誕生した。
海部地域全体でみると、町村制施行以前は244も存在した村々が56町村までに減少し、その中でも町制を敷いたのは津島町と蟹江町のみであった。町村制施行翌年の蟹江町の人口は6,236名に上り、海部地域では津島町に次ぐ2番目、愛知県下でも15番目の人口規模を誇った。また、明治期を通して蟹江町に警察分署、郵便局、電信局、高等小学校、銀行、駅が次々と設置されたことで大いに繁栄した。
明治の大合併
1905年(明治38年)、愛知県は日露戦争によって財政難に陥り、小規模な自治体への補助金支出に苦慮していた。この時、愛知県下の町村数は全国府県の中で最多であり、一つの自治体あたりの人口は3番目に少なかった。こうした中で、愛知県は合併要領を示し、合併後の町村の平均戸数を1,000戸、人口を5,000人以上とすることを目指した。
そして1906年(明治39年)、蟹江町は須成村、西之森村、新蟹江村と合併した。これにより蟹江町の人口は1万人を超すこととなり、1908年(明治41年)の統計では県内265町村のうち、16番目に人口の多い自治体となった。当時の海部地域における自治体の平均人口は約6,000人であったことから、蟹江町はそれらの2倍近くの人口を有していた。
また、1913年(大正2年)7月1日には木曽川の支流である佐屋川に隔てられていた海東郡、海西郡が合併して海部郡が誕生した。
昭和の合併
第二次世界大戦後、地方自治法が制定されると、各自治体では住民の生活環境や社会施設の充実が図られるようになる。1946年(昭和21年)から学校制度改革による新制中学校の建設、1947年(昭和22年)には旧警察法と消防組織法により、自治体警察と消防署の設置が行われると、財政規模の小さな自治体は運営困難になりつつあった。そこで打ち出されたのが、1953年(昭和28年)の町村合併促進法と1956年(昭和31年)の新市町村建設促進法であった。これらの法は各自治体の財政力や行政力を高めるために、自治体人口を8,000人以上を基準とした新市町村として再編することを目的としており、これにより1953年(昭和28年)から1961年(昭和36年)までの9年間で昭和の大合併と呼ばれる全国的な市町村合併が巻き起こった。
この流れの中で、1961年(昭和31年)に蟹江町へ永和村の一部が合併し、現在の蟹江町域が形作られた。永和村は学区問題のために4地区に分割され、津島市、旧佐屋町、旧十四山村にもそれぞれ合併・編入されている。海部地域全体では昭和の大合併の期間中に計9件の合併(神守村が津島市に編入合併、佐屋村と市江村の一部が合併、弥富町と鍋田村、市江村の残部が合併、富田町と南陽町が名古屋市へ編入合併、永和村が海部地域各自治体へ分割編入)が実現した。その後もいくつかの変遷を通して、昭和の終わりには蟹江町のほか、津島市、弥富町、甚目寺町、佐織町、佐屋町、美和町、七宝町、大治町、十四山村、飛島村、立田村、八開村の1市8町4村となった。
平成の合併協議
平成時代になると、経済成長の停滞や人口減少、少子高齢化などの社会問題に加え、国や地方財政の悪化、多種多様化する住民サービスへの対応など市町村を取り巻く環境は一層厳しさを増すこととなった。こうした社会状況の中、国は1999年(平成11年)以来、全国的な市町村合併を推進した。
蟹江町も2002年(平成14年)から弥富町、十四山村、飛島村との4町村合併に向けた協議を進めるも、翌年に飛島村が離脱、残る3町村による合併協議会を設置するも、結局合併には至らなかった。その後、海部地域では、2005年(平成17年)に愛西市、2006年(平成18年)に弥富市、2010年(平成22年)にあま市が誕生、平成の終わりには蟹江町のほか津島市、愛西市、弥富市、あま市、大治町、飛島村の4市2町1村となっている。
令和元年の町制施行130周年
明治、昭和、大正、平成の時代を通して各自治体が大きく変化する中、蟹江町は単独町制を維持し、2019年(令和元年)10月1日、町制施行130周年を迎えることとなった。
