香道

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香道(こうどう)とは、沈水香木と言われる東南アジアでのみ産出される天然香木の香りを鑑賞する芸道である。近年、文化の復興目覚ましい中国や台湾、韓国などで「中国香道」「台湾香道」「韓国香道」などと「香道」という文言を使用しているが、「香道」自体は日本独自の芸道である。香道は禅の精神を大事にし、礼儀作法・立居振舞など約束事の多い世界であり、上達するにつれ古典文学や書道の素養も求められる。しかし、香道の原点は何よりも、香りそのものを楽しむことにある。 香道においては香を「聞く」と表現するのが正式であり、「嗅ぐ」という表現は不粋とされる。香木の香りを聞き、鑑賞する聞香(もんこう)と、香りを聞き分ける遊びである組香(くみこう)の二つが主な要素である。香木は生き物、その一つ一つに魂が宿ると考え、この稀少な天然香木を敬い大切に扱う。大自然の恵み、地球に感謝し、そして彼らが語りかけてくる事を聞き取らなければならないと考えるのである。

歴史[編集]

日本書紀によると、香木推古天皇3年(595年)に淡路島に漂着したといわれる[1]。日本香文化の源流は古代インドから中国をへて、仏教と共に入り、香木が焚かれるようになることに始まる。平安時代になると、宗教儀礼を離れて、香りを聞いて鑑賞するようになり、薫物合せ(たきものあわせ)などの宮廷遊戯が行われた[2]。この宗教の香・貴族の香に鎌倉時代以降の武士の香、そして禅の教えが加わり、茶道華道などとともに室町時代に誕生、婆沙羅大名はじめ一部上流階級の贅を極めた芸道として発展する。なかでも香道は、それら中世芸道のエッセンスを凝縮した文化として洗練度を高め、当時としては非常に稀少な東南アジア産の天然香木を研ぎ澄まされた感性で判別するという、独自の世界を構築するにいたる。この頃、それぞれに異なる香りを有する香木の分類法である「六国五味」(りっこくごみ、後述)なども体系化された。

焚き方 (香道では火偏に主を使用する)[編集]

香道においては、線香等のように直接点火するは用いない。聞香炉に灰と、おこした炭団を入れ、灰を形作り、その上に銀葉という雲母の板をのせ、数ミリ角に薄く切った香木を熱し、香りを発散させる方式がとられる。銀葉を灰の上で押すことにより、銀葉と炭団の位置を調節する。これにより伝わる熱を調節し、香りの発散の度合いを決める。香道具の種類、形状及び作法は流派によって異なる。

流派[編集]

大きく御家流と志野流の二つの流派が香道を現在まで継承し続けている。

  • 御家流(おいえりゅう)
三条西実隆を流祖とし、室町時代以来大臣家である三条西家によって継承されたが、後に亜流は地下(武士・町人)にも流れる。戦後、一般市民(民間)の香道家・一色梨郷や山本霞月などにより、堂上御家流香道を継承していた三条西尭山が正式に近代御家流宗家として推戴され、三条西家の当主が御家流家元を継承している。なお、御家流の香人は自身の流派を「当流」と称する。現宗家は三条西尭水。
なお、一般には御家流とは各芸道ごとに、特定の流派を指す言葉である。
東山文化のリーダー八代将軍足利義政の近臣だった志野宗信(1443-1523 室町時代)を流祖とし、3代志野省巴 ( -1571 室町時代)が隠棲する際、流儀の一切を高弟であった蜂谷宗悟(のちの4世)( -1584 安土桃山時代)に譲り、初代宗信からの志野流の精神を一度も途切れることなく現家元蜂谷幽光斎宗玄まで継承してきている。途中、幕末の戦乱に巻き込まれ、特に禁門の変では家屋を消失してしまい、家元存続の危機があったが、尾張徳川家を中心に、尾張地方の名士たちがパトロンとなり家元を守る。これ故に現在志野流の家元は尾張(名古屋城近く)に居を構えている。
東福門院に指南したことで知られる米川常伯を祖と仰ぐ志野流の分流で、大名家に広く支持されたが維新廃藩によりそのほとんどが絶えている。現在、安藤家流として見ることができる。
江戸時代前期の公卿風早実種を祖とする御家流の分流であるが、現在は勢力が小さい。

