マイク・ロトンド

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マイク・ロトンド
Irwin R Schyster in 1994.jpg
IRS(1994年)
プロフィール
リングネーム マイク・ロトンド
IRS
アーウィン・R・シャイスター
マイケル・ウォールストリート
V・K・ウォールストリート
ミスター・ウォールストリート
キャプテン・マイク・ロトンド
マイク・ロタンダ
本名 ローレンス・マイケル・ロタンダ
ニックネーム タックスマン
マルサの男
戦う証券マン
黒の体育会
身長 191cm
体重 112kg(全盛時)
誕生日 1958年3月30日(57歳)
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
フロリダ州の旗 フロリダ州
セントピーターズバーグ
スポーツ歴 レスリング
トレーナー ディック・ベイヤー
デビュー 1981年9月22日
引退 2004年5月4日
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マイク・ロトンドMike Rotundo1958年3月30日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラーフロリダ州セントピーターズバーグ出身。本名はローレンス・マイケル・ロタンダLawrence Michael Rotunda)。

IRSことアーウィン・R・シャイスターIrwin R. Schyster)、マイケル・ウォールストリートMichael Wallstreet)などのリングネームで知られる。

ブラックジャック・マリガンの娘婿で、バリー・ウインダムケンドール・ウインダムとは義兄弟にあたる。息子のウィンダム・ロタンダ(デューク・ロトンド / ブレイ・ワイアット)テイラー・ロタンダ(ボー・ロトンド / ボー・ダラス)もプロレスラーである。

来歴[編集]

シラキュース大学レスリング選手として活躍後、大学の先輩であるザ・デストロイヤーにスカウトされ、1981年9月22日、西ドイツにてプロデビュー[1]

1982年より、アメリカノースカロライナ州に本拠を置くジム・クロケット・ジュニア主宰のMACWで活動。レスリングの素地を持つ技巧派のベビーフェイスとして頭角を現し、同年12月25日にレロイ・ブラウンからNWAミッドアトランティックTV王座を奪取[2]。翌1983年8月7日にはカナダトロントにて、ドン・カヌードルを破りNWAカナディアンTV王座を獲得した[3]

1983年9月より、エディ・グラハムが主宰していた地元フロリダCWFを主戦場とし、9月24日にロン・バスからフロリダ版のNWA南部ヘビー王座を奪取[4]、12月16日にはトーナメント決勝でグレッグ・バレンタインを破りNWAフロリダ・ヘビー級王座を獲得した[5]。CWFではバリー・ウインダムとのタッグチームでも活動し、1984年3月14日にロン・バス&ブラック・バートのロング・ライダーズからUSタッグ王座を奪取[6]。以降も同王座を巡り、ロング・ライダーズと抗争を展開した[6]

1984年末、バリー・ウインダムと共にWWFに移籍。フェイスターンしていたキャプテン・ルー・アルバーノマネージャーに迎え、"USエクスプレス" のチーム名で活躍[7]。翌1985年1月21日、ディック・マードック&アドリアン・アドニスのノース・サウス・コネクションを破り、WWF世界タッグ王座を獲得する[8]。3月31日にニューヨークマディソン・スクエア・ガーデンで開催されたレッスルマニア第1回大会アイアン・シーク&ニコライ・ボルコフに奪取されるも6月17日に奪還、8月24日にグレッグ・バレンタイン&ブルータス・ビーフケーキのドリーム・チームに敗れるまで戴冠した[8]

1986年1月、ウインダムとのコンビで全日本プロレスに初来日[9]。この時点でUSエクスプレスはWWFを離脱していたが、ロトンドは以降もWWFに単発出場し、ダニー・スパイビーとの新チーム "アメリカン・エクスプレス" などで活動、ブレット・ハート&ジム・ナイドハートハート・ファウンデーションアックス&スマッシュデモリッションとも対戦した[10][11]

1987年3月15日には古巣のCWFにおいてエド・ガントナーを破りNWAフロリダ・ヘビー級王座に返り咲き、6月7日にもドリー・ファンク・ジュニアを下して再び戴冠、同年にCWFはMACWに吸収合併されたため、同王座の最後のチャンピオンとなった[5]。以降、かつての活動拠点であったMACWに主戦場を移す。

同年末にヒールに転向し、リック・スタイナーと大学のレスリング部をモチーフとした体育会系ユニット "バーシティ・クラブ" を結成。試合用コスチュームもショートタイツからアマレス選手スタイルのショルダータイツとなった。スタイナーと仲間割れ後の1988年9月からはスティーブ・ウィリアムスを新パートナーに活動(マネージャーはケビン・サリバンが務め、後にダニー・スパイビーも加入)。1989年4月2日、ウィリアムスと組んでロード・ウォリアーズを破りNWA世界タッグ王座を獲得した[12]

バーシティ・クラブ解散後、MACWを買収したWCWにて、1990年11月より証券アナリストギミックマイケル・ウォールストリートに変身。以降、1990年代は頭脳派のホワイトカラー系ヒールとして活躍し、1991年3月の新日本プロレス来日[13]を経て、同年4月よりアメリカ国税局(Internal Revenue Service)と同じイニシャルのIRSことアーウィン・R・シャイスター(Irwin R. Schyster)を名乗りWWFに参戦[14]ワシントンD.C.出身の元IRS収税吏というキャラクター設定のもと、眼鏡にスーツ姿でブリーフケースを手に、マイクで観客に納税を促しながらリングに登場。Yシャツにネクタイ、スラックス姿のまま試合を行うなど、WCWでのマイケル・ウォールストリートをさらに発展させたギミックで注目を集め、ハクソー・ジム・ドゥガンビッグ・ボスマンなどのブルーカラー系のベビーフェイスと抗争を繰り広げた[15]

