亜洲電視

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
亜州電視から転送)
移動: 案内検索
亞洲電視
Asia Television
HK ATV TaiPoHeadquarters.JPG
種類 有限会社
略称 ATV、aTV、亞視
本社所在地 香港の旗 香港
大埔工業園大盛街25-37号
設立 1957年5月29日
業種 情報・通信業
事業内容 放送法に基づくテレビジョン放送
代表者 王征、白雲飛(執行董事高級顧問)
主要株主 黄炳均(持ち株数第一の株主)
査懋声(持ち株数第二の株主)
蔡衍明(持ち株数第三の株主)
外部リンク http://www.hkatv.com/
特記事項:設立当初の商号は「麗的映声」。
テンプレートを表示
取材用車

亜洲電視亞洲電視有限公司Asia Television Limited)は中国香港の民間テレビ局である。略称は亞視ATV(2007年10月の新コーポレートアイデンティティ導入後はaTVとの表記もされる)。日本語では「アジア・テレビ」と呼ばれることもある[1]

1957年麗的映声 Rediffusion (Hong Kong) Limitedの名で香港・中華圏最初のテレビ局として放送を開始し、麗的電視への改称を経て1982年に現在の名称となった。香港、マカオ広東省北アメリカに1億人近い視聴者がいるとされる。

現況[編集]

視聴率では後発の無綫電視 (TVB) に大きく差をつけられいる。これは、ATVの当初の放送形態が有料の有線放送形式であったのに対し、TVBが視聴に際して特別な契約も不要な無料放送で、ケーブルテレビでなく、アンテナで受信する地上波放送として開局したことや、TVBの親会社が映画会社のショウ・ブラザーズで、有名俳優が多数出演できたことなどの要因がある。

CMスポンサーに中国企業が多いことなどから、まるで「CCTV10台(中国国営テレビ中国中央電視台第10チャンネル)」だと揶揄されていた。

一方、2009年六四天安門事件20周年に際して、TVBの地上波ニュースが追悼集会などに関する報道を控え気味に行い、香港住民から批判を受けたのに対し、ATVでは特別番組を組むなど積極的に放送した。

経営再建への取り組み[編集]

ATVの経営状態は、長年の赤字経営のため、大きな債務があり、経営再建が最重要課題となっている。

赤字に伴う度重なる人員整理と制作費の削減のため、自社制作のドラマやバラエティ番組の制作を中止し、海外からの番組購入を行うなどしているが、結果的にさらなる視聴率の低下や、社内の意識の低下を招くと言う悪循環に陥った。

デジタル放送の開始に伴う設備投資のため、銀行から借り入れた借入金の返済が滞る事態が発生し、新たに別の銀行から借款を受けて急場をしのいだものの、今度はその銀行に対する返済が困難になるという、深刻な事態を招いた。このため、さらなる経費削減が求められたために、所属芸能人部門の解散などの経費削減を行った。遂に新たな番組用ビデオテープの購入代金支払いすら困難となった結果、保管していた使用済みビデオテープを再利用するという厳しい局面に追い込まれた。香港政府は、ATV救済のための施策を検討したが、最終的には、中国国務院直属の団体が株式購入・資本投入をしたことによって、喫緊の危機を回避した。

一方ATV自身も、2008年12月香港の運送会社の経営者を招くなどして経営陣を一新し、外部資本の導入による経営改善を目指したが、数日後には経営陣の一部が辞職声明を発表したことで混乱を生じ、結局新たに就任したCEOが辞任し、一旦辞職声明した経営陣は留任することで決着した。これは、新たに招いた経営陣がATVの中国寄りの報道姿勢を批判し、香港独自の視点での報道を目指すと宣言したことにより、親中派オーナーの反感を買ったためとされている。

2009年1月には、香港や中国にも進出している台湾の製菓会社で、近年台湾のメディアの経営権を次々に獲得している旺旺グループが、株式の購入で資本参加することを表明し、資金不足の解消が図られることになった。番組内容も、同グループ傘下の台湾中天電視の番組が数多く放送され、ドラマのTVBに対し、ATVは知識、教養、文化路線の番組を強めるなどの視聴者層の差別化を図り、YouTubeと連動させた番組作りや、香港独自の視点で社会問題をシニカルに取り上げるトーク番組の制作を始めるなど、斬新なスタイルを取り入れていて、効果も徐々に現れていたが、2010年になって、新たに現れた中国本土の企業グループとの争いに敗れた結果、資本を引き上げた。またその後の事件等の機会を利用して、番組や報道内容は、これまで以上に中国共産党よりの内容に偏りつつある。

