マイケル・ヘイズ
| マイケル・ヘイズ | |
|---|---|
|
1985年 | |
| プロフィール | |
| リングネーム |
マイケル "P.S." ヘイズ フリーバード・マイケル・ヘイズ ロード・マイケル・ヘイズ ドク・ヘンドリクス |
| 本名 | マイケル・セイズ |
| ニックネーム |
ピュアリー・セクシー スクリーミング・イーグル |
| 身長 | 190cm |
| 体重 | 116kg(全盛時) |
| 誕生日 | 1959年3月29日(67歳) |
| 出身地 |
エスカンビア郡ペンサコーラ |
| 所属 | WWE |
| トレーナー |
ワイルド・サモアンズ[1] マイク・ボイエッティ[1] |
| デビュー | 1977年 |
| 引退 | 1995年 |
マイケル "P.S." ヘイズ(Michael "Purely Sexy" Hayes、本名:Michael Seitz、1959年3月29日 - )は、アメリカ合衆国の元プロレスラー。フロリダ州ペンサコーラ出身。引退後はWWEのクリエイティブ・ライターを担当している[2]。
1980年代はテリー "バンバン" ゴディらとのタッグチーム・ユニット、ファビュラス・フリーバーズ(The Fabulous Freebirds)のリーダーとして活躍した[2]。WWEではドク・ヘンドリクス(Dok Hendrix)の変名でも活動した[2]。
来歴
[編集]初期 / WCCW
[編集]1977年にテネシーのNWAミッドアメリカ地区(後のCWA / USWA)でデビュー。1978年9月から10月にかけては本名のマイケル・セイズ名義で西ドイツのハノーバーに遠征、トミー・ビリントン、ジェリー・モロー、ザ・UFO、ミスター・ヒト、そして同年6月にデビューした国際プロレスの原進とも対戦した[3]。
帰米後の1978年末、ミッドアメリカ地区でテリー・ゴディとファビュラス・フリーバーズを結成[4]、ヒールの若手タッグチームとして頭角を現し、翌1979年にミッドアメリカ・タッグ王座を奪取する[5]。その後、ビル・ワット主宰のMSWAを経て1980年下期よりジョージアのGCWに定着。1981年に一度ゴディと仲間割れを起こすも、1982年まで同地区認定のタッグ王座を再三獲得した[6]。
1982年下期からテキサス州ダラスのWCCWに参戦。MSWAやGCWで共闘したベテランのバディ・ロバーツもメンバーに加わり、トリオのタッグ・ユニットとしてフォン・エリック兄弟(ケビン、デビッド、ケリー)との抗争を繰り広げた[7]。
1984年1月、ゴディとのコンビで全日本プロレスに初来日。1月20日に後楽園ホールでジャイアント馬場&ジャンボ鶴田のインターナショナル・タッグ王座に挑戦した[8]。帰国後の1月28日には、ジョージア州アセンズにてテッド・デビアスを破ったとして、UNヘビー級王座の新王者に認定されている(同王座は2月3日にダラスでデビッド・フォン・エリックに明け渡すが、1週間後の2月10日にデビッドは日本で客死)[9]。
同年はゴディ&ロバーツと共にWWFと契約し、8月25日のマディソン・スクエア・ガーデン定期戦にも出場したが[10][11]、メンバーを個別に売り出そうとするWWF側のプランに反発し短期間で離脱[7]。10月の全日本プロレス再来日(ゴディと組んで鶴龍コンビのインタータッグ王座に挑み[12]、元王者として天龍源一郎のUN王座にも挑戦[13])の後、再びWCCWに戻る。
1985年からはAWAにも参戦し、ディック・ザ・ブルーザー&クラッシャー・リソワスキーやロード・ウォリアーズと抗争[14]。シングルでもリック・マーテルが保持していたAWA世界ヘビー級王座に再三挑戦した[14]。1986年はMSWAから改称したUWFにも出場して、ジョージアでタッグを組んでいたこともあるテッド・デビアスと抗争を展開した[15]。

1987年は単独でベビーフェイスに転向し、11月26日に開催されたジム・クロケット・プロモーションズのスターケード'87にはスティング&ジミー・ガービンと組んで出場、エディ・ギルバート、リック・スタイナー、ラリー・ズビスコと6人タッグマッチで対戦した[16]。
フェイスターン後、主戦場のWCCWではフォン・エリック兄弟と共闘してゴディ&ロバーツと遺恨試合を展開したが[17]、ゴディの日本マット定着とロバーツの引退に伴い、1988年に第1期フリーバーズは解散する[7]。ヘイズもWCCWを離れ、テッド・ターナーのNWA(ジム・クロケット・プロモーションズ)買収で発足したばかりのWCWに移籍した。
NWA / WCW
[編集]WCWではヒールとベビーフェイスの両方のポジションで活動し、当初はシングルプレイヤーとして、1989年5月7日にレックス・ルガーからUSヘビー級王座を奪取する[18]。その後、WCCWを共にサーキットしていたジミー・ガービンをパートナーにフリーバーズを再編。同年6月14日にはトーナメントに優勝して旧ミッドアトランティック版のNWA世界タッグ王座を獲得[19]。NWAの形骸化によるタイトル改称後は、1991年2月24日にドゥーム(ブッチ・リード&ロン・シモンズ)からWCW世界タッグ王座を奪取した[20]。
以降USタッグ王座を2回に渡って獲得した後、1992年末にガービンがWCWを離脱し第2期フリーバーズは解散。その後はポール・E・デンジャラスリー率いるデンジャラス・アライアンスへの加入やポール・オーンドーフとの抗争などを経て、1995年に怪我のため現役を引退。ヒールのカラー・コメンテーターとしてWWFへ移籍した[2]。
