吉橋伸雄

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YOSHI-HASHI
Nobuo Yoshihashi 2013.JPG
プロフィール
リングネーム YOSHI-HASHI
吉橋 伸雄
本名 吉橋 伸雄
ニックネーム ジャパニーズ・ルード
メヒコの飛び魚
タコス
身長 180cm
体重 102kg
誕生日 1982年5月25日(32歳)
出身地 愛知県愛知郡
所属 新日本プロレス
スポーツ歴 レスリング
サンボ
トレーナー アニマル浜口
デビュー 2008年7月6日
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吉橋 伸雄(よしはし のぶお、男性、1982年5月25日 - )は、日本プロレスラー新日本プロレス所属。愛知県愛知郡出身。血液型はO型。現在はローマ字表記のYOSHI-HASHIのリングネームで活動中。

来歴[編集]

学生時代はレスリングサンボに打ち込み、闘魂ショップ名古屋店併設の闘魂ジム入門。その後プロレスラーを目指し、22歳のときアニマル浜口ジムでプロレス基礎を学ぶ[1]2005年後楽園ホールで行なわれた入門テストを受けたが、不合格(同期の内藤哲也は合格を果たした)。 不合格後、4月に行なわれた第15回高田道場主催の「サブミッションレスリング大会」に出場する。敗れはしたものの、大会優秀選手に選ばれた[1]2007年2月に開催された新日本入門テストを受け、合格を果たし、同団体に入団する[1]

2008年7月6日、後楽園ホールにて同期である内藤哲也戦で第0試合として晴れてデビューを果たす[1]。また、2日目は岡田かずちか、3日目は平澤光秀と全て第0試合として対戦した。いずれも惨敗であったが「今日の痛みと悔しさは忘れません」と将来の巻き返しを誓った。そして7月13日、前橋大会で初めて第1試合のリングを踏んだ。

2009年1月4日の東京ドーム大会に第0試合で初参戦を果たすもののその後は進展が全く無く光に当たらなかった。ところが、12月2日、金本浩二と組みIWGPジュニアタッグ次期挑戦者だった邪道外道との試合で、パートナーの金本が放ったミドルキックにより外道が脳震盪を起こす。後日、外道は医師から1週間の安静が言い渡され、タイトルマッチのカードも変更となり、デビュー1年150日で急遽代行挑戦者としてIWGPジュニアタッグに初挑戦[1]。最後は王者チーム田口隆祐プリンス・デヴィットの合体技、ブラックホールバケーションで敗北。敗れはしたものの、口から血を吐く姿からヤングライオンの意地を見せ付けた。

2010年6月に開催されたBEST OF THE SUPER Jr.に初出場を果たしAKIRAからピンフォールを奪い金星を奪取[1]。シリーズ最終戦にて無期限海外遠征の為メキシコに飛び立つ。現地CMLLでは顔にペイントを入れたヒールレスラーとして活動。2011年8月1日にはアレナプエブラでルーシュとのマスカラ・コントラ・マスカラで破れ坊主になる。12月、東京ドームでの凱旋試合に伴い、1年半振りに日本に帰国。東京スポーツのインタビューで「新日本に見捨てられた」という理由でヒールユニットCHAOSに加入とヘビー級転向を表明[1]

2012年1月4日、同じくアメリカ合衆国のプロレス団体TNAから凱旋帰国したオカダ・カズチカとのダブル凱旋帰国試合に挑むもレインメーカーでピンフォール負けを献上。

4月1日から開催されるNEW JAPAN CUPに初エントリーし、1回戦でラ・ソンブラと対戦したが、敗北を喫する。

2012年からは凶器として如意棒のような長い棒を持ち込む。

2014年9月6日、後楽園ホール大会のCHAOS対BULLET CLUBのイリミネーションマッチでCHAOSの勝利に大貢献する。かつての同門の先輩である高橋裕二郎をスワントーンボムを決め勝利した後オカダとのタッグでIWGPタッグ王座挑戦とNEVER無差別級王座への挑戦を表明したがタッグではオカダとのタッグで挑戦も高橋の介入で奪取に至らず、NEVERも奪取に至らなかった。

