稚内市
わっかないし 稚内市 | |||
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日本最北端の地の碑 | |||
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国 | 日本 | ||
地方 | 北海道地方 | ||
都道府県 | 北海道(宗谷総合振興局) | ||
市町村コード | 01214-9 | ||
法人番号 | 9000020012149 | ||
面積 |
761.42km2 | ||
総人口 |
30,648人 [編集] (住民基本台帳人口、2024年4月30日) | ||
人口密度 | 40.3人/km2 | ||
隣接自治体 |
天塩郡:豊富町 宗谷郡:猿払村 | ||
市の木 | サクラ、ナナカマド | ||
市の花 | ハマナス | ||
他のシンボル | - | ||
稚内市役所 | |||
市長 | 工藤広 | ||
所在地 |
〒097-8686 北海道稚内市中央3丁目13番15号 | ||
外部リンク | 稚内市役所 | ||
北緯45度20分00秒 東経141度45分00秒 / 北緯45.33333度 東経141.75000度 | |||
ウィキプロジェクト |
稚内市(わっかないし)は、北海道宗谷地方にある市。最果ての宗谷岬や礼文島、利尻島へのフェリーの航路、最北の駅稚内駅がある、宗谷総合振興局所在地で宗谷管内の中核都市である。
概要
地名の「わっかない」は、アイヌ語で「冷たい飲み水の沢」を意味する「ヤム・ワッカ・ナイ」に由来する。日本最北の市で、宗谷総合振興局の所在地である。松前藩が宗谷場所を開設した江戸時代初期以降、港湾として恵まれた地理条件を備え、良質な魚場に恵まれたため漁業の街として発展した。江戸時代中期頃からは国防上の北の要衝として重視されている。日露戦争後には樺太(現在のサハリン)航路を開設、大正時代には鉄道建設も行われ、旭川以北最大の都市となる。戦後、北洋漁業基地としてさらに発展するが、旧ソ連の排他的経済水域設定後は、基幹産業である漁業が衰退し人口減少が続いている。
地理
稚内市は、現在日本において最北に位置する市である。古くから日本本土の北の玄関口として知られる。北海道の市町村で唯一、日本海とオホーツク海に面している。
稚内市の最北端は宗谷岬の北西に浮かぶ弁天島(北緯45度31分35秒、東経141度55分09秒[1])であり、現時点において『日本国が実効支配する国土の最北端』である[2] 。
宗谷岬からサハリンクリリオン岬(樺太西能登呂岬)まではおよそ43kmで、日本で最もロシアに近い。そのため、サハリン州、またはロシアと交流が深く、市内の交通標識や店舗の看板などにはロシア語の表記が散見される。
稚内市の市街地は、ノシャップ岬の付け根部分(稚内港・宗谷湾沿い)に広がる。かつては、稚内駅を中心とした北部の中央地区を中心に発展したが、現在は南稚内駅付近や、国道40号沿いの郊外が発展している。
ノシャップ岬と宗谷岬の中間地点には、声問という漁村がある。この辺りは、声問川が形成した扇状地であり、背後に大沼、さらに内陸には沼川地区がある。土地は平坦だが畑作には適さない気候のため、主に酪農が行われている。
宗谷岬付近には、漁村の大岬がある。宗谷岬南部には宗谷丘陵が広がる。この宗谷丘陵は、度重なる大火と侵食により樹木を喪失し、独特の地形・風景をしている。年平均気温は7℃ほどしかなく寒冷で、強い風が吹くため、樹木が成長できず笹やぶとなっていた。現在は、土地の有効利用のため、主に牧草地となっている。
日本海側には漁村の抜海村があり、抜海村の背後には勇知地区と呼ばれる酪農地帯がある。
気候
稚内市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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雨温図(説明) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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稚内市の年間の平均気温は7℃ほどである。日本の最北に位置するが、冬は海の影響から比較的温暖である。逆に、夏は寒流の影響で気温が上がらない。年間を通じて強い風が吹くため、体感温度は実際の温度よりも低く感じられる。
特別豪雪地帯に指定されているが、北海道の他の自治体と比べると積雪は多い方ではない。
サクラは5月中旬頃に開花し、日本で一番後に開花宣言をすることが多い。その年により根室市よりも早いこともある。標準木は稚内公園内にあるエゾヤマザクラ。
極値
稚内地方気象台観測
要素 | 観測値 | 観測年月日 |