香十徳[編集]

香道に関する十の徳。北宋の詩人の黄庭堅が香に関する訓や効用を記したもので、日本へは一休禅師が紹介した。香りは量ではなく、質が重要としている。

  1. 感格鬼神 感は鬼神に格(いた)る - 感覚が鬼や神のように研ぎ澄まされる
  2. 清淨心身 心身を清浄にす - 心身を清く浄化する
  3. 能除汚穢 よく汚穢(おわい)を除く - 穢(けが)れをとりのぞく
  4. 能覺睡眠 よく睡眠を覚ます - 眠気を覚ます
  5. 静中成友 静中に友と成る - 孤独感を拭う
  6. 塵裏偸閑 塵裏に閑(ひま)をぬすむ - 忙しいときも和ませる
  7. 多而不厭 多くして厭(いと)わず - 多くあっても邪魔にならない
  8. 寡而為足 少なくて足れりと為す - 少なくても十分香りを放つ
  9. 久蔵不朽 久しく蔵(たくわ)えて朽ちず - 長い間保存しても朽ちない
  10. 常用無障 常に用いて障(さわり)無し - 常用しても無害

香道具[編集]

香炉[編集]

  • 聞香炉(もんこうろ、ききこうろ) - 香を聞くために用いる香炉で、特に志野流で使用する香炉を「志野香炉」とも言う。また、一対での香炉使用の始めは、志野流流祖志野宗信が足利義政公より拝領した青磁一対の「雪・雨の香炉」と言われている。
  • 火取り香炉(ひどりこうろ) - 手前をするときに、炭団を入れて持ち運ぶために利用する。

火道具[編集]

香を焚きだすために使われる道具。御家流と志野流では使う道具の形状が異なる。

  • 銀葉挟(ぎんようばさみ) - 銀葉を扱うときに利用する特殊な形をしたピンセットのようなもの。香炉にのせるときに、銀葉を抑えるのにも利用するため、手に持ったときに下側になる挟の先の部分が平らになっている。
  • 香筯(きょうじ) - 香木を扱うときに利用する。
  • 香匙(こうさじ) - 香木を銀葉の上にのせるときに利用する。
  • 鶯(うぐいす) - 組香において、香元(香木を扱う手前をする人)が香木を香炉にのせた後に、本香包み(答えが書いてある、香木を包んである紙)を、まとめるのに利用する。
  • 羽箒(はぼうき) - 香炉の灰を切る(香炉の灰を形作ること)ときに、香炉の縁についてしまった灰を掃除するのに利用する。
  • 火筯(こじ) - 灰を切ったり、炭団を扱うときに利用する。
  • 灰押(はいおさえ、はいおし) - 香炉の灰を山形に整えるのに利用する。

きょうじ、こじの「じ」は(竹冠に助)であるが、一部の日本語環境では表示できないかもしれない。

盆・箱、関連[編集]

点前の必需品を納めたり、さまざまな雑用に利用される道具。

  • 乱箱(みだればこ)
  • 四方盆(しほうぼん)
  • 志野袋(しのぶくろ):志野流四方盆手前時などに使用する香木・銀葉を入れておく総包の一種であり、金襴緞子や錦などの布で作る底付昨日丸巾着。元来、香会に参会する時にお香数種を入れて各々が持ち寄るものであった。紐の結びは、基本表十二ヶ月の花結びに、裏十二ヶ月も存在し、長緒、三つ輪、雄雌蜻蛉、封印結びなどが伝わる。入門後、口伝により志野流家元から結び方を伝授してもらう。
  • 長盆(ながぼん)
  • 重香合(じゅうこうごう)
  • 総包(そうづつみ):志野流では特に「志野折」(しのおり)と言い、ふく包と言う風流な往古の折形を初代志野宗信が香包に用いたのが最初と言われている。折形が難しいので宗匠にお願いして折ってもらって用いたというところから「志野殿折」と呼ばれ、やがて殿の字を抜いて「志野折」というようになった。

その他[編集]

