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グレッグ・バレンタイン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
グレッグ・バレンタイン
グレッグ・バレンタインの画像
2008年
プロフィール
リングネーム グレッグ "ザ・ハンマー" バレンタイン
ジョニー・バレンタイン・ジュニア
ジョニー・ファーゴ
ベビーフェイス・ネルソン
ブルー・ナイト
本名 グレゴリー・ウィスニスキー
ニックネーム ザ・ハンマー
金髪の爆撃機
身長 183cm
体重 113kg(全盛期)
誕生日 (1951-09-20) 1951年9月20日(73歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ワシントン州の旗 ワシントン州
キング郡シアトル
トレーナー ジョニー・バレンタイン
スチュ・ハート
ザ・シーク
デビュー 1970年
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グレッグ・バレンタインGreg Valentine、本名:Jonathan Anthony Wisniski1951年9月20日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーワシントン州シアトル出身。

「金髪の妖鬼」の異名で呼ばれたジョニー・バレンタインの息子で、父親譲りの強烈なエルボー攻撃から、ザ・ハンマーThe Hammer)のニックネームを持つ[1]

父親と比べると小柄ではあったが、ヒールのメインイベンターとしてNWAの主要テリトリーやWWF(現:WWE)などのメジャー団体で実績を築いた[2]

来歴

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学生時代にアルバイトとしてリングに上がった経験を持つ[2]1970年カルガリースチュ・ハートの門下生となり本格的にプロレスを学び、同年7月にアンジェロ・モスカを相手にデビュー(5分ほどで敗退)。その後ザ・シークの元でもトレーニングを受けている。

若手時代はベビーフェイス・ネルソンBaby Face Nelson)やジョニー・ファーゴJohnny Fargo)などのリングネームを名乗り、AWA傘下のローカル・エリアやNWFテキサスアマリロ地区などで試合をしていた。NWFではドン・ファーゴとのファビュラス・ファーゴズThe Fabulous Fargos)として[1]1972年5月11日にドミニク・デヌーチ&トニー・パリシのイタリアン・コネクションからNWF世界タッグ王座を奪取している[3]

1974年からエディ・グラハムの主宰するNWAフロリダ地区に移り、当初はジョニー・バレンタイン・ジュニアJohnny Valentine, Jr.)、後にグレッグ・バレンタインGreg Valentine)の名前で活動する。当時、父親のジョニー・バレンタインはまだ現役選手として第一線で活躍しており、父の意向から息子ではなく「弟」と称していた(息子がデビューするほどの年齢であることが公になると、自分の商品価値が下がってしまうとジョニーが懸念したため[4])。

1975年2月14日、ロサンゼルスオリンピック・オーディトリアムエドワード・カーペンティアからNWAアメリカス・ヘビー級王座を奪取して注目を浴び[2]、4月25日には当時ジャック・ブリスコの保持していたNWA世界ヘビー級王座に初挑戦した[5]

同年10月、父ジョニーやリック・フレアーが乗ったセスナ機が墜落するという事故が起きる。この時の怪我でジョニーは引退[6]。この事故後にグレッグはジョニー・バレンタインの息子であるということを公表し、1976年よりジム・クロケット・ジュニア主宰のNWAミッドアトランティック地区を主戦場とする[1]。父のパートナーでもあったフレアーとの金髪コンビで同地区認定のタッグ王座を何度となく獲得し、次代を担うヒールとして期待された[4]

1978年12月より、ビンス・マクマホン・シニア時代のWWFに登場。1979年2月19日と3月26日、ニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンボブ・バックランドWWFヘビー級王座に連続挑戦(初戦では60分時間切れ引き分け)[7]、メインイベンターの地位を確立した[4]1983年まではWWFとNWAを行き来しながら試合をしており、NWAではフレアーやワフー・マクダニエルロディ・パイパーディック・スレーターらと抗争を展開し、USヘビー級王座(後のWCW・US王座、現在のWWE・US王座)を3回に渡って獲得するなどトップ戦線で活躍した[8]

