ドルフ・ジグラー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ドルフ・ジグラー
Dolph Ziggler April 2014.jpg
プロフィール
リングネーム ドルフ・ジグラー
ニッキー
本名 ニコラス・セオドア・ネメス
ニックネーム ザ・ショーオフ
ザ・ナチュラル
身長 183cm
体重 99kg
誕生日 (1980-07-27) 1980年7月27日(36歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
オハイオ州の旗 オハイオ州クリーブランド
所属 WWE
スポーツ歴 レスリング
トレーナー OVW
スティーブ・カーン
トム・プリチャード
ランス・ストーム
テンプレートを表示

ドルフ・ジグラーDolph Ziggler)のリングネームで知られるニック・ネメスNicholas Theodore Nemeth1980年7月27日 - )は、アメリカ合衆国プロレスラーオハイオ州クリーブランド出身[1]WWE所属。

来歴[編集]

2004年 - 2007年[編集]

ケント州立大学時代はアマレスで活躍。2004年にWWEとディベロップメント契約を交わし、傘下団体であるOVWで活動。2005年9月、白人至上主義の上流階級ギミックのカーウィン・ホワイトというリングネームで活動していたチャボ・ゲレロの付き人役として登場し、チャボと共に活動。11月、エディ・ゲレロが死亡し、それを受けてチャボがリングネームを本名に戻したため、活動の場を失いOVWへ降格。

OVWでニッキーとしてスピリット・スクワッドの一員となり、2006年1月、RAWにてジェリー・ローラー vs ジョナサン・コーチマンの試合に乱入。ビンス・マクマホンシェイン・マクマホンの手先となり、ビンスと抗争中であったショーン・マイケルズと抗争。4月、メンバーのケニーとマイキー vs ビッグ・ショーケイン世界タッグ王座戦でベルトの奪取をアシスト。D-ジェネレーションXとの抗争後、Cyber Sunday 2006で世界タッグ王座から陥落。仲間割れを起こしユニットを解散。そして再びOVWに降格となった。

2008年 - 2010年[編集]

2008年9月、再びRAWに登場。リングネームをドルフ・ジグラーに改め、誰彼問わず自己紹介し、自分のことをアピールするギミックになった。デビュー戦ではバティスタに負けるものの、その後はRトゥルースチャーリー・ハースに勝利を収める。

2009年、追加ドラフトによりSmackDown!へ移籍。MVPUS王座を賭けて挑戦するも王座奪取とはならなかった。US王座挑戦後、グレート・カリと抗争開始。6月28日、The Bash 2009にてノーDQマッチを行い試合中にケインが乱入し、カリを襲撃。そしてカリからフォールを奪い勝利した。

7月10日、SmackDown!で試合後のレイ・ミステリオを襲撃して抗争を開始。ミステリオと抗争中にマリアとの恋愛ストーリーが開始するが、自身が振る形で終了。7月、Night of Champions 2009、8月のSummerSlam 2009とミステリオが保持するIC王座に挑戦するが、王座奪取とはならなかった。ミステリオの謹慎に伴い、IC王者となったジョン・モリソンと抗争を開始。

2010年3月、WrestleMania XXVIではマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに出場するが優勝は逃す。WrestleMania XXVI後、ヴィッキー・ゲレロと恋愛アングルを開始。8月6日、SmackDown!でコフィ・キングストンとIC王座戦を行い勝利、初のベルトを獲得。

NXTシーズン4ではジェイコブ・ノヴァックを指導するプロとして登場。

2011年[編集]

2011年1月7日、SmackDown!で行われたコフィ・キングストンとのIC王座戦に敗れ、王座から陥落。しかし直後にヴィッキーの手筈でコーディ・ローデス vs ドリュー・マッキンタイア vs ビッグ・ショーWWE世界ヘビー級王座の第一挑戦者権利争奪マッチに出場。コーディからフォールを奪って勝利した。

2月18日、SmackDown!にてWWE世界ヘビー級王座を獲得。しかし、直後に復帰したGMであるセオドア・ロングの命令で王座戦をエッジと行い敗戦。王座から陥落。ロングとの抗争後、ヴィッキーと共にRAWに移籍。

US王者時代(2011年頃)

RAW移籍後、ヴィッキー & レイ・クールと組んでモリソン & トリッシュ・ストラタス & スヌーキーと抗争。4月3日、WrestleMania XXVIIにてミックスドタッグマッチを行うが敗戦。

5月22日、Over the Limit 2011にてコフィ・キングストンからUS王座を奪取。ジャック・スワガーが仲間に加わり、WWEタッグ王座戦線に乗りこんだ。

2012年[編集]

2012年、CMパンクが保持するWWE王座に挑戦。WrestleMania XXVIIIではジョン・ロウリネイティスの派閥の一員として活躍。

7月22日、WWE Money in the Bank 2012にてSmackDown!のマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチで優勝。

