前田大和
| 阪神タイガース #0 | |
|---|---|
2009年7月15日、阪神鳴尾浜球場にて
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| 基本情報 | |
| 国籍 | |
| 出身地 | 鹿児島県鹿屋市 |
| 生年月日 | 1987年11月5日(25歳) |
| 身長 体重 |
176 cm 64 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手、外野手 |
| プロ入り | 2005年 高校生ドラフト4巡目 |
| 初出場 | 2009年4月15日 |
| 年俸 | 2,400万円(2013年) |
| 経歴(括弧内は在籍年) | |
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この表について
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前田 大和(まえだ やまと、1987年11月5日 - )は、阪神タイガースに所属するプロ野球選手。鹿児島県鹿屋市出身。
2007年から登録名を「大和」に変更。本職および登録は内野手だが、2012年以降は公式戦にもっぱら外野手として出場している。
目次 |
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
樟南高校では1番遊撃手として、1年夏の甲子園、3年夏の甲子園に出場、3年時は8強入りに貢献した。この時の試合をテレビで観戦していた、阪神監督の岡田彰布がその守備力に注目し[1]、2005年の高校生ドラフトで阪神から4巡目で指名され、入団。
プロ入り後[編集]
2006年は入団前から評判だった守備が高く評価され、高卒1年目しかもドラフトでは最後の指名ながら主に2番遊撃手として二軍レギュラーに抜擢され、フレッシュオールスターゲームにも出場。全88試合のうちリーグ最多の83試合に出場し、2位以下を大きく引き離しての最多犠打を記録した。また、ウエスタン・リーグ2位となる4本の三塁打を放ち走力があることもアピールした。
2007年は2年連続でウエスタン・リーグの最多犠打を記録、再びフレッシュオールスターに出場したほか、北京プレオリンピック野球日本代表にも招集され、全5試合に出場。決勝戦で勝利打点となる適時打を放つなど活躍した。
2008年は3年目にして初めて、野原将志とともに春季キャンプの一軍メンバーに抜擢された。しかし2人とも開幕までに二軍に降格し、シーズン中も一軍出場はなかった。二軍では71試合に出場して打率.226, 出塁率.266ながらリーグ3位の14盗塁を記録し、3年連続の最多犠打、遊撃手として最高守備率も記録した。
2009年も春季キャンプの一軍メンバーに選ばれたが開幕は二軍で迎えた。二軍でも開幕から打撃不振で打率1割台だったが、4月14日に初めて一軍登録され、翌15日の対中日ドラゴンズ戦で初出場を果たした。その後も主に代走・守備固めとして起用されるが、5月31日の対北海道日本ハムファイターズ戦で延長12回二死1・2塁のチャンスで打席に立った際、フルカウントまで一球もスイングせずに三振に倒れ、翌日二軍に降格した。後に本人は「自分で決めに行く勇気がなかった」と暗に四球狙いの消極的姿勢だったことを認めた。が、7月5日に一軍復帰し、7月22日の対東京ヤクルトスワローズ戦でプロ初安打を記録した。8月4日の対中日戦では同じく自身初となるスタメン出場を果たした。この試合で中日の先発のチェン・ウェインから2安打を放ったが、その2本が阪神唯一の出塁であり、結果的に完全試合を阻止した形となった。またシーズンオフに開催されたU-26 NPB選抜 対 大学日本代表の試合では、阪神唯一の年齢制限枠代表として出場した。
2010年は60試合を超える一軍公式戦出場を果たし、初のヒーローインタビューも経験した。この年は内野手登録ながら4試合に外野手として出場。10月20日に宮崎で行われていたフェニックス・リーグに合流すると、出場機会を増やすために外野の守備練習を直訴、同リーグでの外野手出場を希望した[2]。
2011年もシーズン開幕から一軍メンバーに選ばれたが、5月13日の二軍戦で左肩を痛め登録を抹消される[3]。その後、8月5日に再び一軍登録され、8月7日の対ヤクルト戦で初めて一塁の守備についた。この年はおもに三塁の守備固めとして、右翼以外の内外野6ポジションについた。