視聴率的にはTVBとの差は依然として大きく、追い付くことは容易ではない。視聴率の計測方法に異議を唱えるなどしているが、番組内容そのものに魅力的なものが少なく、同種のバラエティ番組やドラマが多くてマンネリを指摘されているTVBには全く追い付けない状況である。

また2009年7月には、ケーブルテレビ局・香港有線電視が地上波での放送免許獲得の方針を表明し、香港政府も免許交付に前向きな姿勢を示している。2013年11月には、新たに2局に対して免許交付する事を発表しており、新設2局への対抗と赤字体質の脱却に向けて、より一層の経営努力が必要な状況である。

歴史[編集]

放送開始から1990年代まで[編集]

亜洲電視の前身である麗的映聲 (RTV) は、宗主国イギリスの会社である民間ラジオ局麗的呼聲が、香港初のテレビ放送局として1957年5月29日に開局した。当初のチャンネル数は広東語で放送する1チャンネルのみであった。

放送方式は、有線放送による有料放送方式を採用し、ケーブルによって各家庭に配信していた。視聴料は毎月25香港ドルで、放送開始時の契約者数はわずか640であったが、のち約10万まで増加している。1966年には、自前の俳優養成組織・亞洲電視藝員訓練班を設立した。黄秋生(アンソニー・ウォン)、黎明(レオン・ライ)、張家輝(ニック・チョン)など数多くのスターが巣立っている。

1967年11月19日に無綫電視 (TVB) が開局したことにより大きな転機を迎える。TVBは、その名の通り無線方式による無料放送を採用したが、無料である上に、アンテナ以外に特別な設備なく視聴可能なこと、さらに放送開始時点でカラー放送(一部番組のみ)を行ったことから、放送開始より視聴者の人気を集めることになった。それに対してRTVは、有料放送でしかも白黒方式のままの放送であったため、契約視聴者は激減した。このため大幅な放送内容の見直しを行い、バラエティ番組の増加や、競馬中継を中心とした競馬関係の番組を放送するなどした結果、1969年には視聴契約は10万を超えるに至った。1971年香港電台のテレビ放送製作が開始されたが、自前の放送チャンネルを持たなかった為、麗的映聲からも放送された。

しかし、有線方式の有料放送で、かつ白黒放送ではTVBに対抗できないのは明白であり、また1975年には3局目の民間地上波放送局が開局することも決まった事から、会社側では放送方式を無線方式の無料放送かつカラー放送の開始を決定し、1973年12月に変更することを8月に発表した。また同時に、局名も「麗的電視」(RTV)に変更した。しかし、設備変更を短時間で終えるのは困難なことから、1973年11月に1か月間放送を休止してカラー放送への切り替え等の設備更新を行い、さらに英語専門のチャンネルを新設した。

しかし、既にTVBの番組に慣れ親しんでいる視聴者の眼を麗的電視に向けさせるのは難しく、1975年に第3の放送局である佳藝電視 (CTV) が開局すると、麗的電視の視聴率順位は3番目が定位置となった。

1978年、その佳藝電視が経営不振により倒産すると、同局のスタッフや所属俳優の多くは麗的電視に移籍してきた。この結果、番組内容の充実が図られ、番組によっては、TVBよりも良い視聴率を記録したが、TVBがそれまで放送していた番組を打ち切って新たな番組を放送するに至り、再び視聴率が低下していった。

1980年代になり、麗的電視の経営状況は悪化しつつあった。1981年3月には、麗的電視の親会社である英国の会社の経営も悪化したため、経営から手を引くことを決定し、一旦オーストラリアの企業に売却されたが、翌年(1982年)には地元香港の企業に再売却され、放送局名も現在の「亜洲電視 (ATV) 」に変更された。1983年には中国本土のテレビ局が製作したドラマが香港で初めて放送され、人気を呼んだ。

1987年には局舎が火事に見舞われ、放送機器が損傷して放送に支障を来し、ライバル局TVBの支援を仰ぐという事件も発生した。1989年には親会社が再度変わったが、1990年前半にかけては、香港のテレビ史上に残る番組を少なからず製作し、一時的にTVBの視聴率を上回る番組も出現した。この時期がATVにとってもっとも好調な時期ではあったが、TVBの反撃により、その勢いは長くは続かなかった。

1998年には新たな経営陣が参入して、経費削減の為に番組制作方式の改革を行い、社員の整理も行われた。自社製作の番組は減少してゆき、外部製作の番組を購入して放送する場合が多くなった。その間も経営状況が悪化してゆき、経営者も次々と交代して行った。

2000年代以降[編集]