1992年からは金満家ギミックの"ミリオンダラー・マン" テッド・デビアスと "マネー・インコーポレーテッドマネー・インク)" なるタッグチームを結成[16]。同年2月7日、リージョン・オブ・ドゥームを破りWWF世界タッグ王座を再び獲得[8]1993年4月4日のレッスルマニアIXでは、ハルク・ホーガン&ブルータス・ビーフケーキのザ・メガマニアックスを挑戦者チームに防衛戦を行い、デビアスと共にホーガンのWWF復帰戦の相手を務めた[17]。その後もWWFに定着し、デビアスとのマネー・インクではナチュラル・ディザスターズスタイナー・ブラザーズ、シングルではタタンカレイザー・ラモンなどと抗争を展開した[18][19]

1995年9月、WWFを離脱してWCWに移籍。ビンセント・ケネディ・マクマホンのイニシャルをもじったV・K・ウォールストリートを名乗ってWWFからの回し者キャラクターを演じ[7]、初戦となる9月11日放送のマンデー・ナイトロにてスティングUSヘビー級王座に挑戦した[20]1997年からはnWoの一員となり、同年6月にマイケル・ウォールストリートの名で新日本プロレスに6年ぶりに来日[21]。以降も1999年まで新日本プロレスに再三来日し、蝶野正洋率いるnWoジャパンおよびTEAM 2000で活躍した[1]

WCW離脱後は日本を主戦場とするようになり、2000年11月には全日本プロレスでスティーブ・ウィリアムスとバーシティ・クラブを再結成し世界最強タッグ決定リーグ戦に出場、12月9日の日本武道館での決勝戦で川田利明&渕正信を破り優勝を果たした[22]2001年2月24日には、博多スターレーンにて太陽ケア&ジョニー・スミス世界タッグ王座にウィリアムスと組んで挑戦している[23]

2003年11月にはバリー・ウインダムとのUSエクスプレスでIWAジャパンに参戦[24]。翌2004年5月4日、同団体の後楽園ホール大会で引退試合が行われ、ウインダム&三宅綾と組み、ジム・ドゥガン、ロード・ウォリアー・アニマル松田慶三のトリオと6人タッグマッチで対戦(レフェリーはテッド・デビアス)[25]、ドゥガンからフォールを奪い勝利を飾った。

引退後は、2006年よりWWEのロード・エージェントとして活動[7]。番組内にも時折登場し、2010年3月29日のRAWで行われたクリスチャンテッド・デビアス・ジュニアランバージャック・マッチでは、テッド・デビアス、ニック・ボックウィンクルパット・パターソンサージェント・スロータートニー・ガレアリッキー・スティムボートロディ・パイパージェリー・ローラーアーン・アンダーソンらと共に、レジェンドの1人としてランバージャック役を務めた[7]

得意技[編集]

獲得タイトル[編集]

ミッドアトランティック・チャンピオンシップ・レスリング
メープル・リーフ・レスリング
  • NWAカナディアンTV王座:1回[3]
チャンピオンシップ・レスリング・フロム・フロリダ
ワールド・レスリング・フェデレーション

脚注[編集]

  1. ^ a b 『新日本プロレス 来日外国人選手 PERFECTカタログ』P45(2002年、日本スポーツ出版社
  2. ^ a b NWA Mid-Atlantic Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月11日閲覧。
  3. ^ a b NWA Canadian Television Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月11日閲覧。
  4. ^ a b NWA Southern Heavyweight Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月11日閲覧。
  5. ^ a b c NWA Florida Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月11日閲覧。
  6. ^ a b c NWA United States Tag Team Title [Florida]”. Wrestling-Titles.com. 2015年3月11日閲覧。
  7. ^ a b c d Wrestler Profiles: Mike Rotundo”. Online World of Wrestling. 2015年3月11日閲覧。
  8. ^ a b c d History of the WWE World Tag Team Championship”. WWE.com. 2015年3月11日閲覧。
  9. ^ The AJPW matches fought by Mike Rotunda in 1986”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  10. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1986”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  11. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1987”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  12. ^ a b NWA World Tag Team Title [Mid-Atlantic/WCW]”. Wrestling-Titles.com. 2010年9月17日閲覧。
  13. ^ The NJPW matches fought by Mike Rotunda in 1991”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  14. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1991”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  15. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1992”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  16. ^ Tag Team Profiles: Money Inc.”. Online World of Wrestling. 2015年3月11日閲覧。
  17. ^ WWF WrestleMania IX”. Cagematch.net. 2015年3月11日閲覧。
  18. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1993”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  19. ^ The WWE matches fought by Mike Rotunda in 1994”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  20. ^ The WCW matches fought by Mike Rotunda in 1995”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  21. ^ The NJPW matches fought by Mike Rotunda in 1997”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  22. ^ The AJPW matches fought by Mike Rotunda in 2000”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  23. ^ The AJPW matches fought by Mike Rotunda in 2001”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  24. ^ The IWA Japan matches fought by Mike Rotunda in 2003”. Wrestlingdata.com. 2015年3月11日閲覧。
  25. ^ IWA Japan Mike Rotundo Retirement Show”. Cagematch.net. 2015年3月11日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]