念佛宗三寶山無量壽寺
| 仏教 |
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| 縁起 四諦 八正道 三法印 四法印 諸行無常 諸法無我 涅槃寂静 一切皆苦 波羅蜜 |
| 人物 |
| 釈迦 十大弟子 龍樹 |
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念佛宗 三寶山 無量壽寺(念仏宗 三宝山 無量寿寺、ねんぶつしゅう さんぽうざん むりょうじゅじ)は、仏教系浄土門の単立宗教法人である。
目次 |
[編集] 概要
総本山「佛教之王堂」[1][2][3]の所在地は、兵庫県加東市上三草1136番地[4]。また、発祥之地「京・別格本山」[5]の所在地は、京都市西京区嵐山山ノ下町22-17。開祖は圓心定(通称:久世太郎)。1979年12月19日、京都府知事より宗教法人「無量壽會」として認証された。さらに1992年10月12日、宗教法人「念佛宗三寶山無量壽寺」と教団名の改称を京都府知事より認証(宗教法人法の改正により現在は文化庁の所轄)。同時に宗派として開宗した[6]。浄土思想を基にし、非公開の儀式等がある[7]。2008年3月現在、信徒数は公称5万人[8]。インドのカルカッタに本部を置く国際的仏教団体「インド大菩提会」(1891年設立)のメンバーであり、アジア各地の仏教指導者が一堂に会する「全世界佛教サミット」の運営およびスポンサーとして協力をしている[9][10]。また週刊誌等によれば、各地に宗教施設を建設するにあたって、地元住民の反対運動がたびたび起こっている[11][12][8]とされるが、一方で北國新聞によると、「地域外からのいろいろな雑音に惑わされたことが残念である。」という一地元住民の投稿が掲載されている[13]。
宗教法人法においては、単立宗教法人[14]であるため、いかなる宗派(包括宗教団体)の傘下にも属さず、また、宗派とはみなされないが、一方で、京都新聞の記事のように、仏教の一宗派との見方[9][15]もある。設立時期(1979年)からは、新宗教と区分される。なお、教団は月刊誌において、日本の仏教第十四宗[16]であると主張[6]している。
1998年12月刊『関西に蠢くまだ懲りない面々』[11]に、「儀式と30万円とも100万円ともある入会金などは宗教を隠れ蓑にしたカルト商法を思わせる」との記載がある。また、1997年7月に岐阜県白川町で配布されたビラには「1人当たり300万円のお布施という計算になり、宗教法人法上も怪しいといわねばならない」等の記載があるが、これには名誉毀損の確定判決が出ている[17]。
[編集] 本尊
阿弥陀三尊である阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩を本尊とする[18]。
[編集] 経典
基本は、『一切経』である。
依処として『仏説無量壽経』、『仏説観無量寿経』、『仏説阿弥陀経』の「浄土三部経」、ついで『仏説父母恩重経』を特に重視している[18]。ただし、「経典冒頭の『如是我聞』は、釈尊の直説(仏説)であることを証明する語句」と主張[19]しており、近世における経典の文献学的考証を事実上否定している。(大乗仏教、大乗非仏説も参照のこと)
[編集] 開祖
開祖 圓心定(通称:久世太郎/本名:福井真尚/別称:戸倉貞和[11])は、真言宗総本山高野山管長・真言宗総本山高野山金剛峰寺第395世座主の琳真大僧正より受戒得度を受けて弟子となった。高野山を下り、京都の嵐山に庵を結び、釈尊が説かれた『念佛』を拠りどころとして、一切衆生済度(生死の苦海から衆生を救い、彼岸へ渡し導くこと)のため、宗教法人「無量壽會」を発足後、「念佛宗 三寶山 無量壽寺」を開宗した[20]。開祖は、善知識と呼ばれており[11]、諸外国を歴訪し、仏教の教主・釈尊の原点に戻れと提唱している。1993年3月、第二祖に法嗣を授け、同1993年5月、法主の座を退き、隠棲[21]。