市制町村制が施行された1889年(明治22年)から当時の市町村形態を変わらずに維持している愛知県下の自治体は、蟹江町、名古屋市、海部郡飛島村、北設楽郡豊根村の4自治体のみである。
年表
- 1159年(平治元年) - 平治の乱が起こり、平清盛に敗れた源義朝一行が、東国に落ち延びた折、この地に立ち寄ったとされる。蟹江の漁民のもてなしを受け、源氏の大将が休息した島を「源氏島」と呼ぶようになったと伝えられる。現在その土地は、佐屋川創郷公園(別名は源氏泉緑地)として整備され、公園の一角に石碑が建てられている。
- 1584年(天正12年) ‐ 羽柴秀吉(豊臣秀吉)と織田信雄・徳川家康陣営の間で蟹江城における篭城戦、蟹江合戦が行われる。
- 1585年(天正13年) ‐ 前年の合戦と、天正地震の影響により蟹江城が全壊
- 1888年(明治21年) ‐ 市制・町村制公布
- 1895年(明治28年)5月24日 - 関西鉄道(現在のJR関西本線)の名古屋駅 - 前ヶ須駅(現在の関西本線弥富駅)間の開通に伴い、蟹江駅が開業。
- 1896年(明治29年)- 第3代町長桜井義導就任
- 1902年(明治35年)- 第4代町長大島又八就任
- 1903年(明治36年)- 蟹江町漁業組合が発足
- 1906年(明治39年) - 蟹江町が西ノ森村、須成村、新蟹江村の3村と合併。
- 1907年(明治40年)
- 1908年(明治41年)- 蟹江巡査部長派出所が設置される。
- 1909年(明治42年)- 蟹江尋常高等小学校が開校
- 1912年(大正元年) ‐ 台風により日光川堤防29カ所が決壊、浸水被害を受ける。
- 1913年(大正2年) - 海西郡と海東郡が合併して海部郡となる。
- 1914年(大正3年)
- 蟹江町教育会設立
- 第一次世界大戦勃発
- 1915年(大正4年)
- 第6代町長佐藤峯太郎就任
- 蟹江城址建立
- 1920年(大正9年)- 蟹江巡査部長派出所、警部補派出所に昇格
- 1923年(大正12年)- 関東大震災
- 1924年(大正13年)- 蟹江町役場が今字蟹江浦(現・城一丁目)に設置される。
- 1927年(昭和2年) - 第7代町長斎藤元夫就任
- 1934年(昭和9年) - 町章制定
- 1935年(昭和10年) - 第8代町長服田静夫就任
- 1936年(昭和11年)
- 二・二六事件勃発
- 第9代町長藤田謙吉就任
- 1938年(昭和13年)
- 1939年(昭和14年) - 第二次世界大戦勃発
- 1940年(昭和15年) - 蟹江町が弥富警察署の管轄となる。
- 1941年(昭和16年)
- 1945年(昭和20年) - 第二次世界大戦終戦(終戦までに、空襲により舟入地区227戸、新蟹江地区3戸、鍋蓋地区8戸が焼失、1,247人が被災した。)
- 1946年(昭和21年)
- 日本国憲法公布
- 第10代町長戸谷静雄就任
- 1947年(昭和22年)
- 日本国憲法施行
- 教育基本法施行、義務教育が9年になる。
- 蟹江中学校開校
- 1948年(昭和23年)
- 警部補派出所、蟹江町警察署となる。
- 蟹江町農業協同組合設立
- 1951年(昭和26年)
- 1952年(昭和27年)
- サンフランシスコ平和条約調印
- 蟹江町教育委員会発足
- 1953年(昭和28年)
- 1954年(昭和29年)- 愛知県警察発足により、海部東地区警察署の一部を管轄区域として、愛知県蟹江警察署が発足
- 1956年(昭和31年)- 蟹江町が永和村(新千秋地区)の一部を編入合併。
- 1959年(昭和34年)
- 1962年(昭和37年)
- 蟹江町漁業協同組合解散
- 日光川水閘門完成により日光川が淡水化、蟹江町から蟹が姿を消す。
- 1964年(昭和39年)- 近鉄富吉駅が設置される。
- 1965年(昭和40年)- 第13代町長山田平左衛門就任
