シェイマス

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シェイマス
Sheamus March 2015.jpg
プロフィール
リングネーム シェイマス
キング・シェイマス
シェイマス・オショネシー
本名 ステファン・ファレリー
ニックネーム ケルティック・ウォリアー
グレート・ホワイト・シャーク
身長 193cm
体重 121kg
誕生日 (1978-01-28) 1978年1月28日(38歳)
出身地 アイルランドの旗 アイルランド
ダブリン州ダブリン
所属 WWE
トレーナー ラリー・シャープ
デビュー 2002年
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シェイマスSheamus)のリングネームで知られるステファン・ファレリーStephen Farrelly1978年1月28日 - )は、アイルランドプロレスラーダブリン出身[1]。現在はアメリカプロレス団体であるWWEに所属。

実況からはケルトの戦士Celtic Warrior)やシロザメGreat White Shark)と呼ばれている。

来歴[編集]

キャリア初期[編集]

ラリー・シャープのモンスター・ファクトリーでトレーニングを開始し、2002年にプロレスラーとしてデビュー。2006年頃までヨーロッパで活動する。

WWE[編集]

FCW[編集]

2007年WWEと契約を交わし入団。下部組織のFCWで活動。2008年にはジャック・スワガーからFCWフロリダヘビー級王座を奪取した。

2009年[編集]

2009年6月30日、ECWでTVデビュー。しばらくはジョバーを相手に試合をしていたが、その後ゴールダストシェルトン・ベンジャミンと抗争を展開。10月末にRAWへ移籍し、11月23日放送のバトルロイヤルで勝ち残りWWE王座の第一挑戦者となる。そして12月13日に開催されたTLCでのテーブルマッチジョン・シナを破り、WWE王座を獲得した。

2010年[編集]

2010年、キング・シェイマス時代

2010年ランディ・オートンと抗争を開始。ロイヤルランブルでWWE王座をかけて一騎討ちを行い、反則勝ちながらも防衛に成功した。 しかし、2月に行われたエリミネーション・チェンバーでのチェンバー戦では、トリプルHにフォールされ、WWEデビュー以来続いていた無敗を止められると共に、WWE王座を失った。これがきっかけとなりトリプルHと抗争を開始する。そしてWrestleMania XXVIではトリプルHに敗れたものの、続くエクストリーム・ルールズでは勝利。ジョン・シナの持つWWE王座に狙いを定めWWE王座戦線に参入し、6月20日に開催されたフェイタル・4ウェイでは、王者シナ・オートン・エッジの3選手と戦い、ネクサスの乱入もありシナからピンフォールを奪い、2度目のWWE王座戴冠となった。その後も防衛戦を行うものの、マネー・イン・ザ・バンクでのジョン・シナとの王座をかけた金網戦ではネクサスの乱入による防衛、続くサマースラムでの王座戦ではオートンを相手に戦ったが、反則をして王座を防衛するなど、完全な勝利による王座防衛はしていない。しかしナイト・オブ・チャンピオンズでの6パック形式のWWE王座戦ではオートンに敗れ、王座を失った。ヘル・イン・ア・セルでは再びオートンと王座戦と戦い、何度も勝利に近づくが、惜しくも破れてしまった。

10月、ブラッギング・ライツではチームRAWの一員として番組対抗戦に出場した。フォールは奪われなかったものの、チームを勝利に導くことはできなかった。翌日のRAWでは昨夜の番組対抗戦で一番手に敗退したサンティーノ・マレラを根に持ち、制裁の意味を込めて対戦したがピンフォールを取られ敗れてしまった。その後からマレラ & ウラジミール・コズロフ組と抗争を開始するが、毎回ジョン・モリソンに邪魔をされるためモリソンと抗争。11月のサバイバー・シリーズではモリソンとの一騎討ちに挑んだが敗れた。11月に2年ぶりに開催されたキング・オブ・ザ・リングトーナメントでは予選でRトゥルース、1回戦でコフィ・キングストン、準決勝は不戦勝(ドリュー・マッキンタイアエゼキエル・ジャクソンがダブルカウントアウトで引き分けたため)、決勝でジョン・モリソンを破り優勝した。キング・オブ・ザ・リング優勝以降はモリソンと抗争。リングネームもキング・シェイマスとしている。

2011年[編集]