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最高気温 | 31.3℃ | 1946年8月22日 |
最低気温 | -19.4℃ | 1944年1月30日 |
降雪の深さ寒候年合計 | 706cm | 2010年 |
最深積雪 | 199cm | 1970年2月9日 |
最大瞬間風速 | 44.9m/s | 1995年11月8日 |
稚内市(1981年 - 2010年)の気候 | |||||||||||||
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月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
平均最高気温 °C (°F) | −2.7 (27.1) |
−2.5 (27.5) |
1.2 (34.2) |
7.2 (45) |
12.0 (53.6) |
15.7 (60.3) |
19.7 (67.5) |
22.3 (72.1) |
19.7 (67.5) |
13.7 (56.7) |
6.1 (43) |
0.1 (32.2) |
9.4 (48.9) |
平均最低気温 °C (°F) | −6.8 (19.8) |
−7.1 (19.2) |
−3.5 (25.7) |
1.8 (35.2) |
6.0 (42.8) |
10.1 (50.2) |
14.5 (58.1) |
17.3 (63.1) |
14.0 (57.2) |
8.1 (46.6) |
1.0 (33.8) |
−4.2 (24.4) |
4.2 (39.6) |
降水量 mm (inch) | 84.3 (3.319) |
60.7 (2.39) |
50.3 (1.98) |
49.0 (1.929) |
67.6 (2.661) |
53.0 (2.087) |
90.6 (3.567) |
116.0 (4.567) |
123.5 (4.862) |
134.1 (5.28) |
120.9 (4.76) |
112.8 (4.441) |
1,484.4 (58.441) |
降雪量 cm (inch) | 173 (68.1) |
143 (56.3) |
102 (40.2) |
21 (8.3) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
0 (0) |
1 (0.4) |
53 (20.9) |
160 (63) |
656 (258.3) |
平均降水日数 (≥1.0 mm) | 20.3 | 16.1 | 11.7 | 8.4 | 8.6 | 7.4 | 7.9 | 8.6 | 10.8 | 14.0 | 17.0 | 20.8 | 151.7 |
平均降雪日数 | 30.1 | 26.2 | 24.2 | 9.2 | 1.2 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 0.0 | 3.4 | 17.7 | 28.2 | 140.0 |
% 湿度 | 72 | 72 | 71 | 75 | 79 | 85 | 86 | 84 | 75 | 68 | 67 | 70 | 75 |
平均月間日照時間 | 45.6 | 80.3 | 138.6 | 171.8 | 185.6 | 166.3 | 146.8 | 148.5 | 177.1 | 135.9 | 57.6 | 30.1 | 1,484.4 |
出典:Japan Meteorological Agency |
歴史
年表
- 1685年(貞享2年) - 松前藩、宗谷場所を開設。
- 1706年 - 村山伝兵衛、宗谷場所を請負う。
- 1781年(寛政元年) - 工藤平助、赤蝦夷風説考を著す。
- 1785年(天明5年) - 幕府の樺太探検隊長庵原弥六一行、宗谷で越年するも、翌年3月に病死する。
- 1789年(享和元年) - 最上徳内らが宗谷を巡視。
- 1801年(亨和3年) - 奉行松平忠明、宗谷を巡視し、台場を築く。
- 1807年(文化4年) - 幕吏近藤重蔵ら、宗谷を巡視。この際、宗谷に初めて馬来る。宗谷場所、天領(幕府直轄領)となる。津軽藩、初の宗谷警備。多くの藩兵が水腫病で亡くなる。
- 1808年(文化5年) - 間宮林蔵ら、樺太探検のため宗谷を出帆。
- 1821年(文政4年) - 宗谷場所、松前藩領に復帰する。
- 1855年(安政2年) - 宗谷場所、再び天領となる。秋田藩が宗谷警備を行う。
- この頃には、クワエヒル(ストーブの原型)、毛布などが使用され、水腫病対策としてコーヒー豆が配給される。
- 1856年(安政3年) - 松浦武四郎ら、樺太調査のため宗谷を出帆。