  • 地敷き(じしき) - 地敷紙とも言い、聞香道具を並べ置く厚紙。御家流と志野流では描かれている模様が違う。志野流の地敷は後西院帝勅作。
  • 香盤(こうばん) - 札聞きと呼ばれる方法によって回答がなされるときに、答えを投票する板。表は植物の絵、裏に一から三の文字が3つ(月、星が縁に書かれているものと無地のもの各一つずつ)、客が3枚の計12枚が1セット。
  • 銀葉(ぎんよう)
  • 名乗紙(なのりがみ) - 回答を出すときに、書筆する紙。
  • 香包(こうづつみ) - 香木を焚き出す前に包んでおく紙。

六国五味[編集]

香道では香木の香質を味覚にたとえて、辛(シン)・甘(カン)・酸(サン)・鹹(カン・しおからい)・苦(ク)の5種類に分類する。これを「五味」という。 また、その含有樹脂の質と量の違いから以下の6種類に分類し、六国(りっこく)と称する。

木所 読み方
伽羅 きゃら
羅国 らこく
真那伽 まなか
真南蛮 まなばん
佐曾羅 さそら
寸聞多羅 すも(ん)たら

これらを総じて六国五味という。

また、現代ではさらに新伽羅(しんきゃら)が分類されることもあるが、これは古い資料には見られない。

聞香[編集]

香を一定の作法に則って香を聞くことを「聞香」(もんこう)という。

作法の例として、香炉の扱い方を取り上げる。志野流香道では、左手の上に聞香炉をおき、親指を縁に掛け、香炉を反時計回りにまわして灰の上に記される「聞き筋」(灰の上には形作るときに一本太い筋が作られるが、これを聞き筋といい、この方向が香炉の正面に一致する)を自分とは反対の側へ向け、右手を筒のようにして香炉の上に覆い、その間に鼻を近づけて香を聞く、とする。

組香[編集]

組香(くみこう)とは、ある一定のルールに即した香りの楽しみ方のひとつである。文学的要素から一般教養等、多種多様の分野に取材したルールに則って香りの異同を当てるもので、非常にゲーム性に富む。ただし、その本質は香りを聞き、日ごろの雑踏の外に身を置いて、静寂の中でその趣向を味わうことにあり、答えの成否、優劣を競うものではないとされる。

季節感のある組香は、その季節に行われる。

客の回答は執筆とよばれる記録係によって記録紙に書筆、記録され、最高得点を取った人(複数いた場合は正客に近い順に)はその記録紙をもらうことができる。記録紙には、組香名、香銘、回答、成績、日付等が書き込まれる。

以下に組香の例を紹介する。

夏の組香[編集]

志野流組香 外組の十番「菖蒲香」
菖蒲香

菖蒲香(あやめこう)は、夏に行われる組香のひとつである。

証歌は「五月雨に池のまこもの水ましていつれあやめと引きそわつらふ」である。源平盛衰記陀巻第十六に取材している。その内容は、以下の通りである。

鳥羽院の女房に菖蒲前という美人がおり、頼政は一目ぼれをしてしまう。頼政は菖蒲前に手紙をしばしば送るが、返事はもらえなかった。そうこうしているうちに三年が経過し、このことが鳥羽院に知られてしまう。鳥羽院は菖蒲前に事情を聞くが、顔を赤らめるだけではっきりとした返事は得られない。そこで、頼政を召し、菖蒲前が大変美しいというだけで慕っているのではないか、本当に思いを寄せているのかを試したいと発願する。
そこで、菖蒲前と年恰好、容貌がよく似ている女二人に同じ着物を着せ、頼政に菖蒲前を見分けて二人で退出するように申し付けた。頼政は、どうして院の御寵愛の女を申し出ることができようか、ちょっと顔を見ただけなのに見分ける自信がない。もし間違えれば、おかしなことになり、当座の恥どころか末代まで笑いものになってしまうと困って躊躇していると、院から再び仰せがあったので、「五月雨に沼の石垣水こえて何かあやめ引きぞわづらふ」という歌を院に奉る。
院はこれに感心し、菖蒲前を頼政に引き渡す。

手順は以下の通り。

  1. 5種の香を用意する(それぞれ、一、二、三、五として一包無試、四として二包内一包試。5種なのは、五句から成る歌を示し、組香全体で歌の意味を表現する。)。
  2. 「四」を焚き出し、香りを覚える。「四」だけに試みがある理由は頼政がよそながら菖蒲を見たことがあるからである。
  3. 一から五を全て打ち交ぜ、焚き出す。「四」のみを探すため、自分が一、二、三、五であると思った香は聞き捨てる。一、二、三、五は、菖蒲前(四)とともに頼政の前に並んだ女房たちをあらわしている。
  4. 客は記紙に、聞き捨てた順に一、二、三、五とかく(これらは無試のため、香りの順番がわからないため)が、聞き当てる四の香を出たところに織り込み、右肩に「アヤメ」と記し、菖蒲の存在を明示する。