得意技[編集]

スワントーンボム
現在のフィニッシング・ムーブ。トップロープから放つ前方回転式セントーン、命中率が悪く、かわされた際には一気に劣勢に陥ることもしばしば。
初公開時にトップロープに登った直後、セコンドにいた中西学に「お前何するんや!」と声をかけられその一言で緊張がほぐれたと後のインタビューで語っている。
天誅
入場時に持参してくる如意棒を手に持ち、トップロープ上に登って、相手に向かって棒を叩き付ける。
ルール上は反則とされるため、パートナーがレフェリーの注意をひきつけてから繰り出される。
天誅II
相手の背後に回り込み、上記の棒を相手の首に引っ掛け、そのまま自らは尻餅をつきながら後方に倒れ込み、相手を後頭部からマットに叩き付ける。
チャクラム
変形リバースDDT。オクラホマ・スタンピードの要領で担ぎ上げた相手の体を反転させてサイドに叩きつけ、後頭部から背中にかけてダメージを与える。
バンカーバスター
所謂、背中合わせから放つネックブリーカーの一種。ブレーンバスターで担ぎ上げた相手を後方で着地させてから、ジョニー・スミスのフィニッシュ・ホールドであるブリティッシュ・フォールの様にボディスラムで担いでから首をフックしたまま相手を足から着地させ放つなどバリエーションも豊富である。この技で相手をダウンさせてからスワントーンボムに移行するため主にフィニッシュへの布石として使用している。
ヘッドハンター
正面から相手に近づき相手の頭を両手でキャッチし、前方回転するように背中からマットに着地しその勢いで後ろに転倒した相手の後頭部をマットに痛打させる。
ラリアット
主にカウンター式を使用。YOSHI-HASHIの場合は、相手を叩き付ける瞬間に身体を前に放り出すのが特徴。
トペ・スイシーダ
ヘビー級の選手にしては珍しいムーブの一つ。トップロープとセカンドロープの間を潜り抜けての体当たり。
チンクラッシャー
チェンジ・オブ・ペースとして要所で使用される技。
YOSHI-HASHIの場合、両膝着地式ではなく自らが尻餅をつきながら相手の顎に衝撃を与える。形としてはジェフ・ハーディーが使うそれと同型。
ハーフハッチスープレックス
新人時代における得意技。凱旋帰国後では全く見かけられなくなった。
腕ひしぎ逆十字固め
ハーフハッチでフォールが取れなかったとき、すぐ様体勢を入れ替えて極める事もある。
ジャックナイフ式パワーボム

入場テーマ曲[編集]

  • Head Hunter
凱旋帰国後のテーマ曲。2012年1月 - 現在まで使用。
  • Rage from underground
新人時代のテーマ曲。

その他[編集]

  • 実家が魚屋であり、それが由来となり棚橋弘至からは「ウオ吉橋」のリングネームを与えられたことがある。
  • 実家の職が関係しているか不明だが料理学校に通っていた過去があり、調理師免許も保持している。
  • 新日本プロレス入団前にとび職人として働いていた過去がある。
  • 新日本プロレス入団後、なかなか体重が増えず毎日のようにプロテインをガブ飲みしていた。
  • 目標は「俊敏に動けテクニックのあるプロレスラー」。
  • 真壁刀義の新技開発実験台になったり、G・B・H多摩川合同練習では上半身裸にされた揚げ句パイプイスで叩かれチェーンで巻かれた。その見返りなのか、ウエイトトレーニングのイロハを教わったことをインタビューで告白した。
  • 2008年6月に行なわれた中邑真輔護身術教室ではチカン役として登場。
  • CHAOSのレスラーにはよくいじられる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g 選手名鑑”. 新日本プロレス公式サイト. 2013年12月14日閲覧。

外部リンク[編集]