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ブッチホン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
駐ニュージーランド大使の川島純と電話する小渕(1999年12月31日)

ブッチホンとは、「プッシュホン」のもじりで[1]、当時内閣総理大臣であった小渕恵三の「渕」(ぶち)と電話(telephone/テレフォン)の「フォン」を掛け合わせた造語[2][3][4]

概要

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総理大臣の小渕[5]が著名人にかけた電話のことを指す[6][3][4]。それがあまりにも唐突でフランクなために電話を受けた相手が当惑したという[3][4]

小渕は国民の支持を獲得するために、国民と同じ目線で話し合えば自分の人間的な考え方への理解が深まるのではないかと考え、国民との接触機会を増やしていた[3][7][8]。小渕内閣は発足当初、国民から期待されておらず、新聞や雑誌の論調もきわめて辛辣だったからである[9][3]。ブッチホンの多くはお礼や相談、情報収集、依頼のためであった[3]。数多くの人にかけただけでなく、秘書を通さず小渕自身がかけたことは異例であった[3][10]。小渕はこの言葉で1999年度の新語・流行語大賞(年間大賞)を受賞している[10][2]

小渕は、極力電話は自分でかけるようにしていた。なぜなら、「人に与えられた時間というものは決まっている。なのに電話をかけるとき、まず秘書にかけさせる。すると向こうも秘書が出る。それから相手が出て、最後にやっと自分が出る、なんてことをやっていたら一本の電話に四人が使われてしまう。こんなに無駄なことはない」というのが持論だったからである。ブッチホンにより小渕に対する親しみが増したと言われている。こうした努力が実り、発足当初は戦後最低の支持率を記録した小渕内閣は、1999年5月に支持率が不支持率を上回り、同年9月には51%まで上昇した[11]。しかし、ブッチホンを初めとする職務は体に負担をかけ、心臓に持病があった小渕の体は徐々に蝕まれていった[12]

2000年4月2日、小渕は脳梗塞を発症し、昏睡状態のまま5月14日に生涯を終えた[13][14][15][16][17][18][19]

ブッチホンを受けた人物

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備考

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読売テレビアナウンサー道浦俊彦は、「ブッチホン」の新語・流行語大賞受賞に関して「それほど流行ったとは思えない」と述べている[1]

同じ「プッシュホン」からのもじりとしては、ブッシュ米大統領から海部俊樹総理大臣(当時)への電話を意味する「ブッシュホン」が1990年度の新語・流行語大賞で新語部門・銀賞を受賞している。

当時官房副長官だった古川貞二郎は「小渕さんは総理執務室からこまめにいわゆる『ブッチホン』をかけていた。某有名評論家が雑誌に小渕さんを冷評した記事を載せた際、その評論家に電話する様秘書官に指示した。電話口に出た相手に小渕さんは朗らかな声で『もーしもし、総理の小渕です。いやあ、いい記事を書いてくれてありがとう』。電話を切ると、小渕さんは厳しい表情で、『これでもう俺の悪口は書かない』と言い切った。小渕さんは人柄の良さでは定評があったが、人柄の良さだけでは総理になれない。温厚な小渕さんの奥底に秘めた気迫、粘り、負けん気の強さを垣間見た思いがした」と回顧している[41]