- 1859年(安政6年) - 宗谷、秋田藩の領下となる。
- 1869年(明治2年) - 宗谷、開拓使に属す。
- 1870年(明治3年) - 宗谷、金沢藩に属す。
- 1872年(明治5年) - 宗谷支庁設置、開拓判官大山重、主任となる。
- 1873年(明治6年) - 宗谷支庁を廃し、留萌支庁の管轄となる。
- 1875年(明治8年) - 留萌支庁を廃し、札幌本庁に合し、宗谷に開拓使出張所を置く。樺太千島交換条約締結。樺太原住民841名を稚内に移住させる。
- 1876年(明治9年) - 宗谷郵便局を設置。
- 1879年(明治12年) - 宗谷に郡役所が置かれ宗谷郡となる。宗谷警察署を設置。宗谷村に戸長役場設置(稚内市の開基)。
- 1886年(明治19年) - 廃県置庁により北海道庁が置かれ、その管轄となる。
- 1889年(明治22年) - 公立稚内簡易小学校(現在の稚内中央小学校)を開設。
- 1896年(明治29年) - 稚内区裁判所を設置。
- 1897年(明治30年) - 宗谷税務署を設置。郡役所を改め、宗谷支庁を開設。
- 1906年(明治39年) - 小樽、稚内、樺太定期航路を開設。
- 1910年(明治43年) - 北海道水産試験場駐在所を設置。
- 1911年(明治44年) - 山火が延焼し、稚内町724戸、宗谷村71戸、その他諸官庁、学校、病院等消失する。
- 1913年(大正2年) - 秋田木材会社が声問発電所を設置し、稚内にはじめて電灯がともる。
- 1922年(大正11年) - 宗谷線(天北線)開通。
- 1923年(大正12年) - 稚泊連絡船運行開始。
- 1924年(大正13年) - 北見線(宗谷本線)開通
- 1928年(昭和3年) - 稚内町大火、稚内港駅開駅(現稚内駅)
- 1930年(昭和5年) - 普通選挙第1回町村会議員選挙。稚内町大火。
- 1936年(昭和11年) - 稚内築港工事第1期設置完成
- 1942年(昭和17年) - 北海道配電会社、声問火力発電所設置。
- 1945年(昭和20年) - 樺太居留民引揚船、稚内に入港。米軍、稚内に進駐。
- 1947年(昭和22年) - 市長公選により、初代市長に西岡斌が当選。
- 1949年(昭和24年) - 稚内市制施行。海上保安署、消防署設置。
- 1949年(昭和24年)6月1日 - 市章を制定する。[3]
- 1952年(昭和27年) - 北洋漁業再開。稚内より18隻参加。
- 1959年(昭和34年) - 稚内空港開港。稚内市長に浜森辰雄が当選。
- 1963年(昭和38年) - 樺太慰霊塔(氷雪の門)、九人の乙女の像建立。
- 1964年(昭和39年) - 中央埠頭使用開始。
- 1967年(昭和42年) - 市庁舎落成。
- 1968年(昭和43年)4月1日 - 稚内市民憲章、市旗制定。[4]昭和天皇・香淳皇后が稚内市を訪問。
- 1971年(昭和46年) - ノシャップ米軍基地閉鎖発表。
- 1973年(昭和48年) - 稚内空港定期便就航。
- 1974年(昭和49年) - 利尻礼文サロベツ国定自然公園が国立公園となる。
- 1976年(昭和51年) - ソ連、200海里漁業専管水域設定を宣言。これにより北洋漁業が壊滅的打撃を受ける。
- 1977年(昭和52年) - 日本政府200海里漁業専管水域設定を宣言。
- 1978年(昭和53年) - 開基100周年、市制30周年、開港30周年記念式典挙行。
- 1979年(昭和54年) - ソ連輸入スケソ第1船入港。ソ連からの海産物輸入が始まる。
- 1983年(昭和58年) - 大韓航空機撃墜事件発生。宗谷岬肉牛牧場開設。宗谷黒牛の生産を開始する。
- 1984年(昭和59年) - 宗谷300年祭。
- 1987年(昭和62年) - 稚内北星学園短期大学開学。稚内空港がジェット化。東京、千歳間にジェット機就航。
- 1989年(平成元年)- 5月1日天北線廃止に伴い、代替輸送バス運行開始。今上天皇・皇后が稚内市を訪問。
- 1991年(平成3年) - 敦賀一夫、稚内市長に当選。
- 1994年(平成6年) - 稚内全日空ホテル完成。
- 1995年(平成7年) - サハリン定期航路就航。
- 1998年(平成10年) - 風力発電施設稼動。
- 1999年(平成11年) - 横田耕一、稚内市長に当選。
- 2000年(平成12年) - 特急スーパー宗谷運行開始。稚内北星学園大学(4年制)開学。
- 2002年(平成14年) - 中央地区で大規模火災発生。被害総額16億円。跡地にドーミーイン稚内開業(2007年)。
- 2003年(平成15年) - 新しい市立図書館がオープン。
- 2004年(平成16年) - 宗谷丘陵の周氷河地形が北海道遺産に認定される。
- 2005年(平成17年) - 国内最大規模の風力発電「宗谷岬ウィンドファーム」(57基)が稼動開始。