宗教法人設立より12年前の「週刊サンケイ」(1967年発行)によれば、名刺の肩書きに"心霊判断"、"運命学"とあり、いろは四十八文字とサイコロの組み合わせにより人の運命を予言するサイコロ予言者と紹介した。感銘を受けた有名人やその夫人たち3,000人近くが名を連ねて"久世先生後援会"を結成、世の中の注目を浴び一世を風靡したとある。1976年4月に、元信徒の1人が宗教に名を借りた詐欺行為とし損害賠償を求めて神戸地裁尼崎支部に仮処分申請したのをきっかけに"被害者同盟"を結成、祈とう・鑑定料の返還を求める動きが表面化した[11]。翌1977年4月、祈とう・鑑定はもとより、一切の『現世利益』(仮門)を廃し、『法』(真門)一本になった。その後、1979年12月に前身である宗教法人「無量壽會」を発足した[21][11]。
教団は、「月刊無量壽211号」(1997年2月)において、その歩みを振り返り、まず、開祖は、一切衆生を済度するに当たって、『仏法』の真門に入らしめる方便(衆生を真実の教えに導くため、前段階で仮にとる便宜的な分かりやすい手段)として、『現世利益』の仮門より始めた。すなわち、迷いの衆生を救う手段として、人々の悩みや苦しみを、古代より仏教に伝承されてきたサイコロ(サイコロ#サイコロと文化、すごろく#源流を参照のこと)によって、それを方便として第一歩を踏み出したとしている[21]。
[編集] 第二祖及び第二代法主
郡、清水、宮川は、開祖に師事し、1993年(平成5年)3月、命名を得て、「真海」、「慶真」、「真空」と号し、第二祖を相続[22]。第二祖のうち、郡 真海が開祖より法燈を継ぎ、第二代法主となる[20]。
第二代法主略歴:大阪医科大学卒業後、医師免許取得・医学博士学位取得、大阪医科大学講師を経る[20]。
[編集] 教義
[編集] 教義
一、釈尊の教え(仏教)、即ち『仏教経典(一切経)』を基とし、『念仏』を依処とする。
二、仏教は智慧の宗教である。
三、人としての道である『四恩』を大切にし、私たちは生かされていることを自覚する。
- 釈尊の説かれた四恩とは、
- 三宝を敬い、「和」を基とし、誰に対しても「信義」「礼節」を重んじ、人の範となること。[18]
[編集] 念佛宗 三寶山 無量壽寺 十ヶ条
- 第一条 三宝(仏・法・僧)に帰依すべし
- 第二条 弥陀の第十八願「至心・信楽・欲生我国」に依るべし
- 第三条 女人往生(第三十五願)を心得るべし
- 第四条 五逆罪を犯すべからず
- 第五条 正法誹謗すべからず
- 第六条 精進すべし
- 第七条 報恩謝得(布施の心)を心得るべし
- 第八条 衆生済度すべし
- 第九条 御役拝受者は頭を垂れ御仏の使命を全うすべし
- 第十条 命終まで「信心」を持つべし[23]
十ヶ条は、1987年(昭和62年)2月15日、開祖により制定された[24]。
[編集] 教団
[編集] 機構
総本山「佛教之王堂」[1]と全国9教区(「北海道」、「関東」、「東海」、「北陸」、「京都」、「奈良」、「関西」、「中国・四国」、「九州」)。日本全国に33の別院及び施設がある(2009年現在)[4]。
[編集] 運営
- 宗教法人の定款である「規則」及び「宗憲」に、法主は、教団の理事長職を兼務せず、又、法主及び教団の理事長の職は、世襲制ではないと定められている。
- (念佛宗宗憲前文、無量壽寺規則第6条、第9条)
2.一切の営利事業は行わない
- 本来の宗教活動を基とし、一切の営利事業は行わない。
- (無量壽寺規則第3条)
3.一人一人の責任
- 教団は信徒一人一人のものであり、教団の財産全てに至るまで、信徒一人一人の責任の下に運営され、委ねられていることが明記されている。
- (無量壽寺規則第24条、第33条)[20]
[編集] 総本山「佛教之王堂」
[編集] 佛教之王堂
第四回全世界佛教サミット[25](2005年開催)において、仏教徒の心の依処たる「佛教之王堂」[1]を日本に建立することが決議され、創建された[26]。
経蔵には、仏教の根本である『経典』が、世界三十三ケ国・一地域の法王・仏教指導者から奉納され、収蔵されている[27]。また、釈迦堂には、世界三十三ヶ国・一地域の仏教指導者及び仏教国の国王から奉納された『仏像』を安置している[28]。