2010年、Tribute to the Troops

2011年、中々勝ち星に恵まれなかったが、3月14日に開催されたRAWでダニエル・ブライアンを下し、自身初のUS王座を獲得した。

4月3日に開催されたWrestleMania XXVIIでは、US王座をかけてダニエル・ブライアンとランバージャックマッチでの再戦が行われる予定であったが、直前に放送時間の問題からダークマッチとなり、さらには試合直前にスマックダウンGMセオドア・ロングの命により、ランバージャックのメンバーを加えた22人でのオーバー・ザ・トップロープバトルロイヤルが行われることとなり、最後まで残ったもののグレート・カリに落とされて敗れた。4月末に行われた追加ドラフトでSmackDownに移籍。長らくヒールとして活躍していたが、7月29日のSmackDownでマーク・ヘンリーを挑発したことでフェイスターン。以降はベビーフェイスとしての声援を浴びながら、徐々に勝ち星を重ねていった。

2012年[編集]

2012年Royal Rumble 2012のロイヤルランブルマッチを制し、レッスルマニアでの任意の王座への挑戦権を獲得。ダニエル・ブライアンが持つ世界ヘビー級王座への挑戦を表明。4月に行われたWrestleMania 28にて、試合開始早々ブライアンが振り向いた瞬間にブローグキックを決め、0分18秒というタイムで世界ヘビー級王座を手にした。アルベルト・デル・リオやMrマネーのドルフ・ジグラーなどと抗争を繰り広げていたが、ヘル・イン・ア・セルにてビッグ・ショーに敗れ、5か月以上続いた王座陥落。

2013年[編集]

2014年

ライバックとタッグを結成してザ・シールドとの抗争を開始。6人制タッグマッチでシナやジェリコと共に戦うが勝てず、WrestleMania 29ではオートン、ビッグ・ショーと組んで6人制タッグマッチをするも敗戦。ザ・シールドとの抗争後、ビッグ・ショーやマーク・ヘンリーとの抗争に移る。ヘンリーに勝ったのち、7月にマネー・イン・ザ・バンクのオールスター・マネー戦に出場。その試合で脚を負傷し欠場する。

2014年[編集]

1月26日、Royal Rumble 2014で復帰。最後の4人にまで残るが敗退した。翌27日のRAWにて、エリミネーション・チェンバーマッチ形式のWWE世界ヘビー級王座戦へ参加するも、当時抗争中だったクリスチャンによって最初に脱落させられた。

5月、ディーン・アンブローズが保持するUS王座をベルトを賭けたバトルロイヤルに出場し、勝利。2度目のUS王者となる。セザーロザ・ミズと抗争し王座を守りつつその傍らWWE・世界ヘビー級王座戦線にも参戦したが、11月3日、WWE Network SpcialにてルセフとUS王座戦行いアコレードを決められて敗戦し、王座陥落した。後に負傷して戦線離脱。

2015年[編集]

3月30日、RAWにて復帰し、ヒールターン。ダニエル・ブライアンが保持するIC王座を狙うことを表明した[2]。6月14日、Money in the Bank 2015にてマネー・イン・ザ・バンク・ラダー・マッチに出場。終盤になりロマン・レインズがアタッシュケースを獲得しようとした瞬間にブレイ・ワイアットの乱入によりラダーから落とされ、隙を見たシェイマスがアタッシュケースを奪いMr. マネー・イン・ザ・バンクの称号を得た[3]。11月22日、Survivor Series 2015にてWWE世界ヘビー級王座争奪トーナメントにて優勝を果たし王者となったレインズがトリプルHから称えられる中、乱入してブローグ・キックを決めるとマネー・イン・ザ・バンクの権利を行使。1度は返されるが再度ブローグ・キックを見舞い3カウントを奪って王座を戴冠した[4]

得意技[編集]