- 2007年(平成19年) - 稚内メガソーラー実証実験施設、起工式。稚内副港市場開業。
- 2008年(平成20年) - 国際・国内フェリーターミナル完成。
- 2011年(平成23年) - 工藤廣、稚内市長に当選。
市の沿革
稚内とはアイヌ語のヤムワッカナイ(yamwakkanay)からきており、「冷たい水の流れる沢」という意味である。
- 1879年(明治12年) 宗谷村に戸長役場が設置される(稚内市の開基)
- 1900年(明治33年) 宗谷郡稚内村、抜海村、声問村の区域をもつて稚内村と称する(北海道1級町村制施行)
- 1901年(明治34年) 稚内村を稚内町に改める
- 1949年(昭和24年) 市制施行、稚内市となる
- 1955年(昭和30年)2月1日 宗谷村を編入する
市の行政機関
市長
- 現在
- 歴代市長
代 | 市長名 | 任期 | 任期数 |
---|---|---|---|
初 - 3 | 西岡斌 | 1949年5月1日 - 1959年4月30日 | 3 |
4 - 11 | 浜森辰雄 | 1959年5月1日 - 1991年4月30日 | 8 |
12 - 13 | 敦賀一夫 | 1991年5月1日 - 1999年4月30日 | 2 |
14 - 16 | 横田耕一 | 1999年5月1日 - 2011年4月30日 | 3 |
17 | 工藤廣 | 2011年5月1日 - | 1 |
市役所
- 稚内市役所本庁舎 北海道稚内市中央3丁目13番15号
- 稚内市役所宗谷支所 稚内市大字宗谷村字宗谷161
- 稚内市役所沼川支所 稚内市大字声問村字沼川7755
その他の機関
- 稚内地区消防事務組合本部(稚内市・豊富町・猿払村)
- 稚内市立総合体育館
- 稚内市立図書館
道の行政機関
- 宗谷総合振興局
- 稚内警察署
- 北海道立稚内水産試験場
- 宗谷教育局
国の機関
- 旭川地方裁判所稚内支部・旭川家庭裁判所稚内支部・稚内簡易裁判所
- 法務省旭川地方法務局稚内支局
- 法務省旭川保護観察所稚内駐在官事務所
- 法務省札幌入国管理局稚内港出張所
- 旭川地方検察庁稚内支部・稚内区検察庁
- 財務省函館税関稚内税関支署
- 国税庁札幌国税局稚内税務署
- 厚生労働省北海道労働局稚内労働基準監督署
- 厚生労働省北海道労働局稚内公共職業安定所
- 厚生労働省小樽検疫所稚内出張所
- 農林水産省北海道農政事務所稚内統計・情報センター
- 林野庁北海道森林管理局宗谷森林管理署
- 国土交通省北海道運輸局旭川運輸支局稚内庁舎 船舶に関する業務のみで、自動車に関する業務は行っていない。
- 国土交通省北海道開発局稚内開発建設部
- 国土交通省東京航空局稚内空港事務所
- 海上保安庁第一管区海上保安本部稚内海上保安部
- 気象庁札幌管区気象台稚内地方気象台
- 気象庁札幌管区気象台新千歳航空測候所稚内空港出張所
- 環境省北海道地方環境事務所稚内自然保護官事務所
- 自衛隊稚内分屯地(稚内分屯地(陸上自衛隊)・稚内基地(海上自衛隊)・稚内分屯基地(航空自衛隊))
立法
稚内市市議会の定数は20人。
構成
会派(政党) | 議席数 |
---|---|
市民クラブ | 6 |
民主クラブ | 4 |
公明党 | 3 |
政和会 | 3 |
ひとり会派の会 | 2 |
政友会 | 2 |
(平成23年5月1日現在)
不祥事
経済
産業
漁業・水産加工業
排他的経済水域が指定されるまで北洋漁業基地として大変栄えており、缶詰、冷凍、干物・乾物などを生産する水産加工業も盛んであった。現在も、最盛期ほどではないものの、漁業(特にミズダコは有数の水揚げ量)、水産加工が主力産業である。市内には、名産の海産物を売る大型店が多数ある。しかし、漁業・水産加工にかつてのような勢いはなく、観光産業への転換が図られている。
農業・農産物加工
かつては、勇知地区ではジャガイモ栽培が盛んであった。昭和初期には、勇知地区で栽培されたジャガイモは味が良いと評判になり、東京、大阪方面でブランドいもとして取引された。しかし、もともと天候が畑作に向かないことから酪農への転換が進み、現在の稚内市の農業は酪農が中心である。勇知地区、声問地区では、大規模な酪農を営んでいるが、勇知地区では一部に「勇知いも」などの畑作をする者もいる。酪農家が生産した生乳は、明治(旧・明治乳業)稚内工場などに運ばれ、全脂粉乳、脱脂粉乳、ホエーパウダーなどの乳製品となる。稚内農業協同組合は、低温殺菌ノンホモ牛乳を商品化し、「稚内牛乳」として販売している。宗谷岬地区では、宗谷岬牧場が宗谷黒牛という肉牛を生産している。
観光業
日本最北端を有する稚内市は、その地理的条件を生かし、観光業が盛んである。主な名所としては、最北端の宗谷岬、北海道遺産の宗谷丘陵、利尻礼文サロベツ国立公園、稚内公園などがある。 稚内市内では、ホテル・旅館業が盛んである。市が冬季ツアー観光客の夕食に助成金を出すなどしていた1998年度 - 2002年度は離島ブームも手伝って80万人前後まで増大した。