2000年代に入ると、すべてのドラマ製作が中断するに至った。バラエティ番組の制作も中止され、長期低迷状態が続くこととなった。一方、2008年にはPCCW城市電訊からCEOを招き、経営内容の改善を図ろうとしたが、CEOの1人だった王維基が、それまでのATVの中国本土寄りの報道姿勢から、香港市民の考えに沿った内容の報道を目指すと発言した事が、中国本土資本の経営者の反感を招き、僅か10日程で辞職に追い込まれる事態も発生した。その後、台湾の台湾の旺旺グループの経営者で、中国本土に広く商売を展開し、中国共産党の要人とも関係の深い蔡衍明が株式を獲得し、実質的な経営者となった。

蔡の就任直後の2009年2月には、社員207名の解雇を行った。その一方、同年の春節前日に放送される特別番組は、支出を抑えるために、中国中央電視台が放送している特別番組の放送権を購入の上放送し、自社製作で特別番組を放送したTVBに比べて見劣りは否めなかった。

2009年からは、蔡が台湾で経営しているメディアグループの一つである台湾中天電視の番組の放送が始まった。制作費不足が解消したことから、凍結中であった自局番組制作も再スタート。香港の視点で香港で起きている社会問題や時事、ゴシップをブラックジョークで取り上げるトークバラエティ番組「香港亂噏」を放送するなど、中国政府(中国共産党)に対しても中立姿勢を強め[2]、番組内容の変化とともに、ATVの姿勢が注目された。

しかし2010年になって、中国本土の企業家である王征が、株式を購入してATVの経営に参加する姿勢を示し、その一方で、台湾人である蔡が、ATVの一定割合の株を所有している事が、香港の法律に違反しているとの訴えを香港高等法院に対して起こした。結局蔡は敗北して資本を引き上げ、中天電視由来の番組も放送終了した。

2011年、ATVはTVBに対し、発表された番組視聴率は正しい結果では無く、不当な操作を行ったものであるとの記者会見を行い、問題解決を訴えた。これは、同年4月17日にATVで放送された2011年度の香港電影金像奨の番組視聴率が、同時間帯にTVBで放送されたテレビドラマの視聴率に比べて低く、前年にTVBが放送した際の視聴率よりも大幅に低い事から、正しい視聴率調査をしているか問題があるとしたものである。

2011年7月6日、ATV香港台のニュース番組である「六點鐘新聞(News at Six)」において、中国の江沢民元総書記が死去したとのニュースを放送し、世界各国のニュースメディアがATVの報道を引用して「江氏死去」のニュースを配信した。しかし、中国政府より直ちに「江氏は健在である」との訂正報道が配信され、翌日にはATVが、未確認情報を引用して報道したとして、報道内容を撤回して謝罪した。その後、香港政府は厳重注意と罰金を科し、ATVでは当時の報道部責任者を解雇した。

2012年6月22日、ATVの放送開始50周年と、香港返還15周年を記念して、香港時間の19時30分より「全球首家華語電視台-亞洲電視55周年暨香港回歸15周年慶典及晚會」を北京より生放送した。ATV所属の芸能人以外に中国本土の芸能人も参加し、放送開始時には満員の観客で賑わったものの、ATV所属の芸能人が中国本土で知名度が低かった為か、番組が進むにつれて観客が会場を後にし、番組終了直前に行われた、ステージから観客席への記念品投げ入れの時には、観客が1人も居らず、番組スタッフのみ残るという寒々とした光景が展開され、また翌日以降に同じ番組を何度も再放送した為、香港の各メディアが番組内容を揶揄した。

2012年9月3日には、ATV本港台で放送している時事評論番組「ATV焦点」において、当時香港で議論になっていた、香港内の各学校で、中国の国歌や共産党による指導の優位性を教える教育への主に大学生による反対活動を、香港政府や香港の秩序を破壊する「破壊派」と評した番組を放送したが、放送直後から香港市民による抗議が殺到し、僅か2日間で4万7千件にも達した。ATVのニュース部門では、前年の江氏死去の誤報を受けて、新たに招いた大公報出身の雷競斌が責任者となっていたが、雷はかねてから中国共産党寄りの発言を行っており、この番組内容も、雷の意向によるものとされた。香港通訊事務管理局では、番組内容が著しく公平性に欠けるとして、ATVに対して異例の警告を行った。

2012年11月12日、ATVの内部団体が主催し、香港政府庁舎前で開催される「關注香港未來」というイベントの生中継を実施した。しかし番組内容は、香港政府が検討している新たな地上波放送局への免許発効に反対するという抗議活動であった。 放送開始直後から、番組内容を知った免許発効賛成派の市民が多数集まり、現場は騒然となった上、免許申請に関係する香港の立法議員が、番組内容を団体関係者に問い質そうとした際には、ATV職員との間でもみ合いになった。放送中から香港市民より「電波の私物化」との批判が殺到した為、香港通訊事務管理局ではATVに対して注意を行った。