オートンにブローグ・キックを決めるシェイマス
ハイ・クロス
スコット・ホールのレイザーズ・エッジと同型技。絶対的フィニッシュホールド。
技名がしっかり統一されておらず、ケルティック・クロス → ペイルジャスティスと名称が変わり、後にハイ・クロスで統一されたように思われたが、その後に再びケルティック・クロスの名称が使われている。
2012年2月、後述のホワイトノイズを使用するようになってからは不発に終わることが多くなり、そのまま使われなくなっていった。
ブローグ・キック
バイシクルキック。
シェイマスの代表的ムーブで、フィニッシュとして最も多用される。通常のランニング式、カウンター式のみならず、トップロープから飛んできた相手へのカウンターとしても用いられる。ブローグとはアイルランド人が着用する靴のこと。
ホワイトノイズ
ファイアーマンズキャリーの体制で相手を持ち上げ、カズ・ハヤシのWA4のように相手の頭部を自分のわきに抱えてマットに落とす技。
元WWEのアイルランド人レスラー、フィンレーの必殺技であるケルティック・クロス(自身の使うハイ・クロスとは異なる技)と同型である。2012年2月頃より使い始め、当初は必殺技だったが、この技が決まった後にフラついている相手に対してブローグ・キックを狙うパターンが定着し、この技自体のフィニッシャーとしての機能はなくなった。
アイリッシュ・カース
ロック・ボトムの形で持ち上げてから自分の膝に背中を叩きつける変型バックブリーカー
ECW時代は必殺技に近い技として使用していたが、その後はつなぎ技として使用されており、走ってきた相手へのカウンターとしても使われる。
テキサスクローバーリーフ
2012年中盤、ブローグ・キックがギミック上禁止技にされかけた時に初めて使ったフィニッシャー。
技の形を作った後に力強く持ち上げた状態のまま、相手の頭を自分の両足の間に通すようにしてうつ伏せにさせ、流れるように素早く極めることがある。
ウォーソード
ランニング・ダブルアックスハンドル。
通常は両手を握り、相手の頭部や背中に上から下へ振り落とす技であるが、シェイマスの場合は野球のバッティングのように横方向へフルスイングして相手の頭部や胸元を殴打する。トップロープから飛んできた相手へのカウンターとしても、時折使われる。
バッテリングラム
ダイビングショルダーアタック。
バウロンの10打
胸板へのハンマーパンチ連打。
相手をトップロープとセカンドロープの間から上半身だけ出して固定し、背後から胸元をハンマーパンチで何回も殴打する。場合によっては11発以上殴ることもある。

その他[編集]

  • ケルト人特有の赤毛と白い肌がトレードマークで、マイクパフォーマンスやスキットにおいて、敵対しているレスラーからアイルランド訛りの独特の喋り方や、その白すぎる肌がネタにされることが多い(例:マヨネーズ男、クリームチーズ男)。本人もこのキャラクター性を活かすため、日焼け止めクリームを欠かさず使用している。フェイスターン後は肌の色と獰猛なファイトスタイルから"great white shark"(シロザメ)と呼ばれるようになった。
  • ドリュー・マッキンタイアと共に、トリプルHショーン・マイケルズから大変気に入られているとされ、2人から献身的な指導やトレーニングを受けている。
  • 若手育成に熱心なトリプルHは近年の若手レスラーの熱心さを高く評価しており、その中でもシェイマスに関しては「自分の至らないところを必死に改善しようとする」姿勢が若手時代全く評価されなかった自分と重なると語っており、ロードも共にしているとのことである。
  • 英語が支配言語である首都のダブリン生まれながら、流暢なアイルランド語を話すことができる。またインタビューなどの受け答えも丁寧かつ紳士的で、凶暴なキャラクターを演じている一方で、前職はIT技術士など知的な面を持っている。
  • アイルランド人らしくサッカー好きの一面があり、英国遠征の際にリヴァプールを訪れた際はリバプールFCのユニフォームを着てアンフィールドを訪問した。

獲得タイトル[編集]

WWE王者時代
WWE
FCW
IWW
  • IWWインターナショナル・ヘビー級王座 :2回

入場曲[編集]

  • Air-Check
  • Falkirk Fields
  • Irish Curse
  • Written in My Face (Sean Jenness)
  • Hellfire - 現在使用中
  • A League of Their Own

出演[編集]

映画[編集]

公開年 邦題
原題
役名 備考
2016 ミュータント・ニンジャ・タートルズ:影<シャドウズ>
Teenage Mutant Ninja Turtles: Out of the Shadows
ロックステディ

脚注[編集]

  1. ^ Sheamus”. Online World of Wrestling. 2015年12月8日閲覧。
  2. ^ WWE Raw results, live blog (Mar. 30, 2015): WrestleMania 31 fallout show”. cagesideseats. 2015年3月31日閲覧。
  3. ^ Sheamus wins the Money in the Bank Contract Ladder Match”. WWE.com. 2015年6月14日閲覧。
  4. ^ WWE Survivor Series PPV Results - 11/22/15 (New Champion)”. Wrestleview.com. 2015年11月22日閲覧。

外部リンク[編集]