しかし、近年、知床が世界遺産に登録されたことや、旭川市の旭山動物園の人気の影響、さらに原油高騰、リーマンショック後の不景気などにより、距離が遠い稚内を敬遠してか観光客が激減し、2009年度は40万人台と最盛期の半分以下となってしまった[5]。
稚内市は、かねてより第3セクター「稚内シーポートプラザ」を設立し、稚内全日空ホテルを建設運営するなど力を注いできた。しかし、稚内シーポートプラザは、観光客の減少や他の大型ビジネスホテルの進出などに伴い、経営状態が急速に悪化し、2010年1月に経営破たんし、2010年2月24日に旭川地裁から特別清算開始決定を受けた[6]。その他の旅館でも多数の廃業が見られる[7]。
地理的条件や海産物といった旧来のソフトだけでなく観光客を呼び寄せ満足させるための新たなソフト開発が急務となっている。また台湾など外国人観光客誘致に活路を見出そうとする動きもある[8]。
観光業以外のサービス業
サービス業は、ホテル・旅館業を除いて、人口規模に比して発達していない。稚内駅、南稚内駅周辺に寿司屋、居酒屋、スナックなどの飲食店街が存在するが、いわゆる歓楽街は存在しない[9]。2008年度以降、企業、公官庁の支店・支所等の閉鎖や地元企業の相次ぐ廃業により、市内のサービス産業は衰退している。特に南稚内周辺の飲食店街は廃業・閉店が相次ぎ、短期間で入居数が半分になってしまったビルもある[要出典]。人口に比して大手チェーン店の進出も鈍く、セブンイレブン、ローソン、ファミリーマートなどの大手コンビニや、イオン、イトーヨーカドーなどの大手スーパーが進出していない。
他方で、経済活性化対策として市内の建設業者を中心とした再開発が行われている。2007年4月28日には宗谷地方初の複合商業施設である稚内副港市場がオープンした。また、2010年6月12日には映画館(ティ・ジョイ稚内)や商業施設が入る稚内駅前ビルが開業された。
官公庁
稚内市は、旭川以北最大の都市であり、海上保安部、自衛隊、税務署、裁判所、区検察庁などの国の機関や宗谷総合振興局が置かれている。そのため、周辺自治体と比べると公務員の数が多く、官公庁が経済を支えている側面がある。
建設業
稚内市には、3本の国道、14本の道道、重要港湾の稚内港、地方港湾の宗谷港のほか、抜海港などの多数の漁港、稚内空港など、多くの公共施設があり、公共事業が盛んであった。そのため、多くの建設業者が存在し、雇用を支えていた。しかし、バブル崩壊、小泉構造改革などの影響を受け、建設業の現状は厳しく、商業施設経営など経営の多角化を模索している[10]。
交通
戦前は、宗谷本線と天北線の終点があり、樺太航路もあったことから、交通の要所として栄えた。戦後、鉄道は天北線の廃止などで衰退したが、現在でも宗谷本線稚内駅、南稚内駅などがあり、海路は、利尻・礼文航路、サハリン航路がある。空路は、稚内空港があり、羽田空港、新千歳空港、中部空港(夏季のみ)、関西空港(夏季のみ)などへの直行便がある。宗谷管内の路線バスを運営する宗谷バスが本社を構えており、札幌への都市間高速バスがある。依然として、宗谷地方の交通の要所となっている。
電力
稚内市では、一年を通して強い風が吹くことから、市内に74基の風車を建設 [3] し風力発電を行っている。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構の大規模太陽光発電(メガソーラー)の実証研究を行っている[11]。これらの自然エネルギーによる発電によって、稚内市で消費する電力の8割をまかなっている[12]。
輸入業
かつては、ソ連およびロシアからの活ガニ等の水産物の輸入も盛んだった。1988年 - 2005年の18年間連続、活ガニ輸入日本一だった[要出典]。しかし、近年は資源枯渇が問題となり、ロシア政府が輸出規制をしているため、2008年度以降、活ガニの輸入も激減している。たとえば、活カニの輸入高は、2004年には120億円を超えていたが、2008年には50億円にまで減少している[13]。この影響を受け輸入業者の倒産・廃業が相次ぎ、数社が残るのみとなっている[要出典]。
不動産業
稚内市には、18件の登録不動産業者が存在する。稚内北星学園大学に学生が入学する時期は、単身者向け賃貸物件の需要が高くなる。もともと持ち家率が高く、単身者向け住居が多い地域ではなかったことから供給が不足し、家賃水準は北海道のなかでもかなり高水準となっている[14]。稚内市は、給与水準が低く道内平均(2009年6月調査)を月額3.5万円(札幌市より4.5万円)以上下回っており[要出典]、単身者向け賃貸住宅の高額な賃料は若年層が定着せず他都市へ流出する要因とも言われている。ただし、近年の人口流失によって中心部の築年数の古い建物を中心に空家が多く出ており、全体的な相場は下落傾向である[15]。