2012年には、内野手登録のまま、オープン戦から主に中堅手として起用。そのまま開幕一軍入りを果たすと、打撃で得意としている左投手と対戦する試合を中心に、主に「2番・中堅手」としてたびたびスタメンに起用された。後半戦以降は上本博紀と共に俊足の1・2番に定着。シーズンを通して初めて100試合以上に出場した。
2013年には、内野手登録のまま、開幕から「2番・中堅手」としてレギュラーに定着。新たに加入した西岡剛との1・2番コンビで活躍する一方で、外野の守備では広い守備範囲でファインプレーをたびたび見せている。セ・パ交流戦期間中には極度の打撃不振で途中交代や打順の降格も経験したが、「9番・中堅手」で出場した6月1日の対オリックスバファローズ戦では、先発で完投した金子千尋から決勝打を含む二塁打を全打席(3打席連続)で放った[4]。
選手としての特徴・人物[編集]
ルーキー時代から高く評価されていた守備力[5]が持ち味で「守備だけなら一軍でも通用する」と首脳陣から太鼓判を押され、北京プレ五輪野球日本代表に招集された際には監督の星野仙一からも「阪神で一番守備が上手い」と評された。
打撃面では、プロとしては華奢な体格であるため、若手時代には長打力のなさや打率の低さが大きな課題になっていた。だが、2010年頃からは打撃面でも成長を見せている。特に左投手との対戦成績が良く、左腕投手のチェン・ウェインが中日ドラゴンズで先発陣の一角を担っていた2011年までは、チェンが先発する試合にスタメンで安打を放つことが多かった。現在の課題は、右投手と対戦した場合の打撃[6]。また、二軍では2年連続で最多犠打を記録し「バントが上手」と評価されていたが、2番打者として一軍のレギュラーに定着してからは送りバントの失敗が目立つようになった[7]。
走塁面では2006年は三塁打、2008年は盗塁数でウエスタン・リーグ上位の数字を記録しており、走力・技術ともに高い。
好物は肉料理とスイーツ。甲子園球場では、2013年のプロ野球シーズンから、大和の好物を盛り込んだコラボレーションメニューとして「若虎大和の大和魂肉弁当」を場内限定で発売している。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 2009 | 阪神 | 66 | 72 | 62 | 12 | 11 | 3 | 0 | 0 | 14 | 1 | 3 | 1 | 7 | 0 | 3 | 0 | 0 | 7 | 0 | .177 | .215 | .226 | .441 |
| 2010 | 62 | 50 | 44 | 19 | 12 | 0 | 1 | 0 | 14 | 4 | 8 | 3 | 1 | 1 | 4 | 0 | 0 | 8 | 1 | .273 | .327 | .318 | .645 | |
| 2011 | 47 | 62 | 51 | 13 | 12 | 1 | 1 | 0 | 15 | 6 | 5 | 1 | 5 | 3 | 3 | 0 | 0 | 6 | 0 | .235 | .263 | .294 | .557 | |
| 2012 | 128 | 349 | 311 | 29 | 80 | 13 | 3 | 0 | 99 | 26 | 17 | 8 | 19 | 0 | 15 | 0 | 4 | 46 | 3 | .257 | .300 | .318 | .618 | |
| 通算:4年 | 303 | 533 | 468 | 73 | 115 | 17 | 5 | 0 | 142 | 37 | 33 | 13 | 32 | 4 | 25 | 0 | 4 | 67 | 4 | .246 | .287 | .303 | .590 | |
- 2012年度シーズン終了時
年度別守備成績[編集]
| 年 度 |
一塁 | 二塁 | 三塁 | 遊撃 | 外野 | |||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | 試合 | 刺殺 | 補殺 | 失策 | 併殺 | 守備率 | |
| 2009 | - | 53 | 57 | 70 | 1 | 15 | .992 | - | 2 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | - | |||||||||||||||