- 1971年(昭和46年)- 愛知県立蟹江高等学校開校
- 1971年(昭和46年)
- 1975年(昭和50年)- 東名阪自動車道、蟹江−桑名間開通
- 1976年(昭和51年)- 役場庁舎が西之森字長三郎(現・学戸三丁目)に移転される。
- 1977年(昭和52年)
- 1978年(昭和53年)- 町の人口が3万を突破。
- 1979年(昭和54年)
- 1980年(昭和55年)- 蟹江北中学校開校
- 1983年(昭和58年)- 蟹江町と三重県藤原町が姉妹都市提携締結する。
- 1986年(昭和61年)- 町の鳥「ヨシキリ」が制定される。
- 1989年(平成元年)
- 町制施行100周年
- 第15代町長河瀬佐兵衛就任
- 1993年(平成5年)- 第16代町長佐藤篤松就任
- 2003年(平成15年)
- 2004年(平成16年)
- 8月18日 - 弥富町が新市名に「弥富市」を主張したことに対し蟹江町が反発したため、合併協議が破綻。
- 9月21日 - 新市名を巡る対立(弥富町が新市名に弥富市を主張)のため、合併協議から離脱。
- 2007年(平成19年)- 弥富市海南高校との統合により蟹江高校が廃校となる。
- 2009年(平成21年)
- 民主党政権発足
- 第17代町長横江淳一就任
- 2010年(平成22年)- アメリカ合衆国イリノイ州マリオン市と姉妹都市提携締結
- 2011年(平成23年)
- 2012年(平成24年)
- 自民党政権発足
- 「須成祭の車楽船行事と神葭流し」が国の重要無形民俗文化財に指定される。
- 2014年(平成26年)- 沖縄県読谷村と相互協力に関する覚書を締結
- 2016年(平成28年)12月1日 - 須成祭の車楽船行事と神葭流しなどの「山・鉾・屋台行事」がユネスコ無形文化遺産に登録
- 2017年(平成29年)2月27日 - 老朽化に伴い、蟹江警察署が本庁舎を建て替える為、愛知県農業総合試験場跡地(愛知県弥富市)へ仮移転(電話・ファックスはそのまま)
- 2019年(令和元年)10月1日 - 町制施行130周年。記念事業として「ポムポムプリン」と「かに丸くん」がコラボ。
行政
町長
- 町長:横江淳一(4期目)
- 就任 : 2009年4月1日 / 任期満了日 : 2021年(令和3年)4月1日
- 副町長:河瀬広幸(3期目)/ 任期満了日:2022年(令和4年)3月31日
歴代首長
代 | 氏名 | 就任年 | 備考 |
---|---|---|---|
蟹江町長 | |||
初代 | 蟹江(鈴木)次郎 | 1890年 | 初代町長蟹江次郎氏の父は貴族院議員の蟹江史郎(鈴木重声)。なお当時の町長は町民による名誉職であった |
2代目 | 野崎兼久 | 1892年 | |
3代目 | 桜井義導 | 1896年 | |
4代目 | 大島又八 | 1902年 | |
5代目 | 横井亮 | 1907年 | 蟹江町が津島警察署の管轄下になる |
6代目 | 佐藤峯太郎 | 1915年 | |
7代目 | 斎藤元夫 | 1927年 | 浅草–上野間に日本初の地下鉄が開通 |
8代目 | 服田静夫 | 1935年 | 築地に中央卸市場が開場 |
9代目 | 藤田謙吉 | 1936年 | |
10代目 | 長谷静雄 | 1946年 | 現代かなづかいが告示。第一回NHKのど自慢始まる |
11代目 | 山田平左衛門 | 1951年 | 第一回紅白歌合戦始まる。蟹江町が本署の海部東地区警察署が発足 |
12代目 | 蟹江猶弓 | 1953年 | テレビ放送開始。翌年、愛知県蟹江警察署が発足。 ※蟹江猶弓は初代町長を輩出した蟹江家出身 |
13代目 | 山田平左衛門 | 1965年 | いざなぎ景気 |
14代目 | 藤田貞男 | 1977年 | スーパーカーブーム |
15代目 | 河瀬佐兵衛 | 1989年 | 消費税3%導入。ゲームボーイ販売 |
16代目 | 佐藤篤松 | 1993年 | 皇太子ご成婚。ポケベルが流行 |