秋の組香[編集]

菊合香(きくあわせこう)は、秋に行われる組香のひとつである。

証歌は、「秋風のふき上げに立てる白菊は花かあらぬか波のよするか」(古今集菅原道真)であり、秋風の吹く吹上の浜に立っている白菊は、花なのか、それとも波が寄せているのか見間違えるほどだ、という歌の意味を組香のルールに取り込むことで、組香に情景を取り込んでいる。

  1. 2種類の香(秋風4包内1包試、白菊3包無試)を用意する。
  2. 秋風を焚き出し、香りを覚える。
  3. 秋風3包、白菊3包を打ち交ぜて、2包を抜き、残りの4包を焚き出す。こうすると、残る香が秋風1包と白菊3包、秋風2包と白菊2包、秋風3包と白菊1包という出方がありえるが、これは、歌にあるように「花なのか、風によって作られる波なのかを見間違える」という点に取材し、客が、花と波のどちらであるかを判断するかを楽しむまた、情趣を感じられるように和歌を取り込んでいることがよくわかる。
  4. 客は、秋風、白菊の出を、記紙に記して提出する。
  5. 執筆は客の回答にのっとり、記録紙の客の回答の下に、客の回答が菊多ければ「菊」、同数なら「花」、風多ければ「波」と記す。これも、花が多ければ菊と見た、風が多ければ波と見たというように歌に重ねている。

雑の部[編集]

源氏香(げんじこう)は、香道の楽しみ方のひとつである。源氏香の成立は享保のころと考えられ、源氏物語を利用した組香である。

  1. 「源氏香」では、5種の香木を各5包ずつ(計25包)用意する。
  2. 香元はこの25包を切り交ぜ、中から任意の5包をとってひとつを焚き、客に香炉を順にまわし、香を聞く。これを5回繰り返す。
  3. 香炉が5回まわり、すべての香が終了したあと、客は5つの香りの異同を紙に記す。この書き方こそが源氏香の特徴である。まず5本の縦線を書き、右から、同じ香りであったと思うものを横線でつないでいく(たとえば、右図の2段目右から3番目の「澪標」は、1,2,4番目に聞いた香が同じ香りで、3番目、5番目に聞いた香はそれぞれ独立した香りであるという意味)。この5本の線を組み合わせてできる型は52通りあり、この52通りの図を源氏物語五十四巻のうち桐壷と夢浮橋の巻を除いた五十二巻にあてはめる。この対応関係を記したものが「源氏香の図」である。客はこの「源氏香の図」を見ながら自分の書いた図と照合し、源氏物語の該当する巻名を書いて答とする。
  4. 完全に正解すると、記録紙に「玉(ぎょく)」と書かれる。

競馬香(くらべうまこう)は、よりゲーム性の強い香道の楽しみ方のひとつ。

  1. まず、客は2つのチームに別れる。
  2. 4種の香木を4包ずつ(合計16包)用意し、4種を1包ずつ焚いて香りを覚える。
  3. つぎに残った12包から2包をとって10包とし、これを順不同に焚いて、試香の何番目と同じだったかを当てる。客の正解数を足したものがチームの得点となる。専用の盤上には、2頭のウマと騎手のコマが置かれ、騎手が乗馬するのに1点、あとは1点ごとに4マスを進める。チームが0点であれば落馬とし、馬同士が5マス以上開くと、遅れているほうを落馬とする。落馬から再度乗馬するのに1点が必要とする。
  4. 先に勝負木(ゴール)を超えたほうが勝ちとする。

香道の古典[編集]

香道の古典書として建部隆勝(たてべりゅうしょう)の香道秘伝書と、志野流4世家元蜂谷宗悟(はちやそうご)の香道軌範があり、ともに天正年間に編纂されている。

脚注[編集]

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  1. ^ 『日本書紀』巻22。
  2. ^ 薫物合せは、『源氏物語』第32帖「梅枝」に描かれている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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