| 2010 | - | 44 | 30 | 43 | 2 | 9 | .973 | - | 7 | 4 | 11 | 0 | 2 | 1.000 | 4 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | ||||||||||
| 2011 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 11 | 15 | 15 | 0 | 3 | 1.000 | 27 | 6 | 12 | 5 | 1 | .783 | 1 | 2 | 2 | 0 | 0 | 1.000 | 2 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- |
| 2012 | - | 4 | 7 | 6 | 1 | 3 | .929 | - | - | 115 | 171 | 4 | 1 | 0 | .994 | |||||||||||||||
| 通算 | 4 | 4 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 112 | 109 | 134 | 4 | 30 | .972 | 27 | 6 | 12 | 5 | 1 | .783 | 10 | 7 | 16 | 0 | 2 | 1.000 | 121 | 171 | 4 | 1 | 0 | .994 |
- 2012年度シーズン終了時
記録[編集]
- 初出場:2009年4月15日、対中日ドラゴンズ1回戦(阪神甲子園球場)、8回表に二塁手で出場
- 初打点:2009年4月25日、対広島東洋カープ5回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、7回表に林昌樹から二塁ゴロ
- 初盗塁:2009年7月19日、対読売ジャイアンツ12回戦(東京ドーム)、10回表に二盗(投手:マーク・クルーン、捕手:加藤健)
- 初安打:2009年7月22日、対東京ヤクルトスワローズ12回戦(阪神甲子園球場)、4回裏に館山昌平から中前安打
- 初先発出場:2009年8月4日、対中日ドラゴンズ12回戦(ナゴヤドーム)、2番・二塁手で先発出場
- 初打点:2009年8月7日、対広島東洋カープ12回戦(MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島)、9回表に小松剛から投前スクイズ
- 初猛打賞:2012年4月22日、対横浜DeNAベイスターズ6回戦(横浜スタジアム)、7回表に佐藤祥万から左前三塁打
背番号[編集]
- 66 (2006年 - 2010年)
- 0 (2011年 - )
登録名[編集]
- 前田 大和(まえだ やまと)(2006年)
- 大和(やまと)(2007年 - )
登場曲[編集]
- 「宇宙戦艦ヤマト」ささきいさお( - 2010年、2012年 - )※一軍公式戦への出場機会が増えるにつれて、「(大和の名前と重なる)サビのフレーズを絶叫する」という応援スタイルがファンの間で浸透している。
- 「ムンディアル」Daddy Yankee(2011年)
脚注[編集]
- ^ “「高校野球? 見とるよ」/岡田監督”. nikkansports.com (日刊スポーツ). (2010年3月30日) 2012年11月2日閲覧。
- ^ 阪神・大和「試合出たい」外野練習を志願 - ウェイバックマシン (2010年10月23日アーカイブ分) - サンケイスポーツ(2010年10月21日)
- ^ “大和 前半戦復帰は絶望…”. DAILY SPORTS ONLINE (デイリースポーツ). (2011年5月14日) 2012年11月2日閲覧。
- ^ “打順降格の大和が意地の決勝2点二塁打”. DAILY SPORTS ONLINE (デイリースポーツ). (2013年6月2日) 2013年6月5日閲覧。
- ^ 本間勝 (2006年3月17日). “虎の穴の良き友になれ”. ウエスタン一番星. 日刊スポーツ. 2012年11月2日閲覧。
- ^ “和田監督、覇気なし野手にいきなり喝!”. DAILY SPORTS ONLINE (デイリースポーツ): p. 2. (2012年11月2日) 2012年11月2日閲覧。
- ^ “阪神・和田監督、2度のバント失敗に怒ッ!”. サンケイスポーツ. (2013年4月10日) 2013年6月5日閲覧。
関連項目[編集]
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