17代目 | 横江淳一 | 2009年 | 民主党政権発足 |
庁舎
- 蟹江町役場 - 学戸三丁目1番地
町章・町旗
1934年(昭和9年)1月10日、町の歴史に深い関わりを持つ旧蟹江城の城主であった佐久間家の家紋「三引紋」が、そのまま町章として制定された。[6]
市町村合併
1889年(明治22年)10月1日には町村制にもとづき、蟹江本町村、蟹江新町村、今村、西福田村の一部が合併して蟹江町が発足した。1905年(明治38年)に愛知県が小規模町村大合併の方針を打ち出したことを受け、蟹江町は須成村、新蟹江村、西之森村と合併した。1956年(昭和31年)には、いわゆる昭和の大合併の影響により、かつて日光川や善太川に挟まれた地域に位置した永和村が、蟹江町、津島市、十四山村、佐屋町の4市町村によって分割編入されることが決定、一部を蟹江町が編入合併したことで、現在の「蟹江町」の町域となった。
1989年(平成元年)の町制施行100周年を経て、2002年(平成14年)には、平成の大合併の影響下で、海部郡飛島村、十四山村・弥富町(現弥富市)との4町村で「海部南部ブロック市町村合併研究会」が設置された。しかし、まず財政の豊かな飛島村が研究会を離脱、さらにその後、新市名と新庁舎設置位置を巡り、蟹江町と十四山村・弥富町とが対立し、蟹江町は法定協議会を離脱した。あくまで「対等合併」であるはずの合併構想において、新市名を「弥富市」に、本庁舎を弥富町域内に設置すべきと主張する弥富町の横柄な態度と、実質的な弥富町への蟹江町と十四山村の編入合併案は、当時の蟹江町にとって受け入れ難いものであった事が対立の主な原因であった。その結果、弥富町・十四山村は2町村で合併し弥富市に、蟹江町は単独町制を継続することとなり、現在に至る。現在、愛知県としては周辺自治体との合併の検討を促すとしているものの、合併新法に基づく合併推進構想の策定などの具体的な動きはなく、蟹江町としても具体的な合併構想は存在していない。
2016年(平成28年)に北名古屋市長が名古屋市との合併検討を表明した折、蟹江町長の横江は、名古屋市と蟹江町の合併について「全面的な否定しないが、住民の生活圏等を考慮すると必ずしも現実的ではない面もある」と慎重な態度を示した。しかし同時に、市町村合併については「将来的に、生活圏が重なる海部地域の周辺市町村との合併なら検討する価値はある」としている。
広域行政
現在、蟹江町では市町村合併に関する具体的構想は存在していないものの、より効率的な行政運営と地域住民へのサービス向上を目的とする近隣自治体との広域行政・地域連携が推進されている。そして、それら広域行政を可能にするため、津島市をはじめとする四市二町一村からなる『海部津島広域行政圏』(津島市、愛西市、あま市、弥富市、蟹江町、大治町、飛島村)が策定されている。 また、2012年(平成24年)にあま市、大治町、飛島村とともに設立した、「まちづくり連携会議(AOKT)」では、蟹江町と同じく名古屋市と隣接する海部地域の自治体間での交流と広域行政の活発化を図ろうとしている。
財政
(平成28年度普通会計決算より)
- 歳入総額:104億6040万4千円
- 歳出総額:100億9314万5千円
- 財政力指数:0.90(全国市町村平均:0.50 愛知県市町村平均:0.94 類似団体内順位:8/100)
- 経常収支比率:86.3%(全国市町村平均:92.5 愛知県市町村平均:89.5 類似団体内順位:15/100)
- 実質公債費比率:5.2%(全国市町村平均:6.9 愛知県市町村平均:5.6 類似団体内順位:36/100)
- 人口1人当たり人件費・物件費等決算額:96,851円(全国市町村平均:123,135円 愛知県市町村平均:112,418円 類似団体内順位:22/100)
- 人口1,000人当たり職員数:7.45人(全国市町村平均:7.90 愛知県市町村平均:7.94 類似団体内順位:74/100)