ホンキー・トンク・マン(後方)とのタッグチーム、リズム&ブルース

1984年より、ビンス・マクマホン・ジュニアの新体制下で全米侵攻を開始していたWWFに定着[9]ジミー・ハートマネージャーに、ハルク・ホーガンWWF世界ヘビー級王座に挑戦する一方、ティト・サンタナインターコンチネンタル・ヘビー級王座を巡り名勝負を繰り広げる(1984年9月24日にサンタナを破り王座を獲得後、ジミー・スヌーカジャンクヤード・ドッグイワン・プトスキートニー・アトラスサージェント・スローターリッキー・スティムボートバリー・ウインダムらの挑戦を退け、翌年7月6日にサンタナに奪還されるまで戴冠していた)[10]

1985年からはジョニー・バリアントをマネージャーに迎え、ブルータス・ビーフケーキとのドリーム・チームThe Dream Team)で活動[1]。8月24日にウインダム&マイク・ロトンドUSエクスプレスからWWF世界タッグ王座を奪取し、1986年4月7日のレッスルマニア2において、ダイナマイト・キッド&デイビーボーイ・スミスブリティッシュ・ブルドッグスに敗れるまで戴冠した[11]。ビーフケーキとの仲間割れ後はディノ・ブラボーを新パートナーにドリーム・チームを再編している[1]。バリアントのWWF離脱後は再びハートがマネージャーとなり、1988年3月27日のレッスルマニアIVでは、空位となっていたWWF世界ヘビー級王座の新王者決定トーナメントに出場。1回戦ではNWA時代からの宿敵スティムボートを破ったが、2回戦でランディ・サベージに敗退した[12]1989年にはホンキー・トンク・マンリズム&ブルースRhythm and Blues)を結成し、ブレット・ハート&ジム・ナイドハートハート・ファウンデーションなどと抗争した[1]

1991年のWWF離脱後はWCWに参戦。1992年2月17日、テリー・テイラーと組んでロン・シモンズ&ビッグ・ジョッシュからUSタッグ王座を奪取している[13]プエルトリコWWCにも参戦して、1993年8月8日にトーナメント決勝でインベーダー1号を破り、前王者カルロス・コロンの引退で空位となっていたユニバーサル・ヘビー級王座を獲得した[14]

セミリタイア後の2000年代もインディー団体への出場を続け、2004年WWE殿堂に迎えられた(インダクターはジミー・ハート)[1]2008年3月31日には、WWE・RAWにて行われたフレアーの引退セレモニーに出席した[15]

日本での活動

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1975年5月、新日本プロレスの『ゴールデン・ファイト・シリーズ』に初来日[2]アントニオ猪木坂口征二ストロング小林とシングルマッチで対戦し[16]、特別参加したアンドレ・ザ・ジャイアントタイガー・ジェット・シンのパートナーにも起用された[17]。以降も新日本には度々参戦して、再来日時の同年12月4日にはイワン・コロフと組んで猪木&坂口の北米タッグ王座に挑戦[18]。同王座には1979年11月16日にも、マサ斎藤とのコンビで新王者チームの坂口&長州力に挑戦している[19]。同年12月4日には大阪府立体育館にて、藤波辰巳が保持していたWWFジュニアヘビー級王座に体重を減らして挑戦、好勝負を展開した[20]

1984年9月にはWWFインターコンチネンタル・ヘビー級王者として新日本プロレスの『ブラディ・ファイト・シリーズ』後半戦に特別参加[21]。シリーズ最終戦となる9月20日の大阪府立体育館大会では、ノンタイトル戦ながら当時WWFインターナショナル・ヘビー級王者であった藤波とのインター王者同士の対戦が実現している(結果は逆さ押さえ込みで藤波の勝利)[22]

1990年代日米レスリングサミットSWSバトラーツ、初期の大日本プロレスなどにも来日しており、1990年4月13日の日米レスリングサミットではザ・グレート・カブキとシングルマッチで対戦した[23]