WWF / WWE
[編集]移籍後はドク・ヘンドリクスの変名でコメンテーターやインタビュアー、情報コーナーのホストなどを担当する一方、プロデューサーとしても活躍[2](1996年6月23日のキング・オブ・ザ・リングにおいて、"Austin 3:16 says I just whipped your ass! " が飛び出したジェイク・ロバーツとの優勝戦後のストーン・コールド・スティーブ・オースチンへのインタビューを行ったのもヘイズである[21])。以来、ブレット・ハート時代のニュー・ジェネレーション期からスティーブ・オースチンやザ・ロックらのアティテュード路線、そして近年に至るまで、WWEのストーリー構成を手掛けている。1999年には当時彼がプッシュしていたハーディー・ボーイズのマネージャー役を務めたこともあった[2]。
2001年4月1日にはマイケル・ヘイズ名義でレッスルマニアX-Sevenのギミック・バトルロイヤルに出場[22]。同年8月11日には、前月16日に急逝したテリー・ゴディのトリビュート・イベント "Terry Gordy Memorial Show" に参加、ゴディの息子レイ・ゴディと新生フリーバーズを結成してメインイベントを飾った[23]。
2005年12月5日のRAWではエッジのトーク・コーナー『カッティング・エッジ』に登場。エッジから「テリー・ゴディは、あんたを助けに来ない。もう彼は死んでるからな」などと侮辱されたが、「お前がこの番組に出られるのは、マット・ハーディーの元カノ(リタ)と寝ているからだ」と切り返して乱闘を演じた(当時、エッジはマットの恋人だったリタと実際に関係を持っていた)[2]。2007年12月7日のスマックダウンではMVPの『VIPラウンジ』に出演してWCCWのDVDを紹介。口論の末に乱闘となり、劣勢になったところをレイ・ミステリオに救出された[2]。
2008年4月、マーク・ヘンリーに宴席上で人種差別的な発言をしたとして60日間の謹慎処分を受けたが[24][25]、ヘイズ自身には悪意はなくヘンリーもジョークとして受け止めたために大きな問題にはならなかった[26]。2009年4月4日には、フォン・エリック・ファミリーのWWE殿堂入りのインダクターを務めている[2]。
2016年、ファビュラス・フリーバーズとして、テリー・ゴディ、バディ・ロバーツ、ジミー・ガービンと共に自身もWWE殿堂に迎えられた[27]。
得意技
[編集]獲得タイトル
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- ミッドサウス・タッグ王座:1回(w / テリー・ゴディ)[28]
- NWAアメリカン・タッグ王座:1回(w / テリー・ゴディ)[30]
- NWA世界6人タッグ王座(テキサス版):5回(w / テリー・ゴディ&バディ・ロバーツ)[31]
- WCWA世界タッグ王座:2回(w / スティーブ・コックス)[32]
- WCWA世界6人タッグ王座:1回(w / ケビン・フォン・エリック&ケリー・フォン・エリック)[31]
- NWA USヘビー級王座:1回[18]
- NWA世界タッグ王座(旧ミッドアトランティック版):1回(w / ジミー・ガービン)[19]
- WCW世界タッグ王座:1回(w / ジミー・ガービン)[20]
- WCW世界6人タッグ王座:1回(w / ジミー・ガービン&バッドストリート)[33]
- WCW USタッグ王座:2回(w / ジミー・ガービン)[34]
- パワー・プロレスリング
- PPWヘビー級王座:1回
脚注
[編集]- 1 2 “Michael Hayes”. Cagematch.net. 2024年5月7日閲覧。
- 1 2 3 4 5 6 7 8 9 “Michael Hayes”. Online World of Wrestling. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “The matches Michael Hayes fought at Germany in the year 1978”. Wrestlingdata.com. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “The GWE matches fought by Michael Hayes in 1978”. Wrestlingdata.com. 2015年4月24日閲覧。
- 1 2 “NWA Mid-America Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
- 1 2 “NWA National Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2024年5月7日閲覧。
- 1 2 3 “Fabulous Freebirds”. Online World of Wrestling. 2009年8月30日閲覧。
- ↑ “AJPW New Year Giant Series 1984 - Tag 17”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- 1 2 “NWA United National Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