- ラスパイレス指数:90.3(全国市町村平均:99.1 愛知県市町村平均:96.4 類似団体内順位:3/100)
都市宣言
議会
蟹江町議会
- 定数:14人
- 任期:2019年(令和元年)5月1日 - 2023年(令和5年)4月30日
- 議長:
- 副議長:
会派名 | 議席数 | 議員名(◎は代表者) |
---|---|---|
新風 | 4 | ◎高阪康彦、安藤洋一、水野智見、石原裕介 |
新政会 | 3 | ◎吉田正昭、佐藤茂、奥田信宏 |
立憲民主党 | 1 | ◎中村英子 |
公明党 | 1 | ◎山岸美登利 |
日本共産党 | 1 | ◎板倉浩幸 |
無会派 | 4 | 飯田雅広、戸谷裕治、伊藤俊一、黒川勝好 |
計 | 14 |
愛知県議会
- 選挙区:あま市及び海部郡選挙区
- 定数:2名
- 任期:2019年(平成31年)4月30日 - 2023年(令和5年)4月29日
議員名 | 会派名 | 当選回数 |
---|---|---|
石塚吾歩路 | 自由民主党愛知県議員団 | 3 |
小木曽史人 | 新政あいち県議団 | 1 |
衆議院
- 選挙区:愛知9区 (津島市、稲沢市、愛西市、弥富市、一宮市(旧・尾西市域)、あま市、大治町、蟹江町、飛島村)
- 任期:2017年10月22日 - 2021年10月21日
- 当日有権者数:435,193人
- 投票率:51.95%
当落 | 候補者名 | 年齢 | 所属党派 | 新旧別 | 得票数 | 重複 |
---|---|---|---|---|---|---|
当 | 長坂康正 | 60 | 自由民主党 | 前 | 104,419票 | ○ |
比当 | 岡本充功 | 46 | 希望の党 | 前 | 89,908票 | ○ |
渡辺裕 | 37 | 日本共産党 | 新 | 25,489票 |
施設
警察
- 本部
- 交番
- 蟹江交番(大字蟹江本町字オノ割83-1)
- 駐在所
- 須成駐在所(須成西6-105-1)
消防
- 本部
- 消防署
- 蟹江町消防署(大字蟹江本町字クノ割10)
交流施設
- 蟹江町まちなか交流センター
- 蟹江中央公民館
- 蟹江中央公民館分館
- 舟入ふれあいプラザ
健康福祉施設
- 蟹江町保健センター
- 多世代交流施設「泉人(せんと)」
図書館
- 蟹江町図書館 - 1966年5月1日、元蟹江本通りに蟹江町立図書館として開館した。1969年には蟹江本町に建物を新築して移転した。1998年には佐屋川創郷公園に建物を新築し、名称が蟹江町図書館となった。
郵便局
- 主な郵便局
- 蟹江郵便局
- 蟹江須成郵便局
- 蟹江舟入郵便局
運動施設
- 蟹江町体育館
公園
- 主な公園
- 佐屋川創郷公園
- 日光川ウォーターパーク
- 河川テニスコート
- 蟹江町希望の丘広場
- 学戸公園
- 蟹江川南緑地
その他の施設
- 蟹江町水道事務所
- 蟹江町給食センター
姉妹都市・提携都市
姉妹都市
- マリオン市[7](アメリカ合衆国イリノイ州)
- 2010年(平成22年)3月26日 姉妹都市提携に調印。産業・文化など幅広い分野における交流を通じて、さらなる発展と互いの理解と連携を深めることを目的としている。
- 過去の姉妹提携都市
フレンドシップ相手国
- モンゴル国
- 2005年(平成17年)に開催された2005年日本国際博覧会(愛知万博)では「一市町村一国フレンドシップ事業」が行われた。名古屋市を除く愛知県内の市町村が、120ヶ国にのぼる万博公式参加国をそれぞれフレンドシップ相手国として迎え入れた[8]。
国内の他自治体との交流・協力
経済
農業
- 農業協同組合
- あいち海部農業協同組合蟹江支店
商業
- ヨシヅヤJR蟹江駅前店 - 開店当初は近鉄蟹江駅前にあったが、後にJR蟹江駅南側に移転。さらに現在では駅北側に移転している。初代店舗跡地はコインパーキングに、二代目店舗跡地にはニトリなどが入店している。