総本山にして「佛教之王堂」[3]、2008年(平成20年)11月1日 落慶[2]。尚、「佛教之王堂」名は宗教法人 念佛宗三寶山無量壽寺を権利者として商標登録されている。登録番号第5182053号、登録日2008年11月21日。
[編集] 念佛宗無量壽寺総本山・落慶祝 新聞記事 企業広告
2008年(平成20年)8月13日付の全国紙朝刊(読売新聞、毎日新聞、産経新聞)に念佛宗 無量壽寺 総本山 落慶祝が、工事を請け負った株式会社大林組と大成建設株式会社等の企業広告として4面を費やし掲載された[29]。広告記事によると落慶は平成20年7月17日。総敷地面積45万坪。工期7年間を要し、延べ350万人の力を結集したとある。場所は兵庫県加東市、源義経ゆかりの地、三草山。
- 本堂:高さ51.5m 桁行67.9m 梁間58.2m 上段は建築史上類例のない六手先総詰組様式、下段は四手先総詰組様式の二層造
- 本堂宮殿:高さ19m、純金箔二重貼り六手先総詰組、阿弥陀三尊佛像、彫金は伽藍全体で32万点以上、彫刻は伽藍全体で1万点以上の木彫群、宮殿上に配す幅22.6mの双龍彫刻、宮殿両脇に全高11mの大彫刻、鳳凰・松竹梅等を刻んで表裏合わせて四基。総面積1468.7m²に及ぶ金箔襖に描かれた鳳凰、三阪雅彦制作
- 山門:高さ35.6m 桁行34.5m 梁間13.8m 上段は六手先総詰組様式、下段は四手先総詰組様式、両脇には世界最大級の仁王像が配される
- 釈迦堂・観音堂:高さ31.3m 桁行39.2m 梁間33m
- 北鐘楼・南鐘楼:高さ16.6m 桁行7.9m 梁間7.9m 鋳湯量50 t 超世界最大級
- 五重塔:高さ32.7m 初重の柱間5.45m 大韓民国重要無形文化財・李萬奉及び直弟子洪昌源による韓国古来の伝統的丹青技法の極彩色
- 本堂前石灯籠:高さ12m 幅7.4m ギネスブック公式認定、石匠・蒋智明制作
- 本堂鬼瓦:高さ9m 幅8.8m ギネスブック公式認定、鬼師・梶川亮治制作
- その他建造物として地蔵堂、経蔵、聖徳太子殿、僧堂(久世庵)、講堂(2千名収容の説法道場)、真如橋、久世飛龍閣、寺務所等がある。
- 日本庭園には、樹齢500年を筆頭とする1千本を越える京都北山台杉が立ち並び、樹齢800年とも推定される幹周二尋半の槙銘木「天上」他100本を越える槙の銘木の庭園、その他ツツジ20万本、桜7千本、小熊笹120万株、紅葉3千本等が青石や銘石と共に配される。敷地内に設けられた五百体羅漢公園には等身大の羅漢(仏弟子)の石像が点在する。
工事に携わった人達は「職人として人生最大の幸せ」「歴史的意義のある今世紀最大級の伽藍」「世界に誇り得る日本一の庭園」等、念佛宗 無量壽寺の総本山建立に参加出来た喜びの談話を寄せている。
また、教団側からは理事長 西川俊男が「棟梁のお言葉によれば『将来、国宝・重文たり得る』伝統建築文化の精華たる総本山を建立していただきましたのも、偏に、荒廃した世に精神文明の夜明けを告げるものになればと願っての故であります。この上とも、観光寺院ではなく、現世利益を廃し、釈尊が遺された真の仏教の実践に努めてまいりたいと存じます。」と施主の挨拶を述べている[30]。
[編集] 行事、活動等
[編集] お参り
[編集] 毎月のお参り
[編集] 六大祭事
[編集] 四大特別御回向
[編集] 奉仕・積徳
教団発行の月刊誌によると、奉仕とは、得がたい念佛宗無量壽寺の縁に遇ったことにより、心の底から感謝の念があふれ出し、「私のようなものでも何かさせていただきたい」という全く下心のない謙虚な心から教団のために尽くすことであり、結果として、『我』を取り除くことが出来ると主張する。
また、「させて頂く」という純粋な奉仕の心は、自らを顧みずに他を救う『菩薩の心』『佛の心』に通じているとし、奉仕を行うことで、善根功徳を積み、浄土へと近づくことになると説明。功徳は子々孫々まで及ぶと記述している[32]。
[編集] 社会福祉運動
- ’86、’89、’91にかけて「全国盲人写真展」(社団法人 日本文化協会主催)に協力[20]。
- 1995年(平成7年)2月 阪神淡路大震災義援金として1億5千万円を「真如の里」建立予定地である岐阜県の梶原知事に寄託[20]。
[編集] 聖地復興事業