主要企業・団体
農協・漁協
金融機関公共交通機関
電力
食品加工
|
商業
製菓・製パン等
建設業
印刷業
その他
|
商業施設
ホテル
百貨店・商業ビルスーパーホームセンター
家電量販店
|
衣料品書店
その他
|
郵便
- 稚内郵便局(中央)(日本郵便稚内支店併設)
- 沼川郵便局(大字声問村字沼川)(日本郵便稚内支店沼川集配センター併設)
- 宗谷郵便局(大字宗谷村字宗谷)(日本郵便稚内支店宗谷集配センター併設)[16]
- 稚内宝来郵便局(宝来)
- 稚内港郵便局(港)
- 稚内南郵便局(大黒)
- 稚内潮見郵便局(潮見)
- 稚内萩見郵便局(萩見)
- 声問(こえとい)郵便局(声問)
- 宗谷岬郵便局(宗谷岬) - 日本最北端の郵便局
- 抜海郵便局(大字抜海村字バッカイ)
- 勇知郵便局(大字抜海村字上勇知)
- 稚内恵比須簡易郵便局(恵比須)
- 稚内富士見簡易郵便局(富士見)
- 稚内緑簡易郵便局(緑)
- 稚内富岡簡易郵便局(富岡)
- 稚内富磯簡易郵便局(大字宗谷村字富磯)
- 稚内曲渕簡易郵便局(大字声問村字曲渕)
宅配便
友好都市・姉妹都市・姉妹港湾
国内
- 共に豊かな自然があり、水産業が盛んであることや、JR駅最北端始発駅(稚内駅)とJR駅最南端始発駅(枕崎駅)が両市に所在していることから2011年1月に枕崎市側が稚内市に友好都市提携の申し入れを行い[18]、2012年4月28日に友好都市締結宣言調印式が行われた[17][19]。
海外
地域
人口
2012年5月31日現在 37,896人である。200海里規制以降の漁業減船や酪農廃業、国鉄分割民営化に伴う合理化、JR天北線の廃止、さらに不景気の影響で若年者の就職先がなく他都市へ流出している。ここ数年は特に人口の減少幅が拡大しており、2008年度は1年間だけで797人が減少(減少率1.96%)し、減少数・減少率ともに過去最大となった。その後も人口減少は止まらず、2009年度601人減、2010年度373人減、2011年度549人減、2012年度は5ヶ月で412人減と激しい減少が続いており、非常に深刻な状況である。2002年には過疎地域の適用を受けている。
稚内市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
教育
大学
- 私立
高等学校
- 道立高等学校
- 北海道稚内高等学校
- 北海道稚内商工高等学校(募集停止)
- 私立高等学校
小・中学校
すべて稚内市立
- 中学校
- 稚内中学校、稚内南中学校、稚内東中学校、宗谷中学校、潮見が丘中学校
- 小学校
- 稚内中央小学校、稚内港小学校、稚内南小学校、稚内東小学校、稚内潮見が丘小学校、声問小学校、宗谷小学校、大岬小学校、富磯小学校
- 小中学校併設校
- 稚内西小中学校、下勇知小中学校、上勇知小中学校、増幌小中学校、天北小中学校
- 廃校となった小・中学校
- 稚内小学校、稚内北小学校、更喜苫内小学校、抜海小中学校、上声問小学校、曙小学校、樺岡小中学校、沼川小中学校、曲渕小中学校、豊別小中学校、上修徳小中学校、東浦小中学校
特別支援学校
- 稚内養護学校
-
稚内北星学園大学
-
稚内高校
-
稚内商工高校
-
稚内大谷高校
-
宗谷中学校
-
大岬小学校
医療
- 市立稚内病院
- 市立稚内こまどり病院(旧国立療養所稚内病院)
- 稚内禎心会病院
入院施設を有する上記病院には2011年(平成23年)4月時点で呼吸器内科・神経内科・循環器外科・循環器内科・麻酔科の常勤医がおらず、旭川市への緊急患者搬送が必要となる場合もある。
住宅団地
- 道営住宅末広団地
- 道営住宅潮見団地
- 道営住宅宝来団地
交通
空港
- 全日本空輸が、新千歳空港、東京国際空港、中部国際空港(6月 - 8月運航)、関西国際空港(6月 - 9月運航)の各便を運行。
港湾
- 宗谷港
- 漁港
- 抜海漁港、西稚内漁港、恵山泊漁港、声問漁港、富磯漁港、東浦漁港
鉄道
かつては天北線が運行していたが、1989年に廃止されている。
バス
都市間バス
道路
タクシー
- 北都ハイヤー
- 大丸交通グループ(稚内日の丸交通・稚内タクシー)
※その他に運転代行業が3社ある。
レンタカー
- トヨタレンタリース(稚内駅、稚内空港)
- 駅レンタカー(稚内駅)
- 日産レンタカー(稚内空港)
- マツダレンタカー(稚内駅、稚内空港)
- オリックスレンタカー(南稚内駅、稚内空港)
- ちょいのりレンタカー(南稚内駅)
名所・旧跡・観光・祭事・催事・特産品
文化財
道指定史跡
- 宗谷の護国寺跡(宗谷地区)
- 病死した庵原弥六や北辺警備にあたった幕吏、諸藩士の墓がある。
市の文化財