- ↑ “WWE Yearly Results 1984”. The History of WWE. 2009年8月30日閲覧。
- ↑ “WWF on MSG Network”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “AJPW Giant Series 1984 - Tag 12”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “AJPW Giant Series 1984 - Tag 17”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- 1 2 “Matches: Michael Hayes (AWA 1985)”. Cagematch.net. 2026年5月3日閲覧。
- ↑ “The UWF matches fought by Michael Hayes in 1986”. Wrestlingdata.com. 2026年5月3日閲覧。
- ↑ “NWA Starrcade 1987 - "Chi-Town Heat"”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “The WCCW matches fought by Michael Hayes in 1988”. Wrestlingdata.com. 2015年11月26日閲覧。
- 1 2 “NWA United States Heavyweight Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
- 1 2 “NWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
- 1 2 “WCW World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年4月14日閲覧。
- ↑ 『ストーンコールド・トゥルース』P153(2004年、エンターブレイン、ISBN 4757719302)
- ↑ “WWF WrestleMania X-7”. Cagematch.net. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “Terry Gordy Memorial Show Results”. Lords of Pain (August 12, 2001). 2005年4月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年8月30日閲覧。
- ↑ “WWE Writer Allegedly Dishes Racist Smackdown”. TMZ.com: April 23, 2008. 2009年8月30日閲覧。
- ↑ “WWE Suspends Executive Producer After Alleged Racist Comment”. SPIKE.com: April 25, 2008. 2009年8月30日閲覧。
- ↑ “WWE News: More on the Michael Hayes Suspension”. 411mania: April 28, 2008. 2009年8月30日閲覧。
- 1 2 “The Fabulous Freebirds to be inducted into the WWE Hall of Fame’s Class of 2016”. WWE.com. 2016年3月28日閲覧。
- ↑ “Mid-South Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2010年6月8日閲覧。
- ↑ “NWA Georgia Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “NWA American Tag Team Title”. Wrestling-titles.com. 2015年11月26日閲覧。
- 1 2 “WCWA World 6-Man Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “WCWA World Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “WCW World 6-Man Tag Team Title”. Wrestling-titles.com. 2015年11月26日閲覧。
- ↑ “WCW United States Tag Team Title”. Wrestling-Titles.com. 2015年11月26日閲覧。
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]- Michael PS Hayes (@MichaelPSHayes1) - X(旧Twitter)
- Online World of Wrestling
- マイケル・ヘイズのプロフィール - Cagematch.net, Wrestlingdata.com, Internet Wrestling Database