脚注

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  1. 1 2 ◆ことばの話34「99日本新語流行語大賞」、道浦俊彦の平成ことば事情、1999年12月2日。
  2. 1 2 流行語大賞:「雑草魂」「リベンジ」「ブッチホン」が選ばれる」『毎日新聞毎日新聞社、1999年12月1日。オリジナルの2001年6月24日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 読売新聞』1999年8月6日 全国版 東京朝刊 政治5頁「[小渕の政治] (3)ブッチホン 激戦区で培った戦術(連載)」(読売新聞東京本社
  4. 1 2 3 『読売新聞』1999年8月18日 全国版 東京朝刊 政治5頁「[小渕の政治] 番外編 ひょいとタブー超える 既成概念打破に驚く側近(連載)」(読売新聞東京本社)
  5. 『首相支配』 126-127頁。
  6. 『首相支配』 121-123頁。
  7. 小渕氏通夜:参列者、口々に思い出を語る」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年5月15日。オリジナルの2001年2月20日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  8. 小渕氏死去:近所の人が普段着で弔問 都内の自宅静かな朝」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年5月15日。オリジナルの2001年2月20日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  9. 『首相支配』 118-119・121頁。
  10. 1 2 3 4 『首相支配』 122頁。
  11. 『首相支配』 122-123頁。
  12. 小渕首相:過労で都内の病院に緊急入院」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年4月2日。オリジナルの2001年4月19日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  13. 『首相支配』 126-127頁。
  14. 首相入院:体調不調で順天堂病院に緊急入院」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年4月2日。オリジナルの2001年4月18日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  15. 首相入院:病名は脳こうそく 青木官房長官が臨時代理に」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年4月3日。オリジナルの2003年4月21日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  16. 首相入院:小渕首相重体、退陣へ、後継は森幹事長軸に調整」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年4月3日。オリジナルの2001年6月28日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  17. 小渕前首相:容体悪化、予断許さず 関係者は急変に備える態勢」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年5月13日。オリジナルの2001年6月28日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  18. 小渕氏死去:家族らが見守る中、息を引き取る 闘病43日目」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年4月2日。オリジナルの2000年12月6日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  19. 小渕前首相:入院先の医院で死去 死因は「脳こうそく」」『毎日新聞』毎日新聞社、2000年5月14日。オリジナルの2001年4月18日時点におけるアーカイブ。2025年6月1日閲覧。
  20. 毎日新聞』2001年5月11日 地方版/兵庫25頁「「21世紀の日本戦略」など議論 関西学院大リサーチコンソーシアムが定期総会/阪神」(毎日新聞大阪本社
  21. 『毎日新聞』2000年1月22日 東京朝刊 2面2頁「サミットソング作って!--小渕首相、音楽プロデューサー・小室哲哉氏にブッチホン」(毎日新聞東京本社
  22. 『毎日新聞』2000年3月11日 東京朝刊 社説5頁「[ひと] 江崎玲於奈さん=首相の私的諮問機関「教育改革国民会議」の座長に就任へ」(毎日新聞東京本社)
  23. アエラ 2000年7月3日号 p.29
  24. 『毎日新聞』2002年2月7日 東京朝刊 特集面24頁「[特集] ロイヤル・ガラ・コンサート 愛子さまへお祝いの曲--東京で26日」(毎日新聞東京本社)
  25. 小渕総理の動き 12/31”. 内閣広報室. 2026年3月15日閲覧。
  26. 『毎日新聞』2000年5月15日 地方版/鹿児島「小渕前首相死去 「残念でなりません」--県内でも惜しむ声 /鹿児島」(毎日新聞西部本社
  27. 第15代沈壽官 (2018年10月29日). 21世紀日韓パートナーシップ宣言に寄せて”. 沈壽官窯. 2021年7月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2021年12月31日閲覧。
  28. 『毎日新聞』2000年5月15日 中部朝刊 社会面25頁「小渕恵三・前首相死去 万博に尽力・・・「残念だ」--神田真秋・愛知県知事」(毎日新聞中部本社
  29. 『毎日新聞』2000年4月6日 東京朝刊 社会面30頁「見舞いの兄が語る、小渕さん「苦しい様子なかった」--ゆかりの人ら思い語る」(毎日新聞東京本社)
  30. 『毎日新聞』2001年5月24日 東京朝刊 3面3頁「[ひと] 安斎隆さん=日銀・長銀を経て、アイワイバンク銀行社長」(毎日新聞東京本社)
  31. 『毎日新聞』2000年5月24日 大阪朝刊 家庭面16頁「[面目ないが] 忘れえぬブッチホン=寒川猫持氏」(毎日新聞大阪本社)
  32. 『毎日新聞』2000年5月15日 大阪朝刊 社会面29頁「小渕恵三前首相死去 各界からの悼む声」(毎日新聞大阪本社)
  33. 朝日新聞』2000年4月13日 朝刊 1家庭27頁「ブッチホン 山下惣一(惣一つぁんの産地直想)【西部】」(朝日新聞西部本社
  34. 1 2 『読売新聞』2000年5月15日 兵庫 大阪朝刊 明石32頁「小渕前首相死去 震災復興へ気配り、尽力 県民からも惜しむ声=兵庫」(読売新聞大阪本社
  35. 『朝日新聞』2004年4月22日 夕刊 1総合1頁「自立へ芽吹いた規制緩和(震災人国記 第2部:3)【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  36. 『朝日新聞』2003年1月1日 朝刊 1社会39頁「竹原信夫 心の不況を吹き飛ばそう(元気のお年玉:1)【大阪】」(朝日新聞大阪本社)
  37. 『朝日新聞』2000年5月15日 朝刊 京都1 33頁「惜しむ声と「数」への批判 小渕前首相の死去で府内関係者ら/京都」(朝日新聞大阪本社)
  38. ブッチホン「ズームイン朝」に乱入」『スポーツ報知報知新聞社、2000年1月5日。オリジナルの2000年5月22日時点におけるアーカイブ。2025年9月6日閲覧。
  39. 別冊宝島『昭和・平成「政局」の真実』 宝島社、2016年、89頁。
  40. 小渕優子『わたしと父・小渕恵三』 講談社、2025年、111頁。
  41. 古川貞二郎、私の履歴書日本経済新聞社 2015年 100頁

参考文献

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  • 竹中治堅『首相支配…日本政治の変貌』(初版)中央公論新社中公新書〉(原著2006年5月25日)。ISBN 4121018451