- 宗谷厳島神社
- 釣鐘(1基)など6件 - 宗谷護国寺蔵など
- オンコロマナイ遺跡
- 富磯貝塚
- シュプントゥ遺跡
- 恵北遺跡
- 抜海岩蔭遺跡
- 弁天1・2号チャシ
- ピリカタイチャシ
- 大岬旧海軍望楼跡
- 目梨高山植物群落
- めくまミズナラ群落
観光
- 宗谷岬付近
- 宗谷岬 付近にあるものすべてが「日本最北の……」である。
- 宗谷岬平和公園
- 大岬旧海軍望楼跡
- 祈りの塔 大韓航空機撃墜事件の遭難者の慰霊モニュメント
- 世界平和の鐘・子育て平和の鐘
- 宗谷海域海軍戦没者慰霊碑
- 宗谷丘陵(北海道遺産)
- 宗谷丘陵フットパス
- 宗谷岬ウィンドファーム(風力発電の風車が57機設置された国内最大級のウィンドファーム)
- ゲストハウスアルメリア(無料展望施設・レストラン・売店)
- 津軽藩兵詰合の記念碑
- 宗谷の護国寺付近。コーヒー豆の形をしている
- ノースバレーカントリークラブ《4月中旬 - 11月中旬》
- 日本海側
- 北海道道106号稚内天塩線の風景は、本や雑誌でも取り上げられることが多い。
- ノシャップ岬付近
- 野寒布岬(ノシャップ岬)
- 稚内灯台 - 日本の灯台50選
- 稚内市立ノシャップ寒流水族館
- 稚内市青少年科学館
- 稚内市街地付近
- 氷雪の門、九人の乙女の像、開基百年記念塔、ゲストハウス氷雪(足湯)、森林公園キャンプ場、南極観測樺太犬記念碑・樺太犬供養塔などがある。
- 稚内港北防波堤ドーム(北海道遺産)
- 稚内市ポートサービスセンター
- 観光客が利用できる休憩室、シャワー室、洗濯室、洗面所、公衆電話、コインロッカー、トイレが配置されている。一部有料。
- 稚内フェリーターミナル
- 利尻・礼文、サハリン州コルサコフへの定期航路がある。
- 温泉、飲食店、お土産店、松坂大輔スタジアムなどが入居する複合ショッピング施設
- 高野山最北大師真言寺(北海道三十三観音霊場二十七番札所)
- 声問地区
- 道立宗谷ふれあい公園
- オートキャンプ、自然散策、パークゴルフなど。
- 大沼バードハウス(大沼)
- メグマ原生花園
- 稚内空港公園
- 動物ふれあいランド
- スノーモービルランドとっかり《2月1日 - 3月15日》
- 稚内カントリークラブ《4月中旬 - 11月上旬》
- 沼川みのり公園
- 稚内メガソーラー(日本最大級の太陽光発電実証実験施設)
- 勇知地区
- 悠遊ファーム
- 観光農園。イチゴ狩り、トマトなど各種野菜狩りを楽しむことができる。レストラン有り(冬季休業)。
- あとりえ華
- 稚内出身の画家高橋英生のアトリエ兼カフェ。冬季も営業している。
スポーツ施設
- 稚内市温水プール「水夢館」
- 稚内市総合体育館
- 稚内市富士見球技場(サッカー場)
- 稚内市体育館
- 稚内市宝来テニスコート
- 稚内市緑体育館
- 稚内市緑テニスコート
- 稚内市スポーツセンターカーリング場(11月1日~3月31日)
- 稚内市スポーツセンター武道館(弓道場)
- 稚内市大沼球場
- 稚内市営球場
- 稚内市緑球場
- 稚内市若葉球技場
- 稚内市ソフトボール場
- 稚内市南水泳プール(7月~9月)
- 稚内市こまどりスキー場(12月~3月)
- 稚内市上勇知スキー場(12月~3月)
- 稚内市東スケート場(1月・2月)
- 稚内市こまどりパークゴルフ場(5月~11月)
- 稚内市ノシャップ公園パークゴルフ場(5月~11月)
- 稚内市坂ノ下海水浴場(7月~8月)
※ 球場・球技場・テニスコートは12月~3月までは冬季閉鎖される。
すべての施設が市営(公営)である。
祭り・イベント
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特産品
主な産業が漁業であることから、特産品は主に海産物であるが、肉牛などの農産物もある。
- 水産物
- 魚類 ホッケ、ツボダイ、ハッカク、サンマ、カジカ、サケ、マダラ、ヒラメ、ソイ、ババカレイ、宋八カレイ、カンカイ、姫たら
- 甲殻類 ケガニ、タラバガニ、ズワイガニ、ホッカイシマエビ、ボタンエビ、アマエビ
- 貝類 ホタテ、ホッキ貝、ツブ
- 軟体類 ミズダコ、イカ
- その他 ウニ、ナマコ、ホヤ、銀杏草、モズク、リシリコンブ
- 農産物
- 宗谷岬牧場が生産する最北のブランド肉牛。主に黒毛和牛のF1(交雑種)で、適度なサシが入り柔らかな肉質と甘みのある脂が特徴。ステーキ、すき焼き、焼肉などで用いられるほか、お土産用冷凍ハンバーグが人気である。
- 勇知いも(ジャガイモ)
- 勇知地区で栽培されたジャガイモ。品種は農林1号であるが、他の地域で栽培されたものと比べ甘味とホクホク感が強いとされる。明治期には首都圏などで高値で取引されたが、その後、酪農へ転換が進み栽培する者がいなくなった。近年、勇知地区の一部で栽培を再開しているが、人気が高く収穫量が少ないため「幻のジャガイモ」となっている。