町内に本社を置く企業
なお、愛知県内でスーパーマーケット「フィール」をチェーン展開するフィールコーポレーションは、かつて「ナフコカニエ」の社名であったが、これは創業者の姓に由来するもので、当町とは関係はない。
交通
鉄道
北部にはJR関西本線が、中部には近鉄名古屋線が通っている。JR線では蟹江駅から名古屋駅まで約10分、近鉄線では近鉄蟹江駅から近鉄名古屋駅まで急行・準急で約8分であり、隣接する名古屋市へ短時間でアクセスが可能である。JR蟹江駅から蟹江町役場まで徒歩約20分、近鉄蟹江駅からは徒歩約10分ほどである。
中心となる駅:近鉄蟹江駅
鉄道事業者 | 路線名 | 駅一覧 |
---|---|---|
東海旅客鉄道(JR東海) | 関西本線 | 蟹江駅 |
近畿日本鉄道(近鉄) | 名古屋線 | 近鉄蟹江駅、富吉駅 |
-
JR蟹江駅
-
近鉄蟹江駅
-
近鉄富吉駅
バス
- お散歩バス(蟹江町コミュニティバス)- 町内の公共交通機関として、誰でも無料で利用できる。
- 飛島公共交通バス(2009年4月1日より三重交通飛島蟹江線廃止に伴い運行 )
-
蟹江お散歩バス
道路
- 高速道路
- 国道
-
国道1号
- 主要地方道
-
愛知県道29号
-
愛知県道65号
- 一般県道
- 愛知県道103号境政成新田蟹江線
- 愛知県道106号鳥ヶ地名古屋線
- 愛知県道114号津島蟹江線
- 愛知県道115号津島七宝名古屋線
- 愛知県道139号須成七宝稲沢線
- 愛知県道462号大藤永和停車場線
- 愛知県道516号平和蟹江線
- 愛知県道517号蟹江梅之郷線
教育
蟹江町に大学キャンパスは存在しないが、愛知大学の名古屋校舎蟹江グラウンドがある[9]。
高等学校
1971年(昭和46年)に愛知県立蟹江高等学校が開校した。十四山村(現弥富市)の愛知県立海南高等学校と統合され、2005年に愛知県立海翔高等学校が開校したことで、蟹江高校は2007年に閉校した。現在の蟹江町に高校は存在しない。
中学校
小学校
町内小学校の校歌は学校名を除いてすべて同じ。作詞はサトウハチロー、作曲は山田耕筰。
保育園
- 公立
- 蟹江保育所
- 蟹江南保育所
- 蟹江西保育所
- 舟入保育所
- 須成保育所
- 新蟹江北保育所
幼稚園
- 私立
- はばたき幼稚園
- キッズガーデンカリヨンの杜
- 認定こども園
- 蟹江幼稚園
児童館
- 蟹江児童館
- 新蟹江児童館
- 須西児童館
- 舟入児童館
- 学戸児童館
名所・旧跡・観光スポット
文化財
- 国指定文化財
- 県指定文化財
- 絹本著色文殊菩薩画像(絵画)
- 絹本著色千手観音画像(絵画)
名所・旧跡
- 城郭
- 蟹江城址
- 寺院
- 神社
観光スポット
- 温泉
- 資料館・史料館
- 蟹江町歴史民俗資料館
- 蟹江町観光交流センター祭人 - 須成祭をメインテーマとしており、2階が須成祭ミュージアムとなっている。
- その他
文化
祭事・催事
- 須成祭の車楽船行事と神葭流し - 重要無形民俗文化財。ユネスコの無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」の構成遺産。
- 蟹江祭 - 蟹江神明社の秋季大祭。毎年9月最終土曜・日曜に行われる。
- 花しょうぶ祭
- かにえ町民まつり - 毎年10月頃の2日間に蟹江町役場で行われる。
- 蟹江町文化祭 - 11月頃。
- さくらまつり - 4月上旬。
名物
- いな饅頭(いなまん)- 蟹江川など蟹江町の河川には汽水魚であるボラが生息している[11]。出世魚でもあるボラの若魚の名称「イナ」を使用した郷土料理がいな饅頭であり、ギンナンやしいたけを練り込んだ豆味噌が体内に詰めてある[11]。蟹江町内の数軒の料理屋ではいな饅頭を提供している[11]。
- ぼら雑炊 - この地方では粥状のごはんではなく炊き込みごはんのことを「雑炊」と呼ぶ[12]。ボラを炊き込んだぼら雑炊は海部郡南部の郷土料理である[12]。農作業時や会合時などに食される[12]。