2013年現在、赤字体質や資金不足は改善されておらず、ドラマやバラエティ番組の制作は殆ど行われていない状況が続いている。放送番組は繰り返し再放送され、また報道・時事解説・討論番組が多くを占める為、視聴者からの支持は得られていない。2013年10月には、新たに有線電視系の奇妙電視PCCW系の香港電視娛樂の2局に地上波放送局の免許発効方針が示された。放送開始によって、ATVに大きな影響が及ぶ可能性が指摘されている。

そのほか[編集]

  • NHK BS1ワールドWaveでは、香港のニュースとして国際台で放送されている英語ニュース「Main News」が放送されている。
  • 以前、国際台では、香港在住の日本人向けに英語字幕付きで日本の番組を放送する時間枠があった。1998年を例に取ると毎週日曜日、TVB明珠台で『Japanese Hour』が10:00~11:00に、ATV国際台の日本語番組が11:00~12:00に、放送されていた。明珠台の『Japanese Hour』は同時間に放送大学の放送が始まったため、当時放送枠を所有していた日系広告代理店が番組趣旨をそのままに番組をATV国際台に移動した。移動後は主に『渡る世間は鬼ばかり』などのドラマやバラエティ番組、グルメ番組を放送しており、番組名は1時間枠から30分枠になった段階で『Japanese Time』に変わった。その後、香港の番組制作会社により香港人を対象とした日本情報番組(広東語・英語の字幕つき)が同じ番組名で放送されるようになったが、後に『JP TIME TV(日語大放送)[1]の名前に変更。現在は週に3回(ただし2回は再放送)放送されており、TVBを含めて、現在の地上波番組では唯一の香港制作日本語番組となっている。
  • 1967年より、1997年からの数年間を除き、「香港ジョッキークラブ(HKJC)」が開催している競馬を毎週中継している。競馬番組は、実況中継の「賽馬直撃(Track Side)」の他、開催日の数日前からは、出走予定馬の調教や関係者へのインタビュー、各レース毎のレース予想番組を、またレース当日には、レース回顧や払戻金、次回の狙い馬を紹介する番組を放送している。なお製作はHKJC自らが行い、ATVは放送枠を提供しているだけであるが、かつては製作も担当しており、その当時に司会者兼解説者として出演していたのが、ジャッキー・チェンの映画など(『プロジェクトA2』の警察署長役)などで出演していた俳優董驃(トン・ピョウであった。
  • 1997年秋から2002年まで、マカオ競馬を中継したこともあった。
  • 中華人民共和国中国本土での騒乱、六四天安門事件中国共産党批判、チベット問題ダライ・ラマ14世劉暁波新疆ウイグル自治区東トルキスタン独立運動零八憲章香港や中国中央政府の民主化運動など、中国本土でデリケートな内容のニュースでも放送されるが、同局の視聴が可能である中華人民共和国広東省で再送信される場合は、その部分が突然カットされCMが入るなど、不自然な編集が行われるという現象が発生している。これはTVBも同様であり、中国本土の視聴者から批判されている。ただし、これには香港と中国の政治体制とメディア規制の違いが複雑にからんでいるため、中華人民共和国での配信は中国の規制が適用されるというやむを得ない事情がある。これは、香港特別行政区との一国二制度のシステム、報道の自由言論の自由が如実に現れている事象のひとつである。

チャンネル[編集]

年表[編集]

主な番組[編集]

自局制作ドラマ[編集]

海外制作ドラマ[編集]

特撮[編集]

アニメ[編集]

ニュース[編集]

  • 亞洲早晨 (おはようアジア、朝のニュース「晨早新聞」を内包)
  • 十二點半新聞(12時半のニュース)
  • 六點鐘新聞(6時のニュース)
  • 夜間新聞(夜のニュース)
  • ATV焦點(ATVフォーカス)

情報・教養番組[編集]

音楽・バラエティ[編集]

マスコットキャラクター[編集]

  • Abot(エーボット)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

  • 亞洲電視公式サイト(繁体字中国語) - 右上のメニューから簡体字版と英語版へ切り替えることができる。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 『岩波現代中国事典』1171ページ
  2. ^ ただし、中国共産党にとって都合の悪い内容が含まれた放送 (天安門事件直後の放送や、7月1日に行われたデモ行進を取り上げた回) は、中国側の規制により中国本土向けに放送されていない。