- 稚内農業協同組合と北宗谷農業協同組合沼川支所が生産した生乳100%のプレミアム牛乳。ホモジナイズド(牛乳内の乳脂肪球を機械的に破壊し、分離しにくくする処理)をせず、低温殺菌(65℃30分)で処理している。稚内牛乳を使ったソフトクリーム、アイスクリームもある。
- その他の特産品
- 宗谷の塩
- 宗谷海峡の海水から製造する高級塩。小売のみならず、稚内市内の飲食店の料理や加工食品などに広く用いられている。
- 名物料理
- たこしゃぶ
- 稚内市内で水揚げされたミズダコの足を新鮮なうちに冷凍して薄くスライスし、しゃぶしゃぶにする。通常、凍っているミズダコの身を2秒ほどお湯に通しタレに付けて食べる。ゆですぎると身が縮み固くなる。最後は雑炊や中華麺などを入れる。食感がとても美味である。
- 稚内ラーメン
- 稚内ラーメンとは、稚内市のラーメン店で提供されるラーメン。麺は、主に自家製または稚内市内にある2箇所の製麺所で製麺された細ちぢれ麺を用いる。スープは、利尻昆布と豚骨のダブルスープが多いが、透明であっさりしており、豚骨スープ特有の嫌な臭みはない。近年は味噌味を提供する店も増えたが、昔からあるのは塩味と醤油味。トッピングは至ってシンプルで、豚ロースのチャーシュー、細切りメンマ、ネギを中心に、店によってお麩、なると、ゆで卵のスライスなどがのる場合が多い。非常にシンプルだが、飽きのこない味である。
稚内市を舞台にした作品
文芸・漫画
- ラブひな(1998年~2001年 赤松健) - 成瀬川なるが北へ逃避行した終着点として宗谷岬が登場する(第12巻)。
- ハチミツとクローバー(2000年~2006年 羽海野チカ) - 竹本の旅の終着点として宗谷岬が登場する(第7巻)。
- おジャ魔女どれみ16(2011年~ 栗山緑) - 瀬川おんぷが、母親の静養と芸能記者から逃れるために居住していた街として登場する(第1巻)。
映画・アニメ
- ラブひな(2000年、テレビ東京系列) - 原作漫画のアニメ化。
- ハチミツとクローバー(2004年、フジテレビ系) - 原作漫画のアニメ化。第一期の24話で宗谷岬が登場する。
音楽
- 宗谷海峡 - 木原たけし
出身・ゆかりのある有名人
- 阿部芙蓉美 シンガーソングライター
- 大村巌 元プロ野球選手
- 岡田敦 写真家
- 小山彰太 ジャズドラマー
- 如月音流 実業家・タレント
- 鈴木和宏 検察官
- 中座真 棋士
- 高橋英生 画家
- 女雅 ミュージシャン・Kagrra,
- 中井広恵 棋士
- 畠山みどり 歌手
- 福沢桃介 福沢牧場を経営する。
- 藤田征樹 パラサイクリング選手
- 松坂大輔 祖父が稚内市出身。稚内副港市場に記念館がある。
- 森みつえ 女優
- 六土開正 ミュージシャン・安全地帯
- Galileo Galilei 高校生ロックバンド(2010年メジャーデビュー)
- 東出融 振付師・ダンサー
- 米本秀仁 社会福祉学者
- 渡邊ゆかり 元スピードスケート選手、女子競輪選手
市内に本拠を置くマスコミ
脚注
- ^ 北海道市区町村の役所・役場及び東西南北端点の経度緯度
- ^ ただし、日本政府が主張している領土としての日本最北端は、択捉島カモイワッカ岬(北緯45度33分28秒・東経148度45分14秒)である。
- ^ 図典 日本の市町村章 p23
- ^ 稚内市旗
- ^ 観光入込客数調査結果
- ^ 元第3セクター「稚内シーポートプラザ」が特別清算(BNNプラス北海道365)。ただし、稚内全日空ホテルは明治海運子会社に譲渡され、営業は継続されている。
- ^ 2010年3月までに、稚内観光ガイドブック平成21年度版に掲載されているホテル、旅館、民宿、ペンションその他の宿泊施設のうち10軒が稚内観光協会のサイトから削除されている。
- ^ [1]
- ^ ただし、年配の方を中心に、稚内中央「仲通り」を歓楽街と呼ぶ人もいる。
- ^ 建設業者が中心となって設立した稚内副港市場や最北シネマなどがその例である。
- ^ メガソーラー実証研究
- ^ 消費電力の8割をまかなう
- ^ 54.稚内港輸出入実績 (PDF)
- ^ 市民意識調査報告書 (PDF) 、地域住宅計画 (PDF)
- ^ 稚内市は、中心部の空洞化対策としてまちなか居住推進計画を実行している [2]。
- ^ 宗谷村の一部は日本郵便稚内支店鬼志別集配センターが集配業務を行う。
- ^ a b 『南日本新聞』 2012年4月29日付(枕崎、稚内 友好都市締結を宣言)
- ^ 広報まくらざき 2011年3月号 (PDF) - 枕崎市 2012年4月29日閲覧。
- ^ JR最北・稚内、最南・枕崎市が友好都市締結 - 読売新聞 2012年4月29日閲覧。
関連項目
外部リンク
- 行政
- 観光