- もろこ寿司 - 醤油やみりんなどの調味料で甘辛にじっくり煮詰めた淡水魚のもろこを使用した、押し寿司の一種。
- コメヂャ - 町内でも特に舟入地域でよく食べられる茶がゆの一種。
- 鮒味噌 - 淡水魚のフナと大豆を味噌で煮た料理。
- いちじく
スポーツ
チーム | スポーツ | リーグ | 本拠地 | 設立 |
---|---|---|---|---|
名古屋WESTフットボールクラブ | サッカー | 愛知県社会人サッカーリーグ | 蟹江町 | 2002年 |
出身・関連著名人
- 佐野七五三之助 - 新選組隊士。加藤高明の伯父。高明は甥(妹の子)にあたる。
- 神田鐳蔵 - 実業家。神田銀行の創立者。神田俊二の父。
- 小酒井不木 - 小説家。
- 黒川紀章 - 建築家。東京都知事選挙等では「名古屋市出身」と誤記されることがあった。
- 蒲生純一 - 俳優。
- 関根大気 - プロ野球選手。
- 成田正弘 - バスケットボール選手。
ゆかりのある人物
- 加藤高明 - 第24代内閣総理大臣。加藤高明の母は須成村神官の五十倉(いそくら)家出身で、幼少時の高明は須成で育ったとされる。
- 岡田純子 - 声優。岡田家は転勤族であり、一時期この町に居住していたことがある。
- 山田耕筰 - 作曲家。童謡『赤とんぼ』の作曲家として知られる。祖母が蟹江町出身者であり、蟹江町内の小学校の校歌を作曲している。
キャラクター
蟹江町には蟹をモチーフにしたマスコットキャラクターが複数ある[13]。
- かに丸くん - かつて町に多く生息していた「蟹」をモチーフとする蟹江町公式マスコットキャラクター。1987年(昭和62年)、蟹江町の町制施行100周年記念を祝う事業の一環で誕生した。2009年(平成21年)に「かに丸くん」という愛称が決定し、2010年(平成22年)には着ぐるみが完成した[14]。蟹江町のロゴマークとしても使用されている。
- カニンジャ「ちょき丸」[15] - 2013年(平成25年)10月に誕生し、277通の応募の中から愛称が名付けられた。
その他
- NTTの市外局番は津島市や弥富市と同じ0567(津島MA)。
- 車検証の住所(使用者)が本町の自動車には、名古屋ナンバーが交付される。
- 2005年(平成17年)まで青森県東津軽郡に存在していた蟹田町が合併によって外ヶ浜町の一部となって廃止されたことで、名称に「蟹」の文字を冠する自治体は蟹江町のみとなった。
脚注
- ^ a b “かにえの環境”. 蟹江町. 2019年1月1日閲覧。
- ^ “安心安全課”. 蟹江町. 2018年11月16日閲覧。
- ^ a b c “かにえの歴史”. 蟹江町. 2019年1月1日閲覧。
- ^ “町の概要”. 蟹江町. 2018年11月16日閲覧。
- ^ a b c d e f g 町名地番変更について 蟹江町
- ^ “町の概要”. 蟹江町. 2018年11月16日閲覧。
- ^ “姉妹都市提携交流事業”. 蟹江町. 2018年11月16日閲覧。
- ^ あいちフレンドシップ交流アルバム 愛知県
- ^ “愛知大学名古屋校舎蟹江グラウンド”. 愛知大学. 2018年11月26日閲覧。
- ^ “尾張温泉東海センター”. 2019年1月1日閲覧。
- ^ a b c “いなまん”. 蟹江町. 2019年1月1日閲覧。
- ^ a b c “ぼら雑炊”. 蟹江町. 2019年1月1日閲覧。
- ^ “味わう”. 蟹江町観光協会. 2018年11月16日閲覧。
- ^ “かに丸くん”. ゆるキャラグランプリ. 2018年11月16日閲覧。
- ^ “蟹江町観光協会”. 蟹江町観光協会. 2018年11月26日閲覧。
外部リンク
津島市 あま市 | ||||
愛西市 | 名古屋市中川区 | |||
蟹江町 | ||||
弥富市 | 飛島村 | 名古屋市港区 |