駕籠

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駕籠(かご)は、人を乗せて人力で運ぶ乗り物のこと。人が座る部分を一本の棒に吊し、複数人で棒を前後から担いで運ぶ。

駕籠
木曾道中熊谷宿の駕籠(渓斎英泉
大名駕籠
金刀比羅宮の表参道

概要[編集]

人が座る部分は、竹製の簡易な状のものや(これが駕籠の語源でもある)、木製の箱状のものなどである。英語ではpalanquinが当てられる。また引き戸がついているものは特に乗物と呼んだ。三人一組(一人は交替要員)で担ぐ場合を三枚肩(さんまいがた)、四人一組(一つの駕籠を四人同時に担ぐか、二人で担いで残りは交替要員)で担ぐものを四枚肩(しまいがた)と呼んだ。さらに八人で交替に担ぐものは、八枚肩(はちまいがた)、あるいは八人肩(はちにんがた)と呼ばれた。

同様に人力で人を運ぶ輿(こし)は、2本以上の棒の上に人が乗る台を載せたものである。

江戸時代まではよく使われたが、明治時代に入ると急速に人力車に取って代わられていき、明治5年(1872年)までには交通・運送手段としての役割を終えてほぼ姿を消した(仙人峠のように人力車の入れない山道では存続した例もわずかにある)。今日では交通手段としては全く使われていないが、駕籠に乗る体験ができる施設等もある。

駕籠者、駕籠舁[編集]

江戸時代、駕籠の中でも公家武家が乗るような、装飾が施されて引き戸が付いている高級なものは乗物(のりもの)と呼ばれ、大型で柄の長いものは長柄と呼ばれた。地位階級によって形式が異なり庶民が乗る一般の駕籠とは区別された。

乗物を担ぐ者は駕籠者(かごのもの)といい、幕府職制では駕籠頭が支配した。駕籠者は総じて扱いにくく、態度の大きい荒くれものが多かった[1]。駕籠者は陸尺(ろくしゃく、六尺とも書く)とも呼ばれたが、これは「力者(りきしゃ)」が転訛したものという、肩から模様のある長袖の法被を着ていた。また、1丈2尺の棒を二人で担ぐから六尺、古代中国の天子の輿が六尺四方だったからなど陸尺の語源には諸説ある[1]。陸尺の採用には高い技術のほかに長身の身体が求められた。身長によって賃金に格差があり、6尺(182センチメートル)に及ぶ大男たちが務めたから六尺と呼ばれたという説もある。

一方、庶民が乗る駕籠は町駕籠、辻駕籠などと呼ばれ、その担ぎ手は駕籠舁(かごかき)といい、駕籠屋に詰めて乗客を運搬した。さらに道中の宿場にはいわゆる雲助など無頼の輩が駕籠舁をつとめるものがあり、乗客とのトラブルが頻発したという。

明治時代に入り、駕籠が急速に減少して人力車に取って代わられると、駕籠者や駕籠舁の多くは人力車の車夫に転職した。

駕籠に実際に乗れる場所[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 氏家幹人『サムライとヤクザ:「男」の来た道』 筑摩書房 <ちくま新書> 2007年 ISBN 9784480063816 pp.104-125.

関連項目[編集]