1994年(平成6年)よりブッダガヤにおいて、「無量壽学園」と名付けられた小・中学校を建設[20]。
[編集] サルナ-トの壁画修復
初転法輪の地で1994年(平成6年)より3ヶ年計画にてムラガンダ・クティ・ビハ-ラ寺院の建物及び壁画の修復を行う[20]。
[編集] 脚注
- ^ a b c 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立「総本山 念佛宗 無量壽寺」
- ^ a b 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立「佛教之王堂 落慶」
- ^ a b 念佛宗 公式ホームページ>総伽藍建立>総門「石碑」
- ^ a b 念佛宗 公式ホームページ>念佛宗の概要「念佛宗について」
- ^ 月刊無量壽358号(平成21年4月)17-18頁
- ^ a b 月刊無量壽162号
- ^ 週刊誌などの一部マスコミにより記事にされている
- ^ a b 「名勝「白糸の滝」隣地を買い占める謎の団体「無量壽寺」の名士信者たち「特集」」(週刊新潮、2008年3月13日号)
- ^ a b 京都新聞1998年(平成10年)4月1日(水曜日)30頁
- ^ 産廃疑惑/ダライ・ラマを招待した謎の新興宗教の「評判」(週刊朝日、1998年4月17日)
- ^ a b c d e f グループK21・一ノ宮美成「第八章 奇怪集団・無量寿寺の正体-本山は嵐山」『関西に蠢く懲りない面々 暴力とカネの地下水脈』講談社+α文庫、2004年、276-298頁 ISBN 978-4062568227(『関西に蠢くまだ懲りない面々』かもがわ出版、1998年12月刊行の文庫化)
- ^ グループK21「各地で住民とトラブル、デマ脅迫で押さえ込む 奇怪集団・無量寿寺を検証する」『新 関西に蠢く懲りない面々』K21企画(かもがわ出版)、2002年、49-63頁 ISBN 978-4876997213
- ^ 北國新聞 平成12年3月17日(金曜日)29頁・読者の投稿欄“地鳴り”
- ^ 文化庁「宗教年鑑」
- ^ 日本語大辞典「宗派」には法的な定義は記載されておらず、『同じ宗教内の分派。流派。』とのみあることから、法的な定義とは別に、一般的には仏教の宗派といえると解釈
- ^ 第二次世界大戦後、宗教法人法が施行された際には日本仏教十三宗(法相宗、華厳宗、律宗、天台宗、真言宗、融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、臨済宗、曹洞宗、日蓮宗、黄檗宗)の概念があった。
- ^ 2000年9月27日岐阜地裁判決(平成9年(ワ)524号)。『無量寿(真如の里)について』『無量寿会について(春日村調査所見)』と題されたビラ中、「宗教を利用してつぼを高額で販売し、莫大(ばくだい)な利益を得る詐欺だ」など13の記述について、名誉毀損による慰謝料の支払いを命じ、「霊感商法まがいのオカルト的な体質」など11の記述については、名誉毀損にあたるとしながらも「真実と信じる相当な理由があった」として賠償は否定した判決。
- ^ a b c 「念佛宗のみちしるべ」(念佛宗 宗務局、平成17年5月)
- ^ 月刊無量壽347号(平成20年5月)45頁
- ^ a b c d e f g h 「念佛宗の概要」(平成8年版)
- ^ a b c 月刊無量壽211号(平成9年2月)
- ^ 月刊無量壽168号(平成5年7月)
- ^ 念佛宗 勤行集(平成19年発行)
- ^ 月刊無量壽92号(昭和62年3月)
- ^ 念佛宗 公式ホームページ>行事報告「佛教サミット」
- ^ 月刊無量壽368号(平成22年2月)3頁
- ^ 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立>伽藍建築「経蔵」
- ^ 念佛宗 公式 ホームページ>総伽藍建立>伽藍建築「釈迦堂」
- ^ 念佛宗 公式 ホームページ>お知らせ「総本山 新聞記事掲載」
- ^ 念佛宗 公式ホームページ>総本山>落慶「御挨拶」
- ^ 月刊無量壽巻末
- ^ 月刊無量壽第348号