得意技

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獲得タイトル

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ブルータス・ビーフケーキ(右)と組んでのWWF世界タッグ王者時代(1985年)
アメリカン・レスリング・アソシエーション
  • AWA中西部タッグ王座:1回(w / ジェリー・ミラー)[24]
ナショナル・レスリング・フェデレーション
  • NWF世界タッグ王座:2回(w / ドン・ファーゴ)[3]
NWAウエスタン・ステーツ・スポーツ
  • NWAウエスタン・ステーツ・タッグ王座:1回(w / ドン・ファーゴ)[25]
NWAハリウッド・レスリング
  • NWAアメリカス・ヘビー級王座:2回[26]
  • NWAビート・ザ・チャンプTV王座:2回[27]
NWAトライステート
ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
メープル・リーフ・レスリング
ワールド・レスリング・フェデレーション / ワールド・レスリング・エンターテインメント
ワールド・チャンピオンシップ・レスリング
ワールド・レスリング・カウンシル
  • WWCカリビアン・ヘビー級王座:1回[36]
  • WWCユニバーサル・ヘビー級王座:1回[14]
インディー
  • NWA北米ヘビー級王座:1回(1994年にダラスで新設されたインディー団体のタイトル)
  • IWCCWヘビー級王座:1回
  • AWFタッグ王座:1回(w / トミー・リッチ[1]

マネージャー

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脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i Greg Valentine”. Online World of Wrestling. 2024年5月21日閲覧。
  2. ^ a b c d 週刊ゴング増刊『THE WRESTLER BEST1000』P188(1996年、日本スポーツ出版社
  3. ^ a b NWF World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  4. ^ a b c 月刊ゴング増刊『THE WRESTLER BEST100』P229(1981年、日本スポーツ出版社)
  5. ^ Show @ Los Angeles 1975/04/25”. Wrestlingdata.com. 2024年5月21日閲覧。
  6. ^ Johnny Valentine”. Online World of Wrestling. 2024年5月21日閲覧。
  7. ^ WWE Yearly Results 1979”. The History of WWE. 2024年5月21日閲覧。
  8. ^ a b NWA United States Heavyweight Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月29日閲覧。
  9. ^ The WWE matches fought by Greg Valentine in 1984”. Wrestlingdata.com. 2024年5月21日閲覧。
  10. ^ a b WWE Intercontinental Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  11. ^ a b WWF/WWF/WWE World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  12. ^ WWF WrestleMania IV "What The World Is Watching"”. Cagematch.net. 2024年5月21日閲覧。
  13. ^ a b WCW United States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月29日閲覧。
  14. ^ a b WWC Universal Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  15. ^ WWE Raw Results: March 31, 2008”. Online World of Wrestling. 2024年5月21日閲覧。
  16. ^ The NJPW matches fought by Greg Valentine in 1975”. Wrestlingdata.com. 2024年10月28日閲覧。
  17. ^ NJPW 1975 Golden Fight Series”. Puroresu.com. 2024年10月28日閲覧。
  18. ^ NJPW Toukon Series II 1975 - Tag 34”. Cagematch.net. 2024年5月21日閲覧。
  19. ^ 坂口征二公認ファンクラブ荒鷲【北米タッグ戦史】”. Facebook.com. 2024年5月21日閲覧。
  20. ^ NJPW Toukon Series 1979 - Tag 33”. Cagematch.net. 2024年5月21日閲覧。
  21. ^ NJPW 1982 Big Fight Series”. Puroresu.com. 2024年10月28日閲覧。
  22. ^ The NJPW matches fought by Greg Valentine in 1984”. Wrestlingdata.com. 2024年5月21日閲覧。
  23. ^ WWF/AJPW/NJPW Wrestling Summit”. Cagematch.net. 2024年5月21日閲覧。
  24. ^ AWA Midwest Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  25. ^ NWA Western States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  26. ^ NWA Americas Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  27. ^ Beat the Champ Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  28. ^ NWA United States Tag Team Title [Mid-South/Tri-State]”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  29. ^ NWA World Tag Team Title [Mid-Atlantic]”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  30. ^ NWA Mid-Atlantic Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  31. ^ NWA Mid-Atlantic Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  32. ^ NWA Mid-Atlantic Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  33. ^ NWA Canadian Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。
  34. ^ History of the WWE Intercontinental Championship”. WWE.com. 2024年5月21日閲覧。
  35. ^ History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2015年3月29日閲覧。
  36. ^ WWC Caribbean Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月21日閲覧。

外部リンク

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