その後、恋人となったAJ、そしてボディガードとして登場したビッグ・E・ラングストンも加わり3人で活動を開始。

2013年[編集]

2013年4月7日、Wrestle Mania 29にてラングストンとのタッグでヘル・ノーに王座戦で敗戦。同月8日、RAWにてマネー・イン・ザ・バンクの権利を行使。アルベルト・デル・リオからWWE世界ヘビー級王座を奪取。

5月19日、Extreme Rules 2013にてラダーマッチが予定されていたが、脳震盪を起こしてしまい欠場を余儀なくされてしまう。6月16日、Payback 2013にてデル・リオとWWE世界ヘビー級王座戦を行うが敗戦。頭部を狙った非情な攻撃をしたデル・リオがヒールターンしたのと同時にベビーターン。ベビーターン後、AJと別れ、抗争へと展開。

2014年[編集]

2014年5月、不仲であったヒュー・ジャックマンと和解を果たす。

8月17日、SummerSlam 2014にて2度目となるIC王座を獲得。9月21日、RAWにて3度目となるIC王座を獲得。12月14日、TLC&S 2014にて、ルーク・ハーパーとIC王座争奪ラダーマッチを行い勝利。4度目のIC王座戴冠を成し遂げる。

2015年[編集]

2015年1月、RAWで、バッドニュース・バレットとのIC王座戦を組まれる。王座を防衛したかと思いきや、試合直後にケインに三本勝負を宣告され残り2本を落とし逆転され敗戦し王座を失う。また、脳震盪のリハビリを行うための戦線離脱する際に解雇されるというアングルが組まれた。

2016年[編集]

2016年10月9日、No Mercy 2016でIC王座を保持するザ・ミズと対戦。ミズの妻であるマリースとスピリット・スクワッド時代の仲間であったケニー & マイキーの介入もあり苦戦するがレフェリーが3人に退場を宣告すると同時にミズにスーパーキックを決めて勝利。5度目の王座戴冠となった[2]

得意技[編集]

フィニッシャー。飛びつき式のリバース・ブルドッグ[3]スリング・ブレイドのように自分の身体を捻って決めるパターンも存在する。
ジグザグに続く頻度でフィニッシャーとして使用される。
数多い使用者の中でも随一の使い手として知られるショーン・マイケルズのようなムーブも時折見せる。
この技でケインザ・グレート・カリマーク・ヘンリーを倒したこともある。
倒れている相手に何発かエルボーを放ち、その後一旦止まり、髪を撫でつけるアピールをしてから最後にジャンプしてエルボーを落とす。ジャンプしてのエルボーのみの場合もある。
  • ネーム・ドロッパー / フェイマサー
倒れている状態ではなく前傾姿勢の相手に放つことが多い。
ビリー・ガンフェイマサーと同型技。
FCW時代に使用していた。シェルトン・ベンジャミンのペイ・ダートと同型の技。

その他[編集]

  • 弟のライアン・ネメスはFCWでブライリー・ピアースのリングネームで活動。
  • いわゆるヘタレヒールとしての立場を確立しており、オーバーリアクション気味な受けには定評がある。あるハウスショーではジョン・シナ、CMパンク、コフィ・キングストン、ザック・ライダー、イヴのフィニッシャーを立て続けに受けきった事もある。ちなみに、この日は彼の誕生日だった。
  • ヒール時代から会場人気は上々で、特に若年層男性からは爆発的な声援を得ていた。デルリオのヒールターンと同時にフェイスターンして以降は、老若男女問わず会場全体から声援を受け闘っている。
  • ヒール時代とベビーフェイス時代で、特にファイトスタイルは変わっていない。これについて本人は、「(自分はスタイルを変えてないのにファンの声援が増えてきて)正直、痛快な気分だった」と話している。
  • スピリット・スクワッド解散後、下部組織も含めて一貫してWWEに所属し続けている唯一のメンバー。

獲得タイトル[編集]

WWE

入場曲[編集]

  • Never Thought My Life Could Be This Good
  • Team Spirit
  • Big Style
  • Time to Shout
  • I am Perfection (Cage 9)
  • I am Perfection (en:Downstait)
上記、ケージ・ナインのカバー曲。
  • Here To Show The World (Downstait) - 現在使用中

脚注[編集]

  1. ^ Dolph Ziggler”. Online World of Wrestling. 2016年10月10日閲覧。
  2. ^ WWE No Mercy Results – 10/9/16 (Live from Sacramento, Styles vs. Cena vs. Ambrose kicks off the show)”. Wrestleview.com. 2016年10月9日閲覧。
  3. ^ WWE.com: Finlay vs. Dolph Ziggler”. WWE. 2013年2月1日閲覧。 “The distraction allows Ziggler to deliver the reverse bulldog for the win.”

外部リンク[編集]