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新しい波 (派閥)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
会長・二階俊博

新しい波(あたらしいなみ)は、かつて存在した自由民主党の派閥。通称は二階派または二階グループ

概要

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2003年11月の第43回衆議院議員総選挙保守新党の当選者は4人にとどまり惨敗、自民党からの要請で解党し合流することになった。その時、保守新党幹事長であった二階俊博が旧保守新党勢力を散らさずにまとまって行動しようということで、衆参計7名で「新しい波」が結成された。

党内最小の派閥だったが、2005年第44回衆議院議員総選挙において、二階が党総務局長の立場から候補者選定に関与していたこともあり、所属議員が倍増した。このような互助組織的な結成の経緯があるため、所属議員はほぼ復党・途中入党組と初当選組で占められていた。二階と武部勤における仲の良さから、武部の新しい風との関係が良好であった。

比例区選出議員が多く選挙地盤が不安定だったため、自民党が大敗した2009年第45回衆議院議員総選挙では領袖の二階を除く全衆議院議員が落選した。同年10月29日、二階と同期(第37回衆議院議員総選挙で初当選)の伊吹文明が会長を務める志帥会(伊吹派)と合流することになり、同年11月5日に二階ら3名の所属議員が伊吹派へ入会し、二階派は解消した[1][2]

解散時の構成

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以下は2009年11月5日の解散(伊吹派への合流)時点の構成である。

役員

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衆議院議員

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(1名)

参議院議員

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(2名)

第45回衆院選で落選・引退

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総選挙後、海部、愛知、井上、松浪、藤野、矢野は引退。江崎、金子、伊藤、井脇は志帥会に合流して政治活動を続け、江崎と伊藤は第46回衆議院議員総選挙で返り咲いた。川条、長崎、清水は離党したが、うち川条と長崎は特別会員や参与の形で志帥会に参加していた(長崎は後に復党)。

脚注

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  1. ^ “自民伊吹、二階両派が合流へ 11月5日の予定”. 47NEWS (共同通信社). (2009年10月29日). https://web.archive.org/web/20130607085513/http://www.47news.jp/CN/200910/CN2009102901000491.html 2009年10月29日閲覧。 
  2. ^ “自民・二階派、伊吹派に合流…衆参18人に”. Yomiuri Online (読売新聞社). (2009年11月5日). オリジナルの2009年11月8日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20091108172504/http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20091105-OYT1T00674.htm 2009年11月5日閲覧。 

関連項目

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外部リンク

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