ジャン=ピエール・パパン
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| 名前 | ||||
| 愛称 | 高性能爆撃機、JPP | |||
| ラテン文字 | Jean-Pierre PAPIN | |||
| 基本情報 | ||||
| 国籍 | ||||
| 生年月日 | 1963年11月5日(48歳) | |||
| 出身地 | ||||
| 身長 | 177cm | |||
| 体重 | 70kg | |||
| 選手情報 | ||||
| ポジション | FW | |||
| 代表歴 | ||||
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ジャン=ピエール・パパン(Jean-Pierre Papin、1963年11月5日 - )は、フランス、ブローニュ=シュル=メール出身の元同国代表サッカー選手、サッカー指導者。ポジションはFW(センターフォワード)。
[編集] 略歴
地元の2部クラブ・ヴァランシエンヌFCに入団し、1985-1986シーズンにクラブ・ブルッヘへ移籍するとすぐさま活躍を見せてカップ戦優勝に貢献し、自身もリーグの得点王を獲得。1986年2月26日の北アイルランド戦で代表デビューを果たし、同年のメキシコW杯にも出場し得点を挙げたが、ワールドカップ出場はフランスが1990年のイタリアW杯と1994年のアメリカW杯の出場権を逃がしたこともあり、1回にとどまった。まだ現役選手であった地元開催の1998年大会では、本大会一次リーグのドロアーもつとめた。
翌シーズンにはオリンピック・マルセイユへ移籍を果たし、1987-1988シーズンから5年連続で得点王に輝くとともに、リーグでは4連覇を達成。1991年にはFIFA選出の最優秀選手に輝き、バロンドールを受賞するなど、ワールドクラスのストライカーに成長した。1992年から所属したACミランでは2度のリーグ優勝や欧州チャンピオンズカップ優勝などに貢献した。
身長は180に満たないが、快速で心臓も強く、特にオーバーヘッドキックは彼の十八番で、ボールへの入り方やジャンプのタイミングも正確で、大抵はボールの芯に当たって強烈なシュートとなってゴールにとんでいった。
1994-1995シーズンからはドイツ・ブンデスリーガ・バイエルン・ミュンヘンに所属。その後フランスに戻り、FCジロンダン・ボルドーやEAギャンガンに在籍。1999年にプロサッカー選手としての生活に終止符を打った。
しかしながら、アマチュア選手としてはその後もプレーを続け、JSサン=ピエール(1999-2001)、JSキャップ=フェレ(2001-2004)の2チームに所属した。
2004年からはCFA2(フランスリーグ5部に相当)で監督としてのキャリアをスタートし、2006年からリーグ・ドゥ(2部)所属のRCストラスブールの監督を務める。2006-2007シーズンに1部昇格を果たした後、ストラスブールを退団した。2007-2008シーズン途中からRCランスの監督に就任したが、チームの降格を防ぐことができずシーズン終了後に解任された。
2009年にフランス地域リーグのASファクトゥール・ビガノでアマチュアの選手として短期間だが現役復帰した。同年12月29日、LBシャトールーの監督に就任するが、シーズン終了後に解任されている。
[編集] 所属クラブ
ヴァランシエンヌFC 1979-1981、1984-1985
INF(国立サッカー学院)ビシー 1981-1984
クラブ・ブルッヘ 1985-1986
オリンピック・マルセイユ 1986-1992
ACミラン 1992-1994
バイエルン・ミュンヘン 1994-1996
FCジロンダン・ボルドー 1996-1998
EAギャンガン 1998-1999
[編集] 指導歴
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